75:死神部隊の行方とベルカ帝国の未来
「探す相手は以前この国で前皇帝オネストと共に行動していた連中。そして俺の元同胞、その名は死神部隊」
春人はルイズに、いやベルカ帝国に対して死神部隊の捜索を依頼した。
「その死神部隊というのはそこまでの大金を出してまで探さなければいけない相手なんですか?」
「あぁそうだ。奴らは放っておけば必ずこの世界にとって良くない事をそう遠くない未来に起こすだろう。それを止める為に俺はここに居る」
「そう言えばハルトさんは前からその人達を探してますよね。以前ウルブスでの戦いで遭遇した人と何か因縁でも? 何でそこまで執着しているんですか?」
大金を出してまで探さなければいけない理由をルイズとアリシアは訊ねた。二人には春人がそこまで熱心になる理由が分からなかった。
「どうやら俺と連中との関係を説明しないといけないようだな」
「そうしていただけると助かります」
因果関係を説明しないとルイズは仕事を引き受けてはくれないだろうと思い、春人は死神部隊との関係を話し始めた。
「ではどこから話そうか……そうだな、死神部隊の始まりから話そうか」
それから春人によって死神部隊の経緯が説明された。勿論所々にフィクションを交えてだが……。
はじめは死神部隊という名の部隊は存在せず、春人が敵味方問わず他方から死神と恐れられていたところから始まった。その異名に釣られて何時からか人が集まってくるようになった。それが全ての始まりである。
一人から大勢、人が集まり勢力が拡大され何時からか誰かが死神部隊と呼ぶようになった。勢力が大きくなっても一同が赴く場所は常に最前線で、それに付いて行くことが出来なくなった者達が次々と脱落していき、最後に残ったのは数人だけだった。そして最後に残った少数と共に文字通り春人は一時期戦場の覇者として君臨していた。
だがそれも長くは続かなかった。いつかの戦闘で仲間と思っていた同胞は他の死神部隊を邪魔だと思っていた連中と結託して春人を討とうと企み、謀反を起こしてきた。数時間の戦闘の末、春人は反乱を起こしたメンバーを全て倒して幕を閉じた。
それからは春人は部隊を解散し、また単独での行動に戻って一時期表舞台から姿を眩ました。
「というのが今までの経緯だ。そして俺が解散させたはずの死神部隊は俺の知らない場所で生き残ったメンバーを中心に再編成され、それが流れに流れてここまで来たようだ」
「もしその人達を放っていたらどうなるのですか?」
「連中が望む世界は戦乱に満ちた世界。全てを武力でもって解決するような狂った世界だ。それを防ぐためにも連中を一人残らず殺す必要がある」
春人がそう言った瞬間、ルイズは背筋がゾクッとするような感覚と得体の知れない恐怖に襲われた。それはまるで強大な力を持ったドラゴンと対峙しているかのような感覚だった。
――――何なの今の背筋が凍るような感覚。これがハルトさんの殺気だというの? とても冷たく、そして重い。正直言って……怖い。でもこれは私達に向けられたものじゃ無い。うん、大丈夫。
恐怖でここから逃げ出したい感覚に飲まれそうになったが、春人は敵ではない事を改めて認識し、大丈夫だと自分に言い聞かせながら拳をグッと握りしめ、今の得体の知れない恐怖を克服した。
「ハルトさんがそう言うのなら、その死神部隊は余程の相手なのですね。世界を反転させることが出来るとは俄かには信じられませんが、ここはハルトさんを信じましょう」
「ということは引き受けてくれるのか?」
「ええ、次期皇帝の座につくこの私にお任せください。ハルトさんに何から何までお世話になったのですから今度は私が貴方に手を貸す番です」
「ありがとう。本当に助かる」
胸に手を置き、私達に任せなさいと言うルイズに対して、春人は深く頭を下げて礼を言った。
「それはそうと、ハルトさんに一つだけ言いたい事があります」
「ん? なんだい?」
「さっきみたいに殺気をむやみやたらに出さないでください。凄く怖かったんですから! アリシアさんからも何か言ってあげてください!」
先程の春人の殺気に当てられたことにルイズは苦言を言ってきた。そしてその事についてアリシアからも春人に何か言ってあげてと振ってきた。
「えっ!? 私ですか!? 急に言われても。そうですね……ハルトさん、ダメですよ。殿下は私達の友人であって敵じゃないんですから」
急に振られたアリシアはこっちに振られるとは全然思っていなかったようで、少しあたふたしてから春人にそう言った。
「俺はそんなつもりは無かったんだがなぁ……」
二人から責められて春人は小声でそう言うだけだった。どうやら今の殺気は春人が無意識に出していた様だった。戦場の覇者である春人でも二人の女性に責められては何も出来ないでいた。
それから今回の死神部隊捜索の依頼を改めて書面でまとめ、正式にベルカ帝国が依頼を受けた事になった。内容は春人が話した事とあまり変わりはないが、いくつか追加で記載されるものがあった。
ひとつは捜索範囲はベルカ帝国領土内であること。それともうひとつが相手に気づかれない様秘密裏に行動すること。他にもいくつか書いてはいたが、主に注意しなければいけないこの二つを大きく記載していた。
領土内のみの捜索に関しては終戦して間もないこの国がまた周辺の諸国を刺激しないための配慮である。もう一つの秘密裏に行動する件に関しては死神部隊にバレるのを防ぐためである。もしバレてベルカ帝国が死神部隊から核攻撃でもされた日には目も当てられないからだ。この二つに関しては春人はルイズの耳に胼胝が出来そうなほどに注意した。
春人の依頼に関してはこれで一先ず終わり、後は時間が許す限り三人で歓談を楽しんだ。その楽しい時間も残りわずかとなり、日が完全に暮れる前に春人とアリシアは城を後にしていった。
その翌日に帝城内、謁見の間にて戴冠式が執り行われ、これによりルイズが正式にベルカ帝国の皇帝の座に就くことになった。皇帝となった彼女の最初の仕事である民衆への演説で自身の夢であった奴隷制度を廃止することを宣言した。
内部に敵を作りかねない行動ではあったが、きっとこれは彼女なりのケジメなのだろう。
どんなに壁が高くとも、敵がどれだけ多くともルイズはきっとこの国を良い方向へと導くだろう。そう春人は確信していた。
「さあ、ここからが君の本当の戦いだ。最後の頂に辿り着くまで道は険しいだろう。途中で挫けそうにもなるだろう。だがきっと君を助けてくれる者は必ず居る、俺以外にもな。俺が、この死神が応援しているんだ。きっと上手くいくさ。だから……止まるなよ」
誰かに言う訳でもなく、戴冠式から演説の最後まで見届けた春人は呟いていた。その言葉は人々の歓声などでかき消されて、誰かの耳に入る事などきっと無いだろう。それでも春人の思いはルイズに届いたはずだろう。確信は無いが春人は今の言葉がルイズに届いたように思えた。
そう思っていた時にアリシアの声が耳に入ってきた。
「ハルトさーん。そろそろ帰りますよー!」
春人のいる群衆から少し離れた場所でアリシアが王都へ帰る使者たちと共に春人を待っていた。帰りは使者の護衛も兼ねて二人は馬車に同乗していくつもりでいた。
「もうそんな時間か……。あぁ分かった。そろそろ行こうか」
そう返事をして春人とアリシアはトリスタニア王国への帰路についた。
この日から数年後、様々な困難を乗り越えて見事奴隷解放を成し遂げ、種族間の差別のない真の平等へと導いたルイズが国民から絶大な支持を受け、後世まで語られるようになったのはまた別のお話……。




