43:決戦! ウルブス防衛線戦 3
「来たぞー! 連中の第一波が侵攻を開始したー!」
ウルブスの城壁の上で待機していた兵士がベルカ帝国の部隊の第一波が侵攻してきたのを目撃し、仲間にその事を伝えるべくそう叫んでいた。
ウルブス内での緊張は一層高まった。一部では今すぐにでも進軍して敵を迎え撃つべきだと言っている者までいる。
「騒ぐな! 連中はここまで来ることは出来ない! 敵の第一波は俺が設置した罠で奴等は全滅する! 見ていろ!」
今にでも敵に向かって突撃していきそうな傭兵や冒険者の一部の者に向かって春人が牽制する。第一波は先日設置しておいたC4で全滅させると……
それにしても血気盛んな傭兵や冒険者の多くが獣人種の者達なのはきっと気のせいだろう。
ここで本当に第一波を全滅できれば確実に仲間の士気は確実に高まるだろう。だが実際どうなるかは分からない。
それでも春人の指示のもとに設置された地雷原はその役目を今か今かと待っていた。
「なあアンタ! 本当にあの大群、どうにか出来るんだろうな!?」
「なあに、あの程度の軍勢、恐れるに足らん」
春人があの程度の敵の数など問題無いと言わんばかりの返答に、聞いてきた兵士は自分達とは違う次元の強さが春人にはあるのではと感じていた。それに彼はこの戦況を楽しんでいる様にも見える春人にえも言われぬ感情を抱いていた。コイツはきっとバケモノの類の人間だと……
そのように仲間に思われている間にも春人は地雷原に向かってくるベルカ帝国の第一波の大群をずっと睨んでいた。その手にC4爆薬の起爆スイッチを持ち、春人の横にはMTのホログラフィックディスプレイが周囲のマップを表示している。マップには城門の先の地雷原の情報の詳細が記載されている。
――さあもう少しだ、もっと寄ってこい。もう少しでお前たちを一撃で葬ってやる
敵の集団の先頭がC4の設置されたポイントに入ってきた。それでも春人はまだ起爆しようとしていない。最も効果があるタイミングを見計らっていた。
そのタイミングはさほど待たずに訪れた。
「ちょうどいい、頃合いだ……。全員へ通達! 耳をふさいで爆音と衝撃に備えろ!」
起爆前に味方へ警告を発する。
「えっ!? なんだって?」
複数の人間が春人の警告に何のことだと言っていた様だが、春人はそんな事など気にも留めずにC4の起爆スイッチのレバーを握ってC4を起爆させた。そして耳を塞がなかった者達はもろに爆音を聞いたため、暫く難聴になってしまった。特に耳が良い獣人種の人達にはこの爆音が相当答えたようだ。その場で耳を抑えながら蹲っている。
一斉に起爆した大量のC4の爆発がベルカ帝国の第一波を飲み込み、爆発音と衝撃波が一瞬遅れてウルブスの城壁に到達した。その腹に響くような大きな爆発音は双方の陣営の指揮所にまで鳴り響いたらしい。
そして爆発音と衝撃波の中で春人がその笑っている姿を見た者が何人もいたそうだ。
春人はともかく、C4を知らないこの世界の住人は大きな爆炎が上がっている光景に愕然としている。それに春人はやり過ぎたかなどとは微塵も思っていない。
それから暫くしてから爆煙が晴れて、相手の姿を確認できるようになったが、まともに動けるような敵は殆ど残っていなかった。
「うぉー! ハルトさんが奴らに目にもの見せたぞー! 俺達も後に続くぞー!」
「「「おぉーっ!!」」」
C4の爆破に感化され一気に士気の上がった寄せ集めのウルブス防衛隊の一部が城壁の上からから降りて城門前に集結し、封鎖している城門をこじ開け、追撃を掛けるべく平原へと飛び出そうとしていた。そのほとんどが先程と同じ獣人種の集団を中心とした傭兵団だった。
