23:アリシア奪還作戦 前編
アリシアがベルカ帝国の兵士に乱暴されそうになる頃よりも少しだけ時間は遡る。
アリシアを拐って行った部隊の後を追うように春人は薄暗い森の中を駆け抜けている。左手に装着しているMTが春人の目の前にホログラフィックディスプレイを表示している。その画面には先行して上空から偵察している無人偵察機プレデターからの映像が映し出され、そこにアリシアを拐って行った馬に乗った兵士達が映し出されている。
そして連中が森を抜け、丘陵に出て来たところで映像を縮小する。そこで大きく展開している連中の、ベルカ帝国の野営地が見えた。彼らが向かっているのは進行方向から考えてあの場所に向かっているのは明白である。
連中がアリシアに手を出す前に追いつくように春人は強化外骨格が今出せる最高速度まで更に加速する。
――まだだ、もっとだ、もっと早く!
足がもつれそうになっても強化外骨格の姿勢制御システムがサポートして転ぶことは無く、また補助装備として酸素供給マスクが存在するため酸素不足に陥ることもない。
さらに加速した春人は瞬く間に森を抜け、その先の丘陵に出て来た。この時にはもう既にアリシアを拐った部隊は拠点へと戻り、そしてすぐに中央の一際大きなテントの方へ一人の兵士がアリシアを担いで向かって行っている。
「あまりもう時間は無いな。時間が掛かるとアリシアが危険だ」
プレデターからの映像を見た春人は現状が芳しくない事を理解した。
それからまた画面を操作し敵の拠点とその周囲の全体像を移す。そこから速やかに作戦を練り、それと同時に敵の規模を偵察する。
「まずはアリシアが連れて行かれたテントをマークして、ここを攻撃しないよう注意しないとな。それにしても規模がデカい、軽く旅団くらいの人数は居るんじゃないのか? さて、どう攻略するか?」
独り言を呟きながら敵の全体像を確認している。そして敵の拠点の中であるものが画面に映り、春人はそれに目を奪われた。それはトカゲを大きくしたような姿をして、その体からは大きな翼が生えていた。
「こいつは……ドラゴンか、正確にはワイバーンと言った種類だろうか? こいつが全部で……軽く20体はいるな、流石は異世界。こんな航空戦力を放置しておくのはマズい。こいつ等を最優先排除目標にして、その次に魔術師を排除しよう」
攻める前に攻撃する優先順位を先に決めて、大きい脅威が予想される敵から順に排除していく様に決めていく。
その為にまず攻撃に適している場所を選定する。そしてすぐそこに他よりも少し小高くなっている丘が有る。そこで最初の攻撃を行うべく速やかに移動する。
「ここはいいな、敵の拠点の全てがよく見える」
周囲より小高くなっているこの場所からはベルカ帝国の野営拠点が丸見えだった。日も完全に沈んだ今、満月に近い月の明かりが敵の拠点を照らしていた。それと松明だと思われる照明が拠点内のあちこちに設置されていて、その全体像を暗い夜の丘陵に現している。
「距離はざっと3、いや400メートルは有るな。まずはあのワイバーンを排除するか」
それから春人は何時ものようにMTを操作して、装備品リストの中からある狙撃銃を選択する。
そして現れたその銃は人の身長をゆうに超える全長2メートル超の長身に重量約20キロにも及ぶ怪物と呼んでもおかしくない超大型のライフルが現れた。
「バレットとか最近のモデルも捨てがたいが、やっぱり大口径ライフルならお前が一番しっくりくるな」
そう言って今取り出した銃を優しく撫で、二脚を展開して伏せ撃ちの射撃姿勢に移る。
「さあまずは竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の時間だ」
春人が今出した銃はロシアがかつてソビエト連邦と呼ばれていた頃に製造されていた銃で、その名もシモノフPTRS1941と呼ばれる大口径の対戦車ライフルである。その長い銃身から14.5mmのこちらも個人運用できる銃火器にしては規格外のサイズの銃弾を撃ちだす、装弾数5発の半自動ライフル。
本来この銃にはスコープは搭載されていないが、春人が使うのは高倍率スコープを搭載した改造品である。そして銃口の遥か先には戦闘車両ではなく、この世界の生き物、ワイバーンが居る。
「距離……射程内、問題無し。風は……無風、射撃に影響なし。この距離なら湿度は計算に入れないでも問題無いだろう。スコープの調整は……これも問題無いだろう」
現在の射撃環境を口頭で確認し、照準をワイバーンの頭部に向ける。人の胴体よりも大きいワイバーンの頭部はスコープ越しに捉えるのは容易であった。
荒くなってきた呼吸を何度も深呼吸をして呼吸を整え緊張を解す。何度か繰り返しているうちに緊張も解けてきて照準も安定してきた。
――よし、やるか。
心の中で気持ちを切り替え、セレクターの安全装置を解除する。
そしてゆっくりとトリガーに指をかけ、そのまま優しくトリガーを引く。銃口の先のワイバーンは未だ動く気配がない。
トリガーをある程度引くと内部の撃鉄が一瞬で銃弾の雷管を叩き、弾頭が高速で銃口から飛び出していった。あその時の発砲音はとても大きく、それは雷の音に似ていた。
