53:戦後処理とハロルドの新兵器と……
ウルブスでの壮絶な戦いから一夜明けたウルブス市内では現在戦後処理で忙しくしていた。市内でベルカ帝国の竜騎兵の攻撃によって亡くなった民間人やウルブスを守るために果敢に戦い、そして散っていった戦士を弔うための合同葬儀を行っていたり、他では破壊された城壁や建物の修復作業を行っている。
市内では勝利に歓喜している者や友人知人を失った悲壮感に駆られている者達などの様々な人物の感情が市内に流れていた。
トリスタニア王国側の遺体が丁重に葬られる一方、ベルカ帝国の兵士の死体は無下に扱われ、市内にあった死体は全て城壁の外のある一か所に集められていた。その場所に春人の姿は有った。
「ハルトさーん、市内にあった連中の死体はこれで最後です」
春人が兵士の死体の山をきれいにまとめているとその横から複数人のトリスタニア王国の兵士が台車にベルカ帝国の兵士の死体を沢山乗せて現れた。
「ああ御苦労! そしたらそこの山にまとめてくれ」
「了解しました! それと何だかいちばん面倒な作業をやってもらって申し訳ないです」
春人にそう言った兵士は表情からも分かるように本当に申し訳なさそうにしていた。
「何がだ?」
そんな表情をしている彼に春人は一体何のことだといったふうに聞いた。
「だって敵の首級を上げて生還した俺達の英雄にこんな雑用をしてもらったんじゃ俺達の立つ瀬が無いじゃないですか。本来なら俺達がやらなきゃいけない事なのに……」
「そんなことか、あまり気にするな。俺も後片付けには協力しないといけないからな。さあ行った、ここから先はあまり人に見せられるような光景じゃないからな……それに臭いもキツイしな」
「すみません……では俺達は他の現場に行きますので後はよろしくお願いします」
最後に一礼して彼等はまた市内へと戻っと行った。そして彼等の姿が見えなくなってから春人は作業を再開した。
「さてと、最後のひと仕事をするかね」
そう言って死体の山と面と向かいながら春人はMTより火炎放射器とガスマスクを持ち出し、自分の顔にガスマスクをはめてから死体の山に火を放った。随分と豪快な火葬である。
それから暫く時間が経ち、立ち上る炎が落ち着いてきた頃に今度はアリシアがハロルドと共にやって来た。二人とも死体の焼ける臭いに渋い顔をしながら鼻を摘まんでいる。そしてハロルドはそこそこの大きさのある包みを持ってきている。
「ハルトさん……ですよね?」
渋い顔をしながらもアリシアは顔に見慣れぬマスクをはめている男、春人に彼が本当に春人であるか尋ねるかのように声を掛けてきた。
そんなアリシアの声を聞いた春人は振り向きながら顔のガスマスクを外してアリシアの方を見た。ガスマスクを外した途端に春人の鼻にも不快な臭いが鼻に付いた。だがそれを顔に出さずにアリシアを見つめている春人の顔は昨日のサミュエルと戦っていた時の怒りに満ちた顔ではなく、いつものアリシアが知っている顔をしていた。
「おはようアリシア、ハロルドさんも一緒とはどうしたんだ?」
「おはようございますハルトさん。こっちにいるってさっき兵士の人に聞いてきたんです。その途中でハロルドさんとばったり会って、ハロルドさんもハルトさんに用が有るからっていう事で一緒に来たんです。……それにしても酷い臭い、何を燃やしてるんです?」
アリシアは春人が何を燃やしているのかがわかっていない様だ。春人が仮に何が燃えているか教えたらアリシアはきっとあまりいい感じはしないだろう。そう思ったから春人は答えをはぐらかそうとした。
「これか? これは……まあ、気にするな。それよりもハロルドさん、俺に用とは何です?」
話を意図的にはぐらかされてしまったアリシアはムスッとしながらも、横に居るハロルドと春人のやり取りを見ていた。
「暫くぶりですね、ハルトさん。久しぶりにこちらに帰って来てみれば先日戦闘が有ったみたいですね。市内のあちこちで君が大活躍したという話を聞いてきたよ。ハルトさん、君の活躍のお陰でこの街が救われたよ。本当にありがとう」
ハロルドはそう言うと春人の手を取り、固い握手を交わしながら腕をぶんぶんと大きく振っている。
「ちょっ、ハロルドさん、そんなに振ったら手が取れる!」
大げさな春人の反応ではっと気が付いたハロルドはようやく手を放してくれた。ようやく解放された春人は自分の手首を擦っている。
「いやぁスマン、スマン。つい大げさになってしまった。それよりもハルトさん、その目はどうしました?」
