57:召喚命令
ルイズ達が春人達の元に訪れて、ベルカ帝国での革命に協力してくれと依頼してきた日から数日が経過した。休養を取るためにウルブスに滞在している彼女達は自分たちの身分が周りに気付かれないように気を付けながら、一般市民に紛れての生活を満喫している。
時折ルイズは街へ繰り出すのに春人を誘いに来ることが有り、その度にアリシアがルイズを威嚇していた。それがある度に春人は頭を抱えていた。なんでこうなるんだ……と。
それを偶然見かけた誰かが春人がアリシアの他に今度はどこかの貴族のお嬢様を引っかけたぞ、などという噂を広めたために日に日に春人の悩み事が増えてきている。
「あぁ、まったく、なんでこう次から次へと問題ばかり起こるんだ」
春人は頭を抱えながらアリシアと共にいつもの酒場に来ている。そんな春人は気疲れが原因だろうか、いつもよりもやつれている様にも見える。
「まあまあ、そんなに頭を抱えても余計疲れるだけですよ。それにあの人達もどこかに行っているようですし、今はゆっくり休憩しましょ。一息ついたらハルトさんはまた作業に戻るんですよね?」
向かい合わせで座るアリシアに心配されながらも春人は体を休めている。作業というのはこの前から継続して参加しているウルブス復興作業の手伝いのことだ。春人もトリスタニア王国に登録している一冒険者であり、この街を拠点として活動しているので、手伝わないわけにはいかない。
「適当に休んだら戻るさ。さっさと終わらせて、さっさと帰って来るよ」
「分かりました。でも、くれぐれもあの人には気を付けてくださいよ。隙が有ればハルトさんの事を横取りしようとしてるんですから」
女の意地とでもいうのだろうか、アリシアは予想だにしていなかった恋敵の登場にも動じずに春人を取られまいとしている。その最たる行動がルイズが春人を連れ出そうとした時にアリシアがルイズにした威嚇行為だろう。
「薄々気付いてはいたさ。でも向こうがその気でも俺にその気は無いよ。俺の帰る場所はアリシアの所なんだから」
春人もルイズに気が移ることは無く、ルイズが誘いに来ても適当にあしらってきていた。
そんな二人のやり取りを耳にしてしまった周囲のテーブルの人達は口から砂糖を吐きそうなほどの甘い空間に思わず春人を羨ましいと思う感情と同時に春人への殺意が湧いてきていた。皆がこんな真昼間からイチャイチャしやがってと思っていたそうだ。
ちなみに彼等の殺気が最悪な事に春人に伝わると、春人は同じように殺気を送ることで相手を黙らせたのは言うまでもない。
そんな二人の甘い空間に向かってある男がひとり近づいてきた。
「ようハルトにアリシアちゃん。ここ最近見ない間に随分とやつれたな、大丈夫かぁ?」
「ユーリじゃないか、数日ぶりだな。見ての通りあまりよろしくない。それよりも無事なようで何よりだ。どうしたんだ? 俺に何か用が有るのか?」
春人の元に来たのはユーリだった。パッと見では彼も無傷で戦闘を乗り越えることが出来たようだ。そのユーリを春人が最後に彼を見たのはウルブス防衛戦で春人が敵指揮官コーネリアに向かって突撃を行った時だから、実に数日ぶりの再会だ。
「ああそうだった。これから城門の方で瓦礫の除去をするのに男手が必要なんだ。ハルトも手が空いていたら来てくれ」
「ああ分かった。今行く」
春人は二つ返事で直ぐに行くとユーリに答え、席を立った。
「じゃあアリシアちゃん、少しの間ハルトを借りていくね」
「ええそうぞ。どんどん使ってください」
まさかアリシアにそんな風に言われるとは思わなかったのか、春人は少々困った顔をしていた。そんな春人をユーリが先導して作業場である城門の方へと連れて行った。
そしてその道中でユーリは春人にある事を聞いてきた。
「なあ、そういえばあの噂って実際のところどうなんだ?」
「噂って何のことだ?」
「惚けるなよ。ハルトも知ってるんだろ? ほらあれだよ、アンタが何処かの貴族のお嬢様をたぶらかしたって話だよ」
「ったく、ユーリもその話かよ。それは根も葉もない只の噂話だ。本当の事をあえて教えるなら、向かうが勝手にくっ付いてきているだけだ。これは他の誰にも言うなよ? 余計に話がややこしくなる」
ユーリに本当の話をした春人は眉間を抑えながら至極面倒くさそうにしていた。
「それでもいいよなぁハルトは。アリシアちゃんが居て更に今度はどっかのお嬢様にまで好意を寄せられているんだからなぁ。クソッ、正直羨ましいぜ。なあハルト、お願いだ! その幸運、俺にも少し分けてくれ!」
今まで春人の横を一緒に歩いていたユーリがいきなり春人の目の前へと飛び出し、両手を合わせてまるで春人を拝むように頭を下げて変なお願い事をしてきた。
