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第5話

 明くる日、いよいよ訓練とやらが始まる日となった。

3人はこれまで自分たちの接遇を担当してきたエマの案内に従って客室を離れる。


「こちらへどうぞ」


 3人は通された先の、今自分たちのいる部屋を見渡す。

大きな集会室や会議室のような広さがある部屋で、2段ベッドがいくつも並んでいる。

その一方で、ベッド以外には多少の棚があるくらいで、ひどく殺風景な印象を受ける。


「なあ、こんなにベッドが並んでいるってことは、まだ人が来るってことだよな?」

「そうだね。まとまって生活するみたいだ」

「林間学校とか、合宿みたいな?」

「かなあ」

「……」

「悠人?」

「あ、いえ。なんでもないです」


 無言で部屋を見回していた悠人に、真樹が声を掛ける。

慌ててごまかす悠人だが、悠人は懐かしいものを見るような目で周りを見渡していた。

しかし、真樹も光も悠人が浮かべていた眼差しの意味に気付くことはない。

殺風景な部屋に並ぶベッド、そしてベッド脇にベッドと同じ数の箱が並んである。

文化的生活に必要なその他各種家具は一切ないため、床がとても広い。

壁紙のような装飾も一切ない壁、木目そのままの床……悠人にとっては馴染みのある光景である。


「人が揃い次第係の者が対応致します。これからはその係に従ってくださいませ。では私はこれで失礼致します」


 そういってメイドのエマは部屋を後にした。


(軍隊の廠舎ってやつはどこでも同じようなものか。……2人にとって最初の試練かねえ)


 物珍しげに部屋を見回す2人とその部屋を眺めながら、悠人はこの先のことに思いを巡らせた。

部屋をうろついたり、ベッドに腰掛けたり、外を眺めたりと、手持ち無沙汰にしていると、ちらほらと人が部屋に入ってくる。

入ってくる者は、全員3人と同年代に見える若者だ。

若さは共通するものの、顔立ちは様々だ。

更には、顔の彫りどころか、明らかに種が純粋な人間と違う者もいる。

エルフやドワーフといった、この世界で亜人と呼ばれている種族の者もいた。


(それにしても……ああ、久しぶりだな、この感覚。見ず知らずの人と一緒に同じ部屋に押し込められるってのは緊張するものだ。2人は僕以上に緊張しているだろうな)

(エルフにドワーフ!?……さすが異世界。うわ、人がどんどん入ってきた。みんなこの国の人なのか?この人たちと一緒に訓練するのか?どうなるんだろう……緊張するな……)

(うお!?マジもんのドワーフだ。エルフも。つか、女もいる!?にしても美人だなおい。みんな俺らと同年代みたいだ。しかし、見ず知らずの連中と同じ部屋に押し込められるってのは緊張するぜ。初登校の学校みたいだ)


