Act.02 ―玄孫ギャング― ④
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浅間たちが滑り台に近づくと、階段側面に何やら太字で落書きが書かれているのが見えた。
赤のスプレーで書いた『アサシン』の文字のすぐ横に、茶色の塗料で『うんこ』の絵柄と文字の、子供ならではの幼稚な遊び心と悪戯心の絵心なき落書きが、権力を知らしめるように大きく書かれたスプレーアートのタギングに、無許可でコラボレーションされていた。
「「ナ……ナンだコリャア?」」
声を荒げる浅間といい感じでハモる部下たち、このような蛮行、血気盛んで何かといちゃもんを付けたがるチンピラな彼らでなくても侮辱以外の何ものでもなかった。
「コッチにはポテチ(ポテトチップス)のふくろと、ジュースのカンが……!」
周りには大量の菓子の袋と、ジュースの空き缶が散らばっており、何者かが『アサシン』の縄張りで、青空集会を開いていたことを知らしめていた。
「ダ……ダレだよ? 『マツポックリ』のヤツらか?」
「へへっ、あんだけイタめつけてやっても、まだコリてねーってのか? アサクマのバカが、またシメてやんよ!」
辺りを見渡して逸る五一と、五良月が自分が倒したかのような吹聴で、朝熊を嘲笑った。
「アサクマ? あー、きのーのまえのずっとまえ(数週間前)、シンちゃんにシメられたデカブツか? フザケたマネしやがって……!」
そこに亀太郎から『シンちゃんに』と丁寧な補正が入った。
「シンちゃんにビビってヒッキー(引き篭もり)になったヤツが、しゃかいふっき(社会復帰)しやがったか! ダセーの、コレでリベンジにきたつもりかっての?」
――と繰り返し亀太郎の説明が入った。
やはり彼は五良月のことをあまり良く思っていないらしい。
「あした……アサイチ(朝一番)で、『マツポックリ』をブッつぶすぞ……」
ここで、浅間が手下たちに、『まつぼっくりぐみ』殲滅の指令を発動させた。
先回述べたとおり、年長組は浅間率いる『いばらぐみ』と、朝熊率いる『まつぽっくりぐみ』の二クラスで編成されている。
浅間と朝熊の両者の因縁から年長組戦争が勃発。
園児たちはこの不毛な奮闘を格好いい呼び名に変えて『ジ・ハード』とか、好戦的でちっとも保守的ではないのに、こちらも格好いいという感じで『ダイハード』と名付けているが、実際は何か恥ずかしいので解説では年長組戦争で――
現在、年長組戦争に勝利した『いばらぐみ』が、この公園を占拠しており、敗軍である『まつぽくりぐみ』は、その使用を許可されていない。
「……ってじゃあ、フジヤマとキガは?」
「……アトだ。オレらのアジトを、こんなにしたヤツはコロス!」
表面上は五良月たちの手前、憂とは敵対関係になっているが、内心は憂に危害を加えたくない浅間が、強引に押し切って話をすり替えた。
「オーケーだ! シンちゃん!」
矛先を変えさせ、新しい玩具(敵)を与えてやれば、暴れたいだけの兵隊共は、不満を漏らさない。
「……チッ…………」
納得のいかない五良月は、一言いいたいところだろうが、彼が浅間に意見する真似が出来るはずもなく、聞こえないように舌打ちするのが精々というところだった。
そこに、何者かが浅間たちに奇襲を――――
「……ってェ!」
何の前触れもなく飛んで来た小石が、五良月の左膝にヒットした。
それが飛んで来た方向には、大小(といっても園児)の4人が、逆光をバックに背負って立っていた。
薄い赤と、黄色いスモックの男女、年中組と年少組だ。
「は、ナニ? テメーら?」
浅間が鋭い眼光で一人に絞らず、4人の幼児をまとめて威嚇するように睨みつけた。
「オマエらか? このガンセキ(岩石)、ぶつけてきやがったのは……!」
その後ろで、大袈裟に痛がる当たり屋のような五良月が息巻く。
「オレは『あかまつぐみ』のクドウ……オメーらにチョイとハナシがある」
口火を切ったのは、中央のポジションに立つ貫禄のある園児『工藤十ご』。
ここ最近、この町に引っ越してきた『しなぢく』年中組の実質トップの存在。
オールバックに、これまた園児とは思わせない威圧感のある面構えで、黒に白の縦縞のカッターシャツを纏い、ズボンも上下を揃えた縦縞と、口に咥えた三本のシガレットチョコを玩び、一般の園児とは一線を画した風体で立っていた。
『あかまつぐみ』は比較的、金持ちの子供達が集められたクラスで、いわゆる階級社会の勝ち組と呼べる園児たちで成り立っている。
「……ハナシだ? おもしれェ……してェのはオシャベリなんかじゃねーんだろ?」
