71:ベルカ帝都制圧作戦 3
春人達が帝城に奇襲を仕掛けてから暫しの時間が経過した。状況は数で劣るトリスタニア王国軍の部隊が不利かと当初思われていたが、途中からベルカ解放戦線が参戦してからは徐々に押し返してきていた。
城の外はあと数時間ほどの時間が有れば完全に制圧できるだろう。
同時に市内の奴隷商人の所も同じだった。はじめに竜騎兵隊が空爆を行い、それからベルカ解放戦線が地上戦力として屋敷に突入し、中で屋敷の主である商人や奴隷以外の使用人を彼等は殺害していった。それから彼等はまだ市場に売りに出されていない捕らわれた人達を次々と解放していった。
あちこちで多少の混乱は有るが、それでも物事は順次上手く進んでいる。あとは春人が皇帝オネストを抑えればこれですべてが終わるだろう。
そしてその春人はというとオネストの目前まで迫っていた。
「こんな緊急事態に自室に籠っているとは思えないしな。セオリー通りに考えれば居場所は謁見の間とか広いところだろうな」
なんとも安直な考えだが、今思いつくのはこれくらいしかない。仮に誰か通り過ぎる人間を見つけて皇帝の居場所を吐かせても時間が掛かるだけだし、人を捕まえられる保証もない。敵と遭遇しだい春人は次々と殺しまくって来たからだ。
「さてと、生体反応センサーじゃこの先に何人も集まっている様だな。ここが当たりだといいんだが」
先の魔術師との戦闘からずっと起動させたままの生体反応センサーを頼りに城内を動き回り、ついにたどり着いた先が城内最奥に位置する大きな部屋の目の前だった。その部屋の中に複数人の人間が居ることがセンサーの画面から伺う事が出来た。だが中に入るまでは誰が居るのかは分からない。
科学の産物もとい、ゲーム内の機能もそこまでは万能ではないからだ。
「斬ってもいいが、それじゃあ芸がないな。ここは大人しく普通に開けるか」
軽く考えた結果、春人は目の前の観音開きになっているその扉に手を添えてゆっくりと開いた。
その先に待っていたのは沢山の多種多様な亜人種の者達だ。その亜人種の人だかりの先にチラッとだが他の誰よりも目立つ男が見える。
――見つけたぞ……アイツが皇帝だ。
直感でそう感じた春人は目の前の亜人種の人だかりを抜けて一気にその皇帝の首根っこを掴みに行こうとしたが、それは皇帝が発した言葉によって出来なくなった。
「よくぞここまで来れたな、愚かな戦士よ。この部屋まで来れたことは誉めてやろう。だがキサマはこの連中に敗れるのだ! やれ、剣闘士共! あの男を殺せ!」
その命令が発せられると春人の目の前に対峙していた亜人の彼等は雄叫びを上げながら各々手に持っている武器を振り上げて襲ってきた。
「お前等の相手している場合じゃないんだ。邪魔をするな」
向かってきている以上敵であると判断した春人は一瞬躊躇いはしたが、銃を向け、引き金を引いた。この国では奴隷として酷い扱いをされている彼等が何故ここにいる、何故憎いであろう皇帝の命令を聞くのか、色々な疑問が春人の脳裏を過っていった。だがいくら考えても答えは見いだせずにいた。
そんな疑問をよそに、P90から放たれた5.7mmの銃弾は適当に狙いを定めた獣人の胴体に命中したが、いくら撃たれてもその相手の動きは止まらなかった。
「クッ! 所詮は対人用の銃弾、人より身体能力の高い亜人には効かないか。銃を切り替える余裕もない、ここは接近戦しかないな」
銃が効かないと分かり、銃も再選択する暇が無いと判断した春人はP90を専用ホルスターに戻し、腰の高周波ブレードに手を添えた。
そして獣人の鋭利な爪が春人の顔の目前数十センチの所まで迫って来たところで刀身を抜いた。最初の一の太刀で獣人の腕を切り落とし、そのまま続けて二の太刀でその胴体を上下に切り分けた。それは正に一瞬の出来事であった。
そして獣人の胴体を斬った瞬間に春人は偶然にも彼の目を見てしまった。その彼の瞳には光が宿っていなく、どこか虚ろであった。それを見たことで何故彼等は皇帝の命令を黙って聞いているのかという春人の疑問は解決してしまった。
「ヤロウ、魔法で暗示をかけて操っているな。人を道具のように使いやがって……この外道が」
そう言ったところで何も解決しないし、彼等が暗示から解放されるわけでもない。術者が分からない以上、襲ってきている彼等を殺す以外に彼等を解放する術はない。
「……すまない……許せ」
春人は小さな声で今から殺す亜人の彼等に謝罪を述べてから襲ってくる彼等に向かって駆けて行った。
そこから乱闘が始まった。亜人種が群がる中に春人は飛び込み、その中で彼等が振るう剣や斧などの武器を避け、高周波ブレードで相手を斬り伏せて少しずつ、だが確実に敵の数を減らしている。外からでは亜人種の群れに春人が一方的に押されているように見えるが、実際には春人の方が圧倒的に優勢である。
そんな事など知らずに皇帝オネストは暗示をかけた奴隷の剣闘士達が優勢で、春人が死ぬのも時間の問題だと高を括ってた。
だがその慢心も長くは持たなかった。暗示をかけて無理やり戦わせた亜人の彼等が春人の手によって次々と殺されていき、オネストの所から春人が今だ戦っている姿が見えるようになってくると彼の中に僅かな恐怖が生まれてきた。
――何故だ! 何故アイツは亜人共相手にあれだけ暴れられるんだ! 奴はいったい何者だ!?