 緊張の度合いに差はあれども、三者三様に緊張している。

特に、真樹と光の2人は内心穏やかではない。

と、そこに見慣れた人物が部屋に入ってきた。


「あれ?エマさん?」

「あ、本当だ。でもメイド服着てないな」


 ついさっきまで世話になっていたエマがこの部屋に入ってきた。

茶色の瞳に若干ウェーブがかった赤茶色の髪、可愛さよりも凛々しさが勝る顔立ちからクール系美少女、といった印象を受けるのがエマという女性だ。

先程までと違って、髪を結って邪魔にならないようにしている。

服装もメイド服ではなく、簡素で動きやすい服装に着替えている。

髪型と服装が変わっただけでも印象ががらりと変わり、メイド服を着ていたときと違って活動的なアスリートの女性のような印象を受ける。


「エマさん、どうしてそんな服装でここに?」


 真樹がちょうど近くに歩いてきたエマに問いかける。


「私も参加するんです。選考検査は受かっていて、元々参加予定でしたので」

「選考検査?」

「はい。これに参加するには、本来は身体検査や魔力測定といった検査を受けなければいけません。皆様は特例といえます」

「なるほど」


 この部屋に集まる者は基本的に初対面同士だ。

顔見知りがいれば孤独感や不安感が和らぐ。

エマも真樹たちに話しかけられたことで若干強張っていた表情を緩める。

メイドの業務から離れたためか、話す調子がメイドとして働いていた時の事務的な口調よりも柔らかい。


「これから始まることを知っています?」


 3人が一番気になっていることを悠人がエマに聞く。


「騎士団の一員となるための訓練ですよ。文官から聞いていませんでしたか?」

「戦う術を学ぶための訓練、としか」

「王宮勤めのメイドって結構いい仕事ですよね?その仕事を蹴ってまで参加するんですか?」


 続いて光がエマの立場について気になったことを問いかける。


「騎士団の一員となることは非常に名誉あることですから。検査に合格した人の多くは志願しますよ」

「へえ」

「そうなんですか」


 騎士団に入ることを日本に置き換えると、自衛隊に入隊することだ。

では、自衛隊入隊が入隊者自身の、あるいは家族・親族の誉れになるかというと、一般的にそのようなことはない。

そうした感覚は自分たちのいた日本にはないものだ。

そのため、「名誉あること」という価値観に今一つ共感できない真樹と光は若干力の抜けた相槌を打つ。

悠人は曖昧な反応をするわけでもなく、横で黙って聞いている。

ほんの僅か、彼らと彼女の価値観の違いに苦笑いを浮かべていた。

4人が話をしていると、そこへ明らかに雰囲気の違う男性が部屋に入ってきた。

服装がばらばらな若者らと異なり、上下カーキ色の服を端正に整えている。


「全員集まっているかな?全員こちらへ集まってくれ」


 男性は部屋にいる若者らに集合を呼びかける。

その呼びかけに応じて、部屋にいた者全員がばらばらと集まってくる。

程なくして、自分の近くに全員が集まったことを確認した男性は、口を開いた。


「今から名簿と照らし合わせて確認を取る。点呼というものだ。名前を呼ばれた者は返事をしなさい。では……」


 男性は、手早く名前を呼んでいく。

名前を呼ばれた者の返事を確認すると、手に持っていた名簿に何やら書き込んでいく。


「よろしい。皆志願者で分かっていると思うが、騎士団の一員となるための訓練がこれから始まる。今からその準備を始めるので、私の指示に従うように。分かったかな?」


 点呼を終えた後、男性は若者たちに意思を確認する。

問いかけられた方は男性の言葉に頷いたり小さく返事をしたりと反応は様々だ。

全員の顔を見回した男性はその反応を確かめて頷いた。


「よし。では各自ベッドを1つ選び、ベッドの脇に立て!女子はこちらの一画を使うように!……そこ!速やかに自分のベッドを選んで移動しろ!」


 途端、男性の声が大きくなり、口調もやや厳しいものに変化する。

一つ一つ、若者らがしっかりと指示通りに動いたかをしっかり確認しており、動きの悪い者には個別に指導を追加する。

男性の急な態度の変化に若者たちは面食らいながらも、その指示に従って動いていく。

女子が集められた一画は、よく見れば仕切りを引き出せるようになっている。

天井からぶら下がる壁が移動式になっており、必要に応じて男子が集まる場所と区切ることが出来るようだ。

悠人、真樹、光の3人はベッドの位置を選び、一箇所に固まる。

わざわざ3人がばらばらになる必要はないのだからと、3人の誰もが一緒にいようと考えて近くのベッドを選んだ。

3人なので、ベッドが一段空くことになる。

そこへ見ず知らずの1人が辺りを見回しながらやってきて、真樹へ声を掛ける。


「ここ、いいかな?」

「あ、ああ。どうぞ」


 真樹とその相手は最低限のやり取りをして、お互いベッドの脇に立つ。


「続いてこの板とペンを配る。受け取った者は、ベッド脇にある収納箱を椅子代わりにして座れ!」


 いつの間にか男性の後ろには、同じ服装をした数人の男女が立っていた。

彼らは男性の指示に応じて物品を配っていく。


「次に配るものは各種誓約書だ。渡された順に板の上へまとめていけ!」


 誓約書は何枚もある。

