06:初めての異種族間交流 前編
今回は長くなりそうなので前編、後編に分けます。
気がつけば自宅のアパートで目が覚めた。時計を見ると午前7時。いつも仕事に行くのに起きる時間だ。何時も同じく歯を磨き、顔を洗う。そして朝食代わりのエナジードリンクを一気に飲み、スーツに着替え職場に赴く。
地元の駅まで歩き、ホームで次の電車を待つ。この時間だと何時も込み合っていて電車に乗るのも一苦労だ。ちょうどタイミングよく次の電車がホームに入ってきて、急いで乗車する人たちの列に並び、扉が開くのを待つ。
電車が完全に止まり、扉が開く。そこから降りる人が出ていき、その後、列が動きどんどん人が乗車していく。それに並んで一緒に乗車していく。
外から見ると人が乗っているように見えたが、いざ中に入ると誰もいない。一緒に乗車したはずの他の人もいない。おかしいと思い車両から出ようとしたが扉が閉まってしまった。走り出すと同時に急に胸を締め付けられるような激痛に襲われ息ができなくなる。その場に倒れ段々目の前が暗くなってくる。
「ハッ!」
目を覚ますとそこには見知らぬ天井があった。どうやらあれは夢だったようだ。それにしてももとの世界の夢を見るとは変な夢だ。
「あ、ハルトさん。目が覚めました?」
天井しか映さなかった春人の視界に金髪の獣耳の付いた少女が入ってきた。彼女はアリシア、先のゴブリンの洞窟で助けた子だ。洞窟内では薄暗くて分からなかったが、明るい場所で改めて顔を見ると誰が見ても可愛いと答えるであろう可憐さだ。
春人はゴブリンを討伐してアリシアを助け、洞窟を出て獣人の一団に包囲され先からの記憶が気絶させられたため覚えていない。
春人にとって此処は未知の場所で、どれだけ気絶していたのか分からない。
ゆっくりと上体を起こし、回りを見渡す。ここはどうやら建物の中だということは分かる。多少時間は経ったであろうが、殴られた所がまだ少し痛むのでそこを手で押さえる。触ってみて分かったが、頭に包帯が巻いてあるようだ。
「一応の手当てはしたのですがまだ痛みますか?」
どうも手当てをしてくれたのはアリシアのようだ。
「多少は痛むけど大丈夫。ありがとうアリシアさん。それとここは何処だい?」
「ここは私たちウェアウルフの村です。ウェアウルフとは見ての通り狼の亜人種のことです」
そう言って彼女は得意気に自分の耳を指差す。指された耳がピコピコ動き、尻尾は軽く振れている。見ていて正直可愛らしい。
「それとハルトさんに謝らなければならないことがあります。先程は私の父が大変失礼しました!」
勢いよく頭を下げ、謝罪してきた。それと同時にさっきまで元気に動いていた耳と尻尾がシュンと垂れた。どうやらあの耳と尻尾はその時の感情によって動くみたいだ。
「えっと、どういったことか説明してくれるかな?」
急に謝られてもいまいち理解出来ない。私の父がと言うことはあの集団は彼女と同族だということは理解できる。それでも謝罪される理由が分からない。誰かが殴ってきたことだろうか?
「私達が洞窟を出て直ぐにウェアウルフの一団に包囲されましたよね? あれは私の父とその部下の人たちなんです。私がゴブリンに拐われたと知り、居ても立ってもいられず部下の人たちを連れてあの洞窟に来たみたいなんです。これから中に入るという時に丁度ハルトさんが私を連れて出てきたものですから、それを父がハルトさんがゴブリンを使って私のことを拐ったと勘違いしたそうで、それでハルトさんを襲ったみたいです。あ、父にはキチンと説明してそれからキツく言っておきましたから」
とんだ勘違いで春人は襲われたようだ。たがアリシアの父親とは聞く限りしっかりと話し合えば分かり合えそうな気がする。
「それと最後に改めてお礼を言わせてください。先程はゴブリンに拐われたところを助けてくれてありがとうございます!」
もしあの場所へ来るのが少しでも遅かったりしたら彼女は無事では済まなかったかもしれない。それでもこうして明るく振る舞ってくれているから助けた甲斐は有ったのかもしれない。
「まあ無事だったんだし、それでいいんじゃないかな」
軽く微笑みながら返事をする春人。助けたのも本当に偶然で、もともとゴブリンを討伐するためだけに来たのだから。本来なら手を抜いて外から火炎放射機で一気に焼き払っていたが、中に入って1体ずつ倒しに行って正解だった。手抜きはやはりいけない。もし本当にそんなことをしていればゴブリンと一緒に彼女もコンガリ焼けていたのだから……
だから春人は一歩間違えれば彼女の命も奪っていた筈なのに、こんなに感謝されてもどう返していいのか分からない。
「それよりも、ハルトさんも起きたことですし、会わせたい人が居るんで一緒に来てください」
