24:アリシア奪還作戦 後編
テントが燃え、消火活動もままならないベルカ帝国の野営拠点は未だ混乱状態にある。
「チクショーなんだよこれ、これをやったのは何処のどいつだ!」
「口を動かしてる暇があるなら消火作業を手伝え!」
「それよりも敵襲に備えろ!」
状況が読めなくともベルカ帝国軍兵士は今するべきことを懸命にこなそうとしていた。その状況でも拠点の外縁部の兵士は敵襲を警戒している。
そんな中で一人の兵士が暗闇の中を高速で動く物体を捉えた。
「て、敵しゅ――」
味方に知らせようとしたが、それすらも出来ずに兵士の首が胴体から切り離された。
高速で動く物体とは春人の事であり、他の兵士に存在が気付かれる前に哨戒中の兵士の首目掛けて高周波ブレードを居合いの要領で素早く振り、その首を刎ねた。
「一先ずここまでは来れた、後はアリシアを救ってその後は……ここの兵士を皆殺しだ」
刀身に着いた血を振り払ってから鞘に納め、アリシアが連れて行かれた中央の一番大きなテントまで一直線に突き進む。M202の攻撃で燃え盛るテントの消火作業で人手を割かれた今のうちに攻め、アリシアを取り戻しに行く。
その間に春人に気付きそうな兵士や道中の邪魔な兵士にはP90を向け、そこから出るレーザーサイトの赤い光点を敵に合わせて片手で保持したままフルオートで数発撃ちこむ。サプレッサーの効果と周りの喧騒で発砲音は気付かれず、撃った兵士を確実に殺していく。
片手で撃てば普通反動で着弾地点がズレるが、春人の着用している強化外骨格の人工筋肉のお陰で銃の反動を抑えることが出来る。P90程の口径ならばほぼ反動をゼロに出来る。
そして1マガジン撃ち切る頃には中央のテントまでたどり着いた。ここまで来るのに殺した人数を春人は数えている訳がない。何人殺しても結局最後には皆殺しにする予定なのだからどうでもいいことだが……
テントに突入する前に空のマガジンを交換し、新品のマガジンを装着した後勢いよく突入した。
「動くな!」
突入と同時に叫び、内部の人間の動きを牽制する。そこで春人が見たのは服を無残に破かれ、その内側の肌を晒され両手両足を拘束されたアリシアと、その奥には今からアリシアを暴行しようとしていた中年位の太った男が居た。
「な、なんだキサマ! ここを何処だと心得る! ここはトリスタニア侵攻軍を率いるこの私、ギルバート侯爵の天幕であるぞ!」
「ここが何処でお前が誰かなんて俺には関係ないしどうでもいい。アリシア、待たせたね、迎えに来たよ。随分と酷い姿にさせられて……こいつらに何もされてなさそうだね。よかった、間に合った。さあ、これで体を隠して」
春人の強化外骨格の上から着ていたローブを拘束されたままのアリシアの上にかけ、その肌を外に晒さないようにした。
「やっぱりハルトさんだったんですね。声だけでも分かりました。やっぱり来てくれたんですね、ハルトさんなら絶対に来てくれると信じてました」
アリシアは大きなローブにフードで頭まで隠して急に現れた人物が春人であることなど声で薄々気が付いた。そしてそれは春人がローブを脱いだ時に確証に変わり、春人の顔が見えた時にアリシアは内心ホッとしていた。
「その拘束を解く前にやらなきゃいけない事が有るから少しだけ待っててくれ」
春人はそうアリシアに言うと、今度は目の前のギルバート侯爵と名乗る男の方に殺意の籠った目を向けた。
「さてとお前、お前たちは俺の大切なアリシアを拐ったばかりか兵士として、人として一番やってはいけないことをしたんだ。その責任はどう取るつもりだ?」
「なにが責任だ! 攻め滅ぼされるだけのトリスタニアの人間が何を言うか! 曲者だっ――」
他の兵士を呼ぼうとしたらしいがそれは春人が許さなく、言い切る前にP90が空気を押し出すような重く低い音を出しながら銃弾を放ち、その銃弾はギルバート侯爵の肩を撃ち抜いた。
「があっ! 肩がっ! キサマ、いったい何をした!」
撃ち抜かれた肩を抑えながらその場に膝をついた。
「俺が一々それを教えるとでも思ったのか? 敢えて教えてやるならお前たちの犯した罪だ。お前たちは何の罪のないウェアウルフの村を襲い、虐殺行為を行った。そこで奪った者の命を返せ、老人の命を返せ、子供の命を返せ、それが出来ないのならお前のその命で罪を償ってもらう、さあその首寄越せ!」
「ヒト擬きの獣を殺して何が悪い! これはただの狩りじゃないか! キサマもこんな事をしてただで済むと思うなよ! そこの雌犬共々殺してやる。覚悟しろっ!」
