32:アリシアの想いと春人の答え
春人から離れないアリシアは自分の思いを全て春人に話し始めた。
「ねえハルトさん、私と初めて会った時の事を覚えてる?」
「ああ、今でもしっかり覚えているよ。あれは俺が初めて冒険者のクエストでゴブリンの討伐に行った時だったな」
春人がこの異世界に来てから会ったハロルドの勧めで冒険者に登録して初めてのクエストで行ったゴブリン討伐で訪れた巣穴で気を失っていたアリシアと出会った。
そこで全てのゴブリンを討伐した春人がアリシアを起こしてその巣穴を後にした。
「ええ、そうですね。そこで私は初めてハルトさんに会いましたね。そこでゴブリンの魔の手からハルトさんに助けてもらいました。それからハルトさんが街に戻るときに私も一緒に付いて行きましたね」
「そうだったね」
最初はアリシアは助けてくれたお礼と言って春人に付いて来ていた。春人も最初はそうだと思っていた。だが彼女はいつまでも春人から離れようとはしなかった。
いつだったか春人もアリシアに訊ねた。そこでアリシアは元々村に戻る気はないと答えた。それからずっとアリシアは春人と共に行動を共にしてきた。
最初は春人もどうしたものかと思っていたが、いつの間にか彼女が一緒に居る生活が当たり前になっていた。
「そういえば前にハルトさんは私になんで一緒に付いて来るのかって聞いてきたことがありましたね?」
確かに春人は聞いたことがあったがアリシアはいつだってその問いに答えてはくれなかった。
「あの時の答えですけど、今なら……今だから答えられます! ハルトさん、私にとって一番大切な人! 私はあなたの事が好きです!」
それは衝撃の告白だった。
そしてアリシアの告白の後にはしばしの沈黙が室内を覆う。
それと共に春人の顔をずっと見ていたアリシアの顔がだんだんと赤く染まっていく。その内心ではとうとう言ってしまったという言葉がずっと存在していた。
それと同じく、告白を受けた春人もずっと表情を変えずに固まっていた。
この沈黙がどれだけ経ったのかは分からない。1分経ったのか10分なのか、はたまた1時間経ったのかもしれない。その沈黙を春人が最初に破った。
「その……なんていうか、アリシアの気持ちはとてもありがたい。だけど、俺は誰かに好かれるような男ではないと思っている。もしよかったら、理由を教えてくれるかい?」
頭の中で今言われたことが未だ理解できないものの、どうにか頭を働かせてこの沈黙を破る。今の春人にはこれが限界だった。
「理由……ですか? その……なんて言いますか、有り体に言えば一目惚れと言う奴です。前々から言おうと思っていたんですけど、ずっとそれを言う勇気が持てなくて……。でも今こうしてやっとハルトさんに私の想いを、気持ちを打ち明けることが出来ました」
アリシアも理由を答えてくれた。その理由は一目惚れとの事だった。そして自分のどこに惚れられる要素が有るのか全く分からない春人である。
前々から彼女はその想いを言おうとしていたらしいが、今思い返せばその兆候は何度かあった。
「そういえば前に何か言おうとして言えなかったことが何度かあったね。もしかしてそれはこの事だったのかな?」
「そうです、今まではどうしてもそのことを言う為の最後の一押しが出来なくて……」
「でも知ってはいると思うけど俺は人を、それも大量に殺してきた殺人鬼だぞ? そんな奴を好きになって、これからも一緒に居てもロクなことにならないと思うけど?」
春人はアリシアの言葉を遮るかのようにして話し始める。そしてその内容はアリシアの事を拒絶している様にも聞こえる。
「知ってます! ハルトさんが沢山の人を殺めていることだって私は分かっています! 確かに私の前で盗賊を倒した時のハルトさんは凄く怖かったです……恐怖を感じました。でも、ハルトさんが戦うのは誰かの為に、誰かを守るために戦う。私利私欲のために暴力は絶対に振るわない。そんな人だからこそ私はあなたの事が好きなんです。
最初はただカッコいい人だなぁとかそんな程度の想いでしたが、いつも一緒に傍で過ごしていく内に、一緒にお喋りしていく内にあなたの内面を知れて……本当は優しい人だと知れたからこそあなたを本当に好きになったんです。
