72:ベルカ帝都制圧作戦 4
「は……ははは、どうだ! 最初からこうしていればよかったのだ。見事に賊を討ち取ったぞ!」
誰にいう訳でもなく、オネストは一人高らかに声を上げて宣言している。その彼に手には黄金色に輝く拳銃が握られており、その銃口からは微かに煙が上がっていた。春人を撃ったのは紛れもなく彼だ。
その撃たれた春人はというと現在目を閉じ、血の池と化した冷たい床に倒れている。全身血塗れだったが為に周りの床や自身の体に付着している血が誰のものか他者から見ると全然分からない。もっとも、分かるのは春人だけだが……
「随分と手こずらせてくれたな。では、賊の死に顔を拝ませてもらうとするか」
オネストは数段高くなっている玉座のある場所から降りてきて、最後の一段から足を離して床に足を着けようとした瞬間と同時にそれは起きた。
オネストに撃たれ、倒れた春人が瞳を開けて立ち上がったのだ。
「な!? 何故だ、何故生きている!? 今この俺の手で撃ち殺したはずなのに!」
胸を撃って息の根を止めたと思っていた相手が突如立ち上がった事にオネストは驚きを隠せなかった。
「ん? 俺を殺した? 寝言は寝てから言え。拳銃ごときで致命傷になる訳が無いだろう。だが今の不意打ちは良かった。誉めてやろう。……だが、これまでだ」
本来強化外骨格は拳銃弾程度では致命傷まで至ることは到底ない。だがマグナム弾、もしくはそれに準ずる強力な弾を使われたら着弾時に生じる衝撃が使用者まで到達する場合がある。その衝撃で春人は倒れてしまったのだ。
そして春人は今撃たれた箇所の確認をしている。
「まったく、装甲が少し凹んでるじゃないか。修復までどれだけ時間が掛かると思ってるんだ。まあいい、この代償はしっかり払ってもらおう」
撃たれて装甲が歪んだからなのか、もしくはそれ以外の理由なのか分からないが春人は全身に狂気を帯びながら、またゆっくりとオネストへ歩み寄っていく。
「おのれ! 来るな、来るな、来るな!--」
何度も来るなと連呼しながらオネストは拳銃を撃ちまくっている。撃った弾のうち、初めの数発は強化外骨格に見事命中したが、残りの弾は照準がぶれて全てあさっての方向へ飛んでいった。そして撃てば勿論弾は減っていき、とうとう銃に込められている弾が尽きたのかカチカチと引き金を引く音が空しく響くだけだった。
「どうした? 弾切れか? だったら弾を装填してもっと撃ってみろ。弾が無ければ拳で抗え。さあ! 早く! 早く早く!」
オネストから見て、自分にゆっくり近づいて来る春人はまるで異形の化け物のように見えていた。その証拠に彼は弾の切れた銃の引き金をずっと引き続けながら、少しでも逃げようと後退していた。それに恐怖で声を出すことも出来ないようだ。
「はぁ……戦わずに逃げるだけか……。残念だが、時間切れだ」
この場から逃げようとするオネストに追いついた春人は彼が銃を握っている方の腕を思いきり掴んだ。腕を掴まれたオネストはこれ以上逃げることは出来ないだろう。
「くっ……! 放せ!」
「放す訳ないだろう」
放せというオネストに対し当たり前のように放さないと答えた。それよりも春人が今一番気になっているとこは彼が握っている拳銃の方だった。
「……ほう、リボルバーだとは分かっていたが、トーラスのレイジングブルか。コイツを片手で撃てるとは中々いいセンスだ。確かにその銃で撃てる454カスール弾なら強化外骨格の装甲を傷つけることが出来るだろう。お陰で装甲は凹むは一瞬気を失うはで散々な目に合ったが……。そうだ、一ついいことを教えてやろう。その銃は良い銃だが、そのド派手な色は趣味が悪い。止めといたほうが賢明だったな。さて、お話はこの辺で仕舞だ」
そして春人はオネスト腕をへし折るかの勢いで更に彼の腕を握る手に力を加えた。腕の骨からミシミシと嫌な音がし、痛みで顔が歪んだオネストはそれ以上手に力を入れることが出来なくなり、床に銃を落としてしまった。