一方的に亜人種を狩る春人がオネストには化け物に見えていたようだ。そして彼は無意識に腰に差してある黄金色の拳銃に手を伸ばしていた。
オネストが春人に恐怖を感じ始めてきた頃と同じ頃に亜人の最後の一人が叫び声を上げながら絶命した。それは春人と戦った全ての亜人が魔法による呪縛から解放されたことを意味している。
今この場に春人の足を止める者もオネストを守る者など誰も居ない。
「これで終わりか? クソ外道皇帝。彼等を魔法で無理やり戦わせて自分は高見の見物か。だがそれもこれで終わりだ」
全身血まみれのまま、その手に握っている血の滴り落ちている高周波ブレードをオネストに向けながら、今日でお前は終わりだとドスの効いた声で春人は言った。そして刃を向けたままゆっくりとオネストとの距離を詰めていく。春人が一歩一歩足を進めていく度に床に溜まる血溜まりが波紋を広げ、ピチャピチャと音を立てている。
「く、来るな! このバケモノ!」
恐怖のあまりオネストの声は震えていた。腰の拳銃を抜こうとしたその刹那、別の所から銃声が連続で響き、数多の銃弾が春人に襲い掛かった。
オネストに集中して、周囲の警戒が散漫になっていた春人は今の銃撃に不意を突かれて避ける事しか出来なかった。その時に数発、自身の強化外骨格に被弾してしまった。
「チッ! 油断した! 今の連射サイクルはドイツのMG42か? しかしなんで銃を使える奴が他に?」
春人の疑問をよそにオネストは急に高笑いを始めた。
「ふ、ふはははは! ようやく間に合ったようだな。これでキサマも終わりだ! 我が国家に属していた傭兵団の置き土産、いくら強者のキサマでもコイツ等には勝てまい! やれ! あの賊を欠片一つ残さずに撃ち殺せ!」
自分達が形勢逆転したと思ったオネストは顔に笑みを浮かべたまま、春人に不意の一撃を加えた者達に向かって奴を射殺しろと命令を下した。そして謁見の間の奥から現れた総数10人程の兵士を目にした途端春人は非常に驚いた。
「プロテクトアーマーにMG42だと!? どこでその装備を手に入れた!」
「キサマに答えてやる道理はない。……やれ!」
春人が驚いた理由はゲーム内での装備が自分や死神部隊以外にも表れたからだ。敵の装備しているプロテクトアーマーとはゲーム内で手に入るアーマーでは強化外骨格を除いて上位に位置する装備である。それでも強化外骨格と比較すると、装甲は同等でも身体能力を強化する人工筋肉やサブアームなどといった機能はなく、強化外骨格の下位互換でしかない。
そのプロテクトアーマーは全身が真っ黒な装甲で覆われ、顔には赤いレンズが嵌められたガスマスクを装備して頭部には同じく黒いヘルメットを被っている。その特徴的な見た目は過去に存在した作品の作中に登場した装備と酷似している事から、この装備をしている者を一部では『地獄の番犬』と呼ぶ事も有ったそうだ。
そして同時に装備しているMG42も第二次大戦中のドイツで使用されていた軽機関銃でこの世界に元から存在するものではない。
これらから導き出される結果として裏で死神部隊と関係があった事は明白である。
オネストから命令されたプロテクトアーマーの兵士は無言で立ち尽くしたまま腰だめでMG42を掃射してきた。流石に毎分1200発という高レートの連射力を持つMG42の銃弾を高周波ブレードで弾くことは出来ず、春人は回避するしかなかった。それでもP90で応戦しながらも相手の事をよく観察していた。
「腰だめ射撃にしてはやけに精確だな。それにプログラムで作られた様な動き……まさかとは思うがbotか?」
