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14:他言無用

 春人は最近、思い出すことの無かった過去の記憶を見ている。


「おいこっちに来るなよ人殺し!」


「殺人鬼が来たぞー! みんな逃げろー」


「人殺しは死刑だ! 死んだからお前はもう見えませーん」


――ああ、またこの夢を見ているのか。本当に嫌になる。


「ねえ奥さん、あそこのお宅、この前の事件で両親が亡くなってその上あそこの子はその時の犯人をを殺したそうですよ」


「まぁ物騒な世の中になったものですね。本当にやーね」


 子供のころの思い出したくない嫌な記憶だ。あの頃は誰からも避けられ、周りの大人からは白い目で見られていた。そして同級生からは執拗なイジメも受けていた。


「なんだよ人殺しのくせに歯向かうなんてナマイキだぞ!」


「うるさい黙れ! そっちが先に手を出してきたんだろ!」


 イジメられていたというが子供の頃の春人はそんな同級生を相手に喧嘩するのが日常茶飯事だった。


 それからまた別の場面に移った。






「死神が来たぞ!」


「これで俺達の勝利は確実だ!」


「頼んだぞ死神!」


 自分の周囲の仲間の歓喜する声が聞こえる。


「ふざけるな! 何でこんな所にアイツがいるんだ、一度撤退するぞ」


「いや、逆にアイツを討ち取って死神の伝説を終わらせてやる!」


 敵からは目の前の現れた春人に絶望するような声が聞こえる。その中に逆に倒してやると言った強気な事を言う奴もいた。そんな敵を圧倒的な力でなぎ倒してきた。


――今度はCFをプレイしていた頃のか、それも自分の全盛時の……


 この頃はまだ楽しかった。周りの仲間は自分を必要としてくれている。この場所が自分の居場所とさえ思えていた。そう、あの時は力が全てだった。


  それから社会人になった春人は誰も知らない遠い場所に引っ越し、何事も無く暮らしていた。この世界に来るまでは……


「ハルトさん、ハルトさん起きてください。そろそろ時間ですよ」


 自分を呼ぶのは誰だろうか? そうだ、今こうして呼んでくれるのはアリシアだけだったな。そう思いつつも目を覚ます。それでも本当ならもう少しだけ寝ていたかった。


 そしてゆっくりと目を覚ました春人の視界には下から見上げたアリシアの顔が見えた。後頭部には人の足のような適度に柔らかい感触があった。そしてすぐに今自分の現状を理解した。


「あのアリシアさん……なんで膝枕?」


 急に片言で、しかもいきなりさん付けで呼ぶ春人を変に思いながらも、アリシアはいつものように春人に語り掛ける。


「ゆっくり休めました? やっぱりこういう時はこうした方が男の人は喜ぶのかなと思って……それよりもそろそろ時間ですよ、準備して今日の予定を早く終わらせましょう」


 アリシアの気遣いで膝枕をしてくれたらしい。たしかに春人は最初、この状況に戸惑ったが、誰かの温もりを感じる小さな幸せを感じた。そしてアリシアは最後にこう付け加えた。


