09:路地裏の武具店
外から見て分かっていたがこの街は案外広かったと再確認させられた。お陰でギルドに戻るのに少し迷ってしまったが何とかたどり着いた。
一日ぶりに冒険者ギルドの有る酒場の扉を開く。ここは相変わらず沢山の人で込み合っていた。先ずは魔力結晶を持ってクエストの達成したことを報告しに行く。
「どうも春人です。クエスト達成の報告はここでいいんですか?」
春人が昨日登録をした受付で聞いてくる。
「あ、お帰りなさい。昨日帰ってこなかったからてっきりゴブリンに殺されたのかと思いましたよ。報告もここで有ってますよ」
どうやらここで有っていたようだ。それにしても殺されていたのかと思ったとは中々穏やかではないな。やはり最初から飛ばし過ぎたのだろうか?
それから春人が持ってきた魔力結晶を入っている袋ごと受付のテーブルに乗せる。
それを受付嬢が受け取り、確認するため少し待って下さいと言い席を離れた。そして直ぐに受付嬢は戻って来た。
「今奥で持ってきた魔力結晶の鑑定作業をしています。それにしても討伐の証が魔力結晶だとよく分かりましたね。私もハルトさんが出ていってから説明し忘れていたのを思い出してどうしようかとずっと悩んでいたんですよ」
やはり説明不足のようだった。てっきり一部を剥ぎ取って持ってくると言っていたからどこぞの狩猟ゲームみたいなものかと思っていた。
それとギルドだけあってちゃんと回収してきた物を鑑定する人物が別に居たらしい。
もしあのまま何事もなくクエストを達成していたら討伐の証としてゴブリンの首でも持ってこようと春人は考えていた事もあった。
「それとお連れの彼女とはどういったご関係で? 昨日は確かハルトさん一人でしたよね?」
春人は彼女アリシアの事情を説明した。それから色々あってこうして付いてきていると。
「そうなんですね、お嬢さんちょっとちょっと」
そう言って受付嬢はアリシアを手招きして呼んだ。そして小さな声で何か話始めた。
「お嬢さんお名前は?」
「アリシアっていいます」
「アリシアちゃんね、ゴブリンに拐われたところを助けられてそれで彼に惚れたから付いてきちゃったとか?」
「な!? そんな違います! 私は只助けてもらったお礼がしたくて付いてきたんです!」
なんだか二人で随分盛り上がっている。だが二人とも小さな声で話すので春人の耳には入らない。内容が気になるが割って入った所でろくな目に会わないだろうから止めておく。
ほどなくして話が終わったらしくアリシアが戻って来た。
「何を話してたんだい?」
「女の子同士の話ですよ、ヒミツです」
気になって聞いてみた春人だがやはり教えてはもらえないらしい。これは余り気にしないでおこう。
「お待たせ。鑑定が終わったよ」
受付の奥から年配の魔女といった言葉がとても似合う老婆が鑑定が終わったことを告げに来た。
どうやら二人が話している間に魔力結晶の鑑定が終わったようだ。思っていたよりも早く終わったようで何よりだ。
「確かに全部ゴブリンの魔力結晶で間違いないね。しかしこれだけの量を駆け出しの新人が集めてくるなんてこれからの成長が楽しみだねぇ」
老婆は不敵な笑みを浮かべながら春人をじっくりと見る。
「あの、何か変なものでも付いてます?」
と聞くも、この老婆は春人に対して何か隠しているねと言ってきたが、春人は何の事やらと軽く受け流す。
正直言ってこの人に見られると全てを見透かされる様な不快感を感じた。
「とりあえずこれでクエストは完全に達成です。この魔力結晶はこちらで換金することも出来ますがどうします?」
持っていても仕方ないのでこの場での換金をお願いした。それからクエストの達成報酬と魔力結晶の換金を合わせた額の報酬が支払われた。
合わせて銀貨13枚、これが多いのか分からなかったので聞いてみると下位のクエストでもそこそこ高額な方らしい。それに本来パーティーを組んで挑むべき所を一人でこなした為、これが丸々春人の懐に入る。もしパーティーを組んでいたらここから分け前を分配するため必然的に一人辺りの報酬が減ってしまう。