だからお願いです! これからも私を傍に置いてください! 一緒に居させてください!」
アリシアは春人が思っている以上に春人の事を知っていた。春人が自分を人を殺した事のある殺人鬼だと罵っても、アリシアは春人が私利私欲のために人を殺す事は無い事を理解していた。そのために春人の今までの行いを肯定している。
このまま今まで通りに一緒に居ればこの前のようにアリシアにも危害が及ぶ可能性はある。それでもアリシアはその危険性を理解していながらも春人と一緒に居ることを選択し、それを望んだ。
アリシアの想いを聞いた春人は一度ため息を付き、それから口を開いた。
「そこまで俺の事を分かっているのか……でもそれに答えられるかは分からない。なんたって俺はもう既に死んでいるみたいだからな……」
いきなり自分は死んでいると言った春人の言葉が理解できなかった。
「え? それってどういう……」
「俺がこことは違う世界、異世界から来たことは前に言ったから知っているな? さっきアリシアが部屋に来る前に俺をこの世界に呼んだ奴から連絡が来た。そいつが言うには元の世界の俺は既に死んでいるらしい。だからここに居る俺も結局は唯の死人でしかない」
「違います!」
今までよりもずっと大きな声でアリシアは叫ぶ。
「ハルトさんが私達とは違う所から来たのは知ってます。ここに呼んだ人からハルトさんは既に死んだと言われたんですか? そんなウソ、ハルトさんは信じるんですか? 私は信じません! 私の知ってるハルトさんは私の目の前で今もしっかり生きています! そんなウソを信じちゃダメです! だから自分の事を死人だなんて言っちゃダメです」
「でも――」
春人は自分が見せられた光景の事を言おうとしたがアリシアに遮られる。
「でもじゃないです! お願いです……そんな悲しい事言わないでください」
段々と声が小さくなって、春人の両肩を掴んだままアリシアはうつむいて懇願する。その声は微かにだが泣きながら言っている様にも聞こえる。
「泣くなよアリシア……はぁ、分かった。まだ気持ちを切り替えるのは難しいが自分を死人だなんて言うのはやめよう。確かにアリシアの言う通り俺はここで生きている。だから俺はこの世界で生きていこう」
そして春人は自分の両肩を掴んでいるアリシアを自身の腕の中に抱き寄せた。
「えっ?」
そして抱き寄せたアリシアの両腕を掴んで少し体から離してその目をしっかりと見つめる。いきなりの出来事に赤面しながらも困惑するアリシアをよそに春人はニカッと笑いながら更に言葉を続ける。
「だからアリシア、こんな俺だけど……人の命を奪う事しか能のない不器用な人間だけど、こんな奴でいいなら傍に居てくれ。俺の、この世界での居場所になってくれ」
それが春人の答えだった。未だに気持ちの整理もつかず、自分が何者なのか分からなくなっているが、それでもこの世界で生きていくと決めた以上覚悟を決めた。これが不器用ながらも春人がアリシアに対する返事であり、お願いである。
「はいっ! ふつつかものですがよろしくお願いします。それと、もしハルトさんが人殺しの罪に押し潰されそうになるのなら私も一緒にその罪を背負ってあげます。だから安心してください」
春人の返事にアリシアも笑顔で了承した。その顔は世界一幸せそうなとてもいい笑顔を見せていた。それと同時に春人の事を気にしてくれているあたり、彼女の人の良さを感じられる。
「ありがとう。俺もそんなアリシアが好きだ」
春人も無意識にアリシアに好意を持っていることを口にしてしまう。
「えっ? 今なんて?」
不意の一言にアリシアも困惑してしまう。そして無意識に言ってしまった春人もやってしまったと思い、それからはもうヤケクソだった。
「あぁもう、アリシアッ! 俺も一回しか言わないからよく聞け! 俺もアリシアが、お前が好きだ!」
勢いで言ってしまった春人。それでも言ったことに後悔はしていない。
「本当に? うれしい……ウソじゃないですよね?」
今の出来事が信じられないようでうまく言葉が出てこないアリシアだった。まさか春人と両想いだったとは思ってもいなく、春人が嘘をついているんじゃないかと思ってしまう。彼女が現実を理解するのにはもう少し時間が掛かりそうだ。