「静まれバカどもが! 今のはまだ序の口だ。まだまだ罠は沢山仕掛けてある。少なくとも次の侵攻まではあれで抑えられるだろう。さあ、今のうちに隊列を整えろ! 俺達の使命はなんだ!? 敵を追撃して殲滅する事ではない! 俺達の後ろに居る住人を奴等の暴力から守る事だ! 醜態を晒すような真似はやめろ! もし次に同じような真似をすれば俺がお前等を処断する。分かったな?」
一撃で敵を殲滅した光景に浮かれ、自分たちの使命を忘れてただ敵を殺す事だけを第一にしようとしている者共に春人は城壁の上から殺気を込めながら一喝し、冷静さを取り戻させる。
そして次に同じように醜態を晒せば仲間でも処断すると言った言葉には明確な殺意が込めていた。
「す、すまねぇ。俺達もアンタの一撃を見てつい浮かれちまった。許してくれ、な?」
「……次は無いと思えよ?」
一喝と同時に向けられた明確な殺意に冷静さを取り戻しつつも同時に恐怖を感じた傭兵の一人はただ、謝罪するしか出来なかった。それだけ彼等には春人が恐ろしい存在に見えていたようだ。そんな彼等に春人は次は無いと釘を刺しておいた。
「ほんと、ハルトは戦いになると人が変わるよな」
城壁の上に残った者の中から春人に向けて聞き覚えのある声がした。
「ユーリか、お前は下に降りなかったんだな」
そこに居たのはレザーアーマーに身を包み、ハルバートを担いでいるユーリの姿だった。その後ろには彼の所属する傭兵団の団長グレイズ以下、防具を同じレザーアーマーで揃えた一団グレイズ傭兵団が立っている。
「当たり前だ、俺達はお師匠に鍛えられているんだ。あんな統制のとれてない素人連中なんかと一緒にしないでくれよ! ね、そうですよねお師匠!」
ユーリが他の傭兵などと一緒にしないでくれと抗議してきた。それにグレイズに同意を求めていたが、そのグレイズは只うんうんと首を縦に振っているだけだった。
「それもそうだな、そいつは失礼した」
普段は冷たくあしらわれているユーリだが、まさか春人からそんなふうに返されるとは思ってもいなかったのか、ユーリは心底驚いた表情をしている。本当に彼は表情豊かな人間である。
「ハルト殿、先日ぶりですな。いやはや、剣の腕だけでなく魔法の技術も一級品とは実に見事なものだ」
グレイズが驚いたままのユーリをどけるかのようにして、春人に声を掛けた。彼はC4の爆発が魔法によるものだと思っているらしい。
「グレイズさん先日ぶりです。今の攻撃は魔法ではないです……詳細は話せませんが、今のは俺の使用する武器の内の一部です。それに俺に魔法の才能が有るかも分からないですしね」
「はっはっはっ、お主は手の内を仲間にもそうそう晒さぬか。良いぞ、実に良い心掛けだ。自身の手の内は傭兵にとっても冒険者にとっても大切なものだからな。誰かに晒して、対策を練られては目も当てられぬからな。お主が冒険者ギルドに属していなければ某の傭兵団に迎え入れたかったのにの……」
グレイズは春人が自身の手の内を晒さないといった考えに心底気に入ったようだ。それは春人が以前に手の内を晒して失敗したことがあったからだ。その失敗があったから春人はただグレイズの言葉を聞き入れるしかなかった。
それに春人は冒険者から傭兵に鞍替えする予定など今のところ無い。
そもそも傭兵と冒険者は似て非なる存在だ。大きく分けるとすれば相手が魔獣か人間かの違いだが、それよりも稼ぎが違う。冒険者であれば仕事をしている間は安定した収入を得られるが、傭兵ではそうはいかない。彼等は警備や護衛などの仕事を主にしているが、契約期間が終われば彼等は次の街へ次の街へと移動していくというどこかの街に根を張るというような生活スタイルではない。
それは春人が望む生活スタイルではないからだ。はじめはそれでもいいと思った時もあったが、今ではアリシアと共に生活している為、あちこち移動を続ける生活は望ましくない。