報酬を受け取り、ギルドカードの提示を求められた為受付嬢に渡す。そしてクエスト達成ポイントが貯まっていく。これでランクが上がればより報酬の高いクエストを挑めるようになる。その分リスクも増えるが。
ギルドでの用が済んだため春人はアリシアを連れてこの場を後にする。だがその前に春人は受付嬢にあることを聞いてきた。
「ハルトさん、これからどうするんですか?」
後ろから付いてくるアリシアが聞いてきた。彼女に次にどこに行くか伝えていないから当たり前だ。
「まずは色々と道具とかを確保したいから買い物だよ。さっき良いお店を聞いてきたからまずはそこからだ」
二人は酒場を出て先程受付嬢から聞いた店を目指す。
それから露店がたくさん並んだ所謂商店街のような所を歩く。聞いた話が正しければここの路地裏に隠れた名店が有るらしい。メインの通りを歩きつつを慎重に周りを観察しながら歩くとそれらしい店の看板が出ていた。
「有ったよ、たぶんあそこだ」
春人は看板が出ている店の方を指差す。そして二人して店の前に立つ。店名らしきものが扉の上に書かれているが読むことは出来ない。
「ここの武具店に用があったんですか?」
彼女の反応を見るに此処で間違いない。やはり文字か読めないのは不便だから後でアリシアに教えてもらおうと思う。
ここでの用事を済ませるべく春人は店の扉を開いた。
「……いらっしゃい」
店に入ると体格の良いスキンヘッドの男性が声をかけてきた。先客と話していたらしく一瞬だけ反応が遅れた。
その先客に春人は見覚えがあった。その先客も春人に気付き、先に話しかけてきた。
「おや? ハルトさんじゃないですか。私ですよ、先日助けていただいたハロルドです。覚えていますか?」
やはり春人が知っている人物だった。流石にこんなに早くこの人と再開するとは思っていなかった。
「えぇ勿論覚えていますよ。私の方こそお陰で冒険者として登録してやっていく事が出来ましたから。ギルドを紹介してくれたことに感謝します」
春人自身も忘れる訳がない。この人のお陰でこの世界で働き先を見つけることが出来たのだから。それにしても何故かこの人の前では堅苦しくなってしまう。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。私も正直堅苦しいのは苦手でして。もっと気軽に接してくれて大丈夫ですよ。それとそちらのお連れのお嬢さんは?」
「初めまして、アリシアっていいます。ハルトさんと色々あって今こうしてお供させてもらってます」
ハロルドの質問にアリシアは元気に答える。彼女はいつも元気よく振る舞ってくれているから好感がもてる。
「おっと名乗るのが遅れてしまいましたね。私はハロルドと言います。以後お見知り置きを」
三人で会話が盛り上がっている時に店の店主が話しかけてきた。
「盛り上がっているところ悪いんだけど兄ちゃんたちの用事は何なんだ? 大将も人の商売の邪魔はしないでくれよ」
春人はハロルドとのまさかの再開に驚き、話に花を咲かせて本来の目的を忘れていた。
ここでの用件は春人が必要な物を買いに来た訳ではない。今のアリシアに必要な物を買いに来た訳だ。
「あぁすまない、彼女に合う防具を見繕ってもらえないだろうか? 流石にこの格好ではクエストに同行させることは出来ないので」
そう言って春人はアリシアに目をやる。確かに今の格好ではクエストに挑むに相応しい格好ではない。どちらかと言うと何処かの屋敷の中にいた方が似合う。
「いえ、私はこのままでも平気ですこれ以上ハルトさんに面倒をかけてもらう訳にはいかないですから」
平気だと言ってももし何かあったら身を守ることが出来ない。本当にもしもの事が有ったらハインツに会わせる顔がない。
「俺は面倒だなんて思ってないよ。これは君の身を守るために必要な物だから。それに何も防具を着けずに付いてくるといつか大怪我を負ってしまうかもしれないよ? だからここで確り防具を揃えて行こ?」
そして頷くアリシア。春人の思いを分かってくれたらしい。
「確かに兄ちゃんの言う通りだな。よし分かった、ちょっと待ってろ。おーいちょっと来てくれ」
