55:依頼主は皇女殿下 1
春人が先導してウルブスの城門をしたので一行は難なく市内へと入ることが出来た。それでも重装備の騎士団が護衛する馬車と一緒だと流石に少しだけ怪しまれもしたが……
流石に市内では馬車と鎧を着せた馬はとても目立つので、市内へ入ってすぐの馬小屋に預けてきた。その時にフィオナ以外の騎士が兜を脱いだ光景を見て春人は顔に出してはいないが驚いていた。引き連れていた騎士は皆女性だったのだから。先程の一触即発の事態の時にもしやとは思っていたが、まさか本当に女性だけで構成されているとは思いもしなかった。
そして一行は何事も無くウルブスの酒場までたどり着いた。
「着きました。ここが冒険者の集まる酒場です」
春人の案内の元、ベルカ帝国より来たと言う騎士フィオナとルイズ殿下、そして他の騎士達は酒場の扉の前まで来ていた。
「案内ありがとうございます。それでは早速中に入りましょう」
扉に手を掛けたルイズはそう言い、扉を開けようとした。だがそれを春人が開けるのを制止した。
「待ってください。その前に幾つか約束してから入ってください」
「それは何でしょう?」
「まず貴方方がベルカ帝国の人間だと絶対に言わない事。今この街は戦闘が終わってすぐなので、まだピリピリしている者も居ます。そんな人がいる中でベルカのべの字でも言ったらその時は流石に身の安全は保障できませんので留意してください。それとあまり騒ぎは起こさないでください。俺は面倒が嫌いなので……」
春人は注意事項としてそれだけを伝えた。あの中でひとたび騒動が起これば、さすがの春人でもどうする事も出来ないからだ。
「分かりました、留意しておきます。ではフィオナ参りましょう」
「はい殿下」
今のルイズとフィオナのやり取りを見て本当に理解したのか不安になった春人をよそに彼女たちは一足先に酒場へと入っていった。
「ハルトさん、私達もいきましょ」
「あぁそうだなアリシア、俺達も行こう」
アリシアに急かされて春人も彼女たちの後を追うように酒場へと入っていった。
「よう、俺達の死神がやって来たぜ!」
「待ってたぞ! 死神!」
「死神、こっちに来て一杯やってかないか? 連れの彼女と一緒にさ!」
春人が酒場に入った途端にあちこちから春人を死神と呼んで、盛大に歓迎する声が聞こえてくる。
「ああ、やっぱりな。だから俺は来たくなかったんだ」
熱烈な歓迎に対して春人は頭を抱えていた。周囲の者達が春人を死神と呼ぶ理由は他でもない。昨日のウルブス防衛戦での圧倒的な力で敵を無慈悲に殺戮していった光景から、いつの間にか死神とかいう二つ名がついてしまった。
流石にこっちでもその名で呼ばれてしまうのかと春人は頭を悩ませていた。一晩で街中に広まったから、数日もすれば国中に広まってしまうだろう。
ちなみに春人が街の外で仕事をしていた理由もこれが原因である。
「ハルト殿、こっちです」
冒険者ギルドの受付の前でルイズが手を振って春人達を呼んでいる。
「まったく、あれじゃあ只の世間知らずなどこかのお嬢様だな……今行きます!」
ルイズにそう返して春人は人混みをかき分け、彼女たちの所へと行った。
「すごいですね、これだけの人が居ればすぐに見つかりそうです」
「そうですか。で、いったい誰をお探しで?」
「今に分かります、フィオナ、お願いします」
春人はルイズに誰を探しているのかと訊ねてはみたが、それははぐらかされてしまった。それに答えは直ぐに分かるといってフィオナに声を掛けると、フィオナは今も賑わっている人混みの方へと一歩前に出た。それに春人とアリシアは今から何を始めるのかと疑問に思っていた。
「食事時に失礼する! 私達はある目的のために人を探している。この中で一番の手練れは誰か! 名乗り上げよ!」
フィオナが叫ぶと今まで騒いでいた酒場の客たちは一気に黙り込んで、皆叫び声の主であるフィオナへと視線を向けて、そのまま無言で隣にいる春人に視線をずらした。それはまるで彼ら全員がこの街一番の手練れが春人であると答えているようである。
その後フィオナ達までもが春人を見てきた。今春人は酒場内の視線をほぼ独り占めしている。
「ハルト殿、貴公がこの街で一番の手練れだなんて、何で黙ってたのですか?」
