ピンチです
うわーどうしようどうしよう。
自慢ではないが、僕は喧嘩がからっきしだ。運動神経も決して良くない。
宝探しで自ずと身についた逃げ足と体力くらいが取り柄だ。
何かしらを操縦しての戦闘の類なら自信はあるけど、
自分の体はああまで自在に動かない。
そんな訳で有事は防護服の防御力に物を言わせて、
限界値を超えない内に、被弾しつつもスタコラサッサが僕の信条だ。
「キミに恨みはないけれど……抵抗するならこれで少し眠ってもらう!」
「ね、眠らせるとお金引き出せないよ!」
「嘘ね! さっきのジャンクショップではパスコードは入力していなかったわ!」
目敏い。ジャンクショップから目をつけられてたのか。
まっずいなぁ……僕の口座へのアクセスに必要なのは生体認証だけだ。
気絶させられたら勝手にアクセスされてしまう。
次からはパスコードとの二重ロックにしよう……
それよりどうやって逃げようか。横を無理矢理、
「さぁ、どうするの!?」
スタンロッドの取り扱いが堂に入ってる。
防護服で電撃は防げるけど物理的に押し戻されたらどうしようもない。
あぁクソ、ナルがいればなぁ。
走って逃げてリアさんの店に……いやダメだリアさんが危険だ。
この距離だとそもそも逃げられる自信が……そうだ!
「くっ!」
「あ! こら待て! 逃げられないわよ!」
踵を返して駆け出す。幸い路地裏は入り組んでる。
であれば早速出番だ! 禁止とか知らない! スプリントブーツ出力最大!
「いっくぞぉー!」
一歩踏み出すとあっという間に加速……加速、え、ちょっと待って!
「う、うわわわ!」
自分で自分の速度が把握できない! なんだこれ!
曲がるなんて考える暇もなく、路地裏の最奥の壁に頭から突っ込んだ。
「ぐぬぬぬ……」
防護服のおかげでダメージはないけど、ぶっつけ本番はやっぱり駄目だ!
かえってまずい状況かも。
『待ちなさーい!』とか言いながら暴漢はこっちに走ってきてる。
防護服も……あ、やばい限界が近い。久々に限界近くを迎えたぞ。
そりゃ大怪我もするわ。前の持ち主、よく生きてたな……
そんなことよりこれ限界を超えると5分くらい機能しなくなるんだよ!
「なんだかよく分からないけど……追い詰めたわ! 仕方ないから少し眠ってて!」
「うわっ!」
まだ立ち上がれていない僕にスタンロッドが振り下ろされる。
が、激しい破裂音とともに暴漢が弾かれる。
「な、なに!?」
あぁ、今の一撃で限界突破……
僕の体を包んでいた防護服が少しだけ強く光ると……消えた……
「どうやら不可視の防護フィールドの類かしら……?でももう消えたみたいね!」
「う、うわぁっ!」
再度スタンロッドが振り上げられる。
今度こそお終いだ……有り金全部奪われて……まぁ何とかなる……?訳ないか……
「はいは~い、ちょお~っと待った~」
暴漢の後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「誰っ!?」
「リ、リアさん!?」
「救いのヒーローとうじょ~ぅ」
リアさんがそこに立っていた。いつもの調子で。
「危ない! 逃げてリアさん!」
「なんだか分からないけど……動かないで!」
「うっ!」
僕の首元にスタンロッドが突き付けられる。
「動くと彼がどうなるか……」
「……ねぇレスト~。お姉さん、こないだ言ったよね~」
「な、なにがですかリアさん!」
「そ~いう仕事をしてるとぉ、危ないことや痛いこともいっぱいあるって~」
「言いましたけど……」
「じゃあ~最悪ぅ、ビリビリも我慢してね~」
それはつまり、大人しくスタンロッドを食らえってことでしょうか? リアさん……
「こら~レストよ、そんな目でお姉さんを見るなよ~」
「動かないでって言ってるでしょ!」
「……お嬢ちゃんは、レストを殺せるかしら~?」
「は? そ、そこまでは……」
「にへへへ、じゃあ~脅しにもならないねぇ~」
そう言うとリアさんは背中に手をまわすと、
「……お手本……見せてあげよっか~?」
4本の腕の全てにエーテルブレードの柄が握られていた。
ブン、という音とともに真っ赤なブレードが4本展開された。
頭上に2本、足元に2本、それぞれブレードを交差させ擦り合せ、
ジジジジ、と不吉な音とともに火花を飛び散らせながら、
リアさんがゆらゆらと近づいてくる。
気づけばリアさんの紫の瞳は紅に変色している。
ブレードの光に照らされて不気味に笑うリアさんの口元が見えた。
まるで紅い三日月だ。
僕は本能的に悟った。あれは捕食者の眼だ。
「い、いやぁ何なのよこれ……」
僕が聞きたいよ。なんだ、この状況。
リアさんが完全に悪役で、女の子に襲い掛かろうとしている。
僕は完全に傍観者だ。
完全に恐怖に支配されているようで、
震える手からスタンロッドを取り落としてしまった。
「ご、ごめ……」
「ごめんで済んだらぁ、警察はいらないのよぉ?」
その子はとうとう立つこともままならなくなって、
その場にへたり込んでしまった。
「リリ、リアさん! ストップストップ!」
思わず暴漢? の前に立ちふさがる。
こ、こわい……リアさんが別人のようだ。
「おやぁ? どうしたいのかなぁレストは」
「あ、あなた何を……」
「と、と、とにかく! ちょっと待った!」
それぞれのブレードをくるくると弄び、笑いながらリアさんが僕に尋ねる。
だめだ、声が上ずる。心臓が張り裂けそうだ。
なんで自分を襲ったやつを庇ってるんだろう。
僕がリアさんに殺されそうだ。
しばらくそのまま膠着状態が続いた。
精一杯の眼力を込めてリアさんの眼を見続けるくらいが、僕にできる精いっぱいだ。
「にっへっへ~男の顔だねぇ、レスト君よ。まぁ軽い冗談さ~」
そう言うとリアさんはエーテルブレードをしま
「ふんっ!」
「あ痛ぃったあ!」
「痛っ……! たいわね! ……あ、です……」
った瞬間に僕と暴漢? に思いっきり拳骨を食らわせた。
油断してたのですごく痛い……あれ、なんで僕も?
「おぉっとぉ……あー。えー。う~んとぉ……」
リアさんは渋い顔をしながら腕組みをして、
残りの腕で頭と頬をポリポリ掻いている。
「よし! 喧嘩両せいば~い! 一見落着ぅ~……
レストぉそんな目で見ないでくれよぅ。うっかりだってばぁ」
絶対にその場のノリでやったなこの人は……
「まぁそれはそれとして、お嬢ちゃんよぃ」
「え? は、はい」
「訳アリなんだろぅ? まぁ私のお店においでませよ~」
「え、どうして分かるの……?」
「まぁ最初っからずっと見てたからねぇ~
お姉さんくらいの年になるとなんとな~くわかるんだなぁ、これが」
「…………」
「レストよぅ、お姉さんは君が怖いよ~」
リアさんをじとーっと睨み付けてやった。
最初から見てたんならすぐに助けてよリアさん……