睨みに臆することのない年中組の好戦的な態度に、浅間の闘争本能が疼きだした。
「このこーえんはアッコ(あそこ)のキックボードから、すべりだいにジャングルジム、ブランコっぽいのまで……とオレらのナワバリだ! うせろコゾーども(自分らの方が年下)!」
工藤が、4方の遊具を交互に指さして、四方を指で囲うようにして縄張り宣言をする。
「……ゼンブ、じゃねーかソレ」
それに対して呆れ顔の浅間、年中組の連中など彼の敵ではないのだ。
「コゾーだ? ナメてんじゃねーぞ! チューボー(年中組)ごときが!」
「ネンチュー(これも年中組)のボーヤがナニかゆってんよ」
浅間に続いて五良月たち兵隊が、年下相手に大人ぶって大人げないさまを見せつけた。
「「「「はーはははは!」」」」
そして『アサシン』一同が、示し合わせたかのように、年中組を虚仮にして一斉に笑った。
「オメーら! オレらが1コしただからって、みくだしてんなよ!」
「ステークール(平静に)た。ボス」
大物を気取っての登場だったが、実は気が短い工藤が怒りを露わにして対抗すると、仲間の一人が工藤の肩を軽く叩いてなだめた。
「……オウ、わかってる」
「クールにいこーぜ。こんなヤツら、オレたちのテキじゃないぜ」
「ああ、クールだ。心配いらねェ」
「オーケー、クール」
彼は連呼する『クール』という言葉に酔っていた。
二人目の年中組園児の紹介は後ほど――
「ココであそびたきゃ、にゅーえんりょーはらえ! ひとり100オクマンエンだ」
五一が公園の入園料を請求、幼稚園児にありがちな金銭価値の100億万円が出た。
「はッ? しょみん(庶民)が、カネのかぞえかたわかってんのか?」
別の年中組園児(紹介は後ほど)が、五一たちを馬鹿にした口調で言い放った。
「……ンだと?」
「うごくな!」
睨み付ける浅間に、二人目の年中組園児が、玩具とは思えないほどに、質感や重感のある拳銃の銃口を突きつけた。
「……ンなコトより、このオレサマにガンセキぶつけたオトシマエ、どーつけてくれんだ?」
「ヤレ! ケンジューロ!」
「イエス・サー(了解、ボス)」
「……っひぇやう!」
因縁を吹っかける五良月が浅間の前にしゃしゃり出ると、 工藤の合図で二人目の年中組園児が所持していた拳銃から銃弾が一発、五良月に向かって発射された。
弾丸は五良月の右足の爪先をかすめると、銃口から出る演出効果の硝煙?が風になびいた。
弾は靴のシークレットブーツ並みに分厚いソール部分を僅かに抉っただけで、身体のダメージとしては皆無だったが、頓狂な悲鳴を上げて五良月がその場にへたり込んだ。
最早、五良月に先ほどのような軽口をたたく気力はない様子で、怯えて唇を金魚のようにパクパクさせていた。
「コロシのモードにはいったオレに、ナメたクチきくなアホ2さい(青二才)……」
今どきの園児から、重々しいプロの態度へと、がらりと変わった二人目の年中組園児。
彼の名は『新南武健十郎』。銃を握ると人格が変えるという設定を自らに課していた。
某殺し屋を意識した感じの園児で、坊主に近い五分刈りに、マジックで太く書き足された眉毛に揉み上げ、冬でもないのに薄茶色のコート、それを袖を通さずに肩から掛けるだけ、といった拘りスタイル。
背中にアサルトライフル(突撃銃)M16(玩具)を背負って、両手にはM65、もしくはM66の短機関銃(玩具)を握り、腰にはジーンズをガンホルダー代わりに、M57B自動拳銃(玩具)の銃身を挟んで所持していた。
彼の戦闘スタイルは特攻型のようだ。
この大量の銃器をぶら下げて、特攻が可能かはともかく――
名のある殺し屋をリスペクトしているようで、突撃銃を狙撃用に使用している。
一度は浅間に照準を合わせていたが、ボス(工藤)に誰をやれとは言われていなかったからか、五良月の方が生理的に気に入らなかったらしく、標的を変更して発砲したのだった。
暫しの間、凍り付いたように動けなくなった年長組、さっきの威勢は何処へやら――
「ウチのくみ(組)のモン、かわいがってくれたのはオメーか? ジンギ(仁義)かいされちゃ、オレらもダマってん(黙っている)ワケにゃいかねーよなァ?」
『仁義』という言葉で、己が大義を主張する工藤、彼は任侠映画が大好き。
「つぎはあてるぞ」
「……カタギじゃねーのかよ?」
わざと外してやった、といった口振りで健十郎が威圧すると、これにはさすがの浅間も怖気づいたようで、靴の踵を引き摺ったまま後退りを始めた。
「ぅ……うわああぁあっああ!」
