49:狙うは敵の大将首 1
死神部隊と交戦し、彼等を退けた……と言うよりも逃げられたと言った方が正しい春人は現在鬼のような形相で前線へと戻って来た。
そしてそこで目にしたのは城門を破られ、城壁の上や周囲の市街地でベルカ帝国の兵とトリスタニア王国の兵が入り乱れて乱戦が繰り広げられている光景だった。死神部隊のハミルトンが言ったように春人の仕掛けたクレイモア地雷の罠が彼等の爆撃によって破壊されたので、敵の数が大して減らずにウルブスに押し寄せて来ていたのだ。
このままでは敵に死神部隊が居なくても物量にものを言わせて攻めて来るベルカ帝国によってウルブスが陥落するのも時間の問題だと春人も分かっていた。
「まったく、あの死神部隊共といい面倒な敵ばかりだな、この世界は」
敵味方入り乱れている乱戦の場で下手に銃を撃てば味方に誤射する恐れがあるので今は撃つことは出来ない。だから春人は高周波ブレード一本だけで乱戦している戦場へ吶喊していった。
「お前ら! ハルトさんが戻って来たぞ!」
この乱戦の場で春人が参戦した姿を見た誰かがそう叫んでいた。それから伝言ゲームのように仲間内にその情報が広がっていき、みるみるうちに全体の士気が上がっていった。
それでもトリスタニア陣営が押されている事に変わりはない。それでも彼等は春人が居れば彼がこの状況を打破してくれるだろう、彼の力が有ればこの戦いに勝てるとそう思っていた。
最初のC4の爆破による一撃を見せられれば誰もがそう思ってしまうだろう。彼等は春人の事をある意味英雄視していた。だがそんな事など春人は知らない。
そして彼等が英雄視している春人は現在雪崩の如く押し寄せて来るベルカ帝国の兵をただひたすらに切り倒していき、確実に城壁の方へと足を進めていた。その表情と問答無用に敵を斬り殺していくその光景はまさに鬼、もしくは死神と言ってもおかしくない姿だった。
――全然手応えが無い、まぁ所詮こんなものか……
春人にとっては目の前の敵など脅威ではなく、今でも憎き相手の死神部隊に逃げられたという鬱憤を晴らすためのただの動く的でしかなかった。
まるで手応えの無いベルカ帝国の兵士など春人にとって憂さ晴らし、もしくはストレス解消のための相手でしかない。
そして気が付けば春人は城壁の下までたどり着いていた。ここまで何人の敵を斬り殺してきたかは春人自身も数えていないので分からないが、少なくとも数十人は斬っている。その中にゴブリンやオークなどの魔獣の姿もあったがまともに相手の姿を確認していない春人だったので魔獣も斃していたことに気が付いていなかった。
「まあとりあえず、上に上がるか」
そう言って春人は両足に力を込め、城壁の上へと一気に跳躍していった。
城壁の上でも敵の姿は確認できている。よくよく見るとウルブスを囲う城壁にベルカ帝国の兵が掛けたであろう梯子がいくつか有り、そこから敵は昇って来たのだろう。
「はぁ……敵も敵なら味方も味方だな。俺が居ない間にいったい何をしていたんだ?」
この状況を見て春人はつい溜息をついてしまう。本来防衛側である自分たちが有利であるにも関わらず、ここまで押されていては今まで何をしていたんだと問い詰めたくもなる。
城壁に梯子が掛けられるまではなんとか奮戦していたのだろうが、敵が城壁の内側に攻め込んできている現状ではいつウルブスが陥落してもおかしくない状況である。それに城門まで破壊されている。これは完全に春人達ウルブス陣営が詰んでいる。
「はてさて、どうしたものか……いっそのことアレを使った方が早いか? だがここでアレを使えば周囲の汚染が心配だしな」
一瞬の間に春人はこの戦いをどう勝つかと思考を巡らせている。そして春人が使おうか考えたアレとは人類史上最悪の大量破壊兵器、核兵器の事である。大量のポイントの消費と引き換えに使用できるが現実と同様にこの異世界でも放射能汚染が有るのかが心配である。CFでは放射能汚染まで再現されてはいなかったが、ここでも汚染しない保証はない。
そして一部の大型クランでは大量の核兵器を所有することで各自の均衡を保っている所もあった。それはまるで核保有国同士の核抑止力の様だった。もちろん死神部隊にも抑止力ということで数発の核弾頭が配備されていた。
「よし、核は無しだ」
色々と考えている間にも春人の姿を確認したベルカ帝国の兵は春人に挑んでくる。そんな敵をあしらうかのように春人は高周波ブレードを相手に突き刺した。
「お前は……いったい……何者だ?」
口から血を吐きだしながらベルカ帝国の兵士は死ぬ間際に春人に聞いてきた。
「俺か? 俺は……死神だ」
春人がそう言い返しながら高周波ブレードを横に振り払ってこの兵士の胴体を両断した。その際に返り血が春人の強化外骨格に付着した。
「おーいハルトー! まだ生きていたか!」
そう声を掛けてきたのはユーリだった。彼もまだ前線で戦い、そしてまだ生きていたようだ。
「ユーリ、まだ生きていたか。それよりも他の連中は、グレイズさん達はどうした?」
「皆はまだ戦っている、お師匠も無事だ。それよりもハルト、今までどこに行ってた? 外の罠が急に大爆発を起こしたと思ったら全て破壊されたようだし、そこからベルカの連中が雪崩れ込んできて大変だったんだぞ?」
「そうか、こっちも敵の竜騎兵の撃墜だなんだって忙しかったんだぞ」
二人は戦いながら互いの無事を確認し合っている。その間も敵の進攻は止まらないが、春人が戻って来たことでその周囲だけ敵の進攻を押し留めている。
「そうか。それよりもだ、さっき空を飛んでいった見慣れない物体、あれハルトも見たか?」
ユーリが言う空飛ぶ見慣れない物体とは死神部隊の有するオスプレイの事だろう。それに答える際に春人の手に自然と力が入って、一瞬の間をおいてから答えた。
「あぁ、アレは俺の敵だ」
春人はただそれだけしか言わなかった。その短い一言だけで何かを察したのかユーリはそれ以上その事を聞いてこなかった。
「それよりもユーリ、俺が居ない間に随分と押されているじゃないか。まったく何をしていたんだ?」
「しょうがないだろ! 連中の数が予想以上に居たんだ。それにみんなハルトの仕掛けた罠に期待していたのにそれも看破されちまったしよ! 本当に今回の戦は最悪だ!」
そうは言ってもユーリはまだ生き残る事を諦めてはいない。それは周囲で戦う他の仲間の者達も同じだった。
「この戦い、どうすれば俺達が勝って終れると思う?」
唐突に春人がユーリに訊ねた。
「そいつは敵の首級を挙げれば勝てるんじゃないのか?」
「それもそうだよな。どうだユーリ、一緒に敵の大将首取りに行かないか?」
「え?」
春人の誘いは敵の大群へと飛び込んでいく、いわば地獄への片道切符であった。