「勧誘でしたら丁重にお断りさせていただきます。それよりも次はどう出て来ると思いますか?」
「おっと、断られてしまったわ。まあ某も本気で言った訳ではないからな。して奴等の次の出方だが、奴等は魔術師が後方からの支援攻撃をしながらもう一度兵を突撃させて来るだろう。ベルカ帝国は数にものを言わせて攻めて来るのが得意だからな」
春人の質問にグレイズは今までの戦場での経験からそう答えた。だが最後にあくまで予想でしかないと念を押したが……。それに本当に予想通りに敵が動くほど戦場はそう甘くはない。
「そうですか……分かりました。ではスミマセンが俺は少しここを離れます」
「ん? 何をするつもりかな?」
「空の敵を相手にしに行ってきます。あれを放っておけばいずれこちらの竜騎兵は全滅して、こちらが不利になってしまうので。まあ今でも数ではこちらが不利な事に変わりはないですけどね」
春人は空を指さしながら答えた。地上はまだ時間が稼げても、空の敵には現在も僅かながらだが押されている。このままではウルブスの制空権がベルカ帝国に奪われてしまう。
「分かった、ここは某らに任せてお主は自身の仕事を果たしに行ってこい。だが死ぬなよ?」
春人がアリシアに言ったことと同じような事をグレイズに言われるとは思ってもいなかった。
「まさかグレイズさんにそう言われるとは……。分かりました。では、暫しここをお願いします!」
それをグレイズに告げると春人は建物の屋根へと飛び移ってからウルブス市街へと戻っていった。
広範囲に設置されたC4が起爆してすぐにベルカ帝国陣営は混乱状態に陥っていた。
「なんだ今の爆発音と衝撃は! 今のは敵の攻撃だとでもいうのか!」
春人が起爆したC4の爆発音と衝撃にベルカ帝国軍の指揮官、コーネリアは驚愕していた。これほどの爆発を起こす攻撃などこの世界にそうそうないからだ。
「コーネリア様! 申し上げます。先程の敵の攻撃により我々の第一波が壊滅! 敵に大規模の爆発魔法を使える魔術師が居るもようです!」
報告に上がった兵士によって自軍の第一波が壊滅したことを知ったコーネリアだった。それよりも強力な魔法を放てる魔術師が敵に居るという事が衝撃的だった。
この世界の戦法では前線を押し上げる兵士は勿論必要だが、後方からの魔術師の力の差が戦いの勝敗を分けると言っても過言ではない。仲間を癒す事の出来る治癒魔術を使える魔術師が居れば兵士が無駄に戦死して消耗を抑えることが出来る。攻撃に特化した魔術師であればそれこそ一撃で戦局をひっくり返すことも可能だ。
だが彼女たちは知らなかった。今の爆発は異世界由来による科学技術によるもので、魔術師の攻撃でない事を……
「どうされます、コーネリア様」
「いや、所詮最初の部隊は様子見の使い捨ての予定だった。どのみちこの戦では遅かれ早かれ戦死していただろう。それにあれだけの大規模魔法だ、魔力の消費量も馬鹿にならない。続けて何度もそう放つことなど出来ないだろう」
「では如何されます?」
「愚問だな、次の部隊をすぐに進軍させよ! 敵の魔術師は大規模魔法を発動することが出来ない!
この瞬間を逃すな、総員突撃! 進撃と同時に魔術師による遠距離砲撃魔術による支援砲撃を開始せよ!」
コーネリアは参謀や副官たちに続けて進撃を行うよう指示を出した。
「聞いたな! 全軍攻撃開始! 皇帝陛下は勝利のみをお望みだ。敗北など望んではおられない! 死んででも勝利を勝ち取れ!」
参謀が部隊内の将兵に進軍の指示を出している。全滅した第一波から間もなく第二波の進攻が開始された。その規模は第一波よりも多かった。
しばらくは週一で更新させていただきます




