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59:スカウト

「お帰りなさいハルトさん」


 国王との謁見を済ませ、王都に滞在する間厄介になる例の高級宿に帰って来た春人をいの一番で出迎えてくれたのはアリシアだった。二人は王国の好意によりこの宿の宿泊費は全て王国側が持ってくれるそうだ。アリシアの出迎えをよそに春人はテーブルに王城で受け取った麻袋を置き、今着ているイタリア国家憲兵隊の軍服の上から纏うマントを脱ぎ棄て、床へ勢いよく放り投げた。


 そして軍服姿のまま春人はソファに思いきり腰掛け、脱力した状態で天井を見上げている。


「あぁただいま。すまないが少しだけこのままにさせてくれ」


 天井を見上げたまま春人は簡潔に答え、少しの間放っておいてくれと言った。あまり顔には出してはいないが春人の機嫌が悪いと感じたアリシアはそれ以上何も言うことなく、ただ黙って春人が脱ぎ捨てたマントを拾い上げ、綺麗に畳んでテーブルの端に置いていた。


――ここを出るまでは何ともなかったのに、お城でハルトさんに何があったんだろう? こんな時くらい私を頼ってくれてもいいのに……


 アリシアの心配をよそに春人はただ黙って何も言うことは無く、ずっと考え事をしていた。


 その内容はあの謁見の間での出来事だ。あの場で大臣たちから向けられていた不快な視線について考えていた。彼等は気付いていないだろうが、自分たちが向けていた色々な感情が入り混じった視線は春人にバレていた。


――あの不愉快な視線……何のつもりだ? 何を俺に求めている? 俺が出せるものは……あぁそうか、そういうことか。成程、クソ野郎どもが考えそうなことだ。


 思考をずっと巡らせどれだけ時間が経ったか分からない。だがそのお陰で春人はあの場で自分に向けられていた視線の理由を自分なりに答えを出した。


 そしてちょうど春人が思考の海から戻って来たと同じ頃、部屋をノックする音が響いた。


「失礼します。ハルト・フナサカ様にお客様が見えています。お通ししてもよろしいですか?」


 扉の向こうから宿の従業員が春人を訪ねてきた来訪者が来たことを告げている。それに反応が遅れた春人の代わりにアリシアが対応してくれた。


「はーい、今開けますからちょっと待ってください。どちら様ですか?」


 そして春人が気付いた時にはアリシアはもう部屋の扉を開けようとしている。


「アリシア! ちょっと待て!」


 春人が叫んだ頃には時すでに遅かった。アリシアが扉を少しだけ開けた途端、外から何者かによって扉を勢いよく押され、不意を突かれたアリシアは額を思いきり開かれた扉にぶつけてしまった。


「ーーっ!?」


 ぶつけた痛みで額を抑えながら、アリシアはその場でうずくまって悶えている。感情に同期してか彼女の耳と尻尾が垂れている。


「おっとスマンスマン、人が居るとは思わなかった。悪かったな嬢ちゃん、ケガはないか?」


 春人を訪ねてきた彼の印象があまりにもインパクトが強かった。身長は2メートル近く、赤毛の髪に日に焼けた赤銅色の肌。そして胴回りに身に着けた最小限の鎧と羽織っているマントからはみ出た、溢れんばかりの筋肉……。


 彼は筋肉モリモリマッチョマンの巨漢の大男だった。


 勢いよく扉を開けてしまった彼はアリシアの事を気にしている。彼も彼なりに悪いことをしてしまったと感じているのだろう。


「アリシア大丈夫か」


「ええ、大丈夫です。軽くぶつけただけですから。それにしてもちょっとビックリしました」


 春人はソファから飛び出し、来客をよそにアリシアの額のケガの具合を確認している。アリシアの事となるとどうしても春人は慌てずにはいられない。そして幸いにもアリシアは打撲程度でたいしたケガはしていなかった。


「で、どうだ? 嬢ちゃんの具合は?」


 アリシアのケガが気になる大男の彼はその見た目とは裏腹にずっと自分が仕出かした事を気にしていた。そしてハルトがアリシアの額を確認してすぐに具合はどうだと聞いてきた。


