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56:依頼主は皇女殿下 2

 春人はルイズの依頼を受けない、そうはっきりと答えた。


「ハルト! キサマあれだけ聞いておいて受けないとはなんだ! ふざけるのも大概にしろ!」


 そのように叫んだのはフィオナだった。彼女は今にでも春人の胸ぐらを掴んできそうな勢いだったが、それだけはしまいとその衝動をなんとか押し留めている。フィオナの怒りの感情は室内にいる他の全ての者に伝わっていた。


 そしてそれに感化されてか、他の騎士達も怒りの感情が芽生えているのを春人は感じて取っていた。彼女達もルイズがあれだけ言ってお願いしているのに何で引き受けてくれないのだろうと思っているのだろう。


「ふざけるなだと? 随分と面白いことを言うな。ふざけているのはそっちの方だろう? その言葉、そのままそっくり返してやる」


 春人はルイズの目をしっかりと睨み、ドスの効いた声でそう返した。その言葉はもう相手を敬うような敬意が込められてはいなく、それはまるで格下の相手に向けて吐く言葉の様だった。それが面白くないのか、フィオナがまた食って掛かって来た。


「キサマッ! 殿下に向かってなんだその口の利き方は!」


「今俺が話している相手は殿下だ。外野はすっこんでいろ!」


 間髪入れずに春人はフィオナに邪魔だということを殺気を込めて言った。下手な事をすれば文字通り無力化するという意味合いを込めて……。


 それが効いたのか、フィオナはそれ以上口を出してくるような事は無かった。


「ハルト殿、何で手を貸していただけないのですか? 私はただ国をよくしたいだけなのに……。理由を、受けていただけない理由を教えてください。いったい何がダメだったのですか!」


 春人に拒否されたのが相当響いたのか、今にも泣きそうになりながらもルイズは理由を聞いた。彼女の想いはただ国をよくしたい、その一心だけであった。その想いも春人に拒否されたことで打ち砕かれそうになっていた。


「国をよくしたい、みんなが笑って暮らせる世界を作りたい。それは十分立派な考えだ、生半可な覚悟ではない事もよくわかる。だがな、そんな熱意だけで人が動くと思うなよ? それで動くのはきっとアンタを慕ってくれている国民やそこの騎士団くらいだろう。それと俺を一緒にしてもらっては困る。俺は報酬が無ければ動く気はない。今の殿下に人を雇ってそれだけ大それた事をさせるための報酬は払えるのか? 払えないだろう? 金のない奴に手を貸すほど俺は暇じゃない。ついでに言っとくが仮に他の連中にあたっても同じように門前払いを食らうのが関の山だろう」


 払える報酬が無ければ動かないし雇われもしないと春人ははっきりとルイズに言い切った。タダ働きをして革命に協力して、仮にそれが成功したとしても春人に利益は一切ない。それでは割に合わない。それに付け加えるかのように他の冒険者や傭兵にに聞いても答えは同じだとも言った。


「お金ですか! 支払うお金が有ればハルト殿は受けてくれるのですね! 今は無いですけど、いつか必ず報酬はお支払いします! だから……どうか、助けてください。貴方が頼りなんです」


 報酬さえ有れば春人は依頼を受けてくれるだろう。そんな思いがルイズの中にはあった。春人が最後の頼みの綱だとでも言わんばかりにルイズは春人に頭を下げて再度お願いしてきた。だが実際は春人に支払うことの出来る報酬など銅貨一枚たりともルイズ達の手元にはない。そんなギリギリの状態で彼女達はここまで来たのだ。


 そのルイズのことを後ろでずっと見ていた騎士の一人がボソッと小さな声で悪態を突いていた。


「所詮は金かよ。所詮平民が考える事なんてみんな一緒だな。ったく、これだから平民は嫌いだ」


 その彼女の悪態は春人の耳にしっかりと届いてしまった。


「そうだ、結局ものを言うのは金だ。これが無ければ何も始まらない。人を雇うとはそう言うことだ。それと、仮に殿下達に俺を雇うのに十分な報酬を支払えるだけの能力があったとしよう。それでも俺の答えは変わらない」


