73:皇帝と死神部隊
ベルカ帝国の帝城、その地下牢に収監されているオネストの元へ訪れた春人は開口一番に調子はどうかと聞いた。それに対してオネストは軽く鼻で笑いながらこう答えた。
「はっ! 調子はどうかだと? これを見てそう言うとはキサマの目はどうやら節穴のようだな」
「それだけの戯言が吐けるようならまだまだ大丈夫なようだな。それと感謝してもらいたいものだ。その折れたお前の腕を直したのは一体誰だと思っているんだ?」
そう言われたオネストの腕は今では元通りに完治している。皮膚から折れた骨が飛び出ているほどの重傷を負っていたことなどまるで嘘のようだ。それをしたのは春人が持つ医療用ナノマシンだ。戦闘終了後に拘束したオネストの体にナノマシンを打ち込んで元通りにした。ナノマシンを打つ前に春人が飛び出た骨を体内に押し込んだ時にオネストの体に激痛が走ったようだが、自分や身内の事ではないのでそんな事など春人はとうに忘れていた。
「それはキサマが勝手にやった事だろ! 無理やり人の腕をへし折って、折ったと思ったら今度は勝手に治して。治すのに随分と激痛が伴ったぞ、ヤブ医者め!」
「文句は一切受け付けん。それと、まだまだ元気があって何よりだ。しかしそれがいつまで持つか見物でもあるがな。さて、無駄話はこれで仕舞だ。早速本題に入るとしよう。だが……その前に……」
何かを始める前に春人はオネストの腹部を思いきり殴った。床に固定されている椅子の上で身動きの取れないオネストは抗う事も出来ず、口から息を漏らしていた。
「これは先日お前に損傷させられた強化外骨格の分だ。お陰で数日間アレが使えなくなってな。まだ他にもあるぞ」
そう言うと続けて二発三発と続けて殴り続けた。その際に春人はオネストの意識が遠のかないよう細心の注意を払っていた。
「……へっ、満足したか? 無抵抗の奴を殴って楽しいか?」
「楽しいか、か? これが楽しいわけがないだろう。だがやらなければ俺の気が済まない。今度のはお前の所の兵士に無残に殺された者達の分と亜人種の連中を無理やり戦わせた分だ。お前のせいでいったい何人の人間が死んだと思ってるんだ? それと、これはオマケだ」
腹部を殴られても尚オネストはまだ軽口をたたくだけの余裕があった。
無抵抗の人間を殴って楽しいかという問いに春人は内心怒りを覚えながら楽しい訳が無いと即答した。そして続けて殴り続ける理由を話した。その時の彼の脳裏にはアリシアと同じ種族、ウェアウルフの集落での出来事を思い出していた。この時の恨みで目の前にいる元凶をこの場で殺してもいいと思ったが、衝動的な行動をしてはいけないとグッと堪えていた。
そしてオマケと称して最後にオネストの顔面目掛けて今以上の力を込めて拳を振るった。椅子から転げ落ちるかとも思える威力だったが、椅子が床に固定されている為そうはならなかった。オネストは首から上が後ろにのけぞり、この時に鼻の骨が折れ、同時に鼻血を流してしまった。その痛みでオネストは外まで響くほどの悲鳴を上げた。
頭が後ろにのけぞったオネストの髪を春人は無理やり掴み自身の方へと顔を向けさせると悪人のような顔でオネストを睨みつけ、ドスの効いた声でこう言った。
「さて、前座はここまでだ。これからは本題に入る。噓偽りが通用するとは思うなよ? では答えてもらおう。お前……死神部隊を知っているな?」
この牢屋に来て春人はようやく本題に入った。
「死神部隊ぃ? 知らんな。ま、知っていてもキサマ如きに教える訳ない――」
オネストが最後まで話す前に春人の拳がオネストの顔面に飛んできた。折れた鼻にピンポイントで当たり、またもオネストは激痛に耐え兼ねて耳を劈くような悲鳴を上げた。
「キサマが知らない訳がないだろっ! 連中でなければ誰がキサマに銃を渡し、その使い方を教えた! 誰からbotという兵士を譲り受けた! これ以上痛い目に遭いたくないのならさっさと知っている事を話せ! 叫んでる暇なんてないぞ!」
