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74:戦後処理と新たな依頼

 地下牢での尋問から数日が立ち、ベルカ帝国暫定政府では調印式の準備だなんだで慌ただしくしていた。春人はトリスタニア王国からの使者が来るまで帝都から離れるつもりは無いらしい。


 帝都に滞在しているからなのかどうかは分からないが、ルイズからの使いの者が春人にわざわざオネストの処刑執行の日にちを告げに来た。それを聞いても春人はそれを見届けに行くつもりは無く、一人宿屋の部屋でオネストの私室から持ち帰った無線機をここ数日いじっていた。


 結果は依然と変わらず、うんともすんとも言わずにいる。


「しかしこうも進展が無いのはどうしたものかね。アリシアも王都に置いてきたままだし、連れてくれば良かったなぁ」


 息抜きとばかりに春人は市内へ散策へ出て行った。この日がオネストの処刑執行日であり、明日が調印式が開かれる日だという事をすっかり忘れて……。


外ではいつも以上に人の往来が多く、どこへ行こうにも人の波に揉まれそうな程だ。その中を適当に散策してると王国とも帝国の物とも違う見慣れぬ恰好をした集団に遭遇することがままあった。


――ん? 何故他国の人間が? あぁそうか、明日はあれか。という事は今日は……


 などと考えながら歩いているとすれ違う人混みの中からこんな声が聞こえた。


「ほら急げ、早くしないと終わっちまう」


「そう急ぐな。そんなに急がなくてもまだ十分間に合うだろ」


「あの憎いアイツの最期が見れるんだ。早く行っていい場所を取らないと他の奴等に他の奴等に取られちまう」


 そんな会話が耳に入ると今日が何の日なのか思い出した。


「そうか、今日はアイツが処刑される日だったな。まぁ興味は特にないし、行く必要も無いだろう」


 特別行く必要も無いので春人はオネストが公開処刑される広場とは真逆の方向へと足を進めた。その行為が功を奏したのか、ここで会うとは思っても見なかった人物と遭遇した。


「ハルトさーん!」


 そう呼ぶ声には聞き覚えがあった。


「アリシア! 何故ここに!?」


 春人の視線の先には王都に置いてきたままの筈のアリシアが居た。彼女は春人の姿を確認すると真っ先に駆け寄って来た。


「えへへ、来ちゃいました」


「来たって、一体どうやって?」


「あそこの王城の人達に無理を言って同行させてもらいました」


 彼女一人同行させるだけでもそうとう大変だったのだろう。そう思った春人はただ頭を抱えるだけだった。そんな春人の顔をアリシアは両手で挟む様にして押さえ、自分の方へと向けさせた。


「そ、れ、よ、り、も。ハルトさん私に何か言わないといけない事は無いんですか? この間無事に帰って来たと思ったら、またすぐに帝都に出かけて。私一人王都に置いて」


 顔はいつもと変わらぬ笑顔をしているが声はそんなことは無いようだ。彼女は今もの凄く怒っている。


「うっ……すまない……」


 ただ春人はこう返すしかできなかった。確かに置いて行ったのは事実だし、王都に兵士を連れ帰ってそれからアリシアの元に帰って二三日も経たないうちにまた帝都まで出かけたのもまた事実だ。


 流石に彼女をここまで怒らせたことは一度もなく、そうさせてしまった春人は終始彼女に圧倒されていた。


 戦場での勇姿を見ていた者がこの光景を目撃したら一体どう思うだろうか?


「前からずっとそうですよね。しっかり帰って来るのは分かっていても、無茶な戦いをしていたと兵士の方からそう聞いた時は私も驚きました。なんでそんなに死に急ぐような行為を続けるのですか。毎回貴方の事を心配しているのは私なんですよ? それに――」


 アリシアの小言ともとれるお説教はもう少しだけ長く続いた。その相手である春人はだんだんと縮こまっていっている様に見えた。そこにはもう死神という異名を持つものとしての威厳は何処にもなかった。