 報酬が有っても今のままでは動かないと春人は告げた。


「では! 私達はあと何を差し出せばいいのですか! 地位ですか!? それとも名誉ですか!?」


 金が有っても動く気が無い春人にルイズはつい声を荒げてしまった。彼女ももう限界が近いのだろう。そんな彼女に溜息交じりで春人は答えた。


「はぁ……まったくアンタは何もわかっていないようだな。俺はなこの世で一番嫌いなものがある。まずひとつは面倒ごとに巻き込まれることだ。それともう一つ、何でもかんでも全て他人任せで自分から動こうとしない奴だ。誰の事か分かるか? それは殿下、アンタの事だ! 今のアンタに報酬をいくら積まれようが、自分の国を自分でどうにかしようとせずに他人に全て任せるような奴には俺は手を貸さない」


 いつまでたっても自覚しないルイズに春人は確信を突く一言をぶつけた。そして更に追い打ちをかけるが如く言い続けた。


「やったことは最低だが現皇帝である殿下の兄の方がまだマシだ。そいつは自分から行動を起こしたんだからな。だが殿下はどうだ? 自分で率先して何かを起こそうという気持ちは無いのか? 後ろで控えてる騎士団のアンタたちもアンタたちだ! 自分たちが常日頃から敬意を向けている彼女を何で助けてやらない! 彼女の背中を押してやるくらいの事も出来ない無能の集まりか!? お前達はただのお飾りのなんちゃって騎士団か!?」


 春人の言及はついに護衛の騎士団にまで及んだ。春人の言葉が自分達の核心をついていたからなのか、皆黙り込んでぐうの音も出ない状態だった。それはつい先程まで春人に食って掛かってきたフィオナも同じだった。


「全てハルト殿の言う通りです。ハルト殿……私は一体どうすればよいのですか?」 


 俯きながら春人に助けを請うルイズの瞳からは一滴の涙が流れていた。それを見た春人は更に溜息をついてからこう言った。


「最後まで言わないとダメとは……本当に困った奴だ……」


 そして春人は立ち上がってルイズの事を指さしながら言い続けた。


「いいか、一度しか言わないからよく聞け! お前は何者だ!?」


「え? えっと……私は……」


 いきなりの問いかけに戸惑っているルイズに考えさせる間もなく春人はその答えを言った。


「お前はベルカ帝国の第三皇女のルイズ・エレノーア・フォン・ベルカだ! それ以上でもそれ以下でもない。お前にはお前にしかできない仕事がある。それが何か分かるか?」


「いや……あの、私は何をすれば……?」


 未だ混乱しているルイズは春人の言うルイズにしかできない仕事が何なのか理解できないでいた。春人はそんなルイズに発破をかけることにした。


「先ずは立て! そして頭を使え! それから行動を起こせ! お前は自分の国からここまで逃げることが出来ただろ! 自分の身を守る為の行動は起こせたんだ。だったら出来る筈だろ? さあ今度は自国民を助ける番だ。国民を導く、これはお前以外には務まらない、お前だけの仕事だ。……出来るよな?」


 春人に発破をかけられてようやく気が付いたのか、ハッとしたような顔をしたかと思うと今まで流していた涙を拭きとって立ち上がった。その彼女の目はしっかりと春人を捉えている。


「これだけ言われてないと気づけないなんて、私はまだまだ未熟者ですね。私も皇族の一人なのに……。父上が兄上に殺されてからは自分の事で精一杯でした。ですがようやく目が覚めました。国民を導き、平穏を守る義務が私には有ります。もう逃げたりなんかしません。国民を弾圧し苦しめている兄上と私はどこまでも戦います。そこでハルト殿、私の事をあれだけ叱ってくれた貴方だからこそ改めてお願いをします」


「何でしょう?」


「私に力を貸してください。私の背中を押してください。兄上から国を取り戻す革命の先頭に私は立ちます。弱くて、逃げてばかりで、他人任せな私は今日で終わりにします。もしこれで断られたら私は貴方の事を諦めます。自分たちの事は自分達で何とかしてみせます。なのでどうかハルト殿の返事を聞かせてください」


 つい少し前までは俯いて、全てを他人任せにしていた者と同一人物とは思えないような強い覚悟をその瞳に宿しているルイズを春人は無下に扱うつもりは無い。


「その覚悟は本物の様ですね。先程とは見違えましたよ。いいでしょう、手助けくらいはしましょう。だが、あくまでも手助けまでです。現皇帝の断罪などはそちらで行ってください」


