10:ターニングポイント
春人がこの世界に来て早1週間が経った。冒険者用の宿舎で部屋を借り、今ではそこを生活の拠点にしている。当初は一人一部屋と考えていたが今後のために節約しようというアリシアの意見により二人で一部屋を借りている。
男女が同じ部屋で生活しているので春人の精神的によろしくないこともよく有るがここでは割愛して、それはまた別の機会にでも。
この1週間で春人の冒険者ギルドでのランクも上がり、手に入る報酬も多少増え、生活するのに苦労しなくなってきた。これにはアリシアの手助けがあったからこそでもあるが。そしてこの間に分かったこともある。
まず敵を倒せばMTのショップで使うBPが貯まるということ。これは相手の脅威度によって手に入る額が変わるらしい。仮にゴブリンを100と仮定したらそれよりも弱い相手は貰えるBPは低く、より強い相手からは高く貰えるらしい。
次にアリシアのお陰により春人もこちらの文字を読むことが出来るようになった。当初はクエストを選ぶときもアリシアに読んでもらっていたが今では春人自身が目を通してクエストを選ぶ事ができる。最も報酬の高い討伐系のクエストをメインに取っている。それの合間に収穫系のクエストもたまに行っている。
それと以前武具屋の店主が銃を持ってエラーが出たがアリシアが持っても同じようにエラーが出た。だがこれはMTのほうで使用者の設定が出来るらしく設定を変えれば春人以外でも使えるようになるらしい。今は変更せずに銃は春人だけが使えるようにしている。
最後にアリシアだが、春人は2、3日かそこらで村に帰ると思っていたがこれからもずっと春人に付いてくるらしい。これは最初から決めていたことだそうだ。それと彼女の意向でこれからは呼び捨てで呼んでほしいそうだ。これも最近知ったことだが彼女は今年で18になるらしい。春人は自分の同年代だと思っていたがまさか年下だとは思わなかった。
こうしてウルブスを拠点とした生活にも慣れてきた頃に街中や酒場である噂話をよく耳にするようになった。それはここ最近姿を見せなかった盗賊がまた街道に現れて悪事を働いているらしい。
以前よりも彼らに殺される人数は減ったらしいが、それでも大怪我を負って暫くは絶対安静にしていなければならない人は少なからずいるらしい。
それだけならばウルブスに駐屯するハインツが率いる兵団が取り締まり、噂話になることも少ないだろうが、どうも連中はある人物を探しているようだ。
彼らは道行く者から金品を奪い、そのついでに毎回聞いてくる事があるそうだ。
曰く彼らは黒い瞳に黒髪という特徴ある見た目をした、見たこともないような武器を使う男を知らないかだそうだ。
「最近よく耳にする噂の盗賊が探してる人ってもしかしてハルトさんのことじゃないですか?」
以前アリシアと酒場で夕飯を食べていたときに言われたことがある。春人自身もこれは最初耳にした時から自覚している。周りを見ても黒髪の人間なんて他に居ないし、ハロルドを助けたときに盗賊と一悶着が有ったからだ。
それにその噂話をしている人は必ずと言っていいほど春人の方に視線が行っている。そして春人がそちらを向くと視線を逸らされる。
大方以前春人にやられた時の復讐をしたいのだろうと思っていた。
それから盗賊と再会するのにさほど時間はかからなかった。本当に会いたくない人ほどすぐにまた再会してしまうものである。
ある日、春人とアリシアが薬草採取というごくありきたりなクエストの帰りにそれは起こった。
「テメーだな黒い瞳に黒髪の奴ってのは! おい野郎共! コイツがそうなのか!?」
春人たちの目の前に巨大な斧を持った大男が立ち塞がった。春人には見覚えのない人物だが以前退けた盗賊の仲間だということは何となく分かる。
それからゾロゾロと茂みの奥から盗賊らしき連中が出てくる。その中には春人が撃退した者もいたが、春人がいちいち盗賊の顔を覚えている筈もない。