オネストが使っていたトーラス・レイジングブルとはブラジルのトーラス社で開発された大型のリボルバーである。この銃にはいくつかのバリエーションがあり、オネストが使用していたのは454カスール弾という、強力な弾丸を使用することが出来るモデルである。
「くっ! いっそ一思いに殺せ!」
「なに、直ぐには殺さんよ。お前にはまだ用が有るのでな。その銃の入手経路や使用方法を教えた奴について。それとある連中の行き先とかな色々と……な」
またしても春人は不敵な笑みをしながらすぐには殺さないと言った。
聞き出すことが山のようにあるので今この場でオネストの首級を上げるつもりは無い。それにこの男は大衆の前で然るべき裁判を受けて、その命を絶たせるのが賢明だろうと春人は考えていた。
春人がオネストを捕えた直後、春人の背後からルイズの叫ぶ声が聞こえた。
「兄上! もうあなたの負けです! 大人しく降伏してください!」
「見つけたぞオネスト! これでお前の時代は終わりだ!」
ルイズ達の方に顔を向けるとそこにはルイズの他にフィオナ達の姿も確認できた。春人より先にヘリから降りたのにここへの到着が後だったという事は途中で足止めを喰らって時間が掛かったからだろう。それでも全員が五体満足でいるから良しとしよう。
そして彼女達は春人の元へと近づいて行き、そこで初めてオネストが既に春人の手によって捕まっているという事を知った。
「ようルイズ、それにフィオナ! 遅かったじゃないか。いや、戦闘の後だから丁度いいと言えば丁度いいタイミングか」
「ハルトさん! どうしたんですかその全身の血は!? どこかお怪我でも?」
「いいや、これは全部返り血だ。そこで死んでいる獣人達の……な。後でこの戦闘が終わったら丁重に弔ってやってくれ」
そう言われるとルイズは後ろに振り返って自分達が通って来た所のあちこちにある死体に目を向けた。この部屋に来て直ぐには何の死体だったか分からずにスルーしてきたが、よくよく見てみるとそれが自分が助けたいと切に願っていた亜人種の死体であった事に気が付いた。
ルイズは絶句した。そしてこの状況から考察して、誰が彼等を殺したのかと考えた。そしてそれは直ぐに答えが出た。
「これは……ハルトさんがやったのですか?」
「そうだ」
春人はそれに簡潔に答えた。
「なんで殺したんですか!」
「彼等は魔法で操られていた。こうする以外に方法は無かった。それよりも今は他にやる事があるだろう? ルイズ殿下」
一時の感情に流されて本来の目的を忘れてはいけない、そう春人は言いたかった。そう言われたルイズは春人に向けた怒りに似た感情をグッと抑えて春人の横に立ち、彼女の兄であるオネストと対峙した。この間も彼の腕は春人に締め上げられており、今もミシミシと小さく音が聞こえていた。
「兄上、今度こそこれであなたは終わりです。父上と母上、それと他の兄上や姉上達を殺めた罪や民を苦しめた罪、償ってもらいます!」
「ちっ! お前のような世間も知らないようなガキにここまで追い詰められるとはな。だがこれで終わる訳が無いだろう!」
オネストはまだ空いている片手で何処からかナイフを取り出してルイズに振るおうとした。だがそれは何かが折れる音と共に阻止された。
その直後、オネストの叫び声が謁見の間全体に響き渡った。
「ああああああああっ! チクショウ! 腕が、俺の腕が!」
「なんだ、まだ戦う気力と叫ぶだけの元気があったのか。それを俺に向けてくれればもう少し楽しめたのだがな」
今の音は春人がずっと掴んでいたオネストの腕を強化外骨格の強力な握力でもって強引に折った音である。その為オネストの片腕は肘から先、手首から手前のところから骨の一部が飛び出して、彼の腕は途中からあさっての方向に向いていた。