春人の手を取り、連れ出そうとするアリシア。それを待ってくれと制止する。
「チョット待ってくれ。そんなに引っ張らなくても歩ける。それに行くにしてもその前にやりたいことがあるんだ」
そう言ってアリシアの手を離し、春人が寝ていたベッドの脇に立て掛けられていた89式を確認する。ここに有るということは誰かが持ってきてくれたのだろう。
銃剣が付いたままで、セレクターがフルオートの位置のままになっている。洞窟で使ったときの状態のままだ。そこから銃剣を外し腰のナイフシースに納め、セレクターを安全位置にする。それからマガジンを外し銃のボルトを引き薬室内の残弾も取り出し、マガジンに押し込む。そして外したマガジンをベストのポーチに仕舞う。
これで完全に安全状態になっただろう。少なくともこの世界の住人は銃を撃つことは出来なくても、それでも何かの拍子に暴発する危険性は存在した。
「あのー、さっきから何をしているんです?」
アリシアが覗き込むように春人の作業を見ていた。彼女たちには見たこともない光景だったからだろう。
「これは銃という武器なんだ。遠くにいる敵も一瞬で撃ち抜けるね。それをこうしておけば誰かが試しに持ってみても絶対に動かないようにしているんだ」
そう説明しても理解してもらえないだろう。それでも気になるのならば説明しよう。
「ここまで持ってきても何も起きませんでしたよ。私はてっきり変わった形をした鉄製の杖だと思いました。それも先端にナイフ付きの」
驚いた。ここまで持ってきたのは彼女らしい。銃という武器が存在しないのに暴発させずにここまで運べたのは幸運だった。
銃で一番怖いのは使用者の意図しないところで弾が出ることだ。その原因の殆どが使用者の不注意によるものだ。だから銃の操作には徹底的に気を付ける。
89式と同じように腰のホルスターに納めてあるガバメントも薬室から弾を抜きマガジンに戻す。それからまたホルスターに納める。
「終わりました? 出来ればそろそろ出たいのですけど」
アリシアはそう聞いてくるが、春人はもう少しで終わると答える。
次はMTを起動する。空間に投影される画面に驚くアリシアをよそに春人はアイテムリストを開く。思えばこの世界に落ちる前のゲーム中の戦闘から一度も弾薬の補充をしていない。
リストから5.56mm弾を30練マガジンを6個分、ガバメント用の45ACP弾をマガジン1個分取り出す。
そして目の前にマガジンに弾が入った状態で現れる。それをさっさとポーチへ仕舞う。
アリシアは何もない所にいきなり物が現れたことに驚いている。ゲーム中に何度も見慣れた春人にはどうということはない。逆に春人からすればこのファンタジーな異世界の一つ一つが驚く対象だ。目の前の獣耳の娘やゴブリン、それと冒険者登録したときにしか目にしなかったが魔法等々。
これでリスト内には5.56mm弾が残り300発。45ACP弾が残り70発。両方ともマガジンが約10個分しか残っていない。それと先程取り出した分。ショップ機能が使えない現状、これで弾が足りるかというと正直心もとない。まずはどうにかしてショップ機能を使えるようにしないと。
「待たせたね。さあ行こうか」
長らく待たせてしまったアリシアに声を掛ける。
「さあ、それじゃあ行きましょう。ちゃんと付いてきてくださいね?」
小さな子供を相手にするかのように言う彼女に苦笑いしつつも付いていく春人。彼女に付いて建物から出ると、外はもう日が沈みかけて空はオレンジ色に染まっていた。
「ささ、着きましたよ。どうぞこの建物の中です」
連れてこられた先は先程の建物から幾らも離れていない所だった。周りに隣接している建物よりも大きいので、推察するにここは村の集会所といったところだろうか。
「ハルトさん、どうぞ中へ」
建物の扉を開いたアリシアが春人を中へ誘う。それに誘われ春人も中へ入る。
扉の先には右を見ても左を見ても獣耳に尻尾。沢山の獣人が集まって談笑している。パッと見ただけでも皆屈強そうな人たちばかりである。
「父様ー、連れてきたよー」
春人の後ろからアリシアが中の人達へ声をかける。それに気付いて中の彼らが一斉に春人達の方へ視線が集中する。向けられる視線の殆どがアリシアではなく春人に向いている。人の視線に物理的攻撃力があれば完全に串刺しになっている程に全員の注目を集めている。
一気に注がれる視線でマッハでストレスが貯まる春人。ストレスで胃に穴が開きそうな位、胃がキリキリ痛む。
アリシアの呼び声に返事をするかのように奥の席から手を振って返事をすら男がいる。返事をしている主の顔を見るとあの時春人に剣を向け投降するよう呼び掛けていた人物だった。と言うことは彼がきっとアリシアの父親なのだろう。
アリシアは父親の座る席へ春人を案内する。
さて彼は春人にどう出てくるだろうか?