「出来たら俺だってそうしたいよ……」
そんなやり取りをしながら二人は現場へと向かって行った。
「……どうやらこの酒場のようだな?」
「はい、ここで間違いないです。ハインツもそう言っていたので確かかと思います」
春人がユーリに連れられて作業へと向かってから暫く経ってから、いつもの酒場の前に鎧を纏った二人の騎士風の男が佇んでいる。その二人の着ている鎧からたなびいているマントにはトリスタニア王国の紋章が描かれていた。
「まあ中に入らない事には始まらないか。行くぞ」
「はい」
そして二人は酒場の扉を開いた。
開いた扉の先は昼時も過ぎているからか人も少なく、閑散としていた。いるとすれば冒険者ギルドの受付に用が有る冒険者達か酒場の店員、あとは遅めの昼食を取っている人達だろう。
そんな中でこの騎士は店員であろう女性の給仕を呼び止めた。
「仕事中に呼び止めて申し訳ない。私達は王国近衛騎士団の者だ。ある人物を探していて、ここの来ればいるだろうと聞いて来た。冒険者で死神とかいう二つ名を持った男は今ここに居るだろうか?」
相手に変な相手だと思われないように先ずは自分たちの所属を名乗った。それから要件を告げて彼等の探している相手がここに居るか訊ねた。この騎士二人が探しているのは死神もとい、その二つ名を持つ春人の事だった。
「近衛騎士団の騎士様がわざわざこんな所まで……まったくご苦労なこって。で、オタクらが探しているのってもしかしてハルトさんの事か?」
騎士の相手をしたこの彼女は面倒くさそうに対応しながら、その探している相手は春人じゃないかと答えた。
「あぁそうだ。そのハルトというを男を探している。その男を知らないかね?」
「悪いがギルドに用が有る奴や酒場の客でもない奴にそれ以上は答えられないね。それが例え王国の近衛騎士団の騎士様でもね」
給仕の彼女は客ではない相手には答えられないときっぱりと言った。それが身分が高い相手でも例外ではないようだ。
「では客であればそのハルトという男の事を教えてくれるのですね? ルーデル卿、暫くここで腹を満たしながらその男が来るのを待ちましょう。給仕さん、適当に席を借りますね。それとメニューをお願いします」
もう一人の騎士が食事をしながら待とうと提案をした。
「だがなガーデルマン卿、私達は急いでいるのだ。待ってなどいられるか。私は一人でも探しに行くぞ」
「まあまあ落ち着いてくださいルーデル卿。急がば回れ、果報は寝て待てとも言うでしょう? 待っていればそのうちその彼もここに来るでしょう」
一人でも探しに行くと言ったルーデルをなだめながら、もう一人の騎士ガーデルマンはルーデルの背中を押しながら近くの席に着いた。そして席についたルーデルはガーデルマンに従い、渋々酒場で待っている事にした。
二人の騎士が酒場を訪れてから数時間が立ち、外では日も傾いて夕焼けがウルブスを照らしていた。それと同じくして仕事から上がった人達や、クエストから帰って来た冒険者たちが腹を満たすため、仲間と酒盛りをするために皆酒場へと集まって来た。
人の入りが増えてきても二人の騎士は店員に待っていれば春人はいずれ来ると言われて、この数時間ずっと待っていた。いつまで待っても来ない春人にルーデルはしびれを切らしそうになっていた。そんな所に店員の一人が近づいて、重要な一言を発した。
「お二人さんずっと待っているな。ようやくお目当ての男が帰って来た。今入って来た隻眼、黒髪の男がハルトだ。さてと、アリシアちゃんに声を掛けてくるか」
そう言って今の店員はアリシアを呼びに行くと言って店の奥へと消えていった。
それから店員に言われて扉の方へと目を向けた二人の先には店員が言った黒髪隻眼の特徴ある男が入って来た。そして二人の騎士は席を立ってこの男の元へと近づいて行った。
「いきなりですまない。貴公が今噂の死神、ハルトで間違いないだろうか?」
春人の進路を塞ぐように立ちはだかったのは二人の騎士のうちの一人、ルーデルの方だった。
「確かに俺は他所で死神とか呼ばれてるその春人だ。出来ればその死神とかいう呼び方は止めていただきたい。そう呼ばれるのは好きではないので。それで、オタクは何処の何方でしょう?」
死神と呼ばれるのに嫌悪感を示しながら、春人は騎士の問いに答えた。目の前のこの騎士からは敵意のようなものを感じなかったので、春人は相手を警戒することは無かった。
「それは知らずとはいえ失礼な事をした。私は王国近衛騎士団のひとり、レオンハルト・ウルリッヒ・ルーデル男爵である。ルーデルと呼んでくれて構わない。それとこっちが私の最も信頼する相棒の……」
