22:捕らわれたアリシア
日も暮れた頃、アリシアを拐って行ったベルカ帝国の兵士は本隊が駐留する野営拠点に戻って来た。その場所は森を抜けた先にある丘を越え、少し行った先のあった。
そして部隊が戻って来たころには日が完全に沈んで月明りと拠点で灯している灯りだけが周囲を照らしている。
「おーい、先遣隊が戻って来たぞー!」
「出て行った時よりも随分と数が減ってるじゃねえか」
「負傷兵も居るかもしれない、早く受け入れるぞ!」
この先遣隊は少し前にウェアウルフの村を襲撃した部隊だった。その証拠に一頭の馬の背中には村から拐ってきた、まだ気を失っているアリシアが乗せられている。
「全員聞け! この先にある亜人共の村で襲撃を受けた! そのお陰で我々の部隊はこれだけやられた。装備を整え、夜明けとともに総攻撃をかけるぞ!」
先遣隊の先頭を走って来た隊長らしき人物が乗っている馬の上から野営拠点の仲間の兵に向かって声を張りあげる。
当初100人ほどいた先遣隊の兵士は戻って来たころには10数人にまで減っていた。ウェアウルフの奮戦も有ったが、殺害された兵士の殆どが春人の手によって射殺されていた。
「隊長……随分とやられましたね。向こうで一体何が有ったんで?」
拠点に残っていた兵士の内の一人が先遣隊の隊長に近づき話しかけてきた。それは拠点に残されたこの隊長の部下の兵士の様だ。
「まったく、亜人の癖に手練れの人間を招き入れてやがった。協力した人間ともども我々を舐めやがって! そいつのせいで大切な仲間を殆ど殺された!」
そう言った隊長の顔は仲間を、部下を殺された怒りに満ち溢れていた。
「そんな手練れが手を貸していたとは……ところでその後ろの馬に乗せている亜人は?」
「ああアレか? アレは俺が連中の村から持ってきた。手ぶらで帰って来るのもあれだからな。後でのお楽しみという訳だ」
隊長はニヤリと口元を歪ませた。
「隊長も中々人が悪いようで、その時には自分もご一緒させてもらっても?」
「まあいいだろう、俺はアレを連れて閣下の元へ報告に行ってくる。後は任せたぞ」
「はっ!」
そう言って馬から降りた隊長は後ろに連れてきた馬の上のアリシアを担いで閣下と呼ぶ人物の元へと向かう。残された部下は馬を片付けに行った。
そしてアリシアを連れた先遣隊の隊長はこの野営拠点の中央にある、拠点の中でも一番大きいテントに入っていった。
「トリスタニア侵攻軍、偵察先遣隊ただいま戻りました!」
「入れ」
「はっ!」
中に入って隊長は自分が閣下と呼ぶ、この大部隊を指揮する男に自分たちが侵攻したウェアウルフの村で起こった事の一部始終を報告した。そこには獣人もとい亜人種に手を貸すヒト種が居た事。その人物はおそらくトリスタニア王国の兵士では無いという事。その人物が予想以上の手練れで先遣隊の兵士の殆どがやられてしまった事。そして最後に手土産として村から獣人の娘、アリシアを拐ってきた事などの全てを伝えた。
「そうか分かった。ではまずその雌犬を置いて貴様は下がってよいぞ。以後の事は追って命令する」
「は、はあ」
閣下はなぜ獣人の娘を置いて行けと言ったのかが分からなかったようでつい生返事で返してしまった。
「聞こえなかったのか? 下がれと言っておる!」
「はっ! 失礼しました!」
そして隊長はそそくさとテントから出て行った。ここに残されたのは気絶したままのアリシアと閣下と呼ばれる者だけになった
「さてと、連中にくれてやる前に私が先に味見でもさせてもらうとするか……おいっ! いつまで寝ている!」
そう言ってテントの中に置いてあった桶の中に入ってた水をアリシアにぶちまけてたたき起こした。そしてアリシアもすぐに目を覚ました。
