28:決着
両手を硬質化して拳を構えるアームストロングと高周波ブレードを中段構えで構えている春人はお互い間合いを詰めず相手の動きをうかがっている。
下手に先に動けばどうなるかはお互いに分かっていた。
「どうした? ほら、先にかかってこいよ」
アームストロングは軽い口調で煽り立てるがそんな安い煽りに反応する春人ではない。
「いいや遠慮しておこう。それよりも、そっちから先に来たらどうだ? まあ来ればその腕ごとぶつ切りにしてやるがな」
お返しとばかりに春人も煽り返す。互いに煽ってもどちらも煽りには乗らず、先に仕掛けようとはしない。
そして二人は円を描くように動きながらいつ仕掛けようかとその時を探していた。
それから直ぐに状況は変わった。しびれを切らして先に仕掛けてきたのはアームストロングの方だった。
「そっちが来ないなら俺から行かせてもらうぞっ! うぉおおおおおおー!」
硬質化したアームストロングの拳が先程と同じように右手を大きく振りかぶりながら春人目掛けて突っ込んでくる。
「そんなさっきと同じ動きが通用するとでも思ったか!」
殴りかかってくるアームストロングに対して春人は高周波ブレードの刃の部分で防ごうとした。どれだけ硬くなっても高周波を流した刃に触れれば斬ることは可能だろう。高周波ブレードで切れないものは無い、春人はそう思っていた。
そして金属同士がぶつかる音が辺りにこだまする。
「なに!? コイツでも斬れないだと」
「そんな小さな剣で俺を斬れると思ったら大間違いだ!」
拳と刀という異色な鍔迫り合いの中で、今度はアームストロングの空いている左腕が春人の顔面目掛けてアッパーを繰り出してきた。
「遅いっ!」
バックステップですんでの所で回避した春人の目の前にアームストロングの腕が通り過ぎる。ちょうど顔の前を通り過ぎる頃に春人は熱を感じた。周囲に熱を発するものは何もない。考えられるのはアームストロングの腕が熱を持って周囲の大気を熱しているからなのだろう。
「まったく、硬いだけじゃなく高熱まで発するとは本当に厄介な魔法だな。前線で自身を強化して戦うとかお前、本当に魔術師か?」
「俺をそこらの魔術師と一緒にするんじゃねぇ。あんな後ろに引きこもって呪文をダラダラと唱えているだけの連中なんかと一緒にされるのは俺は大嫌いなんだ! アイツ等みたいな真正面から殴り合えない奴なんか戦場にいらねぇ! だがお前はどっちだ!」
そう言うアームストロングは先程と同じように春人に接近し、右ストレートを繰り出した。ただ今度は先程よりもずっと動きが早く、春人も防いだりする余裕は無かった。
「くっ、マズい!」
横に回避して避けようと思ったがお互いの間合いが近く、そしてそれよりも予想以上の早さで繰り出された拳を回避することは出来なかった。
「うぉおおおおおおー」
アームストロングの拳は春人の腹部に当たり、その衝撃は強化外骨格を着ていても春人の肉体に届いた。
それからまたも春人は殴り飛ばされた。それを追うようにアームストロングも走ってきて更に追撃をかける。春人が地面に着地しそうなときに今度は硬質化した脚により空高く蹴り上げられた。
外見上はズボンを穿いている為分からないが、触れればそこが硬質化していることが分かる。春人も蹴られた時の一瞬でそれに気づいた。
そして空高く打ち上げられた春人を追うようにアームストロングも跳び上がってきた。
「鋼鉄のアームストロングをなめんじゃねぇ!」
自分で打ち上げた春人を今度は地面に叩きつけるべくまたも拳を振るった。
周囲に爆音に似た音を轟かせながら春人は地面に打ち付けられた。少し間をおいてアームストロングも着地した。
「おら、さっさと立て。まだまだいけるだろ?」
倒れている春人に続きをやるぞと言わんばかりにアームストロングは声を掛ける。
