61:出撃前日のデート
御前会議から一晩経ってもアリシアの機嫌は悪いままで、春人とあまり口をきいてはくれない。いくら不可抗力で連れて行かれたとはいえ春人も多少の罪悪感を感じている。
だから今日一日はアリシアと共に過ごそうと思っていた。勿論王国の人間やルイズ達に邪魔させる気はないし、春人も向こうに赴く気もない。
今日は完全にオフにする予定だ。大きな仕事をする前に一日くらい休息の日が、大切な者と共に過ごせる日が有ってもいいだろう。
「アリシア、今日は一緒にデートしよう」
部屋でダラダラ過ごすのもいいが、せっかく王都に滞在しているのだから観光がてら一緒に面白いものを見て回ろうとアリシアにデートしようと提案した。
「……そうやって誘ってもハルトさんは途中でいなくなったりするんじゃないんですか?」
ようやく口をきいてくれたアリシアはまだムスッと不機嫌な表情のままで、また何も言わずに春人が何処かに行ってしまうのではと疑っている。そう思ってしまうのも仕方がないだろう。
「昨日は本当にすまないと思ってる。だから今日は何も予定は入れてないし入れる予定も誰かに邪魔させる気もない。だから今日はアリシアと一緒に居たいんだ、大切な人と共に過ごしたいんだ。ダメか……?」
「……まったく、ハルトさんはしょうがない人ですね。でもそれで私の機嫌が直ると思ったら大間違いですよ? 今日のハルトさんは私の召使さんです。うんと私のワガママを聞いてもらいます。覚悟しててくださいね?」
アリシアも昨日春人が半ば無理やり王城に連れて行かれた事には気が付いていた。それにこうして春人に当たってしまうのはただの八つ当たりだとも分かっている。
でもこうしないと春人がどこか知らない遠い所に行ってしまうのではと思っている。だからアリシアはこうして何とか春人を繋ぎとめておきたいのだ。そんな事をしなくとも春人はアリシアから他の者へ鞍替えするような気は毛頭ない。
「どうかお手柔らかにお願いします」
今日一日はアリシアのしたい事をさせようと思った春人であった……。
それから少しの時間が経過し、二人の姿は王都の街中にあった。
「ハルトさーん! 早くしないと置いてきますよー!」
「いや、ちょっと……待ってくれよ」
どうやらこのデートの主導権はアリシアが握っているようだ。先を行くアリシアの後を春人は付いて行く。その両手には沢山の荷物を抱えている。
「ハルトさん! 次はこのお店です!」
先を行くアリシアは次に入る店を指さして春人が追いつくのを待っている。楽しそうにしている彼女の尻尾が大きく左右に揺れているのが今この時がどれだけ楽しく過ごしているのかがはっきりと分かる。少し前までの拗ねていた事など忘れてしまっているようだ。
「オーケー、次はそこだな……さあ行こうか」
半ばアリシアの荷物持ちになっている春人だが、アリシアの楽しそうな表情を見てつい自分も表情が緩んでしまう。
――いつまでもこんな日が続くといいんだかが……。前の世界じゃこんなに幸福感を感じたことなんて無かったしな。
春人がこうして物思いにふけっているとアリシアにまた急かされてしまう。
「ハルトさん! 何してるんですか? 先に行っちゃいますよ? それに今日のハルトさんは何だかいつもと違う気がするんですけど大丈夫ですか?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
アリシアに変に思われてしまったが春人は今このひと時の幸せを満喫することに決めた。この一日が過ぎれば春人はまた戦場に近い場所に逆戻りしてしまうのだから……。
それからまた少しの時間が経ち、一通りの買い物を済ませた二人は街角の小さなレストランに立ち寄っていた。ここで昼食がてら小休止だ。
それとアリシアが購入した大量の衣服や日用品などの荷物は最後に立ち寄った店から宿に直接送り届けてもらうようにしてある。正確には春人が金にものを言わせてその店の人に届けてもらうよう依頼しただけなのだが……。
そのお陰で今の春人は手ぶらの状態だ。
「いやぁ結構買ったな」
春人は腕を軽く回しながらアリシアに言っている。腕を回している事から察するに腕に結構な負荷がかかっていたのだろう。