それを確かめるべく春人はスモークグレネードを投げて様子を見ることにした。中に人が入っていればきっと煙幕で標的が見えなくとも撃ってくるだろうが、botであれば標的が見えなくなった途端射撃を中断するからだ。
煙幕がある程度広がるとプロテクトアーマーを纏った敵からの射撃はパタリと止んだ。
「成程……結果はbotだったって訳か。それならばただの雑魚だな……俺の敵じゃない」
相手がプログラムで動くbotであると分かった途端に春人は口角を上げ、ニヤリと小さく笑みを浮かべた。そして僅かに残弾の残るP90のマガジンを捨て、新しいマガジンをリロードすると煙幕の中に飛び込んで行った。
「まずは一体!」
煙幕の中から飛び出した春人はまず、一番近いbotのある部分に狙いを定めて数発撃ち込んだ。
首から上が守られていない強化外骨格と同様に、プロテクトアーマーにも弱点はある。強化外骨格と同様の防弾性があっても間接や脇の部分など守られていない部分が存在する。ここがプロテクトアーマーの弱点だ。
そしてその弱点を補うようにこのアーマーを使用していたプレイヤー達は常に目の前のbotと同様に集団戦闘をセオリーとしている。
それらを知っている春人はbotの膝を撃ち抜き、そのまま足を止めずに姿勢が崩れたbotの脇に銃を突っ込んで心臓のある部分目掛けて引き金を引いた。人間と同じ弱点を持つbotは春人に身を委ねるかのように崩れ、その機能を停止した。
この間、他のbotから銃撃を受けることは無かった。何故かというと彼等botのプログラムには同じbotに対して同士討ちを絶対にしないというプログラムが組み込まれているからだ。それを逆手に取った春人はbotが反応するよりも早く懐に潜り込み、絶対に撃たれない場所を確保したからだ。
だが例外は存在する。死体になったbotにそれは適応されず、一体目が活動を停止した途端にMG42から幾つもの銃弾が襲い掛かって来た。
だが春人が居たところに銃弾が届く頃には既に春人は移動しており被弾することは無かった。
「お前等の事はよく知っている。だからこそ俺の脅威にもならんし敵にすらなれない。邪魔をするな」
一体目を排除した後、銃撃に追われながらも室内を駆け回り、二体三体と続けざまに装甲の隙間を撃ちぬいて撃破していく。銃撃戦において春人と戦う相手としてbotは力不足だったようだ。
一方的に狩られていく光景を目の当たりにしているオネストは段々と顔が青ざめていっている。虎の子として秘匿していた死神部隊の置き土産がああも簡単に一体また一体と撃破されていく光景を目の当たりにすれば、こうなってしまうのも仕方がないだろう。
――おのれ! なんなのだあの男は!? ジュウみたいなのを使うは、死神部隊の置き土産の傀儡兵をああも簡単に倒していくは、俺には奴が理解できない!
オネストは無意識にこの場から去ろうと一歩また一歩とゆっくり後ずさりしている。botが全てやられれば次は確実に自分だ。ここで敗れる訳にはいかない、死にたくないと生きる事へ執着した結果ここから逃げようとしていたのだ。
だがそれも時すでに遅かった。
「コイツでラストだ!」
逃げるかどうか迷っていた間に春人が最後のbotのガスマスクのレンズを撃ち抜いてヘッドショットを決めて倒していた。この間僅か数分の出来事である。
「足止めにすらならんな……次はお前の番だ」
全てのbotを排除した春人が撃ち切ったマガジンを交換し、自分の背後に立っているオネストの方に振り向きながらこう言った。
春人が振り向いたその時に春人自身予想だにしなかった事が起きた。オネストに視線を向けたその刹那、室内に響く銃声と共に春人の胸部に衝撃がはしった。




