33:葬送
日も高く昇り、時間はもうお昼に差し掛かろうとした時間にウルブス市内にある共同墓地では村での惨劇から生き残ったウェアウルフ達が亡くなった仲間達を送るための葬儀が粛々と行われていた。
その中から仲間の死を嘆く声や友人知人、果ては親族を亡くした者のすすり泣く声が聞こえてくる。
亡くなった者、送る者、その双方に小さな子供が居ることを鑑みるといかにベルカ帝国の兵士が行った行為が卑劣な行為を行ったかは想像に難くない。小さな子供の命まで奪った彼等の行いを肯定する者は誰も居ないだろう。
その悲しみに包まれた場に喪服を着たアリシアとどこかの国の軍服を着た春人が現れた。その二人の手にはこの世界で葬送の際に用いる花らしい白い菊に似た花を持っている。
その春人の格好は黒を基調とした制服に左肩から胸ベルトを掛け、穿いているズボンのサイドには赤いラインが入っている。そしてその制服の上から表は黒く、裏地は赤のマントを羽織って、頭には制服と同じように制帽を被っている。
その格好は元の世界でのイタリア国家憲兵隊が着ている制服と同じである。
更に春人の右目があった場所には黒い眼帯がその場所を覆っている。
なぜFPSのゲーム内に戦闘服以外の全く防御力の無い各国の各時代の軍服が存在するのかというとこれは完全にゲーム開発陣営内のスタッフの一人がネタで提案したところ、この企画が通ってしまったかららしい。
そのお陰で旧日本軍の格好で常に突撃しか行わないクランが居たり、軍服のまま戦場を駆ける人達が居たらしい。彼等は彼等なりに楽しんでいる為に誰も文句は言わなかった。まあ、相手の格好に文句をつけてはいけないというマナーが存在していたという理由もあるからかもしれないが……
なぜ春人が沢山ある各国の軍服の中からこれを選んだ理由は「カッコいいからだ」だそうだ。
そして眼帯も完全に見た目だけで、全く戦術的優位性を持っていないビジュアル変更用のアイテムでしかない。
まさか春人もこんなアイテムをショップで購入し、実際に使う事になるとは思ってもいなかった。
そんな異様な格好をした春人と喪服を着たアリシアの存在に気付いた参列者の一人が小さく声を上げた。
「アリシアちゃんが、ハルトさんを連れて来てくれたぞ」
その声を聞いた他の参列者は皆一斉に二人の方を向いた。
「ハルトにーちゃん……」
「もう動いて大丈夫なのか?」
「我等の英雄が来たぞ」
「みんなの仇を討ってくれてありがとう」
「なんとまあ勇ましい姿になって……」
「聞いた話ではあの右目はどうやらアリシアちゃんの事を助け出すときに失ったらしいよ」
ウェアウルフの群衆の中から春人の事を気にする声が上がる。その彼等は皆、無傷とは言えないが無事に帰ってきた春人の事を温かく迎え入れてくれた。
「すまないが道を開けてくれ」
春人が覇気のない声を上げると皆は無言で左右に別れ、道を開けてくれた。その光景はモーゼが海を割る光景に似ていた。その中をアリシアと共に抜けていく。
群衆が道を開けてくれた先には墓標がいくつも立てられていた。その墓標にはあの村で亡くなった者たちの名前が刻まれていた。
春人はアリシアと手分けして全ての墓標に持参した花を供え、その全てに花を供え終えると先に来ていた他の者達の前に立ち、脱帽してからアリシアと共に頭を下げ、黙祷を捧げた。
春人の内心では亡くなった者たちのことを思い出し、後悔していた。もっと早く村に戻っていればこんな事にならなかったのにと……
だが何時までも後悔していては先に進むことは出来ないことは分かっている為、気持ちを切り替え、ここに眠るみんなの分まで精一杯生きていこうと、そう亡くなった彼等に約束をして黙祷を終えた。
黙祷を終え、顔を上げた春人は横にいるアリシアの方を見た。彼女はまだ目を閉じ、黙祷を続けていた。春人と違い、小さなころからあの村で過ごした彼女は亡くなった者達に色々と思う所が有るのだろう。そう思った春人は敢えてアリシアに声を掛けなかった。
「もう動いても大丈夫なのですかな?」
ふと背後から声を掛けてきたのは村の長であるボーアだった。
「ええ、体はもう問題無いですよ。ただ、右目がこの通りなので多少生活に不自由がでると思いますけどね」
春人が右目の眼帯を指しながら答えた。それをボーアは心配そうに見ていた。
「なんと勇ましい姿になって……。でも本当に戻ってきてくれてありがとう。お陰でこうして礼を言うことが出来た。そうだ、これを返さないとな」
そして差し出してきたのは小さな小包だった。それを開けると中身は見慣れた細長い物体が入っていた。それは春人が負傷者に使うようにと手渡した医療用ナノマシンの入った注射器だった。
「これは? まさか使わなかったのですか?」
春人は受け取った中身を見て驚いた。
「いえ、有効に使わせていただきました。これはあの時の余りですのでお返しします。これのお陰で本来なら助からなかった筈の者が沢山救われました」