若者たちは配られる誓約書を受け取り、渡された板を下敷きにして書類を言われたとおりにまとめていく。

箱に腰掛け、膝の上に板を乗せ、その上に書類を重ねていく形だ。


「それぞれの誓約書には下に署名欄がある。そこへ自分の名前を記入するようになっている。では、1枚目から見ていくぞ」


 男性は誓約書の内容を全員で確認するために、その内容を読み聞かせていく。

紙は羊皮紙ではなく、和紙のようなごわごわした紙であり、水準は低いが製紙技術がある程度発達しているようである。

情報管理、候補生の処遇、病気・怪我の補償、服務宣誓……誓約書の種類は多岐に渡っていた。

3人は言語の不安があったが、会話に不自由しなかったことと同様、文字の読解にも問題はなかった。

ただし、文字を書くことは叶わなかったので、3人は署名を自分たちの分かる文字で書いた。

漢字もしくはアルファベットで書いたが、当然この世界の文字ではないため、3人の分を回収した人は不思議そうな顔をしていた。

男性の統制下で1枚1枚しっかりと宣誓書を見て、説明を聞き、署名していったため、時間がかかった。

全ての誓約書に署名を終えた頃には結構な時間が経っていたが、若者たちには時間の感覚がなく、疲労感だけが残る。

署名をした書類を集めて整理した数人は、書類を抱えて部屋を出て行った。

最初の男性だけが部屋に残る。


「これからから君たちを「候補生」と呼ぶ。個人を呼ぶときは個人名に候補生をつける形、自分を名乗るときも同様だ。次の指示があるまで待て。用便に行きたい者は申し出ろ」


 それだけを言って、部屋の中を巡回する。

今いる部屋の中には時計の類はないし、そもそも時計は地球世界のように普及しているものではなかった。

さらに追い討ちをかけるように、今は夜である。

そう、この訓練が始まったのは夜に差し掛かった夕方であり、今は既に夜になっていた。

部屋に照明は灯されているが、書類を読み書きするのに不自由しない程度で、昼間のように明るくはない。

初対面の者が大勢集まって元々不安だったところに、今の状況が更に追い打ちとなって心理的負荷になる。

これは意図的に作り出された状況なのだが、候補生たちには知る由もない。

1名を除いて。


(おっほ。始まる時間が朝じゃないのかと思っていたけど、こう来たかあ。わざと精神的に追い詰めるための演出だろうけど、社会経験の少ない若い人にとっては効くだろうな。今夜は徹夜かな?2人はどんな感じかな?)


 悠人は内心小躍りしながらこの状況を分析していた。

何せ自分が教育する側だったこともあるのだ。

異世界にいるという緊張感を除けば、この程度で動揺することはない。

とはいえ、巡回する男性が会話を許さないような雰囲気を醸し出しているため、真樹や光と話すことは憚られる。

真樹と光の顔を伺ってみれば、2人とも強張った表情で固まっている。

真樹、光の2人もこの場の雰囲気に当てられているのか、口を閉じたままだ。


「今から食事を配る。右端の列から順番に取りに来い。なお、水筒は返納する必要はない。そのまま個人の持ち物として使うように。食べ終わったら各個に食器を返納すること」


 候補生たちは順番通りに食事を受け取っていく。

最初に木のお盆を取り、その上に食べ物を乗せていく。

数人の係の者から受け取るのだが、若干手荒い。

ものによっては投げられるようにお盆の上に乗せられる。

真樹と光は、叩きつけるようにパンを乗せられてびくっと身体を震わせていた。

後ろを進んでいてそれを見た悠人は思わず苦笑する。

人間、ストレスがかかると腹が減る。

食事と聞いて内心嬉しく思っていた真樹と光であるが、食べ物を受け取る度に顔色が曇っていく。

ぼそっとしたパン、おそらくパンにつける用の謎ペースト、切らずにそのまま食べられる野菜と果物、そして水筒に入った水。

謎ペーストは何かの肉を加工したものらしく、塩気が少し強めに効いていた。

腹が十分膨れそうなだけの量はあるのがせめてもの救いであるが、食事内容が雑すぎる。

この世界に来てまだ日は浅いが、今までの食事はそう悪いものではなかった。

それとの落差に愕然とするばかりである。

落胆したのは他の候補生も同様のようだが、文句をつけるわけにもいかず、無言で食べる候補生たち。

食事を終えた者から食器を返し、また何かを待つ状態に戻る。

どれくらい待っていたのか分からないが、しばらく経ってまた数人が部屋に入ってきた。


「次にこれから君たち候補生が使う物品を配布する。名前を呼ぶので、呼ばれたらこちらへ来るように!」


 今度は数多くの箱が部屋に運び込まれてくる。

それらは食事を配った時と同様、部屋のベッドがない一角に並べられ、箱と一緒に担当者と思しき数人が立っている。


「コウ候補生!」

「は、はい」


 次々と名前が呼ばれる中、光が呼ばれ、前へと進む。


「マサキ候補生!」

「はい」

「ユート候補生!」

「はい」


 真樹、悠人も光に続いて呼ばれる。


「どんどん受け取っていけ!身体検査を元にしているから服のサイズは問題ないはずだ!余りにもサイズが違う場合は後で申し出ること!」


 悠人達は最初に大きなダッフルバッグとバックパックを受け取る。


(わお、我が社の背のうみたいだな)