春人は片手でオネストの胸ぐらを掴んで、彼の顔の間近で叫んだ。どうしても倒すべき本当の敵である死神部隊の事になると春人は自身の感情をを抑えることが出来ないでいる。それほどまでに死神部隊に所属する元同胞の事を憎んでいた。
「わ……分かった……。分かったからこれ以上は止めてくれ……。知っている事を話すから」
先程までの威勢は何処へ行ったのやら、オネストは涙目になりながら知っている事を全て話すからこれ以上危害を加えるのを止めてくれと懇願してきた。これ以上無駄に抗っても何をされるか分からない。最悪、この場で拷問の末に殺されると思った彼の取った行動がただの命乞いだった。
「ふん、最初からそうしてくれればそこまで無様な姿にならなかったものを……。まあ、俺も簡単な尋問は出来ても拷問は専門外だからな。手間が省けてよかった。
それにしても、最後に命乞いをしてくるとは予想外だったな。先程までよく吠えていた姿がまるで嘘のようだ。だが残念なお知らせがある。命乞いをしたところでお前が死ぬことは確定事項だそうだ。先日お前の妹であるルイズがお前の処刑を決定したそうだ。残念だったな」
ずっとオネストの胸ぐらを掴んでいた春人はその手を放すと彼の前で腕を組み、そして同時に蔑んだ視線を彼に送っていた。
「さあ、それではそろそろ話してもらおう。死神部隊は、ハミルトン達とは何処で知り合った? そして連中は今何処に行った? お前に銃と、それの使い方を教えたのはあの連中なのだろう?」
「話す前に一つだけ頼みがある。この鼻を治してくれ。そうしたら話す。な、この前みたいに頼む」
「……まったく面倒な奴だ。いいだろう、だが約束は守ってもらおう」
至極面倒くさそうにしつつも春人はその懇願を聞き入れた。そしてMTより医療用ナノマシンを取り出すとそれを握りしめたままもう片方の手でオネストの鼻を掴んだ。
「我慢しろ」
感情のこもっていないその言葉が発せられた直後、折れた鼻の骨を元の位置に戻す際に聞こえる不快な音が続いて聞こえた。それに続けて更にオネストの悲鳴が上がったのはもはやテンプレのようだった。
そんなオネストの悲鳴を無視して春人は彼に医療用ナノマシンをやや力を込めて打ち込んだ。それからすぐに彼の鼻は元通りに完治し、それを確認すると春人は改めて尋問を再開した。
「さあ、お望み通り治してやったぞ。約束通り話してもらおうか。それとも、また拒否して豚のような悲鳴を上げるか?」
空になったナノマシン注射器を投げ捨てて春人は知っている事を話せと迫った。
「いいや、これ以上は勘弁してくれ。俺が知っている事を全て話すから……」
それからオネストは自身が知っている死神部隊についての情報を話し始めた。
オネストいわく、初めて死神部隊が現れたのは今から約3年前、場所はベルカ帝国軍が演習している演習場だったそうだ。その時そこに居たのはハミルトンという男唯一人で、帝国の軍人は演習場に無断で立ち入った不届き者として彼の排除を試みたそうだ。だがその試みは失敗に終わり、ハミルトンが持つ未知の武器によって演習場にいた兵士の殆どが殲滅させられた。
その後、その話を耳にしたオネストがハミルトンをあの手この手を使い、多額の契約金と多数のベルカ帝国軍の兵士の命と引き換えに彼を傭兵として自身の配下に迎え入れた。その時に自衛用としてハミルトンからレイジングブルを譲り受け、同時にそこで銃の扱い方も学んだらしい。
ちなみに銃のカラーリングが黄金色なのはオネストがオーダーしたからだ。
「なんとも悪趣味なセンスだ。そんな事をしても戦術的優位性は変わらないというのに」
銃をわざわざ目立つ色に塗装したことに春人はつい苦言を漏らしてしまった。それでもまだオネストの証言は続けられている。
そしていつの日だろうか、オネストの気付かぬうちにハミルトン以外にも見知らぬメンバーが増え、彼等は何時からか自分達を『死神部隊』と呼称するようになった。それでも傭兵としての契約は依然と変わらずに継続された。
人数も増えたことでオネストはついに行動を起こし、彼は自身の親である前皇帝を手にかけて自分が皇帝の座に着いたそうだ。その時の動乱にも死神部隊は力を貸していたという。