それに対して春人は高周波ブレードを杖にして立ち上がる。あれだけの攻撃を受けたにも関わらず強化外骨格にはこれといったダメージが見受けられない。それよりも殺しきれなかった衝撃で内側の生身の部分に受けたダメージの方がずっと大きかった。
立ち上がると同時に口から血を吐き出した。それくらいダメージを受けていた。
「野郎……最初のは本気じゃなかったな……まったく、強化外骨格で威力を全て防げないとは本当に規格外な奴だな。いいように攻撃してくれたが今度はこっちの番だ!」
地面を蹴り、一瞬で加速して距離を詰めて、振り上げた高周波ブレードをアームストロングの頭部目掛けて一気に振り下ろす。
刃が触れそうになると両腕の硬質化が解け、今度は胸部から上が硬質化して高周波ブレードを受け止めた。またも周囲に金属のぶつかり合う音が響く。
「まだまだいくぞっ!」
硬質化して防がれでも春人は斬撃を続けた。上から下に唐竹斬り、袈裟斬りに逆袈裟斬り、左右からの薙ぎ払いに切り上げなどあらゆる斬り方を行った。それでもアームストロングに有効打を与えられていない。
だが、そんな状況でも分かったことはある。アームストロングが体を硬質化する時に心臓の辺りから徐々に末端の方まで硬質化していくことだ。だが、最初の頃と比べると手や頭部の先端まで覆うのに時間が掛かっている様に感じた。
それを確認するために春人は防がれると分かっていても斬り続けることを選んだ。結果、春人がそう感じたように僅かではあるが確実に硬質化するスピードが落ちてきていた。
あとはどこで止めの一撃を加えるかだ。
そして春人がもう一度唐竹斬りをしたときに今まで腕で防いでいたアームストロングが今度は春人の予想していなかった方法で高周波ブレードを防いだ。高周波が流れている刀身をその手で掴んできたのだ。
「そうだ、お前に聞かなきゃならねぇ事がある。お前は何のために戦う?」
突如アームストロングが高周波ブレードを掴んだまま春人に聞いてきた。
「俺が戦う理由か? それは一つしかない。お前たちが進撃してきて何の罪のない者たちを次々と殺した。その罪を償ってもらおう、その命でな。だから当事者でなくともお前たちは全員殺す。連帯責任だ」
「復讐のために戦うのか……ならばなぜお前は笑っている?」
「俺が笑っているだと?」
アームストロングに言われるまで気付かなかったが確かに春人は笑みを浮かべていた。
「そうだ、お前はこの命の取り合いをする戦場で笑っている。復讐という名目を盾にしてただ人殺しを楽しんでいるだけじゃねぇのか? 結局はお前は俺達と同じ人間だということだ」
「違う! 俺をお前たちと一緒にするな!」
大きな声を出してそれを否定する春人。そして掴まれたままの高周波ブレードを引き抜こうとするが、アームストロングの硬質化した手に掴まれた状態では押しても引いてもビクともしない。
「そんなんじゃこの俺からは逃げられねぇぞ? それにしてもいい剣だな、俺がこうして掴んでも砕けるどころかヒビ一つ入らねぇとはな」
「くっ! ならば逆に俺から問おう。お前は何のために戦う? 何のためにその拳を振るう?」
今度は春人の方から今と同じ質問をアームストロングにぶつける。
「俺か? 俺は自分よりも強い奴、俺が気に入らねぇと思った奴はコイツでぶん殴る。よかったな、お前は両方に当てはまる。俺と同等に強く、そして多くの同胞を、そして俺達の大将を殺した。それを気に入らない以外に何と言う? だから俺は強いお前を、気に入らねぇお前をこの場で殺す!」
「俺の帰りを待っている人がいるんだ。だから……殺されるのはお断りだ!」
春人が現状を打破するべくアームストロングに気付かれぬよう足元にスタングレネードを足元に落とす。
直後、強烈な破裂音と閃光が二人を飲み込む。