 春人は先程依頼は受けないと拒否した答えを覆して手助け程度であればすると答えた。


「本当ですか!? ですが、私達は直ぐに報酬を支払うことが出来ないのはハルト殿もご存じでしょう? いつお支払いできるかも分からないですし……。それでも本当によろしいのですか?」


 春人が手を貸すと言ったことが信じられないのか、ルイズが本当にそれでいいのかと春人に何度も確認してきた。


「後払いでもちゃんと必ず支払ってくれるのだろう? ならば問題ない。普通なら俺は後払いの仕事は絶対に受けない。だが、殿下を覚悟を信じて手を貸すと言ったんだ。俺からの信頼を反故にしないでくれよ?」


 再三のルイズの確認に春人も後からでも報酬を支払ってくれるのであれば問題ないと答えた。


「ありがとうございます……」


 ルイズは春人に一礼して感謝の意を示した。まさかルイズが頭を下げて礼を言ってくるとは思っていなかったのか、春人は少し慌てながら頭を上げてくれと言った。


「そこまでしなくていいですよ、頭を上げてください。俺も言わないといけないことが有ります。先程の殿下や騎士団の貴殿等に対する失言を謝罪させてください」


 先程のルイズやフィオナ達騎士団に発破をかける際に発した暴言を気にしていたのか、春人はその件の事を謝罪したいと言った。だがそれはルイズによって止められた。


「いいえ、謝罪する必要はありません。ハルト殿は本当の事を言ったのですから。ああ言っていただけなければまだ私は人任せなダメな人間のままだったでしょうから」


「そうだ、あれで私達も目が覚めた。自分たちがいかに怠惰であったかがよく分かったよ。だから謝罪の必要はない。それと私も先程の貴殿へ対する罵詈雑言や失態の数々を許していただきたい」


 ルイズに続きフィオナも春人の謝罪は必要ないと言った。それどころかフィオナは自分のした行動を許してくれと言ってきた。皆が謝罪をしあうというなんとも異様な光景がこの部屋の中で起きていた。


「いろいろとやりずらいですね……。よし! この件はこれ以上進めてもお互い変な空気になって来るのでこれで終了!」


 この空気に耐えられなかった春人が一番に切り出して、無理やりに話し合いを終了させた。これ以上続けてもお互いに気まずいだけだと思ったからだ。


 春人が話を無理やり終了させてから暫し室内は無言の状態が続いた。そして暫く経過してからルイズが初めに口を開いた。


「えっと……それとですね、ハルト殿に不躾ながらもう一つだけお願いが有ります。出来ればですね……私とその、友達になっていただけませんか?」


 指をソワソワさせて、更に頬を赤らめながら何を言い出すのかと思ったら、ルイズは春人に友達になってくれと言ってきた。流石にこれは春人も完全に予想外の出来事だった。


「まあ俺で良ければ。それならアリシアとも仲良くしてやってください。ああそうだ、先に言っておかないと。アリシア、こっちに来てくれ」


 春人はアリシアとも仲良くしてくれと言った後、何かを思い出したかのようにアリシアを手招きして自分の元へ呼んだ。


「何です? ハルトさん」


 何のことか分からずに春人に呼ばれたので寄っていったアリシア。そんな何も知らないアリシアを春人は自分の手が届くところまで来ると彼女の手を取って一気に引っ張ってアリシアの事を膝の上に乗せた。


「ひゃぁ!? いきなりなんです!?」


 突然の事にアリシアは思わず変な悲鳴を上げてしまった。


「殿下には先に言っておきます。俺にはアリシアというとても大切な存在がいます。友達以上の関係は無しでお願いします」


 春人の頭にはラノベでよくあるハーレムなどという言葉は一切存在しない。アリシアが居ればそれで十分だった。だから下手なフラグが立ち上がる前にへし折っておこうと思ってこんな行動に出た。


「分かっています。二人はそれほどまでに仲がいいのですね。羨ましいです」


 そうは言うがルイズは本当に分かっているのか怪しかった。その証拠に春人を見つめる目が今までとは違うものだからだ。


「ルイズ殿下にハルトさんは渡しませんからね!」


 そして何を思ったのかアリシアも春人に抱き着くように首に手を回ながら突拍子もない事を言い出した。それからルイズの事をずっと睨んでいる。その勢いは二人の視線が繋がって紫電が走っているようだった。