「いや、聞かれなかったので……」
周りの反応を見てようやく状況を飲み込めたルイズはなぜ黙っていたのかと問い詰めた。それに対し春人は聞かれなかったのでという、もっともな答えを返した。聞かれなかったことに答えないのは当たり前だろう。
「お嬢さんがた、戦力が必要なら彼が適任だ。なんたってこの街を救った英雄なんだからよ。一騎当千のこの死神に依頼すれば間違いない」
「「そうだ! 俺達の死神に乾杯!」」
一瞬静まり返った彼等冒険者たちはまた自分たちや春人の武勇伝を肴に真昼間から酒盛りを再開した。ここでまた春人の頭を抱える案件が増えてしまった。
「英雄と呼ばれたり、死神とか物騒な呼ばれ方をされたりとかハルト、貴公は一体何者なのだ?」
「俺は只のいち冒険者ですよ」
フィオナの疑問に春人は只の冒険者とだけ答えた。それ以上の事は今はまだ彼女達に教えるつもりは無いようだ。
「ではハルト殿、貴殿に依頼したいことがあります。よろしいですか?」
ルイズは依頼してもよろしいかと聞いてはいるが、春人に拒否権は無さそうだ。
「そう聞いても俺に拒否権など無いのでしょう。ですが、まずは話を聞いてからです。それから仕事を受けるかどうか決めさせてもらいます。そう言いう訳だアリシア、場合によってはもうひと仕事入りそうだ」
「大丈夫です。私は何処までもハルトさんに付いて行きます」
「ありがとう」
アリシアは春人が何処に行っても付いて来てくれると言ってくれた。春人にとってこれほど頼もしい言葉は他にはないだろう。
「そちらでも話がまとまったようですし、詳細はそうですね……どこか静かな部屋でしましょう」
人の多い所で詳細は話せないのか、ルイズはどこか静かな部屋を希望した。そこで春人はひとつ提案を出した。
「では俺達が借りてる部屋に行きましょう。貴女方にとっては狭くて少々埃っぽいかもしれないですけどそこは我慢してください」
有無を言わさず、春人は酒場を出て、彼女達を自分たちが寝泊まりしている宿の部屋へと連れて行った。
行き先の宿は酒場からそれほど離れてなく、少し歩けばすぐに到着した。宿のフロントで借りてる部屋の鍵を受け取って一行は狭い宿の部屋へと入っていった。
「確かに……この大人数だと流石に狭いな」
入って早々フィオナが愚痴をこぼしていた。春人とアリシア、それにルイズとフィオナ以下近衛騎士団が数人、これだけの大人数が二人用の部屋に押し込まれたのだから愚痴をこぼしたくなるのも無理はないだろう。
「我慢してください。殿下はこっちの椅子をお使いください。騎士団の方々は……」
「私達はこのままで結構。さあ殿下、どうぞ」
近衛騎士団の彼女達は壁を背にしてルイズの後ろで控えている。そしてフィオナは椅子を引いてルイズをエスコートしていた。アリシアはというとベッドに腰を掛けてこれから始まるであろう話し合いに注目している。
「それでは殿下、俺に依頼したいという仕事について詳しくお話していただけますか?」
春人はルイズの真正面に椅子を用意して対面するような形で話を始めた。
「ではお話しします。ですがその前にどうして私達が自国を出て、ここまで逃げてきたのかをお話ししなければなりません」
これから始まるルイズのとても重要そうな話に春人とアリシアは黙って真剣に聞き入った。
「私達の国は数年前までは他の国と変わらない平穏な国でした。強いて他国との違いを上げるとすれば未だに奴隷制度などという忌々しい文化が残っている事でしょう。そんな国が3年前に兄上の手によって謀反を起こされ、前皇帝である私達の父上は兄上の手によって殺害されました。それから兄上が実権を握り、帝国は事実上兄上による独裁国家になってしまいました。それ以降国内で国民の弾圧や周辺国家への侵略行為などが始まりました。同時に私達兄弟姉妹は幽閉されてしまいました。それでも私は隙を見て志を同じくするこの近衛騎士団の彼女達と国を脱することが出来ました。そこでお願いです、私に力を貸してください! 私達の国を昔のような平穏な国に戻すための手助けをお願いします!」