店主は店の裏手に声をかけた。すると奥からエプロンを着けた女性が出てきた。
「なんだいアンタ、こっちは家事で忙しいってのに」
見たところ店主の奥さんらしき人物が出てきた。
「呼び出して悪いな、こっちの嬢ちゃんの防具を見繕ってくれるか? 俺が女の子の防具を見てやる訳にはいかねぇからな」
この店はこの二人で経営しているらしい。二人のやり取りを見ていると何となくそう思う。
「なんだい、それなら最初からそう言ってくれれば良いのに。お嬢ちゃんのは私が見てあげるから一緒に付いておいで」
店の女性はアリシアを奥へ案内していく。
「それじゃあ少し待ってて下さいね」
アリシアも付いていき、店内には男三人が残った。
「さて、出来れば大将と兄ちゃんの関係を聞きたいんだが?」
最初に口を開いたのは店主からだった。ハロルドの事を大将と呼ぶ辺り、店主よりも上の立場にある人間のようだ。
「先日盗賊に襲われていた所をハルトさんに助けてもらいました。言わば私の命の恩人といったところですね」
それに答えたのはハロルドであった。
それから三人はアリシアが戻ってくるで店内で談笑を始める。会話中に初めて知った事だが、このハロルドと言う御老人は商人ギルドと職人ギルド二つのギルドマスターを兼任して務めるという中々大物の人物だったらしい。
元々は職人ギルドのギルドマスターを務めていたが商人としての腕も確かなものだったので商人ギルドの方も兼任するようになったらしい。きっと彼のような人が商売の天才と呼ぶに相応しいのだろう。
今でもこうして自分で商品を持って回っているらしい。そんな本人はギルドマスターと呼ばれるのは苦手らしい。本人曰く自分はまだそんな器ではないとのことだ。
そしてこの店の店主は名前こそ教えてもらえなかったが、武具屋の親父と気軽に呼んでいいそうだ。これからお世話になるときにはそう呼ばせてもらおう。
この人も元は冒険者をしていたらしく、先程の奥さんと結婚してから冒険者から身を引いて今の武具屋を始めたらしい。主に駆け出しの冒険者をメインに商売しているらしい。
いい商品を出来るだけ安く提供して、一人でも多くの駆け出し冒険者をサポートすることを彼はモットーとしているらしい。
「そうそうハルトさん、先日のハルトの武器を見て新しい武器を思い付いたので試作品ができたらまず最初に見てもらっていいですか?」
ハロルドが思い出したように言う。この言葉に店の親父も完成したら俺にも教えてくれと興味を示してきた。春人も快く快諾した。
この時彼の思い付きがこの世界の魔法以外の遠距離攻撃武器に大きな変革をもたらすとは誰も思わなかった。だがそれはまだ暫く先の話である。
「大将が興味を示すような武器ってどんななんだい? 出来れば俺にも見せてくれないか?」
この親父も銃に興味があるようだ。やはり武具を扱う店を営む人間として見たこともないような武器が気になるようだ。
春人は背負っている89式を空いているカウンターの上に乗せた。勿論安全装置を掛けマガジンを外した状態でだ。
「以前使われたのとはまた違うのですね?」
「銃にも沢山の種類と形があります」
ハロルドの質問に簡単に答える。MTから他の手持ちの銃も出せるが面倒なのでそれはまた別の機会にしよう。
それから二人して興味津々にまじまじと視線だけで89式に穴が空くんじゃないかという位に様々な角度から見つめている。
「なあ兄ちゃん! これ持ってみてもいいか?」
そう聞いてきたのは店主の親父の方だった。春人はてっきりハロルドの方が先に聞いてくると思っていた。武具屋の人間としてやはり気になっていたようだ。
絶対に引き金に触らず、銃口を覗かない事を条件に許可をだした。
そしてカウンターに置いた銃に手が触れたと同時に春人のMTに赤文字でエラーが表示された。
――使用者以外の銃の保持を確認。トリガーをロックします――
いきなり表示されたMTの画面に二人は驚き、店主は銃から手を離した。手が離れたと同時にエラー画面は消えた。
「お、おい急に何か出てきたけど大丈夫か?」