「で、二人の邪魔して悪いんですが、そろそろそちらの騎士の方々を紹介していただけませんかね? 名前も知らないままじゃこれから大変なので」


 二人の邪魔をするようで申し訳なさそうにしながら、春人はそろそろ控えている騎士団の彼女達を紹介してくれとルイズにお願いをした。もしここで春人が切り出していなかったらアリシアとルイズはいつまでもにらみ合っていただろう。


「そうですよね、これからお互い協力していくのに仲間の名前を知らないのは問題ですよね。貴女方、これから共闘していくハルト殿に挨拶を」


 ルイズは彼女達に自己紹介をするように促した。殿下に言われては仕方が無いと思ったのか、彼女達はルイズの後ろで控えたままその場で名乗り始めた。


「ノエル・ウィリアムズです。どうぞよろしく」


「オリヴィア・バートン……よろしく」


「……アイリーン・エマーソンだ。言っておくが俺はお前を認めてはいないからな」


「では最後に、私はナタリア・ボードウィンといいます。先程の殺気だけで私達を封殺した技量、見事でした」


 この4名とフィオナ・カールトンの以上5人でルイズをここまで護衛してきたというのだ。彼女達の実力がどれ程のものかは分からないが、それでもここまでこれたという実績は見事なものだろう。


「では改めてもう一度、俺はハルト・フナサカだ。そちらが裏切ったり、敵対しない限りはこちらも手を出さない。その辺に留意してお互い協力していこう」


 これでお互いの自己紹介が完全に終わった。春人もルイズに手を貸すことにしたので以後敵対するような事も無いだろう。


「ではこれで私達は仲間という事になりますね。今後はお互いを敬い、争い合うことの無いようにいたしましょう。それではこれで今日は終わりにしましょう。ハルト殿、いえ、もう友達ですからハルトさんと呼ばせていただきます。私に手を貸していただいてありがとうございます。それと私の目を覚まさせてさせていただき、重ねてお礼を申し上げます」


 パンと手を叩きながらルイズは互いに争うことの無いようにと念を押し、この話し合いを終わらせようとした。はじめは春人に依頼を拒否され打ちのめされたルイズだったが、今ではそんな事など無かったかのような顔をしている。


「それで、殿下達はこの後どうするのですか? 流石に馬をあれ以上酷使させると馬が潰れてしまいますよ?」


「そうですね……馬も休めないといけないですし、私やフィオナ達も疲弊しているので少しの間はこの街で休養を取ろうと思います。それからはトリスタニア王国の王都へと行こうと思います。そこで国王陛下と謁見し、帝国との和平交渉について話し合いをしようと思います」


 春人の問いにルイズはここウルブスで暫く休養を取ってから王都の方へと向かうと答えた。


 それからルイズ達は宿を探しに行くために春人達の部屋を出ていった。こんな宿では皇族や騎士などといった高位な彼女達は満足のいくサービスを受けられないので、自分達に合った宿を探しに行くのだろうと春人は思っていた。


 だがけっきょくこの後、彼女達は他に目ぼしい宿が見つからなかったからなのか、おなじ宿に泊まる事になるとはこの時の春人達は思ってもいなかった。


 そして部屋には春人とアリシアだけが残っていた。勿論アリシアはずっと春人の膝の上の乗ったままである。


「あぁー疲れた! 完全に気疲れだこれ」


 ルイズ達が出て行って暫くすると今まで聞いたことが無いような気の抜けた声で春人は愚痴を吐いた。


「お疲れ様です。私も疲れました。それにしてもハルトさんはズルいですよね」


「ん? 何がだ?」


「初めから殿下からの依頼、受けるつもりだったんでしょ?」


 アリシアの言う通り、春人ははじめから依頼は受けるつもりでいた。そんな考えなどアリシアにはお見通しだった。


「気付いていたのか。そうさ、はじめから俺はそのつもりだったさ。だけどああやって発破をかけないと自分から行動を起こそうとしないで最後まで他人任せになりそうだったからね。国を立て直そうとする人間があれじゃあダメだからね」


 ああやってルイズに激を飛ばしたのは春人なりの気遣いだった。それが功を奏したからまあ良しとしよう。


「今日はもう何もしたくない。このまま部屋でゆっくりしよう」


 春人はアリシアにそう提案して、アリシアもそれを了承したので二人は今日はもう部屋から出ずにゆっくりとしていた。


――後でこの事、ハインツさんに相談した方がいいかな……


 そう思う春人であった。

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