「何だかんだ言ってよく考えれば私の衣服や日用品の殆どがあの村で一緒に燃えて無くなってしまいましたからね。新調できてよかったです。そう言えばハルトさん、あれだけあった荷物はどうしたんですか?」
「あれか? あれなら最後に寄った店から宿に送ってもらったよ。彼等、ちょっと手間賃に色を付けたら快く引き受けてくれたよ」
店の従業員がなぜ快く快諾したかというと、春人が宿までの配送だけの仕事でで金貨2枚渡したからだ。配送だけでこれだけの大金を渡す条件として、全ての荷物を傷一つ付けずに届けるようにと春人は彼等に念を押していた。
それでもこの世界で荷物を届けるだけの仕事でこれだけの大金を出すのは異例だそうだ。春人は店の従業員にそう言われてしまっていた。衣服や日用品を運ぶだけならせいぜい銀貨数枚程度で事足りるそうだ。
「そうやって無駄使いをして……。今は余裕が有るからと言っても、締めるところはしっかり締めておかないとダメですよ?」
「……覚えておこう」
春人が人を雇って配送を頼んだことをアリシアに軽く注意されてしまった。
そんな事をしていると店員のアリシアと同じ金髪の女の子が両手に二人前以上の料理を上手い具合に運んできた。彼女は見たところ、アリシアと同じか少し年下くらいの年齢だった。
「よいしょっと、お待たせしました! ウチのコックの自慢のおススメフルコースです! ささ、冷めないうちにどうぞどうぞ」
料理を運んできた彼女は元気のいい声で冷めないうちに食べてくれと勧めてくれた。
「そう言えばお客さんたちこの辺じゃ見かけない顔だね? どこから来たの?」
「俺達は用が有ってウルブスから来たんだ」
「えっ! そこってこの間帝国が攻めてきて戦場になった所ですよね!? お兄さんたち大丈夫だったんですか!?」
先日のウルブスでの戦闘がここ王都の市民の耳にまで届いていたようだ。数日の時間が有れば噂話でも届くだろう。
「この通り五体満足さ。そうじゃなければここには来れないだろ?」
「それもそうですよね。そうだ、お兄さんたちウルブスから来たってことはウルブスの英雄の話って知ってます? 大魔法を発動させて敵を一掃したり、一本の剣で敵の総大将を討ち取った人のこと。カッコいいなぁ、会ってみたいなぁ」
春人の戦いの話はは知らない間に独り歩きして大きく湾曲した話になって人々に伝わっていたようだ。それが分かるようにこの店の給仕の彼女はその英雄に心底惚れ込んでいるみたいだ。
「その人に会ってどうしたいんだ?」
「えっと、先ずは握手してもらって、それから武勇伝を聞かせてもらいたいです!」
その英雄の正体が彼女の目の前の男、春人であることは彼女は知らないだろうし春人のそいつの正体が自分だと言うつもりは無い。
「そうか……会えるといいな。それより、ここで喋ってていいのか? いくら客が俺らだけでも他に仕事は有るんじゃないのか?」
春人が言うように今店内にる客は春人とアリシアの二人だけだ。お昼のピークタイムから少々遅れて入ったからだろう。それと同時に店の奥から彼女のことを呼ぶ声が店内に響いた。
「おいリリアーヌ! お客さんにちょっかい出して仕事をサボってるんじゃねぇ!」
「げっ! 店長、今戻りまーす! あっ、お客さんゆっくりしてってね。お隣の彼女さんも」
それだけ言って彼女は店の奥へと急いで戻っていった。
「なんだか面白い人でしたね。さ、冷めないうちに食べましょ」
「そうだな、いただくとしよう」
アリシアに言われて春人も目の前の料理に手を付けることにした。そのテーブルの上に広がる料理に春人は懐かしい感情を抱いていた。
パスタにピザ、それとリゾットと見慣れない肉料理。多少の違いは有れど元の世界のイタリア料理の酷似していた。
――これは……もう食べられないと思っていたけど、まさかこっちでも似たような料理と出会えるとは。元の世界に未練は無いけど、懐かしいなぁ。
春人が懐かしい気分に浸っているとアリシアがまた不思議そうにしていた。
「今日のハルトさん、なんだか変ですよ?」
「そうか? たぶんアリシアの気のせいだろう。さあ、いただこうか」
それから二人は二人前以上ある仮称イタリアン風料理に手を付けた。味は春人が思っていた通り、元の世界の味にとても似ていた。と言っても本格的なものでは無く、どちらかというとファミレスの味に近かったが……。