要約するとルイズは春人に革命を起こすための力を借りたいという事だそうだ。革命に手を貸したところで現状春人にメリットなどどこにも存在しない。それにこの部屋の中にいる人数だけで事を成そうという訳では無いだろうが、人手が足りなさすぎる。
「ルイズ殿下、返事をする前にいくつか質問させてください」
「どうぞ、私で答えられる範囲であれば」
春人は依頼を受けるかどうか答える前にいくつか質問をしたいと言った。話を聞いていて気になる点が有ったからだ。この質問で納得がいく答えが聞ければ手を貸そうと考えていた。
「では初めに、革命を起こそうと言うには些か人手が足りないと思いますが? ここに居る少人数では何かをする前に返り討ちに会うだけだと俺は思いますが?」
「その点については問題ありません。今の帝国の政策に不満を持っている国民は沢山います。無実の罪で知人や親族を処刑された者達は少なくありません。そんな彼等を説得すれば協力してくれるでしょう。その辺の説得に彼女達騎士団にお願いします」
「は! 殿下お任せください。国民への説得は我々騎士団にお任せください」
ルイズの人任せなところとに春人は少々渋い顔をしてしまったが、それは相手に気付かれはしなかった。
「……まあいいでしょう、続けます。それで、俺に何をさせようというのです? まさか現皇帝の暗殺とか……ではないでしょうね?」
今度の質問にルイズは沈黙でもって回答した。つまりは春人の予想道理の事をさせようというのだろう。
「その沈黙が答えなのですか? 人を都合のいい使い捨ての駒とでも思っているのですか? あくまで自分たちの手は汚さない。何から何まで他人任せとは随分ふざけてますね」
顔は無表情だが、その言葉に怒気を込めている春人に返す言葉もないのかルイズはただ黙り込んでいる。
「キサマッ! 先程から俺達が黙っていることをいいことに殿下を侮辱しやがって! ここで切り捨ててやる!」
しびれを切らしたのか、はたまた自分達の主が侮辱されたと感じたのか男勝りな口調の一人の騎士が今にも剣を抜こうとしている。
「やめなさい!」
そしてそれを制止したのは他でもないルイズだった。
「そうだぞ。こんな狭い部屋で長身の剣を抜くのは得策ではないぞ?」
春人も一緒になって今しようとした行為がいいことではないと言った。春人に言われるよりもルイズに咎められたのが堪えたのか、彼女はしぶしぶ剣から手を放した。
「私はズルい女です。全てハルト殿はお見通しの様ですね。確かに私は貴方に汚れ仕事を押し付けようとしました。無礼をお許しください」
ルイズは椅子の上から深々と頭を深々と下げ、春人に非礼を詫びた。それに少々いたたまれなくなった春人は窓越しに外の景色を見ながら更に質問を続けた。
「もう一つ聞きます。殿下は貴国の奴隷制度についてどうお考えですか? 俺の出身の国や今住んでいるこの国にはそのような制度が無いのでいまいちピンとこない話ですが、俺はその制度にはいい気分がしませんね」
ウェアウルフの村を襲い、アリシアを拐って奴隷市場に流そうとした何時ぞやのベルカ帝国の兵士たちの顔が春人の脳裏に浮かんだ。人を奴隷という物同然に扱うような人間に反吐が出ると春人は言いたかったが、そこはグッと我慢した。
奴隷など存在しない現代日本から来た春人だからこそそう思うのだろう。
「実を言うと私もこのような前時代的な文化は廃止するべきだと思っています。ですが悲しいことに未だに需要が有るというのもまた事実です。私はこれを機に奴隷制度などという忌々しい制度を根絶したいと思います!」
「だがそれを成すには多くの犠牲が出ることになりますよ。今までの文化を破壊するというのはそう言う事です」
「重々承知の上です。革命に犠牲が出ないなんて綺麗ごとは言いません。多くの犠牲を払ったとしても、それでもヒトも獣人種も関係なくみんな笑って平和に暮らせるような国を造りたいんです!」
ルイズの覚悟は生半可なものではなかった。彼女のその熱意が春人にも十分伝わった。それに春人も腹を括って答えを決めた。
「ありがとうございます。俺の質問は以上です。ではお答えしましょう」
春人のこれから発する言葉にルイズは思わず生唾を飲んで注目した。
「俺の答えはノー。つまりは殿下の依頼は受けない、という事です」
その短い言葉は彼女を絶望させた。