 悠人はバックパックを受け取ると、その作りを確認する。

バックパックといっても、背負い紐と幾つかのストラップがついている程度のものだ。

旧背のうを縦長に大きくしたような形であり、バックパックとしての質は低い。

現代地球世界の登山用大型バックパックでは当たり前の型崩れ防止のフレームや荷重分散のための分厚いウエストベルトなどはなく、地球の技術レベルで作られた本格的な登山用バックパックには及ばない。

一見大したことなさそうに見えるが、登山等で使われる大型バックパックはそれなりの技術の蓄積が必要な製品である。

容量40リッター以下、3デイパック以下の大きさのものは簡単に作れるが、40リッター以上となると、そう簡単に手を出せる分野ではなくなる。

事実、軍用向け大型バックパックを製造している会社は限られており、軍用装備品メーカーがアウトドア用品メーカーにバックパックのデザインを依頼することもある。


「一通り荷物を受け取ったら、最後にこれを首に掛けろ」


 最後に立っていた係の者から何の変哲もないネックレスを渡される。

ただの紐に金属片がついただけ、飾りっ気が一切ないネックレスだ。


(認識票かな?文字は刻まれていないから、魔術が組まれているとか)


 即座にネックレスの意味を察した悠人だが、悠人の認識も半分正解なだけである。

真樹と光の2人は何ら疑問を持つこともなく、係員の言われるままにネックレスを着けた。


「自分のベッドに戻ったら、渡されたものを確認しろ。紙に書かれた物品と受領したものを照らし合わせろ。また、物品が壊れていないかの点検も忘れないように!問題が無かったら、誓約書と同様に署名欄に署名をしてこちらへ提出だ!」


 指示に従って、候補生たちは受領した物品の点検をしていく。

物品の一覧表の署名欄に署名、提出するのも同様だ。

宣誓書と同じく、一覧表を回収した係は全員分をまとめると部屋を出て行く。


「よし、ではベッド脇の箱と配られたバッグを使って物品を整理しろ!これからここで生活するのだから、綺麗に、使いやすくだぞ!」


 候補生たちは慣れないながらも整理整頓を進めていく。

手馴れた風に物品を整理する者、考えながら片付けていく者、その速度は様々である。


「おい、貴様!何をもたもたしているんだ!とっとと片付けろ!衣類のようなすぐに使うものは箱の中、装備品はバッグに入れるんだ!」


 候補生の中で明らかに遅い者は男性に指導を受ける。

どう整理整頓しようか迷っていたところを強い口調で男性に指導されたことで、焦りながらも言われた通りにしていく。

その指導が周りに余波となって心理的圧迫となるのだが、直接指導を受けている本人は分かるはずもない。

全員がとりあえず整頓を終えると、一番初めの点呼の時のように部屋の一角に集められる。

主に候補生の相手をしていた男性とは別の人が部屋のカーテンを開けると、朝日が差し込んできた。

いつの間にか、夜が明けていたようである。

候補生たちは心身両面からの疲れが大分溜まってきているが、それでも物事は進んでいく。

男性ともう2人の男女が候補生たちの前に立つ。


「これから基本的な動作を教える。「気をつけ」と「休め」の2つ、誰でも出来る簡単なものだ。まず「気をつけ」だが、このように背筋を伸ばして真っ直ぐに立つ。足は閉じる、手は体の横につけて指を揃えて伸ばす。顎は引いて前を見る……」


 男女が1人は候補生に対して正面を向いて、もう1人は横を向いて「気をつけ」の姿勢を展示する。

男性はその2人を使って説明をしていく。


「……以上が「気をつけ」の姿勢の着眼だ。分からない者はいるか?もう一度確認したいでもいいぞ」


 男性は候補生たちを見渡して理解しているかどうかを確認する。

全員の反応を見て、分からない者がいないようだと確認した男性は、展示の男女へ指示を出す。


「次に「休め」の姿勢だ。「休め」の号令がかかったならば、左脚を左へ動かし、肩幅程度に開く。両手は後ろ、腰付近で組んでそのまま保持する……」


 続いて「休め」の姿勢を説明する男性。


「気をつけ」と同様に「休め」の姿勢を展示している男女を使って説明していく。


「質問はあるか?よし、では各自のベッドの位置へ移動し練習してみるぞ」


 候補生の反応を確かめた男性は、候補生を解散させて各々のベッドの位置へと移動させる。

そして「気をつけ」と「休め」を号令に反応して姿勢をとれるように、何度か練習させていった。

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