懐かしく感じる味に箸が進み、二人前以上あった料理はみるみるうちに無くなっていった。会計をして店を出る際に機会が有ればまた来たいなと春人は考えながら店を後にした。余談だが、会計する際に春人が店長だと思われる人にこれは何処の料理かと聞くと、これはこの店の創作料理だと答えられた。向こうの世界の料理がこちらでは創作料理として出て来る。なんとも不思議な体験をした春人であった。
それから午後の予定も午前中と変わらず、王都を二人で散策していた。とはいっても午前中のように買い物三昧といった感じではなく、ただ単に街中をあちこち散策しているだけだ。春人はこっちの方がデートっぽいなと思いはしたが決してそれを口に出すことはなかった。
あちこち見て回って宿に帰ってきたのは夕方近くになってからだった。ロビーには春人が配送依頼しておいた荷物が置かれている。それを春人は黙って部屋まで運んでいった。
「なんだか思ったよりも多かったですね……なんだかゴメンナサイ」
春人が最後の荷物を部屋に運び込んだ後にアリシアが春人に申し訳なさそうにしながら言っている。
「構わないさ、足りない日用品を買っておかないといけなかったからな。それとアリシア、大切な話がある。こっちに座ってくれ」
「何です? 大切な話って?」
春人が言う大切な話が何なのか見当がつかないアリシアだが、春人に言われるままに春人の向かいの椅子に座った。
それから春人はこれからの予定を話し始めた。
「いいかアリシア、良く聞いてくれ。俺は明日ここを出てベルカ帝国に行く。その際に申し訳ないが君を連れて行くことは出来ない」
「仕事で……ですか?」
「あぁそうだ。昨日国王たちの前で俺に任せれば戦争を1ヶ月で終わらせると言ったからな。言った手前、有言実行しないと後の行動に支障が出かねないしな」
「随分と大きく出ましたね。そんな事出来るんですか?」
「出来る出来ないで言えば出来るさ。その為に先ずは帝国に潜入して情報を集めて来る。情報を仕入れて来るだけだから遅くとも1週間で帰って来るよ。心配しないでくれ」
「私を連れて行けないのは、私の身を案じてですよね?」
「ああぁそうだ。あの国は今でも奴隷制度を導入しているようだからな。前みたいに君を連れ去られたら大変だからね」
アリシアも何で同行できないのかは理解してくれているようだ。彼女が状況を理解してくれているので春人も助かっている。
「分かりました。ではいつものように約束です! 必ず無事に帰ってきてくださいね!」
アリシアのこの約束は春人が戦場に向かう際に必ず言っている言葉だ。もはや定番になってきている。
「分かっているさ必ず無事に帰って来る。それともう一つ、この戦争が終わったら二人の家を買おう。いつまでも宿暮らしじゃいけないからね」
聞く人が聞いたらそれは死亡フラグだともれなくツッコミを貰ってしまうだろう。そんなのここに知る人物は居ないだろうし言っても問題無いだろう。
「それは楽しみですね!」
「楽しみにしていてくれ。さてと、俺は夕飯まで少し一眠りしてくるよ。少しだけ疲れたからね」
そう言って春人は席を立ち、ベッドへと向かって行った。その後残ったアリシアは春人がベッドに入った頃を見計らって静かに春人の元へと忍び寄っていった。そして横になっている春人の上に飛び乗って来た。
「アリシア!?」
いきなり上に飛び乗って来たアリシアに春人は驚いた。
「ふふ、ハルトさん……寝かせませんよ? 今日は私のワガママを聞いてもらうんですから。まだ今日一日は終わってませんよ?」
「何を言って……」
「問答無用!」
そう言うとアリシアは布団の中に潜り込んできた。その彼女の顔が少々赤らんでいたのは気のせいでは無いだろう。
「明日から暫く会えないんですから、今晩は最後まで私を満足させてくださいね」
彼女が何を言いたいのかは皆まで言わなくとも分かるだろう。
――マジか……一度スイッチが入ると止まらないからなぁ。
アリシアが一度夜のスイッチが入ってしまうと誰にも止められない。以前にも同じことが有って足腰が立たないまでがっつり搾り取られた春人が一番よく知っている。
ここだけの話、アリシアの性欲は春人以上にある。これはきっと普通の人種と獣人種との違いなのだろう。
それから夕飯の時間を過ぎても二人は部屋から出ることなく、二人は熱い夜を過ごした。もちろん春人は最後の一滴まで搾り取られたのは言うまでもない。