おどおどしている店主に何でもないと答え、そのまま観察していて大丈夫だと答えた。そしてまた触ると同じようにエラーが表示された。
春人がエラー画面を触れるとそれは消えた。これは春人の推察だが、他人が銃に触れると今みたいにエラーが出て使えなくなるみたいだ。試しに後でアリシアにも持ってもらって試してみよう。
店主が銃を手に持って見ているところに春人がどう使うか軽く説明する。使い方の他にもどんな武器かも少し話しておく。ついでに自分以外は現状使えないことも……
暫く二人が交互に銃を持ったりして観察していると、店の奥からアリシアたちが戻ってきた。
「お待たせしました。あ、あのどうですか? 変じゃないですか?」
そこには先程から着ていたドレスの上から白銀に輝く鎧を身に付けたアリシアが居た。その鎧はフルプレートメイルの様な全身を覆うタイプよりも小さく、胴当てに腰当て、ガントレットに鉄靴という非常にシンプルな構成だが、それでも確りと体の必要最低限の部分は守られていた。
この格好に春人はどこか既視感を感じたがどこで見たのかは思い出せないでいた。それでもこの格好はとても彼女に似合っていた。
「なかなか良いのを揃えてもらったね。とても似合っているよ」
春人の素直な感想を聞いて嬉しいのか彼女の尻尾が振れていた。
「ありがとうございます。これを選んでくれた奥様に感謝しています」
そういって店主の奥さんに礼を言っていた。それに対して奥さんもいいのが有ってよかったよと満足げに答えていた。
防具のついでに彼女用の護身用に何か丁度いい武器はないか店主に聞いた。そしてカウンターの下から一本の刀身の長いナイフを取り出した。
「それならばコイツを持っていくといい。これならば軽いし、彼女でも簡単に扱えるだろう」
店主からナイフを受け取ったアリシアはシースに入れたまま軽く振った。そして腰当てのベルトに挿した。ナイフの方も問題ないようだ。
「見たところ問題ないようですね。親父さん、これのお代はいくらですか?」
「それならば金貨2枚でいい。本当ならその鎧だけでも金貨3枚はする上物だがアンタは大将の恩人なんだ、今回は負けてやるよ。それとそのナイフはサービスだ。だけど次からは通常料金でたのむぜ」
通常ならばもっとつくであろう所を店主は気前よく本来の価格よりも安く提供してくれた。それでも今回だけだと念を押されたけど。
「ありがとうございます、お陰でいい買い物をさせてもらえましたよ。これで彼女をクエストに同行させることができますよ」
お代の金貨を店主に渡して礼を言う。少なくともこれで最低限の買い物は済んだ。
「毎度どうも。これからもウチの店をよろしく頼むぜ兄ちゃん!」
最後にもう一度礼を言って店を後にしようとしたところ店主に止められた。
「待ってくれ、最後に一つだけ言わせてくれ。兄ちゃんの使う武器は確かに強いと思う。だからこそ他の人間に無闇に見せるのは気を付けた方がいいと思う。特に他の冒険者や傭兵なんかは要注意だ。
以前に強力な剣をよく自慢していた奴が寝込みを襲われ、その剣も奪われたって話を聞いたことがある。
兄ちゃん以外の人間にソイツが使えない事を知っているのはここにいる俺達だけだ。だが他の連中はそれを知らない。俺もこの事は他言するつもりはない。だから十分に気を付けてくれ」
確かに店主の言う通りだ。この世界で銃を使えるのは春人しかいない。だからこそ珍しい武器欲しさに襲ってくる連中もいるかも知れない。春人も言われるまで完全に失念していた。
そしてもう一度礼を言い店を出ようとする。
「さてと、私の用件も済んだし私もこれで失礼するよ。試作品が出来たら声をかけに行くから楽しみに待っていてください」
春人たちと同じタイミングでハロルドも店を後にする。三人の後ろからまた来てくれよと店主の声がした。
「ではハルトさん、アリシアさん道中お気を付けて」
「えぇハロルドさんもお気を付けて」
お互いに店を出てから最後にまた挨拶をして別々の方向へ歩き出す。
そして春人とアリシア二人は商店街の方に戻り、他の店で買い物を続けた。