「まったく、この歳で私を未亡人にさせる気ですか……」


 最後のこの言葉だけは小さく呟かれたので春人には聞き取れなかった。


「何から何までおっしゃる通りです。返す言葉もないです……」


 このやり取りの途中でトリスタニア王国からの使者がアリシアに追いつき、その二人のやり取りも途中からではあるがしっかり聞かれていた。


「なあ、あれが噂に聞くウルブスの英雄で死神の異名を持つものなのか?」


「さあ? だが聞いた外見の特徴から言えばたぶん彼でしょう」


「話に聞いていた人とはとても思えませんね。なんだか彼女さん? の尻に敷かれているようですし」


「自分はもっと屈強な戦士だと想像していました。噂話も案外当てになりませんね」


 二人のやり取りを見て彼等はこう言っていたそうだ。春人が噂に聞くような狂戦士ではなく、いたって普通の同じ人間であると一同は思ったそうだ。


 そうしている間にも市内の広場の方から一際大きな歓声がここまで届いて来た。


「ん? やけに向こうが賑やかですけど、今日は何か有るんですか?」


「ああ、今日はこの国の前の皇帝が諸々の全責任を取るために今日広場で処刑されるそうだ。あの様子だと今さっき執行されたようだな」


「ハルトさんは行かなくて良かったんですか?」


「人の死を見世物にする行為は俺は好きじゃない。それにもし行っていたらここでアリシアに会えることも無かっただろう。そうだ、後この国に来たのなら以降の行動は俺と一緒に居た方がいい。亜人種の人を見下すような連中がまだいるからな。離れるなよ?」


「分かりました。でも私はまだ許したわけではありませんからね!」


 アリシアの機嫌を戻すのにはまだまだ時間が掛かりそうだ。そう春人は思ったが、原因は自身の行動に有る訳だからどうしたものかと悩んだ。


――俺が原因なのは分かってはいるが……はてさてどんな無理難題を言われるかね。


 そんなこんなで調印式前日、オネストの処刑執行当日のこの日は幕を閉じた。


 余談ではあるが、オネストは執行人に首を刎ねられるその最後の瞬間まで何処かの誰かを呪うような言葉を吐いていたそうだ。






 その翌日、周辺各国との戦争状態を正式に終わらせる為の調印式が帝城の一画にて執り行われた。そこにはアリシアを同行させてくれたトリスタニア王国の人間もその場に勿論参加している。


 調印式事態は特にこれといった大きなトラブルも起こることなく、その日の夕方には全て終わったそうだ。


 同日のその夕方に春人とアリシアは帝城へと赴いていた。彼等が来た理由は今回の戦闘の参加、及びルイズの夢を実現させるという事の手伝いという依頼の報酬の話をするためだ。その為、城内の一際大きな応接室で待たされている。


 暫く待つと所々にレースがあしらわれた赤を基調としたドレスを纏ったルイズが現れた。これが彼女の正装なのだろう。


「お待たせいたしました。何分不慣れな仕事が多かったので遅くなってしまいました」


「いえ、そんな事ありません。殿下、改めて此度の変革の成功おめでとうございます」


 春人とアリシアは椅子から立ち上がってルイズを迎えた。それから二人の対面、間にテーブルを挟む様にしてルイズは椅子に腰かけ、春人達にも楽にするように促した。そしてお互い堅苦しい挨拶で話し合いが開始された。このままの堅苦しい空気で続けられるかとそう思っていた矢先、この空気が合わなかったのかルイズが思わず小さく笑みを漏らしてしまう。


「ごめんなさい。私達の間で堅苦しい話し方は似合わないですね。ここからはいつも通りでいきましょう」


「そうだな、こっちも今のには違和感を感じた。やはりいつも通りが一番だな」


「それとその服はハルトさんの国の軍服……ですか?」


 自国やこの辺の国の軍服とも違う見慣れぬ異国の軍服姿がルイズは気になったようだ。彼女の視線は春人の着ている服に向けられている。因みに今この時の春人の服装はいつものイタリア国家憲兵隊の軍服である。室内なのでマントは流石に纏っていないが。