それと同時に銃から排莢された空薬莢は地面でワンバウンドしてから小さく光を出して消滅した。
「この腹に響く力強い発砲音、いつ聞いてもいいものだな」
ここに発砲時の爆音に慣れておかしくなった人間が居る。その人間もとい春人はCFの頃から耳栓などのアイテムを使わずに何度も射撃を繰り返してきたため、何時からかその音に慣れてしまっていた。それを他のプレイヤーが知ると「アイツ頭おかしくなったんじゃないか」とか「火薬の臭いを嗅ぎ過ぎたんだ」などと言う者もいたが春人は気にしていなかった。それでも爆音に晒された耳は少しの間難聴になってしまうがそれをカバーできるだけの実力は春人には有る。
そして音速を超えて飛翔した銃弾は狙っていたワイバーンの頭部を大きく抉り、確実にその命を奪った。
一体目を斃し、そこから他のワイバーンに照準を切り替え、同じように斃していく。最初の2、3体目くらいまでは問題なく一撃で仕留められたが、それからはいきなりの攻撃を受けて暴れ出したワイバーンの頭部に照準を合わせるのが難しくなり、その更に大きな胴体に狙いを変え、数発撃ち込み斃す。
弾倉内の5発の弾を撃ち尽くすと銃の下部のカバーを開き、銃と一緒に取り出した5発で1セットのクリップを装弾し射撃を継続する。
ワイバーンの殆どを斃し、次の目標をこれの搭乗兵だと思われる兵士に狙いを定め、トリガーを引く。ただこの時に一つだけ問題が発生した。
銃の威力が予想以上に高すぎて撃った相手が着弾点を中心に肉体を両断し、とても人に見せられるような状態じゃない死体が出来上がった。
「これはアリシアには見せられないな。それにしてもコレ、こんなに威力が有ったか?」
スコープ越しに見える死体は常人だったら目を背けたくなる位に損傷が激しかった。それでも依然シモノフで狙撃を続け、同じような体を両断された死体を作り続けた。
銃と共に取り出した銃弾、総数50発を全て撃ち切る頃にはワイバーンとその周囲の兵士は全て等しく、その命を春人の狙撃により奪われた。
「さあ第一段階は終了だ。次は魔術師連中だ」
今まで使用した、まだ銃身が熱くなっているシモノフをMTに戻し、次の段階で使用する武器とその弾を入れ違いで取り出す。
次に出て来たのは長方形のコンテナを取り出す。そのままでは使えないので照準器とグリップを展開し前方の蓋を開け、後方のレバーを掴みコンテナを伸ばす。これで射撃準備は完了した。
この武器はM202ロケットランチャー。コンテナの内部に4つの発射管を持つ、焼夷弾頭を発射する武器だ。某元州知事主演の映画でこれを後ろ向きに構えて発射し、電話ボックスを吹き飛ばすシーンが有名だろう。これにも英語表記ではあるがちゃんと本体横に説明書が記載されている。
何時でも撃てる状態のM202を構え、目標を最初の偵察で魔術師が多く集まっている場所に向けて扇状に広げて4発発射した。
さすがに1発目を後ろに撃つようなことはしない。
発射された弾頭は山なりに弧を描きながら飛んでいき、狙った所に寸分違わず着弾した。
着弾した瞬間、内部の燃焼剤が発火し、約1200度もの高温で周囲を灼熱の炎で焼き払った。
撃ち切ったカートリッジを新品に交換して他の場所に向けて同じように発射した。今度はテントなどの施設に向けて撃ったため、簡単にテントに引火し一気に炎が燃え広がった。
敵の兵士が春人の奇襲によりパニックを起こし、ワイバーンや竜騎兵の死体をよそに炎を上げているテントなどの消火活動をしている。
その間に春人はもう一度装備を変更し、また違う武器を装備した。
強化外骨格の左腰に鞘が漆黒に染まった長身のCFの作品内でも数少ない希少武器の高周波ブレードが装備され、反対の右側の腰には細長いマガジンポーチがいくつも装備された。
銃がメインのゲーム内でナイフは兎も角、高周波ブレードを装備するプレイヤーは少ない。そんなプレイヤーは奇人変人扱いされることも少なくはなかった。それでも春人は銃がメインのFPSの世界で銃と併用して我流の剣術を用い、銃と剣の異質なスタイルを確立していた。
そして同時に出した今度の銃は左手に保持していた。今度の銃の名はP90。5.7mm弾使用の人間工学に基づいて作られた非常にコンパクトな銃である。銃の上部に細長いシースルーのマガジンを装着し、マガジン1本辺りの装弾数は50発の大容量を誇る。そして春人のP90にはサプレッサーとホロサイト、そしてレーザーサイトが装着されている。
MTを装着している左手に銃を持ったままだとMTの操作が出来なくなってしまう欠点が発生するがそれは腰の部分に銃を使わない時に保持出来るようになっている為問題ない。そして左手で銃を持つため、空いている右手で高周波ブレードを抜く事が出来る。
この装備はかつてCFで名を馳せた死神の装備と全く同じだ。右手に持った高周波ブレードで敵を切り伏せ、左手のP90で敵を撃ち抜く、近接戦闘スタイルが春人の本気の戦い方だ。
「ああ、この装備も久しぶりだな……」
そう口にした春人の口角が上がりニヤリと笑みを浮かべる。そして着ているローブのフードを深く被った。
そして春人は未だ混乱しているベルカ帝国の野営拠点に向けて駆け出していく。




