63:潜入! ベルカ帝国 1
ルイズを乗せた春人の操縦するブラックホークは王都を飛び立ち、ウルブス上空を経由してベルカ帝国の首都を目指していた。飛行中の機体に異常はなく、春人も久しぶりの操縦ではあったが問題なく機体を安定させて飛ばしていた。
ウルブスを通過してからは大きな都市は無く、小さな集落しか存在していない。その上を避けるように迂回しながら飛行していく。ここで変にトラブルに巻き込まれたりするのを避ける為だ。
そのように飛行しながらもブラックホークは順調に進み、国境付近まで近づいてきていた。
「予定ではそろそろ王国と帝国との国境を越えます」
空から見れば国を隔てる線などどこにも存在しなく、それは前の世界と全く変わらなかった。あるのはただ何もない、ずっとどこまでも広がっている平原だった。眼下には街道すら見当たらない。
それもそのはずだ。春人は越境作戦を行うにあたって人目につかないように注意しているからだ。特に国境を越えてからは更に飛行針路までも街道に近づかないようにしている。
「分かりました。……このままだとハルトさんは帝国に不法入国したことになりますね」
ルイズは呑気にそんな事を言っている。実際に春人は不法入国することになるのでその辺については何も言わなかった。
「変なことを言ってると舌を噛むぞ」
ふざけている彼女を咎めながらも春人は機体をどんどん目的地である首都へと進めていく。
平原を進み、山岳部を横目に飛行し、生い茂る森の上空を通過してブラックホークは飛んでいく。途中にある集落や都市部を迂回しながらの飛行の為、少々時間はかかったが陸路で行くよりもはるかに早く首都目前にまで来ることが出来た。その頃になると外の景色はだんだんと夕焼けのオレンジ色に染まり始めてきていた。
首都からそこそこ離れたところでブラックホークを降下させ、周囲に何もいない事を確認してから機体を着陸させた。
「到着しました。ここからは自分の足で移動です」
「分かりました。ですがそろそろ首都の門が閉門する時間になりますよ?」
ここにもウルブスやトリスタニア王都のように都市部を囲むように大きな城壁が有る。そして時間はもう閉門の時間になるという。春人が寝坊などしなければ十分間に合っただろう。
まあやってしまった事をいまさら言っても後の祭りでしかないだ。
「それは困ったな……。まぁとりあえず、完全に日が落ちてから移動するとしよう」
春人はイチかバチかで門へと行くことにした。ブラックホークをずっとこのまま置いとくことは非常にマズいので、銃をMTに収納する時と同じ要領でブラックホークを戻した。すると銃の時と同じく機体から光を放ちながら消えて、MTのリストの中に戻っていった。
それから日が沈むまでこの場で暫し待機して、完全に日が落ちてから二人は移動を開始した。
ブラックホークを着陸させた地点から少し歩いて行くとその先に城壁が見えてきて、その下には城門が設置されていた。その門は遠くから見ても分かるように固く閉ざされている。大きなメインゲートの隣に人が通るサイズの小さな門が併設されている。そしてその小さい方の門の付近には守衛だと思われる衛兵が二人立っていた。
「ん? おいなんだお前達。閉門の時間はとっくに過ぎてるぞ」
春人達に気が付いた衛兵がそう言ってきた。この感じでは中に通してもらえる事は難しいだろう。
「いやぁ、道中でちょっとトラブルがあってですね。今から中に入れてくれませんか?」
「それは駄目だ、規則で決まっている。閉門後は何人たりとも帝都へと入れるなと皇帝陛下から直々に仰せつかっている。それにお前等、なんだか怪しいぞ?」
春人は何処にでもいる市民のように、適当な理由を付けて下手に出て中に入れてくれと頼んでみたが、あっさりと断られてしまった。それと同時に衛兵たちに怪しまれている。まあ、隻眼の男を普通の一般人と同じように見るのは無理な話なのだから仕方が無いことなのだろう。
「そっちの連れの女……まさかお前はっ!」
もう一人の衛兵がルイズの正体に気が付いたようで驚いた様子を見せてきた。ここで下手に騒がれては今後の活動に支障が出てしまう。春人は到着して早々に面倒事に遭遇してしまった。
だがここに着いてルイズの正体がバレることなど最初から織り込み済みだった。騒がれる前にその相手の口を封じてしまえば問題ない。
だから春人はこれ以上騒がれる前にルイズの正体に気付いた衛兵に向けて、素早くガバメントを抜いて銃弾を放った。ちなみに今抜いたガバメントの先端にサプレッサーが取り付けられていた為、発砲音が極力抑えられていた。
そして今撃たれた衛兵は額に風穴を作ってその場に崩れ落ちた。
「て、敵だ……!?」
生き残りのもう片方の衛兵が叫んで仲間に増援を呼ぼうとしたが、春人はそれを許さない。叫ぼうとした瞬間、一気に間合いを詰めて彼を壁に押し付けた。そして銃口を彼の腹部に銃口を押し当て、空いた手で口を塞いでいる。
「しーっ、それ以上騒ぐな。まだ死にたくは無いだろう?」
小さくもドスの効いた声と隻眼の鋭い視線に、衛兵の彼は冷や汗を流し始めた。
「な、なにが目的だ」
「簡単だ、俺達はここを通してもらいたいだけだ」
「無理だ。門は内側から鍵がかけられている。外からは開けられない」