撃たれた肩を抑えながらも叫び、春人をアリシアを殺すと宣言しながら何とか立ち上がり、傍に立てかけてあった剣を鞘から抜き取り、剣先を春人に向けてきた。
それでも撃たれた所を庇いながら構えている為か剣が震えている。
「死ねー!」
剣を振り上げ、叫びながら襲い掛かってきたがそれを春人は身を低くしながら立ち向かい、左腰に装備している高周波ブレードの柄に手を添える。
「遅い!」
春人が発した言葉と共に鞘から抜かれた刀身が鋭い一閃となり、剣を握っていたギルバート侯爵の手首を捉え、切り上げたその刃でもってその手を両断した。
それによりギルバート侯爵の剣が春人に届くことはなく、剣を握ったままの手首が付いたまま床に落ちた。
「手が、私の手がーっ!」
両断された腕から大量の血が流れだし、その腕をまだ繋がっている方の手で押さえながらその場に跪いた。それでもその場でずっと悲鳴を上げながら喚き散らしている。
「その腕だけで済むと思うなよ? 無抵抗の者を殺した罪、子供達を殺した罪、そして何より俺の大切なアリシアを連れ去った罪、その首でもって償ってもらうぞ」
春人は口上を述べながら高周波ブレードの刃を水平にし、ギルバートの首目掛けて左から切り払った。そして何の抵抗も感じることなくギルバート侯爵の首を刎ねた。
手首を切り落とされたギルバート侯爵は激痛に悶え、絶叫したまま春人の一閃を受け、自身に何が起こったのか分からぬまま首を刎ねられ、その命を落とした。
そんな春人が首を刎ねた時とほぼ同時に何者かがテントの中に入って来た。
「閣下! ギルバート閣下はご無事か!」
だが入って来た者が目にしたのはギルバートの首が飛んだ光景だった。そして首を刎ね終えた春人はその声のする方へと顔を向けた。そこに居たのは村を襲った兵士と同じ格好、つまりベルカ帝国軍の兵士がそこに立っていた。
「キサマッ! よくも閣下をっ!」
「なんだ、このオークみたいな醜い男がお前等の総指揮官だったのか……」
「黙れ! 閣下の仇、取らせてもらう!」
首のない死体を蹴りながら蔑んだ目で入って来た兵士を睨みつけている春人に向かってこの兵士は剣を抜いて立ち向かってきた。
一歩踏み出そうと足を出した時には既に兵士の体に幾つもの穴が開き、そこから血が流れていた。
「え?」
この兵士も自分の身に起こった事が分からずに攻撃を受け、そして額にも同じような穴が開き死亡した。この兵士の対面には左手で銃を構えたままの春人が立っていた。
サプレッサーの効果によりP90の発射音は抑えられ、外の兵士に気付かれないままテントに入って来た兵士を無力化することが出来た。
そしてP90を腰に装着しながら未だ拘束されたままのアリシアの元に行き、そしてアリシアにかけたローブを一度取り払った。
「ちょっとハルトさん! 何をするんですか!」
赤面しながら叫ぶアリシアをよそに春人はアリシアの口に指をあてた。
「静かに。今この拘束を解くから大人しくしてて」
叫ばないようアリシアにお願いし、手にしている高周波ブレードでアリシアの両手両足を拘束している縄を慎重に切っていく。素肌を見られ恥ずかしがっているアリシアのために素早く作業を終わらせた。
拘束の解かれたアリシアはもう一度春人から受け取ったローブを着た。その際に春人はそちらを見ないように後ろを向いて待っていた。
「もう大丈夫ですよ」
ローブを着た事を告げたアリシアの方へ春人は向いた。全身真っ黒のローブを纏ったアリシアがそこに居た。元々春人の着ているサイズなのでアリシアにはこのローブは少し大きいのか裾を引きずりそうになっていた。
「アリシア、良かった無事で……連中にな――」
「ハルトさんっ!」
春人が連中に何もされていないかと聞こうとしたが、それよりも先にアリシアが春人の名を呼びながら春人の胸の中に飛び込んできた。
「よかった、ハルトさんなら絶対に来てくれると信じてました。私、本当は怖かったです、この人達に乱暴されそうになったのを思い出すと……」
それ以上は言葉が出ないのか、もしくは言葉にしたくないのかアリシアの瞳に涙が流れ、春人の着ている強化外骨格に顔を埋めた。
「ああ、もう大丈夫だ。この俺が迎えに来たんだ、もう怖い事なんてない。それにしてもよく恐怖に耐えたな、よく頑張った」
自分の胸の中で泣いているアリシアを慰める為に励ましの言葉を駆けながらアリシアの頭を優しく撫でる。