「それとハルトさん、寝てるときになんだかうなされてましたけど大丈夫ですか?」


 あの事を夢で見るといつもうなされていた。春人にとってあの事は忘れたくても忘れられない悪夢であった。それでも心配してくれたアリシアの事を気遣うように返事をする。


「何でもないよ、ただ昔の事を夢で見ていただけさ。本当に何でもない」


「そうですか、もし何か私で出来ることがあれば何でも相談してくださいね。どんな事でもいいですから」


 何かに気付いたアリシアは春人の事を気に掛ける。いつまでも寝ている訳にはいかず、膝枕の余韻に浸りながらもベッドから起きる。


 そして宿に持ってきた少ない荷物をまとめ、ロビーで料金を払い、宿を後にする。


 一度二人で宿舎に戻った時に酒場の前で人だかりが出来ていた。


「ねぇハルトさん、あれはなんでしょう?」


 そうアリシアは聞いてきたが、春人はあの人だかりの原因に心当たりがあった。


「さあ、なんだろうね」


 そう答えてあえて知らないフリをした。それでも周りの野次馬の話している内容が二人の耳に入ってくる。


「おいアンタ知ってるか? 今朝酒場の前で馬鹿が晒されてたってんだよ」


「いや、初耳だ。それでこの人だかりが出来たってか? で、その馬鹿は何をしたってんだ?」


「俺も聞いた話だけど、昨晩夜盗に入ったはいいが、部屋の主にボロボロになるまで返り討ちに合ったみたいなんだ」


「なんだか馬鹿ってより、ただのマヌケな奴だな!」


「それで話はこれだけじゃない。その返り討ちにした奴が更に追い打ちをかけるようにある事を書いた紙を一緒に置いて行ったそうだ、なんて書いてあったと思う?」


「さあ、見当もつかないな。なんて書いてあったんだ?」


「俺も見た訳じゃないからちゃんとしたことは分からないけど、なんでもこう書いてあったらしい『深夜に物取りに入ったけど返り討ちに合ったマヌケ野郎です』だってよ」


「はは、そこまでやられちゃ当分の間は街中を歩けないな。本当にマヌケすぎて笑えてくらぁ」


 こんなやり取りを春人達の横でしている人達がいる。そしてその会話は二人の耳にも入ってくる。


「さっきから周りの人たちが話してる人ってもしかして昨晩夜盗に入ってきた人の事ですか? それにしても公衆の面前に晒すなんて容赦ないですね」


 周りから聞こえることから察したアリシアが春人に聞いてくる。


「ん? ああそうだよ、あれは俺達の部屋に盗みに来た奴のことだよ。流石に晒すのはやり過ぎたかな?」


 春人も隠すことなくアリシアに答える。やり過ぎたと少しは思ったが、これで少しは自分達の安全を多少は確保出来たのではないかとも思った。


 この件で少しは自分たちの所に盗みに入ればどうなるかといった見せしめになればいいと思ったのだが、周囲の人たちがどう捉えたのかは分からない。


 それから人込みをかき分け、酒場に入っていこうとする時に丁度憲兵隊に連行されていく男とすれ違った。向こうは春人の姿を見て驚き恐怖で顔が歪んだが、春人はどうでもいいかのように何事も無くすれ違う。


 それから宿舎の部屋で自分たちの荷物を全てまとめる。


「アリシア、ここに戻ることは無いから荷物を全部まとめておいてくれる?」


 何故荷物をまとめなければいけないのかアリシアは分からなかったが、春人がまた何か考えがあって言っているのだろうと思い自分の荷物をまとめる。一方春人は元々荷物が無いに等しいからまとめるほどの荷物は無かったから部屋の中を軽く片付けている。


 そして下の酒場の冒険者ギルドのスタッフに声をかけ宿舎の鍵を返して部屋を引き払う。暫くの間はここに帰って来ることは無いだろう。


「ねえハルトさん、何で部屋を引き払ったんですか? 角部屋でけっこういい部屋だったのにもったいないですよ」


「あそこは確かにいい部屋だったけど、あのままあの部屋にいるとまた同じように夜盗が入ってくるかもしれないからね。だから暫くはどこかで事態が落ち着くまで過ごそうかと思ってるんだ。それで一つお願いがあるんだが、アリシアのいた村で少しの間住まわせてくれないかな?」


 日本のことわざにもあるように人の噂も七五日と言うように暫くすれば皆忘れるだろう。そのためにアリシアの実家のある村で過ごそうと思っていた。


「まあ私はいいですけど、空き家は無かったと思いますよ。それでもしハルトさんがよかったら私の実家に来ます? 父様も本当にたまにしか帰ってこなかったので実質私一人で暮らしていたような感じだったので、使ってない部屋は有りますよ」


 アリシア達ウェアウルフの村に行くのは問題無いようだ。そればかりかアリシアは自分の家の空き部屋を使っていいとまで言ってくれた。


「本当にいいの?」


 春人は確認のためもう一度聞いたが、アリシアは大丈夫ですと答えた。


「そしたら、ハルトさんの用事を済ましたらすぐにここを立つ感じですか?」


 あの村に行く前に春人の用事を済ませなければならない。この用事が済んだらすぐにここを立つと答える。その用事の相手、ハロルドの居場所を聞くために先ずはこの間の武具屋に向かう。