「おうやっと見つけたぞ。この間は俺様のかわいい子分が随分と世話になったようだな。そのお礼を今たっぷり返してやるよ。オイッ! コイツで本当に間違いないんだろうな!」
盗賊の頭らしき人物が先頭に立って春人に睨みを効かせる。それと同時に自分の子分にもう一度確認させている。まあこの世界でこの見た目の人物は春人以外にたぶん他にいないだろうから間違ってはいないが……
それに彼らが言うお礼とは大抵ろくな事ではない。
「親分! 確かにコイツで間違いないです! テメーあの時はよくもやってくれたな!」
以前撃退したと思われる人物が春人のことを確認して頭に報告している。その後の台詞は誰がどう聞いても田舎のチンピラがいちゃもんをつけに来ている様にしか聞こえない。
春人は正直笑いそうになったがに堪えた。
それと同時にアリシアの前に行き、連中から守るように立つ。それでも彼らにアリシアの存在はバレていた。
「コイツ亜人の女を連れてやがるぜ。ついでにソイツも頂いていこうぜ」
盗賊の一人が厭らしい視線をアリシアに向けている。
本当に下衆な連中だ。本当に全く救い用の無い奴等だとつくづく思う。
「なあアリシア、こういう連中って捕まったらその後どうなるか分かるか?」
「えっと、前に父様が他の人と話してるのをちょっと聞いただけですけど、しかるべき裁きを受けて処罰されるそうです。たぶんこれだけ暴れれば死罪じゃないですかね?」
「そうか……それよりも絶対に俺の側から離れるなよ。君を守れなくなってしまうから」
小さな声でアリシアに盗賊が捕まったらどうなるかを聞いたが、連中は捕まれば命は無いらしい。
「おいテメーら、何ヒソヒソ話してんだ。それよりもその女と有り金全部置いてけば見逃してやるか考えてやるよ!」
親分と呼ばれた大男はガハハと下品な笑いを上げながらゆっくりと春人に近づいてくる。
盗賊の親分が足を動かしたと同時に春人の中で何かが変わった。
「アリシアもう一つ聞くけど盗賊が街道沿いで死んでいても誰も何とも思わないよな?」
「え、えぇ誰の迷惑にもならないと思います。あ、でも父様たちの仕事が少し増えると思います」
春人の突然の質問に一瞬反応が遅れたがアリシアはきちんと答えた。
「それならば何の問題もないか」
――ならばまた過去の、CFに居た頃の自分に戻ろう。
CFをプレイ中の時はそこがゲームの中の世界だということを知っていたから相手を殺すことに躊躇いは無かった。だが、今のこの異世界が春人にとっては現実世界になるため、仮想空間で慣れている殺人もいざ実際に現実で行う事に抵抗があった。そのために以前盗賊に止めを刺さずに撃退するだけという甘さを見せてしまった。
それでも人を討つ事は出来なくてもこの世界のゴブリン等の魔獣は害虫駆除と同じ要領で討つことはできた。
こんな自分達を襲いに来たり、無抵抗な人間を襲うような連中は害虫と一緒だ。それならばいっそ殺した方がいいだろうと思い、CFプレイ時と同じように躊躇なく敵を討つ事を決めた。
敵の人間を殺さないという甘い考えはここで捨てよう。そんな考えを持っていてはこの先この世界で生きていくことは出来ない。
そして春人の雰囲気が一瞬で変わった。盗賊たちは気付かなかった様だが、春人の一番近くにいたアリシアだけは気付いた。
アリシアが普段知っている春人は普段は温厚で優しく、ギルドのクエストも真面目にこなしている姿だ。
しかし今の春人はそれとはそれとは真逆の氷のように冷たく、口元だけ笑っているが、目は笑っていない。
「あぁ? 随分反抗的な態度だな。そんなに死に急ぎてぇのか?」
盗賊の頭は自分で背負っている斧に手を掛け、今にでも春人に降り被れるようにしながら尚も近づいてくる。
見逃してやるか考えると言っていたが、この動きを見るとその気は最初から無かったように思える。