この状態が2、3分ほど続き、アリシアも落ち着いた。
「もう大丈夫なようだね? ずっとこうしていたいがここは敵地だ。まずは一度ここから出よう、だからちょっとだけ我慢して」
「ハルトさん、流石にこの運び方はあんまりじゃないですか?」
「ちょっとの辛抱だ、我慢してくれ」
そう、今春人はアリシアを右肩に担いで、腰に保持したままのP90を左手に装備してテントを出る。
外にはいつの間にか沢山の兵士が取り囲んでおり、このままでは脱出できそうには無かった。その兵士の中で「敵襲だ」や「見つけたぞ、敵だ」などの声がちらほら聞こえてきた。
「はあ、参ったな……アリシアちょっと跳ぶからしっかり掴まってて」
「え? 跳ぶってどういう――きゃあっ!」
アリシアが把握する前に春人が強化外骨格の脚部に力を入れ、膨張した脚部の人工筋肉がその脚力を通常時以上に強化し、その効果により通常より高く、長い距離を跳躍していった。
そして跳躍していった春人達を見ていた兵士たちは一瞬驚き反応が遅れたが、それでも春人達を逃がすまいと追いかけてきた。
アリシアを担いだまま何度も跳躍を繰り返し、ベルカ帝国の野営拠点を抜け、丘陵を駆け抜け、先程出て来た森の街道近くまで戻って来た。
ただ跳躍しているだけなので何度か着地しなければならず、その着地点にいる敵兵を左手に持つP90を撃ちながら排除しながら跳躍を続けた。それを何度か繰り返し、最後に野営拠点を抜け出した頃にはP90の残弾は空になっていた。脱出までに銃弾はギリギリ足りたようだ。
そしてここに来る頃には追手の姿が見えなくなっていた。
「ここまでくれば追手からも逃げられるだろう」
「それよりもハルトさん、そろそろ降ろしてください」
「ああゴメン、今降ろすよ」
春人はここに来るまでずっと担いだままのアリシアを降ろした。そして真剣な眼差しでアリシアの目を見る。
「さてアリシア、俺はまだあそこでやり残したことがある。それを終えるまでは戻れない。だからアリシア、君は先に逃げろ。この道を真っ直ぐ行けば村の方へ戻れる」
「嫌です! 私はハルトさんの傍から離れません! 私だってまだ戦えます。だから一緒に連れてってください!」
「ダメだ!」
春人が大声で付いて来ようとしたアリシアを止めた。いきなり大声を出されたアリシアは一瞬体をビクッと震わせた。
「ゴメン大声を出して。とにかく付いて来るのはダメだ。ここからは俺の仕事だ。連中は村の、無抵抗の者たちを殺した。その罰を連中は受けなければならない。その罰を与える役目は俺が引き受ける。アリシアはそんな事はしなくていい、してはいけないんだ……
とにかく、この街道をずっと行けば村へ戻れる。そこからウルブスに向かってくれ。村の他の人にもウルブスに行くよう伝えてある。そこでウルブスの駐屯兵団、ハインツさん達に出動してもらえるようにもお願いしてある」
「でもそれじゃあハルトさんが……」
アリシアが何を言おうとしたのかは分からない。それでもただ春人の事が心配だという事は理解できる。
だから春人はアリシアの額に自分の額をくっつけてアリシアのことを諭す。他者から見たら間違いなく勘違いされそうな光景だった。
「大丈夫、俺の事は気にしなくていい、こういった事には慣れている。なあに、そんなに心配しなくてもすぐに戻って来るさ。だからアリシア、ウルブスに向かえ。俺もすぐに行くから。さあ行った行った」
そう言いながらアリシアに先に行くよう促す。
「わかりました……ただ一つだけ約束してください。必ず戻ってくるって、お願いですから必ず帰ってきてください」
「わかった、約束しよう。必ず君の元へ帰ると」
それに納得したアリシアは春人に背中を向け、森の中へとゆっくり足を進める。
そして少し進んでアリシアが春人の方へ振り返った。
「ハルトさん! 絶対、絶対にですよ! 無事に帰って来てくださいね! ウルブスで待ってますから! 約束しましたからね!」
そう叫んでアリシアは月明りが照らす森の中を抜ける街道を走っていった。それを手を振りながら春人は見送る。森の闇の中にアリシアの姿が消えて見えなくなるまで見送り、アリシアが行ったのを確認すると今度は反対の丘陵の方へ向く。
「さてアリシアも救った。後はあの連中を始末するだけだ。さっさと終わらせてアリシアの元に帰るか」
そしてP90のマガジンを交換して次の戦闘に備えた。