骨を折られた激痛によりこれ以上抵抗する気力も無いようだ。これでオネストを生きたまま無力化することに成功した。
皇帝オネストが捕えられたという一報が外の両軍の兵士に行き渡ったのはそれから間もなくの事であった。事態はこれにより鎮静化へと向かって行った。戦う意義が無くなり、戦意が低下したベルカ帝国の兵士は次々とトリスタニア王国軍へと投降していった。降伏の意思を見せた兵士にはトリスタニア王国軍もベルカ解放戦線も手出しをすることは無かった。それでも一部の皇帝への忠誠が厚い者達は捕らわれた自分たちの国家元首を取り戻すべく今だ戦いを挑んでいる。だが彼等は新兵器であるクロスボウによって次々と遠距離から撃ち殺されていった。
それから間もなくして抵抗している残党も掃討され、城内は完全にトリスタニア王国軍とベルカ解放戦線によって制圧された。これによりこの戦いはトリスタニア王国軍とベルカ解放戦線の連合軍の勝利に終わった。
ベルカ帝国帝都での戦闘から早1週間が経過した。帝都に進攻してきたトリスタニア王国軍の兵士の姿は今は何処にも見当たらない。一時は帝都を占領することも出来た彼等だが、戦闘が終了して間もなく、戦死した同胞の遺体と共に春人の操縦するMi-26に搭乗して早々に帰国した。次に彼等がこの国を訪れるのは終戦の調印式を行う時だ。
帝都市内ではトリスタニア王国と共闘して悪政を打倒したと盛り上がっていた。それでも何処かでは戦後の混乱が残っている。その理由は戦闘が終結してから行ったルイズの演説が原因である。
「ベルカ帝国第三皇女である私、ルイズ・エレノーア・フォン・ベルカが兄であり現皇帝のオネスト・ジェフ・ベルカを捕えたことで、現時点を持って周辺各国への侵略行為の即時停止と市民への弾圧の即時中止を命令します。これよりこの国は一時暫定政府を設け、国家を一から建て替えます」
こんな事を言ってしまえば混乱が起こるのも仕方が無いだろう。だが、その混乱を上手く抑えることがこれから国家元首になるルイズの初仕事になるだろう。勿論、彼女が願う奴隷制度の廃止も中々骨が折れる仕事になるだろうが……。
そんな世間の状況をよそに春人は帝都の街中を帝城に向かって移動していた。彼は一度トリスタニア王国の兵士を王都へと送ってから、その後行われる調印式の参加者よりも一足先にベルカ帝国へと赴いていた。
「戦闘が終わったと思ったらまたこっちにとんぼ返りとはな。まあ仕方ない、俺の用事で先に来ているのだからな。まだ調印式までは暫し時間がある。それまでには終わらせよう」
それから市街地を抜けて、戦闘によって破壊され現在修復中の帝城の門を顔パスで抜けると彼は衛兵の案内によって城内の地下に存在する地下牢へと来ていた。
「拘束されているとはいえ、くれぐれも用心してください。まあ、貴方のような手練れがやられるとは思えませんが」
そう言う衛兵が地下牢の一番奥の牢屋の鍵を開けると春人はその中に入ろうと一歩踏み出した。今彼が用のある人間が現在この中に収監されている。
「案内に感謝する。用事が済むまで暫し時間が掛かるかもしれない」
「いえ、時間に関してはご心配なく。時間が来れば交代の人員が来るので」
「そうか、分かった。あぁそうだ、一つ言っておく。中で大きな物音や叫び声が聞こえても気にしないでくれ」
気にするなと言われ、頭に疑問符が浮かんだ衛兵を他所に春人は牢屋の中へ入っていった。春人が室内に入ると牢屋の扉は固く閉ざされ、中に居るのは収監されているその人物と春人だけだ。
「よう、1週間ぶりの御対面だな。調子はどうだ? オネスト″元″皇帝様よ」
その牢屋に収監されていたのは手足は枷で拘束され、椅子の上で身動きが取れない様にされている元ベルカ帝国皇帝、オネストであった。