「うぅ……ここは? って誰ですかあなたは! それとこれ、外してください!」
目を覚ましたアリシアの両手は後ろで縛られ、両足も縛られていた。その目の前には醜く太った中年くらいの男性が目の前に立てアリシアを見下ろしている。
「さすが犬だけあってよく吠える。キサマ、私の部下を何人も殺したそうだな? その代償はキサマのそのカラダで払ってもらおう。それで私を満足させることが出来たら縄を外すか考えてやろう。まあ私の後はここの兵士全ての相手をしてもらう予定だがな。ガハハハッ!」
それはここの他の兵士と同様にアリシア達獣人種の事を人として見ていない発言だった。そしてアリシアの顔を掴み、覗き込むようにして更にこう続けた。
「だがヒトに劣る亜人種の癖にキサマは中々の美形じゃないか……あいつ等も中々見る目が有るじゃないか、こんなモノを私に献上するとは。このまま私の専属のモノになるか? まあやる仕事は一つしかないがな。さて、早速私の相手をしてもらおうかな」
そう言ってアリシアの着ている服を引き剝がそうと近づいてくる。
「嫌っ! こないで!」
両手両足を拘束され身動きの取れないアリシアの悲痛な叫びなぞ聞く気が無いのか、下品な笑みを浮かべたままアリシアの服を掴み、強引に引き剥がす。この男の力が強く無理に引っ張った結果、服が破かれその下の綺麗な肌が露わになった。
「おおっ、やはり思った通りのきれいなカラダだ。これは良いぞ良いぞ」
何も抵抗できずに衣服を剝がされたアリシアはこれ以上抵抗するための言葉も出せずに、ただこの時間が過ぎていくのを待つかのように唇を強く噛みしめていた。その目には涙が流れ、今からこの男に汚されてしまう事から目を背けたかった。
それからこの男も自分の服を脱ぎ始める。この状況でのその後に起こることは大体相場が決まっている。
――お願い! 誰でもいい、助けて! ハルトさんっ!
思いを言葉にすることが出来なくとも願うことは出来る。アリシアは誰でもいいと思いつつ最後は春人の名を出して救済を願った。そしてその思いが届いたのか、遠雷に似た音が何度も響いた。
「何事だ!?」
この音に驚いた、男は今にもアリシアを暴行しようとしていた手を止め、脱ぎ掛けていた衣服を慌てて正し始めた。
その遠雷のような音が止むと、今度は何かの飛翔音がした後、野営拠点内で何度も爆発が起こった。
そしてテントの中に慌てた様子の兵士が一人入って来た。
「報告します。何者かの長距離魔法攻撃により我が隊の竜騎兵及び飛竜が攻撃を受け行動不能! 竜騎兵の殆どが殺害されました!」
そして続けざまにもう一人の兵士も慌てて入って来た。
「ほ、報告! 何者かの攻撃により当方の魔術師部隊が壊滅! 敵の規模、位置などは不明なもよう!」
慌ててやって来た二人の兵士が何者かに攻撃を受けているとこの男に現状報告を行う。この様子では何が起こったのかはっきりと理解していないようだ。ただ何者の襲撃を受けていることだけしか理解できていない。
「どういうことだ! いったい何が起こっている!」
この男も兵士と同様に現在何が起こっているのかが理解できないでいる。ただこの中で唯一現状が理解できている人物が居る。
――これは……きっとハルトさんだ! ハルトさんが助けに来てくれたんだ!
そう、アリシアただ一人だけである。
ここの、ベルカ帝国の兵士たちは何も知らない。遥か上空から尾行されていたこと。そしてその情報を頼りに村からものすごい速さで追手が迫って来ていたこと。
そして何よりも、その追手が別の世界の仮想空間でかつて死神の二つ名で周囲から畏怖されていた存在であったことなども誰も知らない。