「……で、自分は好き勝手やって民衆は圧政の名の元に縛り付け、なんだかんだやってたら自分の妹のルイズに謀反を企てられて今がある……と。一ついいことを教えてやろう。民を抑えつけた支配者は民によって殺される。過去どの国でも悪政が栄えたことは無い。勉強になったな。さてと、お前の昔話は聞き飽きた。俺が聞きたいのは今現在の死神部隊の居場所だ」
「それは知らない! 本当だ! 連中、脱走したルイズの捜索に向かわせた後ウルブスへ援軍に向かわせたがそれ以降音信不通なんだ! 信じてくれ!」
ここで春人も予想だにしていない言葉が出て来た。今音信不通という事は少し前までは連絡手段があったという事になる。その事に反応しない春人ではない。
「音信不通とは少し前までは連中と連絡できたという事だな? それはどこでやっていた!? さあ吐け!」
「それは俺の私室に置いてある緑色のハコのような物でやっていた! 嘘じゃない、だからこれ以上痛めつけるのは止めてくれ!」
怒気の籠った声にオネストはまた痛めつけられると思い、春人に止めてくれと懇願した。勿論春人はオネストにこれ以上手を出すつもりは無かったので、これはオネストの思い込みでしかない。
「これ以上は時間の無駄だな。何も知らないお前にはもう価値は無い。同様に生かしておく理由もな」
そしてオネストは本当に死神部隊の行方を知らないのだろうと察した春人はこれ以上ここに居ても無駄だと感じ、地下牢を後にしようとした。出て行こうとする春人を見てオネストは春人を呼び止めた。
「待ってくれ!」
「何だ?」
「俺の一生のお願いだ。俺をここから助けてくれ。報酬はいくらでも望みの物をやる! まだ死にたくない!」
最後の最後まで見苦しく生へと執着しているオネストの姿に春人は只呆れていた。
「まったくこの期に及んで命乞いとは見苦しいぞ。それでも一国を治めていた者か! 恥を知れ! ここで大人しく最期の時が来るのを待ち、そして大人しくその首を差し出せ。それがこの国と国民のためだ」
それだけを吐き捨てると春人はこの牢屋から出て行き、また重苦しい扉が閉められた。閉ざされた扉の向こうから罵詈雑言や春人を呪うような言葉が聞こえてきたが、それを無視して春人はこの地下牢を後にした。これが生きているオネストを見た最後の日となった。
それからオネストの処刑の日取りが決まったのは二日後の事であった。執行される日は各国との調印式が行われる日の前日だそうだ。その日までオネストの元に来るのは食事を運んでくる兵士だけで、それ以外の者が訪ねて来ることは一切無かった。
処刑されるその日までオネストは誰かを呪うような言葉をずっと吐いていたと後に帝国の兵士が語っていた。
地下牢から出て来た春人は同行する兵士に再度案内させ、オネストの私室に来ていた。
「いったい何所に有るんだ? 連中との連絡手段とやらは?」
春人が探しているのはオネストが言っていた死神部隊との連絡手段であった緑色のハコの様な物だ。それを探すために室内を乱暴にガサ入れをしている最中だ。
「一体何をされているのです?」
ガサ入れしている春人をここまで連れてきた兵士が不思議がっている。
「ただの探し物だ、気にしないでくれ」
それから間もなくしてその目的の物は出て来た。
「これは……そうかコイツがそうか。しかしどうやって……?」
見つけた探し物とやらは確かに緑色で長方形の箱のような形をしていた。その本体から黒いアンテナも伸びている。
出て来た物はPRC-152という軍用の無線機だった。しかしこれが出て来たことにより新たな疑問が生まれた。
――ゲーム中でも無線機として出て来たから有ってもおかしくは無いが、中継する通信衛星が無いこの世界でどうやって運用しているんだ?
思い当たる周波数を入力してもノイズが聞こえるだけで他には何も聞こえない。春人の頭の中は疑問だらけになってしまった。しかしいくら考えても答えは出なかった。
「すまないが、コイツを貰っていくぞ」
「え、えぇ!?」
兵士の承諾が出る前に春人は室内からPRC-152を持ち出していった。