「幸いにも大したケガではない。オタクももう少し周りに気を使ってくれ、今みたいにケガ人が出てしまう」


 春人も彼女は大したケガはしていないと答え、同時に彼の軽率な行動を戒めた。


「このアレクセイ、女子おなごにケガをさせるとは一生の不覚! ウェアウルフの嬢ちゃん、余の軽率な行動許してくれ」


「私もそこまで大怪我した訳じゃないので……気にしないでください」


「嬢ちゃんの海のように広いその心に感謝する!」


 これにてアリシアのケガの件については終わりだ。そして春人を訪ねてきた来客の大男は本来の要件へと話を戻した。


「さて、本来の要件へと戻そう。ハルト・フナサカ、先程の陛下との謁見御苦労であった。余の名ははアレクセイ・イスカリオテ! トリスタニア王国軍の将軍の一人だ! 余は貴様に用が有って参上した」


 近所迷惑になりかねない大声で名乗りを上げたアレクセイは春人に用が有るから王城から来たようだ。


「近所迷惑だ、もう少し静かに頼む」


「閣下、すみませんが他のお客様の迷惑になります。もう少しお静かにお願いします」


 春人とイスカリオテをここまで案内した従業員の彼は同じことを思ったのだろう。お互いニュアンスは違えど、大声で話すイスカリオテにもう少し静かにするように頼んだ。


「またまた失礼した。以後気を付ける」


 注意を受けて気を付けるとは言ったが本当に気を付けるのかがはなはだ疑問だ。そんなアレクセイをみていて春人はコイツ何しに来たんだと思ったのはここだけの話だ。


 それからすぐに春人はアレクセイを室内に招き、彼を連れてきた従業員もすぐさま戻っていった。アレクセイをソファへと促し、春人も今まで座っていたソファへと腰掛けた。


「で、俺を訪ねた要件とは?」


 春人は直接本題に入り要件を訊ねた。世間話に花を咲かせに来たとは思えないので直接聞くことにした。余計な話に逸れるのは春人は嫌いだ。


「それは陛下と同じ要件だ。ハルト、貴様もこの国の軍門に下れ」


「断る」


 春人は即答した。アレクセイの要件も国王と同じで春人のスカウトだったようだ。だいたいこんな事だろうと予想していた春人は拒否する答えを選んだ。


 春人に即答で拒否されたアレクセイは大きな溜息をついた。


「報酬と待遇は要相談だが?」


 それでもなお引き下がることなくアレクセイは指で輪っかを作りながら、なおも食い下がっている。あの手は報酬はいくらでも出そうと言っているのだろう。


「くどい! 俺は誰かの飼い犬になるつもりは無い! それとあんた等の目的もおおかた検討が付いているんだ。あんた等が求めているのは俺ではなく、俺の持つ全ての戦力が、俺の持つ全ての武器が欲しいんだろう? 違うか?」


 春人はアレクセイが訪ねてくる前にずっと考えていた事を切り出した。謁見の間で向けられていた視線の答えは春人の持つ武器が目的なのではと見当していた。以前にも春人の武器を狙って夜盗が押し入って来たことも有ったが、結局はあの時の夜盗もこの国の重鎮も考えることは皆一緒なのだろう。


 人前で強力な武器を振り回した結果がこうなったというのは春人も重々自覚してはいた。だがそれでも春人は誰かに向かって尻尾を振るような軍の犬に成り下がるつもりは毛頭無い。


 そして春人に指摘されたアレクセイは意外にも驚いたりした様子はなく、むしろ笑っていた。


「ハハハハハッ! 流石は一騎当千の強者だ! あの場でそこまで考察できるとは実に大したものだ。確かに貴様の言う事は全て当たっている。貴様のその戦力が王国に下ってくれれば他国が下手に武力侵攻してくることもそうそう無いだろう。いやしかし、戦場での優れた身のこなしに優れた洞察力……欲しい! ますます貴様が欲しくなった! 貴様のような男が共に戦ってくれれば百人力だ。それに貴様の目的が何だか知らんが、この国の強力な後ろ盾があれば追々動きやすくなるだろう」


 アレクセイもまだ春人の勧誘を諦めていないようだ。


「ハルトさん、入隊試験なしで、しかも将軍閣下が自ら勧誘しにくることって滅多にない事です。私はいい話だと思いますよ」


 そしてアリシアまでもがアレクセイの話に同調してきた。だからといって春人も折れる訳では無い。


「嬢ちゃんもいいこと言うな! でだハルト、貴様はどうする? けっして悪い話じゃないと思うが?」


「俺が敵かもしれないのにまだ勧誘するのを諦めないと?」


「貴様が余やこの国の敵にならない事なぞ知っておる。貴様のその目が証拠だ」


「俺を随分買い被っているな……。少し考える時間をくれ」


 春人は考えた、自分にとって一番メリットの大きい答えを。確かにトリスタニア王国が後ろ盾に立ってくれるのは魅力的な話だ。いざとなれば春人の目的である死神部隊の殲滅を達成するのに役にも立つだろう。