「あぁ、これはこの間ベルカの兵士にウェアウルフの村が襲われて、その際に出来た傷です。これに関してはあまり気にしないでください。それよりも、用事とは?」
「あぁそうだった、あまり長くハルトさんを独占しているとそちらのお嬢さんに怒られてしまいそうだからね。なるべく手短にしましょう」
ハロルドが言うようにいつの間にかアリシアは春人の傍まで歩み寄っており、今だムスッとした表情のままハロルドの事を鋭い視線で睨んでいる。それはまるで私のハルトさんを取るなとでも言いたげなようだ。そんなアリシアを春人はそっと傍に引き寄せると、今までムスッとしていた表情が僅かながらに穏やかになった。
「それよりも、場所を変えません? ここじゃあなんですし……」
視線をまだ燃え盛っている死体の山に向けた春人を見て、察したのかハロルドは二つ返事で了承し、三人はいったんこの場から移動していった。
そして最後までアリシアはあそこで何が燃えているのかが分からないでいた。きっと最後まで知らない方がいいのだろう。
城壁沿いに移動してきた三人は南門付近まで戻ってきていた。途中城壁が崩れているところがあり、それが昨日の戦闘が激戦であったと物語っているようだが、ここもいずれ綺麗に修復されるのだろう。
「とりあえず、この辺でいいでしょう」
そう言って皆を止めたのはハロルドだった。
「ん? ここでいいとは?」
何故この場がいいのか分からない春人はハロルドに聞いてみたが、そのハロルドは振り向きざまにニコッと笑みを浮かべながら今までずっと手に持っていた包みを縛っていた縄を解き、覆っていた布を大げさに払ってその中身を露わにして見せた。
「さあ紳士淑女の皆さまご覧ください。こちらは私が知力を振り絞り、血と汗を流して作り上げたまったく新しい規格の遠距離攻撃用の新兵器です。既存の遠距離攻撃方法と言えば弓か魔法攻撃に頼るしかなかったですが、弓では命中精度と飛距離が使用者に左右され、同じく魔法でも魔法を使えるかどうかが才能によって左右されます。それに魔法では威力過多になることもしばしば! ですがこの武器はそうではない! 誰もがある程度操作の練習をすればこれは簡単に扱えるようになります。これは専用の矢を使うので威力過多になることもない。そう、ズバリ、この武器の名はっ――!」
「……クロスボウ」
ハロルドがまるで演説かのように大きな声で新兵器の説明を始め、最後に武器の名を叫ぼうとしたときに春人が空気を読まずに横から入ってきて最後の大事な部分を持って行ってしまった。
「ちょっとハルトさん、一番肝心なところを持って行かないでくださいよ! ここがおいしいところなんですから! それにしても何でこれの名前が分かったんですか?」
いちばんおいしいところを持って行かれてしまったハロルドは少々ずっこけながらも春人に文句を言っている。そして春人がボソッと呟いたクロスボウという名前がハロルドが言う新兵器の名前で合っていたようだ。
そのクロスボウをハロルドから手渡され、春人は細部を観察したり構えたりして感触を確かめている。
「いや、俺のいた所にも形は多少違うけど、似たような武器が有りました。まあ今では狩猟用で戦場で使われる事なんてそうそうないですけどね。まさかこっちでも同じような武器が作られるとは思いませんでした。それにしても名前まで一緒とは……偶然とは恐ろしいものですね」
春人が言うようにクロスボウは元の世界にも存在していた。世に現れたのはそれこそ大昔の話だが、その長い歴史の間に何度も改良され、現在に至るまで何度も形が変わってきた。ハロルドが作ったクロスボウは曲床式のストックに部分部分を金属で補強されている。歴史の教科書などに出て来る物というよりはどちらかというと現在の競技用などのクロスボウに近い形をしている。
「いやあ、ハルトさんの銃という物を前に見せてもらった時から私の開発者魂がこうくすぐられてですね、今の技術で似たようなのが作れないかと見よう見まねで作ってみたんですよ」
魔法が強力なこの世界でハロルドは片手で数える程しか見ていない銃を見よう見まねで既存の技術で再現してみようとしたというのだ。その産物がまさかのクロスボウとは、このハロルドという老人の才能が計り知れない。
「流石に火薬で撃ち出す構造までは作れなかったですけどね」
春人がずっと構えたり構造を観察している間にハロルドがそう言っていた。春人はそれを聞き流そうと思ったがあまりの内容に聞き流すことは出来なかった。
――この人……時間とそれなりの設備が有ればそのうち銃でも作れるんじゃないのか?