 大通りから一つ入った路地裏は前回来た時とと同じように人通りは少なかった。それからこの間の武具屋の扉を開けた。


「いらっしゃい、おおこの間の兄ちゃんじゃないか。今日は早いなどうしたんだ?」


 前回と同じように店主の親父が出迎えてくれた。


「今日はちょっと聞きたいことが有って来たんだですよ。まあ買い物の用もあるんですけどね」


 春人はここに来ればハロルドの居場所は分かるだろうと思い訪ねてきた。流石に商人相手にタダで教えてもらおうとは思っていなかったのでついでに消耗品の買い物をしていく。


「今日は何が必要なんだ。ここにある物なら他の所よりも良いものを取り揃えているぞ。俺の客なら何でも質問に答えるぞ!」


 何を買うか少し迷ったが、春人はアリシアのナイフを研ぐための砥石を購入した。


「他は大丈夫なのか? それで俺に聞きたい事って何だ?」


 ここで春人は本題に入る。


「ええ今日はこれだけで大丈夫です。それで聞きたい事はハロルドさんの事です。あの人は今どこにいるか分かりますか?」


「なんだ大将の事か。大将なら基本商人ギルドの商館にいると思うぞ。たまに居ない事もあるが、早い時間に訪ねれば基本的に居るんじゃないか?」


 最初からここを訪ねたのは正解だった。春人は買った砥石をアリシアに荷物と一緒にしまってもらい、武具屋の親父に礼を言い、店を後にしようとしたときに思い出したかのようにもう一つ聞く。


「ああそうだ、あともう一つ。あの事は誰に話してないですよね?」


「ん? ああ兄ちゃんの武器のことか。それなら誰にも話してないぞ。俺はこれでも口が堅い方なんだ」


「それならよかった。今後とも他言無用でお願いします。今日はこれで失礼します」


 そう言って今度こそ店を後にする。春人達の後ろから親父の毎度どうもと言う威勢のいい声が聞こえた。


 これでハロルドの所を訪ねることが出来る。


「案外早く用事が終わりそうですね」


 横からアリシアが話しかけてきた。確かにこれで次の用が済めば今日はもう他に予定はなくなる。


「ああそうだね。ところでアリシア、商館の場所って分かる?」


 この街でそこそこ過ごしたが未だに分からない場所の方が多かった。いつも行く所なら何の問題も無く行けるが、それ以外は今まで行く用事が無かったので知らなかった。


「しょうがないですね、私が案内しますから早く行きましょ」


 そんな春人の手を引いてアリシアは商館まで連れて行く。その足はいつもより気持ち早かった気がする。






 あの武具屋からさほど遠くない場所に商館は在った。中に入ると目の前には受付のようなものがある。まずはあそこで要件を言えばいいのだろう。


「失礼、ハロルドさんに取り次いでもらえないだろうか?」


「申し訳ありませんが何かお約束されていますか?」


 やはりこの対応をされた。春人はある程度この回答が来るだろうと予測していた。


「いや、何もしてないが彼に春人が訪ねて来たと言ってもらえればたぶん分かるだろう」


 受付嬢は怪しい人物を見るかのような目で春人達を見ながらも、一度奥の部屋に向かった。二人居た内のもう一人の受付嬢は春人達が怪しい動きをしないかずっと見張っている。正直あまり気分のいいものではない。


