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76:狂気の胎動

 ベルカ帝国の侵略行為を阻止し、同時に帝国内の変革を手助けした春人は調印式に参加した使者たちが乗ってきた馬車に同乗し、ゆっくりと数日かけてトリスタニア王国へと帰還した。その気になればヘリや自動車などといった移動手段も春人は取れたが、帰りは特に急ぐ理由も無かったので護衛も兼ねてのんびりと帰るためこの方法を選んだ。


 のんびり過ぎて逆に退屈に思えてきたのはここだけの話である。


 その帰りの道中で魔獣と遭遇することがあったが、その際に春人はしっかりと護衛の仕事を務め上げて魔獣を退けていった。


 そんなことも有ったが一行は無事にトリスタニア王国領土内に入り、その翌日の昼過ぎには王都に辿り着いた。そこで春人達を出迎えたのは盛大な歓声と春人を英雄と称賛する声だった。


「いったい何だこのバカ騒ぎは? それになぜ、そんなに俺の名を呼ぶ?」


 外の声が気になって馬車の幌から顔を出して様子を伺った春人は状況が理解できず困惑していた。


「どうしたんです? やけに外が賑やかですけど、今日何かお祭りでもありましたっけ?」


「いや、少なくとも祭りでは無いだろう。さっぱり分からん」


 春人の横から同じようにして顔を出して外の様子を見たアリシアはお祭りでもあるのかと思った。彼女もこの状況がいまいち分からないようだ。


 その答えを出してくれたのが同じ馬車に同乗している春人よりやや年上の青年だった。


「お二人とも混乱されていますね。これは帝国の侵略から国民と領土を守り抜き、戦争を終わらせた我等の英雄であるハルトさん、貴方の帰還を歓迎するための催しです」


「随分王都の人間は暇な連中が多いようで……。そにれにしても何で俺達の帰る日にちを知っていたんだ?」


 自分の帰りを盛大に迎えてくれている王都の市民を暇な連中と春人はやや皮肉を込めて言いつつ、何故彼等は今日帰って来ることを知っていたんだとその青年に訊ねた。


「それはですね、ここに着く数日前に王城に向けて伝書鳩を飛ばして伝えておいたんです。せっかくの英雄の凱旋ですからね、盛大に出迎えないと。これは我々からのちょっとしたサプライズの意味もあります」


 にこやかにそう答える青年に春人は「そうかい」と小声で言いつつ手であしらっていた。


――一人殺せば犯罪者、百人殺せば英雄か。さて誰の言葉だったろうか? それにしてもなんとも不思議な気分だ。


 今の王都に流れるこの雰囲気に何とも言えない感情を覚えつつ、春人は馬車の中から王城に入るその瞬間までその景色を眺めていた。


 それから王城に登城した春人は国王や他の大臣たちに今までの状況を報告し、その後今回の勝利に大きく貢献したことへの報酬の話へとシフトしていった。


「貴公の此度の働き、実に御苦労であった。それに見合うかは分からぬが、こちらで既に報酬の品を用意しておいた。だが最後の準備にもう暫しの時間が掛かるとのことなので暫し待ってほしい」


 既に報酬の品は用意してはあるが、最後の準備に時間が掛かる。そう言った国王の言葉に春人は疑問を感じ、その報酬の品は何だと訊ねた。


「陛下、失礼な質問で恐縮ですが、その報酬とは一体?」


「まあ隠すほどの物では無いからここで教えてもよいだろう。今現在貴公に譲渡する屋敷を準備している最中だ。ちょうど王都に家主の居らぬ空き家が有ったのでそれをくれてやろうという事だ。移り住むのは早くて後半月ほどでもあれば移住できるだろう。それに聞いた話では貴公は今宿屋暮らしをしておると聞いてな。丁度よかろう?」


 丁度良く屋敷が空いていた。そこに不信感を僅かに抱きながらも春人はここで異世界テンプレによくある屋敷の贈呈が来たかと考えていた。


 屋敷を与え、国王は春人を自国内に引き留める散々の様だった。こんな単身で戦況を反転させたり、敵国に奇襲をかけ、それを成功させ終戦へと導く力を持った男が第三国へ渡ってしまうのを恐れていたからだ。こんな男が敵として対峙したらいくらこの国でも簡単に蹂躙されてしまうだろう、と。


「それでは有難く頂戴します」


 春人は一礼してそう答えた。


 国王が考えている事は春人には何となく予想出来ていた。 それでも敢えてこの選択をした。この方が今のところデメリットも少なく、同時に今現在この国と対峙する理由が無いからだ。


「うむ、是非そうしてくれ。屋敷の使用人の人選については既にこちらで済ませておる。後は屋敷内の片づけが済めば何時でも移れる。準備が整うまでは済まぬが宿屋での生活で我慢してくれ。それと、貴公はこの国に腰を据えるつもりは無いのね? 以降のような男であれば大歓迎だが?」


 前回の謁見の様に国王は春人を再度勧誘してきた。どうしても自国の戦力として確保しておきたいという考えが丸見えになっている。


「まあ考えておきましょう」


「気が変わったのであれば何時でも申してくれ。我等は何時でも貴公を歓迎する。あぁそうだ、それとは別に貴公に聞こうと思ったことが有ってな?」


 国王は思い出したかのように春人に聞きたい事があると言ってきた。


「一体なんでしょう?」


「貴公は何のために戦う? 何のためにその武力を振るうのかね?」


 自分が何のために戦うかなど一切考えたことが無い春人にはこの質問にはすぐ答えられなかった。何故なら今までの戦いで頭にあったのはただ目の前の敵を排除する、という事しかなかったからだ。