「なに!?」
スタングレネードの存在を知らないアームストロングはその閃光を直視してしまう。一方春人は目を閉じ、顔をそらしてそれを回避する。
それでも破裂音までは防げず、春人も少しの間だが耳が難聴になってしまう。
「クソっ! よくも目と耳をやってくれたな!」
アームストロングが目を押さえながらそう叫ぶが、同じように耳が難聴になっている春人には聞こえていない。
目を押さえるために高周波ブレードを掴んでいた手を放した瞬間に春人はバックステップで一度距離を置いた。
「悪いが何言っているのか分からない。だがこれで終わりだ」
これも同じようにアームストロングには聞こえない。
もう一度高周波ブレードを高く振り上げ、アームストロングの頭部目掛けて一気に振り下ろす。だがそれは頭部が硬質化して防がれた。
「まったく……それはもう見飽きたんだ、そろそろ死んでくれないか?」
「ああクソっ! 訳の分からねぇ術を使いやがって。だがそれはもう使わせねぇ」
視力が戻ったのか春人のことを睨みつけるアームストロング。その姿は硬質化も解け、通常の姿に戻っていた。これは長時間硬質化を維持できないことを意味しているのだろう。
「随分回復するのが早いな。まあいい、そろそろ終わりにしようじゃないか」
「そうだな……残りの兵士たちを撤退させる時間は十分稼げた。だから終わりにしよう。お前の死でもってな!」
今度はアームストロングが連撃を仕掛けてきた。左右交互に繰り出される拳にそれを防ぐだけの春人。それでもアームストロングの拳は振り始めた段階から肩から徐々に硬質化が始まり、春人に当たる直前になって腕全体の硬質化が終わった。そして腕を引き始めると硬質化を解き始めている。明らかに最初よりも硬質化を持続させることが出来ないでいる。
それを防戦しながらも目で追っていた。確実に弱体化していることを春人は見逃さなかった。
アームストロングの左ストレートを高周波ブレードで防ぎきるとそのまま鞘に納めた。
「ようやく覚悟したか。そのまま死ねぇー!」
右腕を徐々に硬質化させながら春人目掛けて思い切り振りかざす。
「いいや、終わるのはお前の方だ」
まだ全て硬質化しきっていない右腕目掛けて居合いの一撃でもってその腕を切断する。
「ぬぉおおおおおお!」
右腕を切断され、叫び声を上げながら後ろに倒れそうになるアームストロング。だがすんでの所で踏ん張り、切断された腕をそのまま硬質化させながら春人目掛け振りかざす。
その切断面は斜めに切られており角は鋭利に尖っている。もし刺さればひとたまりもない。
「なに!?」
さすがの春人もこの状況は予想していなく、完全に防ぐことが出来なく、何とか弾くことが出来るだけだった。
だが、弾いた先がまずかった。その先には春人の顔があり、何とか頭を動かして避けようとした。それでもアームストロングの一撃は春人の右目を抉った。
「あぁああああああっ!」
抉られた右目を左手で押さえる。その手の隙間からは大量の血が流れ落ちている。それでもまだ立ち続け、右手には未だ高周波ブレードをしっかりと握っているのは春人の維持であろう。
「ははっ! 面白れぇ、やるじゃねぇか。俺の魔力が減って硬質化に時間が掛かるのを見切ったか……常人でも普通出来ない事をお前は今やってのけた。それ位やってくれなきゃ面白くねぇからな」
そう言いながらアームストロングは切断された腕を拾い、それを切断面に近づける。するとその右腕は切断された先も硬質化していき、そして右腕全体が硬質化していった。それを解いたら右腕が完全に繋がっていた。
「とんだバケモノだなお前は……」
腕が繋がる光景を見ていた春人の率直な感想だった。切断された手足をその場で元に戻す人間なんて普通いない。