 これで取り次いでもらえなければお手上げだ。他に対策は何も考えてこなかった。


 それから直ぐに奥の部屋に行ったもう一人の方の受付嬢が戻ってきた。


「お待たせしました。ハロルド様がお通しするようにとの事ですからご案内します」


 どうやら何とかなったようだ。それから二人は応接室に通されてハロルドが来るのを少し待たされた。


「やあ、二人ともおはよう、ハルト君の方から訪ねて来るなんて思いませんでしたよ。それで私に用とはいったい何ですかな?」


 応接室の扉が開き、向こう側からハロルドが現れた。袖の部分が汚れているのを見ると何かの作業の途中で呼び出してしまったようだ。


「忙しい時に訪ねてきて申し訳ないです。用事と言っても大した事ではないんですけどね。ハロルドさんは先日町外れの弓職人の所を訪ねたりしませんでしたか?」


 春人は昨晩部屋に侵入してきた男から聞き出しと事をハロルドに訪ねた。


「おや? 確かに行きましたけど何でそれをハルト君が知っているんですか?」


 やはりあの男の言っていた人物はハロルドで間違いなかったようだ。それから春人は昨晩起こった事を話す。


「その時に話していた内容を盗み聞きしていた奴がいてそいつが昨晩夜盗に入って来たんですよ。まあそいつは撃退して酒場の前で晒しておきましたけどね」


「そんなことが有ったんですね。どうりで今朝は酒場の方が賑やかだったんですね」


 そして春人は本題に入る。


「それでハロルドさんにお願いがあります。俺の武器、銃の事は今後他言無用でお願いします。今までこの事を話した相手にも伝えてください。この話が下手に広まると俺達の身が危険に晒されてしまうのでね」


「それは何だか申し訳ないことをしてしまったね。私も軽率な行動をしてしまった事を謝罪しよう。そして今後は誰にも言わないようにしますよ。勿論今まで話した相手にも他言無用だと伝えておきます。と言っても話したのはその弓職人唯一人だけなんですがね」


 これで本当に誰にも話さなければいいのだが今後どうなるのかは春人には分からない。


「そうしてもらえるとありがたいです」


「それでもし、今後この話を誰かに話したらどうなるんですか?」


 ハロルドが興味本位で聞いてきた。そして春人は口元を少しニヤつかせながら答える。


「その時はその相手諸共口封じをさせてもらうしかないですね」


 春人にそのつもりはないが、これは警告という意味でわざとこう演技しながら答える。


「おおそれは怖い、以後気を付けないといけないですね」


 ハロルドも春人にその気は無いと気づき、笑いながら怖がる演技をする。それからしばらく三人で他愛のない話をして少しの時間を楽しんだ。


「さて、私は他の約束もあるのでこれでお開きにさせてもらいますよ。二人はこれからどうするんですか?」


「こちらこそ急に押しかけて来てすみません。俺達は暫くはアリシアの実家のあるの村で暮らそうかと思います。昨晩あんな事があったのでまた次もあるかもしれないので、事態が落ち着くまで身を隠しておこうと思います。それではこの事はどうぞよろしくお願いします」


 それからハロルドに商館の出入口まで見送られ、春人とアリシアは商館を後にする。


「ハルトさんの用事ってこれだけですか?」


「ああこれで終わりだ。さてと他にやることは無いから馬車でもひろって早めに村に行こうか。流石にこれだけの荷物を持って歩いていくのは大変だからね」


 アリシアが村から持ってきた荷物の他に、この街で買ったアリシアの鎧やその他の消耗品や日用品などが有るため1週間前にこの街にアリシアを連れて戻って来た時よりも大荷物になってしまった。


「それなら向こうに確か乗り合いの馬車が有った筈ですからそれに乗って行きましょう」


 アリシアが思い出してくれたお陰で馬車で移動することができそうだ。そして街の広場の方へと向かった。


 広場には沢山の人と馬車が行き来している。その中から村の方へ向かう乗り合いの馬車を探す。それでも中々見つからずに居たところ、偶々通りかかった行商人に声をかけたら格安で乗せてもらえる事になった。そして二人分の金を払い、荷台の荷物の間に乗り込む。


 そして走り出した馬車の中でまた春人はいつの間にか寝てしまった。


「ハルトさん結構疲れてるんですね、着いたらまた起こすんで休んでいてください」


 馬車の揺れで春人はアリシアにもたれ掛かる。


 そんな荷台での様子を気にもせずに馬車の主はどんどん馬車を進めていく。

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