「そんな所だが、やはり気になるか?」


「いえ、とても似合っていらっしゃるなと思って」


 ルイズは率直な感想を言ってきた。それにすかさずアリシアも同意した。


「やっぱり殿下もそう思いますよね。私のハルトさんはどんな格好をしても似合うんですから!」


 何を思ったのか、アリシアは″私″のという部分だけやけに強調して言った。


「ありがとうアリシア。分かったから少しだけ落ち着こうか」


 少し興奮気味になったアリシアを春人は宥めた。これ以上放っておいてはこれから始める話し合いが横に逸れてしまうと感じたからだ。それと顔には出していないが、その内心では最愛の彼女に褒められたことを嬉しく思っていた。


「そういえば彼女を城内に招いてくれて感謝する」


「いえいえ大丈夫です。アリシアさんも私にとって大事な人ですので来てくれるのは大歓迎です」


「殿下ありがとうございます。そう言っていただけると光栄です」


 これ以上話が横に逸れていくと世間話が始まりそうな気がしたので、そろそろ本題に入る事にした。


「さてと、ゆっくりと雑談するのもいいがそろそろ本来の要件を進めようか」


「そうですね忘れてました。久しぶりにこうしてゆっくりお話しできる時間が出来たのでうっかりしてました。本題とは今回の件の報酬の事ですよね?」


「話が早くて助かるよ」


 察しがいいのかルイズは春人が言わずとも今回協力した事に対する報酬の件で来たと気づいていた。


「そろそろ来ると思って既に用意しておきました。すみません、例のものをお願いします」


 ルイズは部屋の外へそう言うとすぐ、ドアを3回ノックしてから老執事がひとりワゴンを押しながら入って来た。


「ルイズ殿下、例の品物をお持ちしました」


 執事が押してきたワゴンの上にはそこそこ中身が入っていそうな麻袋が一つだけ置かれていた。


「ありがとうございます。それをハルトさんへお渡ししてください」


「かしこまりました」


 そう言うとその麻袋を丁寧に扱い春人の目の前のテーブルの上に置いた。置いた際の音で春人は中身が何かピンときたようだ。


「ご苦労様です。あとは大丈夫ですので下がってけっこうです」


「はい、それでは失礼いたします」


 そして一礼してからその執事は部屋を後にしていった。


「今のこの国には侵略行為をした他国への賠償金の支払いだとかで色々と財政難ではありますが、少なくともハルトさんへお支払いする分は何とか確保してあります。少ないかもしれませんが、どうかお納めください」


 春人はその麻袋の中を検めると中は思った通り金貨がこれでもかと収められていた。しかもご丁寧な事に中はこの国で流通している貨幣ではなく、トリスタニア王国の貨幣に両替されていた。


「わざわざ両替までしてくれるとは手間を掛けさせてしまったな。一応これでこの依頼は完了したという訳だ」


「本当はもっと出すべきだと思ったのですが……」


「いや、気にするな。俺が良いと言えばそれで終わりだ。さてと、今度はこの金で俺の方から仕事を頼もうか」


 受け取った金貨をそのままそっくり返すように春人は今しがた受け取った麻袋をルイズの側へと置いた。


「ハルトさん!?」


 今の春人のとった行動にアリシアは凄く驚いた。せっかく受け取った金貨を全額返すような行動が理解できないでいた。それにはルイズも同様だった。


「やはり、これでは足りなかったですか?」


「いいや、全く問題ない。さっきもそう言っただろ? この前の依頼は先程報酬を受け取った事で全て完了した。そしてその報酬であるこの受け取った金貨は今現在俺の所有物という訳だ。それを俺がどう使おうと俺の勝手だろ? 違うか?」


 春人の言う事はあながち間違いではない。この金貨の所有権がルイズから春人へと譲渡された為、春人が何処でどう使おうと他人から文句を言われる筋合いはない。


「いえ、違いありません。それで、私達にいったい何をさせようというのです?」


「俺から頼む仕事はただ一つ。人探しだ。簡単だろ?」


「人探し……ですか。それで、その探す相手はどんな人ですか?」


 たかが人探しのためだけに今受け取ったばかりの大量の金貨を差し出したことにルイズは疑問を抱いていた。そこまでして探さなければいけない相手なのかと。


「探す相手は以前この国で前皇帝オネストと共に行動していた連中。そして俺の元同胞、その名は死神部隊」

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