実際にこの盗賊たちは以前の復讐のため、春人を殺すために探していたのであった。
「あぁ今回は完全に俺の失敗だったな。これは俺の甘さが招いた結果だ。あの時にお前らの仲間を始末しておけばよかった。全く、面倒な事になった」
春人の感情の籠っていない言葉が辺りに響く。
盗賊の頭が春人の目と鼻の先のところで足を止めた。
「お前なに一人でゴチャゴチャ言って……」
盗賊の頭が最期まで話すよりも早く春人の手が素早く動いた。その手には血が付いた銃剣が握られている。
「オイ、誰が話していいと言った? まあ面倒だが自分が蒔いた種だ、自分で責任を持って刈り取らせてもらおう」
言い切ると同時に盗賊の頭の喉から一気に血が噴き出した。それは近くにいた春人にも付着した。この時幸いにもアリシアにはかからなかったが、今の春人にはそれはどうでもいいことだった。
喉を掻き切られた頭はその場に跪き、必死に切り口を手で抑え、呼吸を続けようとする。それでも喉からヒューヒューと息は漏れ、口からは大量の血を吐いている。
素早く振られた春人の銃剣の一撃では切り口が浅く、命を刈り取ることは出来なかった。
「何だまだ生きているのか……まあいい、そのまま自分の血で溺れて死ね」
春人の冷たい視線が降り注ぎ、最期に盗賊の頭が見た光景は自分の返り血を浴びた春人の姿だった。
「親分になにしやがる!」
他の連中は一瞬の出来事に戸惑っていたが、我に帰った一人が叫ぶと一斉に剣やナイフを抜き春人と対峙する。
「そういえば他にも下衆な連中がいたな。さあ来いよ、纏めて始末してやるよ」
そう言って先程の冷たい視線が残りの盗賊に向けられた。
それでも怯まずに一人の盗賊が雄叫びをあげ、剣を振り上げながら突進してきた。それに続くかのように他にも数人襲いかかってきた。
それと同時に春人はホルスターからガバメントを抜き、普段よりも速く狙いを定め、発砲していく。撃ち出された銃弾は春人の素早いエイミングをものともせず、狙った先の盗賊連中の頭部目掛けて高速で飛んでいく。
素早く連続でトリガーを引き、一瞬でマガジン内の7発を撃ち切る。全ての弾は確実に狙った所に当たり、撃ち出された銃弾と同じ数の盗賊の命を刈り取っていく。
「ありえねぇ、あの親分が一瞬で殺られたぞ!」
「何だよあの強さは、聞いてねぇよ!」
「それよりもやられた親分と仲間の仇だ。確実にあの野郎をブッ殺してやる!」
最初の一撃で彼らは頭と仲間7人を一瞬にして殺されたが、それでもなお戦意は落ちていないようだ。
この一瞬怯んだ隙にガバメントをホルスターに戻し、MTを操作して新しい銃を展開する。
新たに出てきた銃は春人が普段好んで使う89式小銃よりも大きく、そしてゴツく直線を多用したデザインをしていた。そしてベルトの様に金属のリンクで繋げられた銃弾が本体から長く延びている。
それはM240と呼ばれる主に米軍などで使われる7.62mm弾を撃ち出す汎用機関銃であった。
「あぁ、殺すことを躊躇ってた俺がバカだったよ。だけどもう躊躇う必要はない。ここが俺のターニングポイントだ。
それにお前ら悪党は遅かれ早かれ死ぬ身なんだろう? お前らの死ぬ日が偶々今日だったという訳だ。だからお前達はここで……死ね!」
春人は腰だめで銃を構え、安全装置を解除してトリガーを引き、薙ぎ払う様に銃を左右に振りながら撃ちまくる。そこから連続で撃ち出される銃弾が無慈悲に盗賊の命を奪っていく。
5.56mm弾よりも重い発砲音を辺りに響かせ、ベルトリンクで繋がった銃弾が次々と本体に飲み込まれ、撃ち終わった空薬莢と外れた金属のリンクが春人の足元に落ちていく。落ちた空薬莢とリンクは時間が経つと消滅していった。
トリガーを引くことを止めずに撃ち続け、反動で照準がブレるのを制御し、春人の視界に入る動いている標的に銃弾を送り込む。
100発で構成されたベルトリンクも最後の1発を撃ち終わり、その頃にはさっきまで威勢のよかった盗賊たちも動かぬ死体の山となっていた。