「あぁ、嘘じゃなさ。それに、嘘をついたところでなにもいい事なんてないと思うけど?」
その一言を聞いてアリシアはようやく現実を理解できた。
「フフッ、そうですよね。では改めて、これからもよろしくお願いしますね」
小さく頭を下げてよろしくとお願いをするアリシア。
「あぁ、こっちこそよろしくな」
それに対し春人も気持ちのいい声で快く返事を返した。
それから二人の距離は自然の流れでゆっくりと近づいていき、二人の唇が触れようとしたときに……
コンコンと扉をノックする音がして、二人を現実世界に引き戻した。
「すみませーん、こちらにアリシアさんが居ると聞いて来たんですけど。先程のローブの洗濯が終わったので持ってきました」
扉の向こうからは女性の声がして、春人が戦場でアリシアに貸した時のであろうローブを持ってきた事を告げている。
それを聞いた二人は慌てて離れて身なりを整え、アリシアは扉の方へ向かって行く。
「はっ、はい! 居ます! 今開けるんでちょっと待ってください!」
今この場で一番動揺しているのはきっとアリシアだろう。急に春人との二人だけの空間から突如現実に引き戻されたのだからまあ無理もないだろう。一方春人の方はというと、見た目だけは平然を装っているが、その内心はアリシアと同様にとても動揺していた。
なんで流れであんな事をしたのだろうとずっと考えてた。結局は介入が入って残念ながら未遂で終わってしまったが……
「今開けますね」
アリシアが扉を開けるとその先には若い女性の兵士が綺麗に畳まれた黒のローブを持って待っていた。
その兵士の姿をアリシアの背中越しに見た春人は自分の手の中で息絶えたウェアウルフの少女、ペトラの事を思い出し、助けられなかったという罪悪感にさいなまれていた。
「あの……ハルトさん、大丈夫ですか?」
頭を抱えている春人にローブを受け取ったアリシアが心配そうに声を掛けた。春人は顔を上げアリシアの方を見る。その後ろの扉は既に閉まっており、先程の少女の姿は見えなくなっていた。
「大丈夫だ、それよりもさっきの子はもう行ったのかい?」
「ええ、これを持ってきただけで私に手渡したら直ぐに行っちゃいました。それとハルトさん、これお返しします。お陰で助かりました、ありがとうございます」
手にしているローブを春人に差しだしてそれを返す。春人もローブを受け取り、それをMTへと戻す。そして手もとのローブは消え、MTの装備品リストの項目にローブが表示された。
「さてと、そろそろ出発だ。みんなの居る所、たしか共同墓地だったかな。アリシアも来るかい?」
先程の少女を見て思い出したかのように春人は墓地へ行かなければいけないことを思い出した。そこで村の生き残りの人達から呼ばれているとハインツから聞いたため行かないわけにはいかない。
「ええ、私も行く予定ですよ。でも一度この格好から喪服に着替えてから行きますけどね。流石にハルトさんも行くなら今の格好から葬儀にふさわしい恰好に着替えた方がいいですよ?」
最初からアリシアは行く予定だったようだ。確かにアリシアの言う通り今の春人は全身に装甲を纏った強化外骨格を装備した姿のままで銃と高周波ブレードも装備したままである。
流石にこのままの格好では葬儀の場に相応しいとは言えない。春人もこの格好で行こうとは思っていない。
「流石に俺もこの格好で行こうとは思わないさ。よし、ならこうしよう。お互いに着替えてからここの兵舎の出入り口に集合。それから墓地の方に行こう。それでいいかな?」
「はい、それで大丈夫です。じゃあここの出入り口で待ち合わせですね。私の方は少しだけ時間が掛かると思うので先に行って待っててください。今度はちゃんと約束を守ってくださいね」
「大丈夫だ、今度はちゃんと守るさ」
それからアリシアは着替えに行くために部屋を後にし、残ったのは強化外骨格を纏ったままの状態の春人だけだった。
「それじゃあ俺も着替えるか」
自身の右目を覆うように巻かれていた包帯を解き、MTから強化外骨格の装備を解除し、葬儀の場に相応しいであろう恰好を選択しそれに着替えた。