「テメッ、ま……まてゴロー!」
先ほどとは一転して緊迫した空気に覆われた年長組。
再びライフルの照準を向けられた五良月が浅間の制止を聞かず、号泣しながら転がるようにその場から逃げ出した。
「あはっ、ナキムチ(泣き虫)~」
その無様な姿を見て、指を差して笑う4歳ぐらいの女の子が年中組の中にいた。
その幼女は健十郎の妹、年少クラス『べにざくらぐみ』の『新南武千夜華』。
小さな背丈に、髪型はセミロングに、前髪パッツンバング(オン・ザ・眉毛)、両サイドには白い大きなリボン、フリルの付いたワンピースと、ここまでの見た目は普通に大人しそうな可愛らしい女の子だが、両手に握られたライフルM16に取り付けられたソードオフ(銃身を短くしてある)のショットガン(玩具)が、今しがたのはしたない言動以上に、それを見事に否定していた。
「エアガンをヒトにむけたら、あぶねーだろ!」
「コレがセレブのちからだ。センソー(戦争)はけいざいりょくとぐんじりょくがモノをゆーんだよ……」
五一のもっともな指摘に、殺し屋モードは長く続かないらしく、素に戻った健十郎が理不尽な支配者の理論を唱えた。
『勝てば官軍』、お金持ちこそが、その勝者になり得るのだと――
「あとコレは、エアガンじゃねーよ」
ハードボイルドにかぶれている健十郎がライフルをこだわりの角度に傾けてひけらかした。
「きたねー! どーゆーオヤにそだてられたんだ? オマエら、カオがセレブしてねーぞ!」
金持ちの理論武装の『あかまつぐみ』に対して、亀太郎が終には品性について講義する始末だった。
「あん? イキのいいニイチャンよチィ(血)みるまえにうせな……」
工藤が眉をつり上げた老け顔を生かした脅しで、亀太郎に命乞いを勧告した。
「いのちだけはたすけてやる。そのかわりに、キサマらパンツをおいていけ……」
免罪条件として、健十郎が敗者に穿いているパンツの献上を要求してきた。
「あはははっ、オマエや(ら)、パンチュおいてけ~」
そんな兄を、千夜華が羞恥も臆面もなく、嬉しそうに大口を開けて笑った。
ら列(正しくは呂律)が回らない舌足らずな幼い女の子。
「……っわ、わああァ……!」
「ま、まってよおぅ……」
突然、不利な戦況に見舞われて極限状態の『アサシン』、そして残った兵隊たちが脱兎――
五一が自慢の逃げ足を披露すると、名前ほど遅くない亀太郎が、五一を追い抜く勢いでそれに続いた。
「オ……オイ! テ、テメーら……!」
またも浅間の制止を聞かず、砂煙を上げて逃げ出す速攻隊長の五一と、偵察隊長の亀太郎。
兵隊がすべて戦線離脱して、総隊長の浅間だけが独り、ぽつんと取り残された形となった。
「オイオイ、しょーがねーな。パンツはいたままイっちまいやがったぜ……」
パンツを穿いていることが、何か間違っているような言い回しで、健十郎がハードボイルドに決めるが、まったくもって台詞が決まっていなかった。
「ヤレヤレ……あしたもっかい(もう一回)シメてやるか。ヤツらからはキッチリとカイシューしねーとな(パンツを)……」
「カイチュ~(回収)カイチュ~」
クールを装いながらも、品性の欠片もない兄と、その兄の発言に痴女が小躍りして喜んだ。
「………………」
彼らの傍若無人ぶりに、さすがの浅間も言葉を失って、肩を落として愕然としていた。
「オマエわ(は)にげないの? アハハ……コチ(腰)がヌケちゃった? パンチュだよ~ わかってゆ? パンチュ、ヂュボン(ズボン)もおいてくんやよ(置いていくんだよ)」
項垂れる浅間の表情を窺おうと、憎らしい笑顔で千夜華が覗き込もうと近づいた。
しかし、その次の瞬間――――
「ひ、ひゃっ……!」
「へっ! ひっかりやがったな。バカが……!」
敵の油断を誘う罠とも知らず、思惑通り不用意に近づいた千夜華の襟首を、浅間がまるで鶏でも持つように掴んで捕らえた。
「……ツっ、うげゑぇええ!」
首根っこを捕まえられて、千夜華が声にならない悲鳴を上げた。
「ちゃ、ちゃちゃ……ちゃか(千夜華)っ!」
クール、クールと宣っていた健十郎が妹のピンチに激昂する。
妹の身を心配する兄が、すぐさま妹の元へと駆け寄ろうとするが――
「テメーら、うごくな!」
浅間が右手で千夜華の首を押さえ付け、左手で小さな両腕を抱え込んだ。
千夜華は両腕を押えられているので、銃を動かすことがない。
身長の低い千夜華は軽くて、少し持ち上げられる体勢になっていた。
「ひえええ~ん!」
いきなりの形勢逆転――捕虜になってしまった千夜華、ここから浅間の反撃が始まった。