「流石にこれだけ撃ち続けると耳に響くな」
CFプレイ時からずっと慣れてきた銃声も連続して撃ち続ければ流石に耳に響く。それでも屋内などの閉鎖空間で発砲音の大きいライフル弾を耳栓無しに普通に撃つような春人にはその程度の影響しかない。最も音の響く閉鎖空間内での射撃で耳栓無しに撃つ春人の方がおかしいのかも知れないが……
そして初めて殺人を行った春人だが所詮はこんなものかと思い罪悪感は無かった。自分が作り上げた死体の山も見ていても気分が悪くなるような事も無い。こうして春人のこの世界での最初の人の命を奪う対人戦闘は一方的な殺戮で終わった。
そんな死体の山の中でまだ動ける者が一人居た。そのまま動かずに居れば逃げられたかも知れなかったが、その男は這ってこの場から逃げようとしていた所を春人に見つかった。
「なんだまだ生き残りが居たか。俺の制圧射撃の腕も落ちたか? まあ何にしろ丁度いい」
春人は這って逃げようとする生き残りの盗賊にM240を装備から解除しながら近づいていく。盗賊も背後から来る恐怖の対象から逃げるべく必死に這って行く。見ると致命傷に無いものの幾つか銃弾を受けた跡がある。
それでもなお動けるタフさに春人は内心少しだけ感心していた。
「おい、ちょっと待てよ。仲間を盾にして生き残るなんて随分酷い奴だな」
盗賊は逃げ切れずに春人に追い付かれ、脇腹を蹴られ仰向けになる。そして脇腹に出来た銃創を踏まれ、悲鳴を上げた。
「そんなにギャアギャア騒ぐなよ。お前に聞きたいことがある」
こんな状況で脂汗を流し、息を切らしながらも春人の質問に答えようとする。盗賊の男はあわよくばそれで見逃してもらおうと思っていた。
「ま、待て俺たちが悪かった。これからは盗賊稼業もしない。有り金も全部くれてやる。何でも話すからお願いだ見逃してくれ」
「では1つ聞こう。答えれば見逃してやろう。お前ら盗賊はここに居るので全部か?」
春人が聞くと直ぐ様盗賊は答える。
「そうだ、これで全員だ。他に誰もいない!」
「そうか……分かった」
「さあ答えたぞ! だからこれで見逃してくれ!」
盗賊が質問に答えて春人は銃創から足を退かす。この時盗賊は一瞬安堵の顔を見せた。
それと同時に春人はホルスターに戻した銃弾が空のガバメントを手に、マガジンを交換しリロードする。
「あぁそうだ、見逃すと言ったな」
「そうだ、見逃してくれ。お願いだ」
「あれは嘘だ」
そう言って最後の盗賊に銃を向け、止めを刺す。この時の盗賊の最期の顔は驚愕と恐怖の混じった顔をしていた。
全てが終わってから思い出したかのように春人はアリシアの居る方に振り向く。幸いにもアリシアに怪我は無かったようだ。それでも腰が抜けてその場で座っていた。
そして春人も何時もと変わらない春人に戻った。
「良かった、怪我は無いようだね」
春人がこう聞いてもアリシアはただ頷いて答えるだけだった。アリシアにとって今の春人は怖い存在だと思われている事を薄々感じていた。
「まあ今は無理に話さなくてもいいよ。まずは街に帰ろう。ギルドにクエストの報告に行かないとね」
そう言って血の着いていない手をアリシアに差し伸べ、アリシアを立たせる。
「こんなだから悪いけど肩は貸せないんだ。自分で歩けるよね」
手を借りてアリシアはなんとか立ち上がる。
「出来ればこのまま街に帰るまで手を繋いでてもいいですか?」
アリシアは春人の手を離すことなく、今出せる小さな声でお願いをする。
春人も了承し、春人が先導するようなかたちで二人手を繋いで街まで歩いていく。帰りは二人の間に会話は無く、終始無言であった。
春人が一方的に盗賊を殺戮している時から同じ場所にいて、その光景を見ていた人物がいた。その者は今二人を後からコソコソと尾行しながら付いてくる。悪いことを企んでいる様な顔をしながら……