 色々思考を巡らせ、春人は自分にとって一番最良な答えを見出した。


「よし、俺も腹を決めた。アレクセイ・イスカリオテ……と言いましたね。俺はそちらの軍門に下る気は今はない。だが依頼であれば話は別だ」


「と言うと?」


「ベルカ帝国との戦争を終結させるまでなら手を貸そう。帝国のルイズ殿下とも同様の依頼を受けている。条件付きの依頼であれば俺は自身が持つ全ての武力を行使しよう」


「成程あいわかった。ではハルト・フナサカ、貴様に依頼しよう! ベルカ帝国との戦争が終結するまで我等トリスタニア王国への協力していただこう! これなら良いな?」


「いいでしょう。だが俺を雇うなら高くつくし、反故にするなら俺の矛先はそちらに向くことを覚悟していただこう」


 王国側が春人を利用するというのであれば、春人も逆に相手を利用するつもりだ。


――俺をうまいこと利用するつもりか。いいだろう、ならば俺も連中を利用するだけ利用させてもらおう。


 だがその来るべき戦いの前にトリスタニア王国が春人に反旗を翻されても困るのでアレクセイに一応釘を刺しておく。流石に一撃で何百何千もの兵士を葬るような男を敵に回すような真似はしないだろうが一応念のためだ。


「報酬の件については余の一存では決められないが陛下や他の大臣たちと相談させてもらおう。それなりの額を出すよう余の方からも進言しておくから安心せい。それに敵対することもないからな」


 報酬額はアレクセイ一人では決められないそうだが決して安くはない報酬を約束してくれるそうだ。


「さて、一通り余の用事は済んだ。有意義な時間だった、余はこれにて失礼する。ハルト、多少かたちは違えどこの国に協力してくれることに感謝する」


 それだけ言うとアレクセイはソファから勢いよく立ち上がり、部屋を出て行こうとした。今度は扉をゆっくり開け、出ていく際に付け加えてこう言った。


「あぁそうだ、国賓待遇……とまではいかないがこの宿もいい所だ。貴様も知ってるだろうが費用は国で持つのだ、ゆっくりくつろいでいってくれ。それと後日王城で御前会議がある。貴様にも参加してもらう。その時にまた使いを寄越すから忘れぬように。では今度こそ失礼する」


 最後にまた重要な事を告げてアレクセイは帰っていった。春人の元を訊ねに来てから帰るまでまるで嵐のような男だった。


 春人は自身の中でアレクセイを脳筋の将軍だと評価した。


「なんだかすごい人でしたね。ハルトさん、本当に良かったんですか? 昇進するいい機会だったのに」


 春はアレクセイとのやり取りを終えて一息つこうとしたときにアリシアが言ってきた。アリシアもアレクセイを勢いの凄い人だと思っていたようだ。そして春人が勧誘を断ったのを気にしていた。


「今はこれでいいさ。必要ならいずれまた考え直すさ。さてと、国王陛下から賜った報酬を開けさせてもらおうかね。いくら貰えたのやら」


 春人はテーブルの上に放置されたままの麻袋を手に取り、その中身をテーブルに広げた。麻袋から出て来たのは確かに硬貨だった。それもただの硬貨ではなく、金貨のその上の価値を持つ白金貨だった。その数も尋常ではなく、麻袋いっぱいに入っていた。


 春人もアリシアも金貨は目にしたことはあったが白金貨を見るのは初めてだった。普段日常生活で使うことが無いのだから当然と言えば当然だろう。


「なあアリシア……これって噂に聞く白金貨ってやつだよな?」


「……だと思います。私も初めて見ました」


「これだけあれば何が出来ると思う?」


「王都でお屋敷を建てて、使用人を何人か雇える位は有るんじゃないですか?」


 ここまでして国王は春人をこの国に縛り付けておきたいようだが、今の春人にはそこまで思考を巡らせる余裕が無かった。勿論アリシアも今まで見たことの無い大金を前にして固まっている。


 大金を前にして二人は思考するという事をいったん停止した。

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