春人が内心そう思っていると、その横からハロルドが微笑みながら春人の顔を覗き込んできた。
「どうです? いい出来でしょ? ハルトさん、これの試射をお願いできますか? 偶然あそこに丁度いい的が用意されているんで」
ハロルドがこの辺でいいだろうと言ったのはそう言う事だった。視線をハロルドが指さす方を見てみるとその先に案山子に適当な鎧を着せた的が用意されていた。
「随分と用意のいいことで……いいでしょう。俺がコイツの性能試験をしましょう」
それからハロルドから使用に関する注意事項を聞き、新兵器クロスボウの性能試験が始まった。クロスボウ本体に矢をセットし、右目が見えない春人は左手で構えて的の案山子に先端を向けた。後は銃と同じ要領で引き金を絞った。
その矢は真っ直ぐと案山子へと飛んでいき、案山子に纏わせている鎧をいとも簡単に貫き予想以上の威力を見せつけた。
「これは……精度も威力も申し分ないな。ただ、速射が効かないのが難点だろうか?」
そう独り言を呟きながら春人は次の矢をつがえながら更に続けた。
「だがそれは数を揃えればいいだろう。それにこの精度を利用して狙撃にも使えるだろうな。だが相手と真正面からぶつかり合う戦いにはあまり向かないだろう。再装填に多少時間が掛かるからな」
そしてもう一度矢を案山子に向けて放った。
その横では春人の言っていることを一文字も漏らさないようにハロルドは手帳にどんどんメモを書き記していく。春人の助言を基に今後改良出来るところは改良しようという事なのだろう。
「ではこのクロスボウは精度はこのままで速射性能を強化して量産すればいいと?」
メモを取りながらハロルドは春人に改良点を確認するために聞いた。
「まあそんなところですね。それよりもこの武器には重大な問題が有ります」
「問題? これの設計に欠陥はない筈です。一体どこが問題なんですか、教えてください!」
春人の言う問題という言葉にハロルドは身を乗り出すかのように春人に詰め寄ってきた。
「落ち着いてください。これ自体に使っていて欠陥らしい欠陥はなかったです。問題はそこじゃありません。いいですか、よく聞いてください。これは俺の銃にも匹敵するような脅威に成り得ます」
「と言うと?」
「それはこの武器の性質にあります。これは音も出さずに遠距離の相手を射抜くことが出来る武器です。もしこれが悪意のある人間の手に渡ったらどうなるでしょう? 例えばそうですね……盗賊団の手に渡ったり、殺し屋とか裏側の人間がこれを使い始めたら……」
「目も当てられませんね」
自分の発明品が悪用されているのを想像したのか、ハロルドは顔を青くしている。今回の発明は失敗だった、そうハロルドは思っていた。
そんなハロルドの気持ちを察した春人はこう付け加えた。
「ですが、解決策は有ります。これを売る相手を間違えなければいいだけの話です。その辺はハロルドさんと得意分野だと俺は思います。これは失敗作ではありませんよ。これは今後の戦術を改変する事の出来る可能性を秘めた物だと俺は感じました」
クロスボウは失敗作ではない、そう春人は告げながら撃ち終わったクロスボウをハロルドへと返した。
「やはりハルトさんにお願いして正解でした。今回のハルトさんの助言を基にして改良を加えていきましょう。いやぁ本当に助かりました」
「俺で良ければ今後も協力しますよ。ただハロルドさん、売る相手は……」
「ええ、分かっていますよ。その辺は安心してください」
そしてハロルドは受け取ったクロスボウを今まで包んでいた布でもう一度包んでから春人と談笑を始めようとした。だがその前にずっと春人の横で見ていたアリシアが春人の服の袖を軽く引っ張てきた。
「ねえハルトさん、あれは何でしょう?」
何かに気が付いたアリシアはそう言いながらある方向を指さしていた。その指さす方向に視線を向けた春人の目にもあるものが目に留まった。それは大きな砂埃を上げながら移動しているようだった。
「なんだ、あれは?」
「馬車と……他に馬が数頭、こっちに向かってきていますね」
同じくその何かが気になったハロルドがその相手の答えを出した。大きな砂埃を上げている所からすると相当な速さで移動しているのだろう。商人か、はたまた傭兵団の集団なのかは分からないが、もしあの集団がウルブス防衛に参加しようとしている集団なら乗り遅れもいいところだろう。
そして春人はあの集団が自分たちの所に近づいている様に感じていた。
「なあ、なんだかアレ……こっちに近づいていないか?」
春人がそう感じたのは間違いではなかった。本当にあの集団が春人達の所に近づいていた。そして馬車とその周囲に展開している馬の姿がはっきりと視認できるようになってきたら、その集団の方から大声で叫ぶ声が聞こえてきた。
「おーい! そこの者達退いてくれー!」
馬の蹄が地面を蹴る音の合間に女性のような声がそう叫んでいる。それで危ないと感じたのか、春人はアリシアを抱きかかえ、ハロルドにも声を掛けて城壁の方へと急いで退避した。
そして猛スピードで駆けてきたその集団は春人がクロスボウの的にしていた案山子を踏み倒して、自分たちの目の前でようやく止まった。
――なんだかまた面倒な事に巻き込まれそうな予感がする……
アリシアを抱きかかえたまま春人は一人、そう感じていた。