「誉め言葉と受け取っておこう。俺相手にここまでやれた奴は久しぶりだ。お前も中々よくやった方だ。だがもう立ってるだけでやっとの様だな。だから奮戦したお前に対して次の一撃で確実に葬ってやろう。よく戦った敵を苦しませずに殺すのは戦士としての最低限の流儀だろう? さあ! 覚悟しろ!」
満身創痍に見えた春人に次で止めを刺すと宣言して雄叫びを上げながら拳を向けてきた。
「それはもう見切っている。俺には通用しない!」
左手で右目を押さえたままアームストロングの腕をもう一度、今度は切断面が水平になるように切断した。
「まだまだ行くぞっ!」
今度は反対の腕を硬質化される前に肩から切り落とす。アームストロングは大きな叫び声を上げたが春人の攻撃は止まらない。
「これで終わりだ」
最後にアームストロングの心臓目掛けて一気に刃を突き刺す。硬質化し始めていたが下から斜めに突き刺すことで貫くことが出来た。流石に体の中までは硬質化できない様だ。
そしてアームストロングの口から吐き出された血が春人にかかる。
「やっぱりな……お前は強い……だからこそ気に入らねぇ。だが覚えておけ……お前は……俺と同じで……戦場でしか……生きていけない……人間だってな」
血を吐きながらもアームストロングはしゃべり続ける。
「俺をお前のような奴と一緒にするんじゃない。俺は自分の信念のために戦う。ただそれだけだ」
「信念のためか……だが俺は……その裏側にある……殺し合いを楽しんでいるお前を……見逃さなかったぞ」
「くっ!」
一瞬だけ春人は苦虫を噛み潰したような顔をした。そして刃を縦にして突き刺したままの高周波ブレードを手首を捻り、刃を横に回し更にダメージを与えてから引き抜く。
高周波ブレードを引き抜かれアームストロングは更に血を吐き出した。
「忘れるな……いずれお前は……殺しの快楽を思い出すだろう……」
その言葉を最後にアームストロングは倒れ、息絶えた。
「殺しの快楽か……その感情は死神部隊の過去と共に捨ててきた。今の俺には必要のない物だ。だが肝に銘じておこう」
最後に刀身に付着した血を払い落とし、鞘に戻す。片手だけで行ったため多少納めにくかったが何とか鞘に戻した。
気がつけば辺りが明るくなり、太陽が昇り始めてきていた。いつの間にか燃えていたテントや物資の火も消えていた。日が出てきたため周囲もよく見えるようになった。そこには春人が倒したベルカ帝国の兵士の死体が辺り一面に転がっていた。
「他の奴らには逃げられたか……まあ仕方ない。それだけコイツに苦戦させられたからな」
残存兵を撤退させるのにたった一人で春人と対峙し、近接戦のみでの戦いだったが春人と同等に戦ったゲオルグ・アームストロングと名乗ったこの男。見事殿の役目を務め、仲間たちを撤退させることに成功させた。それほどまでに強敵であった。
「くっ!」
戦いが一先ず終わり、一息ついたところで激痛が春人を襲う。痛みは右目以外からも起こり、主にアームストロングの一撃を受けたところから起こる。
激痛に耐え兼ね、春人は地面に膝をついた。その口からはまたも血を吐いている。
戦闘中は痛みを忘れていたが、いざ落ち着くと自分の体が悲鳴を上げていることを思い出す。
それからどれだけ時間が経っただろうか? 太陽がどんどん昇っていく。そんな時に遠くから沢山の馬が駆ける足音が微かに聞こえてくる。
その音に気付いた春人はその音のする方向へ目を向ける。しばらく見つめると丘陵を駆け抜ける一団の姿が見えてきた。彼らが掲げている旗が朝日に照らされてその所属を明らかにしている。その旗に描かれている紋章は春人も何度も目にした事のある紋章だった。
その紋章はトリスタニア王国の紋章である。ウルブスの駐屯部隊がようやく到着したようだ。
「遅かったじゃないか……今頃来やがって……」
その言葉を最後に春人は意識を失った。