「どうした? 答えられないのかね?」


 国王は急かす様に春人に答えさせようとした。そこで考えた結果、春人はこう答えることにした。


「ではお答えしましょう。俺はただ戦場に立ち、目の前に立ちはだかる敵を排除する。それだけです。俺の敵であれば殺す。同様に裏切り者も殺す。それが今までの俺の戦う理由です。そこに最近二つ追加されたことが有りますが……」


「ほう? 構わん、続けよ」


 国王は興味深そうにそう言葉を漏らした。続けよ、と言うので春人はそのまま話を続けた。


「追加されたことは二つ。一つは民間人を襲うような下郎は敵味方関係なく誰であろうと殺す。それともう一つは俺の連れであるアリシアに手を出そうとする輩にも同様に対処する。……と言ったところです」


 春人は自身の考えを全てさらけ出した。敵や裏切り者を殺すという事はゲームの時と変わらない。そこに付け加えられたのが戦う術を持たぬ民間人を襲う輩も問答無用に排除するという考えが湧いてきた。それはアリシアの故郷での村で起こった一件以降、一層その気持ちが強くなってきた。


 それとアリシアを守る為なら誰とでも相手になるというのは言わずもがなであるが……。


 それらの話を一切合切全て聞き届けた国王は暫しの沈黙の後、口を開いた。


「はっはっは、流石は噂に聞く死神であるな。その二つ名は伊達ではないようだ。なるほど、よくわかった。では仮にこの国が貴公と敵対したら同様に戦うというのだな?」


「はい。もしそうなるのであれば一切の例外もなく、蹂躙させてもらいます。そして最後には陛下の首を頂きにまいります」


 春人は一切の例外なく、敵になるのであればただ倒すだけだと答えた。そこには相手への警告も含まれている。こちらに刃を向けたらどうなるか分かっているな、と。


「分かった、肝に銘じておくとしよう」


 それから二三話をしてから国王との謁見は終わった。ひとしきりやる事を終えた春人はアリシアと共に王都の市街へと帰っていった。


 春人が退席しても謁見の間には国王や数人の大臣たちが残って何やら話をしていた。


「ふぅ、あの男の雰囲気が以前とだいぶ変わったな。まったく肝が冷えたわい」


 春人が居なくなった謁見の間で国王はため息を漏らしながら、玉座の背もたれに深く背中を預けていた。


「陛下、ご気分でもすぐれないのですか?」


「いや、大丈夫だ。気にするでない」


 大臣の一人が国王の身を心配して声を掛けたが、それに対して大丈夫だと答えていた。


「しかしたった僅かな期間で人はああも変わるものなのかね? まるでドラゴンに睨まれているようで生きた心地がせんかったわ」


「それは私達も同じです。彼の雰囲気に押され、終始冷や汗が止まりませんでした。陛下の心中お察しします」


 ここに居た者は皆、春人の雰囲気に圧倒されて皆一様に冷や汗を流していた。中には失神しかけている者も居た。一同は本能で春人を敵に回してはいけないと直感で感じていたようだ。


「戦いの中でしか生きられない人間なのかもしれんな、彼は。だが無自覚だろうが、彼は同時に民を守る為の心得も持ち合わせておるようだ。戦いだけを望む狂戦士となるか、我等や民の知る英雄となるかは彼の心次第という訳だろうな。どうか道を外すことがない様願いたいものだ」


 今だ冷や汗が止まらず、本能的にまた会う事を避けたいと思いつつも、国王は春人の未来を案じていた。






 一方その頃、城からの宿までの帰路についていた春人とアリシアはこんな会話をしていた。


「そういえば最近ハルトさんの雰囲気、なんだか変わりましたね」


「ん? そうか? 今の俺はどんな風に見える?」


「う~ん。強いて言うならドラゴン……みたい、ですかね? 何だか偶に貴方が怖いと感じる時があるんです」


 最愛の人に怖いと言われて春人は目に見えて分かるように、項垂れて落ち込んだ。


「俺が、怖い……か。何だか悲しいな」


「あっ、いえ、本当に偶になんです。そんな落ち込まないでください」


「いや、いいんだ。怖いと言われることに心当たりがあるから。今度から気を付けよう」


 春人はアリシアに怖いと言われるよりも前に内心自分でも気が付いていた。自分の中に殺しを楽しんでいる自分が居ることに。そしてその狂気が無意識に自分の体の外に出ていた事にも。


 殺しを楽しんでいる。それはかつてCFコンバットフィールドをプレイしていた時に抱いていた感情であった。死神として他者を圧倒的な力で屠り、また自分を倒すために必死になって挑んできた者を最大限の経緯を込めて真正面から返り討ちにする。そんな戦いが楽しくて仕方なかった。


――狂気に支配されるのは簡単だ。一度ひとたび支配されれば今度は死ぬまで戦場をさまようだろう。だが今の俺には帰る場所が、守るべき者アリシアが居る。今度は俺が狂気オマエを支配してやる!


 その忘れてた感情がここでまた芽生えて来るとは思ってもいなかった。僅かずつではあるが春人の中に活て抱いていた狂気が今再び胎動を始めた。

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