「エルヴィン・ガーデルマンです。彼と同じく私も爵位は男爵です。私の事もガーデルマンと気軽に呼んでください」
ルーデルとガーデルマンと名乗った二人の近衛騎士に春人は口を開いて驚き、固まっていた。こんな国境に一番近く、先日戦闘が有った場所になんで王室を守る近衛騎士団の騎士が居るのかと。多少名前は違えど、元の世界のかつての大戦での有名人と似ている名前が春人を一番驚かせた。
これでこの二人が竜騎兵で地上の敵相手に猛威を振るうような手練れだったら春人はきっと絶句するだろう。
「で、その近衛騎士団の騎士様がいったい俺に何の用でしょう? このあと連れが戻るのを待たないといけないので出来れば手短にお願いしたいのだが……」
時間が掛かればまたアリシアを待たせてしまう。それだけは避けたいと春人は手短にとお願いした。
「では私達の席にどうぞ。そこならお連れ様が来ても見失うことは無いでしょう」
「じゃあお言葉に甘えて続きはそこで……」
春人はガーデルマンの案内で彼等が使っていた席へと着いた。そして春人が彼等の席に着いたとほぼ同じくらいに酒場の奥からアリシアが出て来た。彼女は酒場の裏手でアルバイトをしていた。何故表で働いていないのかというと、アリシア目当てでロクに注文もしない不届き者への対策の為に酒場のマスターがとった対策だからだ。
そんなアリシアも出てきて直ぐに春人を見つけ、一目散に駆け寄って来た。
「お帰りなさいハルトさん。えっと、こちらの方々は?」
「ただいまアリシア。こっちは俺の事を訪ねてきた王国近衛騎士団の方々だ」
春人はそうやって簡単にアリシアに二人の近衛騎士ルーデルとガーデルマンを紹介した。それからアリシアを春人の横に座らせて話をつづけた。
「えっと、それで俺を訪ねてきた要件とは?」
春人は早速本題へ入った。余計な世間話はあまりしたくないようだ。
「要件とは端的に言えば王城への召喚命令だ。先のウルブスでの戦いで貴公の活躍ぶりを耳にした国王陛下が貴公に会ってみたいとの事なので、この街の駐屯兵団の指揮官ハインツへ登城命令を伝えるついでに貴公を探していたのだ」
国王が春人を一目見たいからその使いでこの二人は来たそうだ。だが春人を探すのはついでの要件で、本来の目的はハインツに今回の戦闘の件を報告するのに王城へ登城せよと命令しに来たのだ。
「そうですか、それはご苦労様です。ちなみにその召喚命令を拒否した場合どうなりますか?」
春人はその気は無いが、もし仮に拒否したらどうなるか聞いてみた。
「その場合は国家反逆罪、不敬罪で処刑されますね。長生きしたければ大人しく付いて来ることですね」
そう答えたのはガーデルマンの方だった。春人の身を案じてか一緒に王都まで来るようにと言ってきた。それを聞いて春人はとても面倒くさそうな相手に目を付けられたなと思っていた。だがそれを表に出すほど愚かではない。
「いえ、気になったので一応聞いてみただけですよ。俺にその気は無いので安心してください。それよりも王都へ向かうついでに知り合いも同行させても構いませんか?」
「それは構わんが、王城までは連れて行くことは出来ないぞ?」
「それは問題ありません。その辺は彼女達でどうにか出来ると思うので」
「ん? それはどういうことだ?」
「それは実際に会ってもらえれば分かりますよ」
ルーデルが王城までは同行させられないと言ったが、春人は問題無いと答えた。同行させたい相手とはルイズ達で彼女達もトリスタニア王国の国王に用が有ったので、一緒に行ければ一石二鳥だろう。春人が会えばわかると言ってルーデルとガーデルマンは頭にハテナマークを浮かべていた。
「ではここの出発は明日、早朝にここの北門に集合してくれ。貴公らには急で申し訳ないが出発の準備をしていただきたい。それとその同行させたいという連れの方にもすぐに声を掛けておくといい。顔合わせはまあ明日でも問題無いだろう」
ルーデルが顔合わせは明日にすると言いながら席を立った。
「さてと、用が済んだので我々はこれで失礼する。今晩は駐屯地の来客用の部屋に泊っている。何かあれば訪ねて来ると言い。では行こうかガーデルマン卿。ハルト殿達もではまた明日の朝に」
それだけ言うと二人は足早に酒場を去っていった。今まで着いていた席に金貨を数枚置いて……
「今の人達に同行するのがあの国の皇族だって伝えなくてよかったんですか?」
アリシアがルイズ達の事を伝えなくてよかったのかと聞くと、春人は暫し考える素振りをしてからこう答えた。
「まあ何とかなるだろう。相手が皇族だと知って驚くのは向こうだからな」
驚くのは向こうだ、と言った春人の顔は何か悪戯を思いついた子供のような悪い顔をしていた。