まさか余るとは思ってもいなかった春人は受け取った医療用ナノマシン注射器をMTへと戻した。
「ハルトさんどうかしました?」
黙祷を終えたアリシアが春人の背後からひょいと出て来た。まだ見える左側から出てきてくれたのは彼女なりに気を使ってくれているのだろう。
「いいや、なんでもない。ボーアさんと色々話をしていただけさ。それよりももういいのかい?」
「ええ、もうこっちも大丈夫です。ハルトさんは?」
「こっちも大丈夫さ」
そんな二人を見ていたボーアが急に二人を驚かすようなことを言い出し始めた。
「なんだかいつの間にか二人の距離がグッと縮まったような気がするが……あぁそうか、そういうことか。アリシアちゃんにもやっと春が訪れたか」
腕を組み、顎をさするようにして何か考えるような仕草をしながらボーアは話している。その顔が少しだけ微笑んでいたのはきっと二人の気のせいであろう。
「ちょっと村長、急に変な事言わないでください!」
一番狼狽えたのはアリシアだった。それに何だか恥ずかしそうにもしている。
「はは、こんな時なんだ、少しは明るい話が有ってもいいだろう。彼はワシらにとっての英雄なんだ。アリシアちゃん、いい人を選んだな」
そう言われたアリシアは何も返せず、無言で答えた。その内心では凄く喜んでいた。その証拠に気持ちが顔に現れていた。
「さて、ハルト君……いや、ワシらの英雄、君の働きのお陰でこれだけの仲間が救われた。アリシアちゃんも無事にベルカの兵から取り戻してくれた。そして君が遺体を全員連れていく様にと言ってくれたから一人もあの村に置いてくること無くここに埋葬することが出来た」
「あのまま置いてきたら魔獣に食い荒らされて、こんな立派な葬儀で送る事なんて出来なかっただろうしな」
ボーアが話している途中、その後ろから男性の声がして彼が話そうとしていたであろう言葉を奪って行った。
「確かに彼の言う通り、あのままだったらこんな葬儀は出来なかったであろう。ハルト君が言ってくれたからワシらは彼等をここまで連れてくることが出来た。もしあそこで声を掛けてくれなければワシらは彼等の事を忘れて一目散にウルブスに逃げ出していただろう。他にも言いたいことが山ほどあるがそれはまた今度にしよう。本当にありがとう」
そしてボーアは深く頭を下げて感謝の意を示した。
「「「ありがとうございます」」」
ボーアに続き、他の生き残った仲間達も深々と一礼してきた。その中にいた子供達も周りの大人たちにつられて頭を下げている。
「ハルトさん私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」
更にアリシアまで皆と同じことをし始めた。
「ボーアさん顔を上げてください。それに皆さんも! ほらアリシアも顔を上げて! 俺は皆を救えてもここに眠る彼らはどうにも出来なかった」
春人が悔しそうに墓標の方に顔を向けるとボーアが口を開いた。
「まだ、助けられなかったと後悔しているのかね?」
春人の内心では彼の言う通りである。
「確かにまだ後悔しているところはあります。でも俺がここでいつまでもウジウジと後悔していたら亡くなった彼等がうかばれない気がするんです。だから俺は決めたんです。彼等の分まで精一杯生きていこうと、そう彼等に約束したんです」
ずっと墓標を眺めながら話していた春人がボーア達の方に顔を戻すと先程とは違う、とても凛とした顔をしていた。それは彼の中で何かを乗り越えたからだろう。
「さて、俺はもう行きます。この後ハインツさんに呼ばれているのでね。さ、アリシアも行こうか」
外していた制帽を被り、アリシアを引き連れて先に葬儀の場を後にする。最後にボーアがすれ違いざまに春人にこう言った。
「アリシアちゃんをよろしく頼んだぞ」
それに春人は小さく「ああ」と答えた。
春人が皆の所から離れ、共同墓地から出ようとしたときに不思議な声が聞こえた。
「ハルトおにーちゃん、ありがとね」
「あんちゃん達者でな。俺達はここで見守っているよ」
「皆の事、よろしくな」
誰かに呼ばれた気がして春人は振り返ってみたがそこに誰も居ない。だけど誰が呼んだかは分かっていた。だから誰も居ない空間に向かって答える。
「俺もしっかり生きてみせる。だからそこで見守っててくれ」
この世界の神に既に元の世界の春人は死んでいると言われたが、そんな事はもう気にせずに自分はこの世界で生きていくことを決めた。だからこそ春人は彼等に約束したのだ。もう色々と迷うのは終わりにしよう。
――サヨナラ、現実世界の俺。俺はこの世界で生きていくよ。
「ハルトさーん、置いてきますよー」
いつの間にか先に行ってしまったアリシアに呼ばれたので春人は急いで追いかける。
「ああ今行くから待ってろー!」
そして二人は共同墓地を後にした。