「なら内側の仲間に言って開けてもらえ」
「誰がそんな事をするか……」
「……使えないな。じゃあお前はもう用済みだ」
それだけ言うと衛兵の口を押さえ、腹部に銃を押し付けたまま銃弾を2発撃ち込んだ。更に倒れたところに止めと言わんばかりにもう1発撃ち、確実に息の根を止めに掛かった。
「これがハルトさんの本当の姿ですか……」
今春人がした行動にルイズも衝撃を受けて固まっていた。そして彼女が再起動したのは春人が二人の衛兵を始末してからだった。
「軽蔑したか? だが君が手を貸してくれと言った相手はこういう男だ。覚えておけ」
どうしても戦闘のスイッチが入ると春人は口調が変わってしまう。それはルイズ相手でも変わらなかった。
そして春人は通用門を開けに行く前に衛兵の死体の懐を漁りはじめた。
「何をしているんです?」
「なに、ここでの活動資金を確保しているだけだ。一文無しじゃ何もできないからな」
死体を漁って出て来たのは少しの銅貨だけだった。それを見ていたルイズは彼女なりに思う所は有るのだろうが、特に何も言うことは無かった。
「さて、それじゃあ今からここを開けてくるから殿下は少し待っていてくれ」
春人は一度強化外骨格へと装備を変えると、助走無しに一気に城壁を飛び越えた。途中何度か壁に足を掛けて足場を確保し、頂上を飛び越える時には体を捻らせ、バク転する要領で飛び越えた。その時に城壁に上で警備に当たっていた兵士たちが視界に入ったが、向こうが気付かなかったので春人は彼等を無視し、そのまま市内の方へと降下した。
そして降下した先で三点着地法で地面に足を着けた。春人が顔だけを上げて視線を門の方へと向けると、門の内側にいた兵士達と目が合ってしまった。
「何者だ!?」
そう言ってきた兵士は春人の目の前に4人。ガバメントの残弾も丁度4発。一人一発で仕留めれば問題ない。春人は口角を上げながら無言で銃を素早く向けると矢継ぎ早に残りの残弾を全て彼等に撃ち放った。
兵士が斃れると同時にガバメントのスライドも後退して残弾が尽きた事を示している。春人は新しいマガジンを装填してから外にいた兵士の時のように死体から金銭と門の鍵を探した。
多少の銅貨と銀貨は出てきたが、肝心の鍵が見当たらなかった。春人はため息をつきながら門を斬り破ろうと通用門へと近づいて行ってから初めて気が付いた。
メインゲートも通用門もどちらも鍵ではなく、閂で閉じられていた。鍵を探していたのは完全に無駄な行為であったのだ。徒労感を感じながらも春人は閂に手を掛けた。
「待たせたな」
通用門を開けてルイズに向けて春人は言った。待たせたとはいっても、実際はそこまで時間が掛かってはいない。
「いえ、そこまで待ってないです」
「そうか、じゃあ行く前にこの死体をサクッと処理するか」
そして市内の兵士の死体を外に放り出して、門の外の兵士の死体も同様に一ヶ所にまとめて捨ててから、服装を強化外骨格からいつもの戦闘服に戻してから市内に潜入していった。流石に血痕までは処理しきれないので、それだけは放置だ。
翌朝、兵士の死体が見つかって問題になったのはまた別の話である。
「さてと、無事に市内に入った訳だが何だか閑散としているな」
春人が言うようにベルカ帝国の首都市街地内部はまだ日が沈んで間もないというのに静まり返っている。ウルブスや王都だったら仕事が終わった人達などで何処へ行っても賑わっていたのに、ここではその気配すらない。
「きっと兄様……現皇帝が夜間外出禁止令でも出しているのでしょう」
「まあそれも考えられるな。とりあえずは街の中心に行こう。案内してくれ」
「はい。ではこちらです」
ルイズが先導して市街地の中心部へと向かって行った。そして中心部までやって来たが、ここまで来るのに人と全く出くわさなかった。本当に異様な空気が辺りに漂っている。
「人っ子一人いやしない。本当に何なんだここは? 帝国の首都はここで間違いないんだよな?」
誰一人いない光景に疑問を抱きながら春人はルイズに訊ねた。
「確かにここが帝都で間違いないです。でも私が出て来た時と雰囲気が全然違います。あの時はまだ街中は夜でも賑わってました」
ルイズが間違いないというのだから場所は合っているのだろう。そう言う彼女も今の異様な空気は感じ取っているようだ。
そんな街中を進んでいくと一軒だけ外に明かりが漏れている建物を発見した。あそこだけは夜でも店を開けているのだろう。
「あそこは夜でも開けているみたいですね」
「そのようだな、行ってみるか。だがその前にこいつを上から羽織っておけ。またさっきみたいにバレても面倒だからな」
二人はひとまずその建物へ行ってみることにした。だがその前に春人がMTよりいつものローブを取り出してルイズへと放り投げた。先程のように彼女の正体がこちらの人間にバレるのを防ぐためだ。
そしてルイズがローブを羽織り、フードを目深に被ってから春人が先行してその建物の入り口をくぐった。そこは一見何所にでもあるような普通の宿屋だった。
周りが閉め切っているのにここだけ開いている事に春人は不信に思いながらも、ここをベルカ帝国の首都内部を内偵するための拠点としてここで部屋を借りた。




