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Act.07 ―報復― ⑤

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 阿久津が浅間に痛めつけられた頭部を抑えながら俯き気味で、『あかまつぐみ』の教室に入ってきた。


「ライル……ヘーキか?」

 駆け寄ってきた葉原が、頭をふらつかせている阿久津に安否の確認をすると――

「……ヘーキじゃねーって、ヘタしたらしんでたぞオレ」

 阿久津が耳にしていたヘッドフォンは破壊されて首に垂れ下がっていた。

 

「オマエらのせーでチビっちまったんだぞ! どーオトシマエつけてくれんだ?」

「は? ナニゆってんの?」

 わざわざ自らの醜態を暴露する三三口に、阿久津が何を言っているのかが全然わからないという態度を見せる。


「……だからよ、アサマがオマエらおそいにきて……で…………だよ!」

「……パンツ?」

 三三口がここまでの経緯を掻い摘んで説明すると、『パンツ』のキーワードで阿久津が鬱陶しく垂れ下がる前髪の間から眉を引き上げた。

 変態アーティストとしての誇りがあるのか、浅間に対抗意識を燃やしているのか?


「カ……カンちがいするなよ。オレはアサマにビビってチビったんじゃねーぞ……チビらねーとなぐるってゆーから、しかたなくチビっただげで……」

「………………」

 恥の上塗りをする三三口に、『それは、どう違うのだろうか?』と皆が思った。

「あのさ……コレからオレらがゴリラがり(狩り)にいくから、ヘタなコトはゆわねーほーがいーとおもうよ? 『パンツ』ってジョートーだよ。オモシレーよソレ、ウケる……」

「……う、うぅ……」

 息を荒げる三三口に阿久津が耳打ちすると、三三口は縮こまって黙りこくる。

 三三口はクラスのボスである工藤よりも、危なさで上回る阿久津の方に怯えているようだ。

 

「……ムリだよ、つよすぎる。アサマ……サンにはダレもかてないよ」

 先輩を敬っているわけではないモッブの園児が、浅間のことを『さん』付けで言った。

「そーだよ。クドーくん……カンタンにマケちゃったし……」

 浅間の圧倒的な戦闘力を目の当たりにしてモッブの園児たちが次々と弱音を吐いた。

 その猛威はクラスのボスであった工藤が恐怖で失禁してしまうほど、それは無理もないことだろう。


「どーでもいーよ。そーゆーのはベツに……もう、あそびじゃねーよ。ハラきめたし……ねえ、そうだろ?」

 あれほどの実力の差を見せつけられても物怖じしない阿久津、この期に及んでも浅間のことを強いとは認めていない。

「……ったりめェだ! あのゲドー(外道)、ソッコーでオイコミ(追い込み)かけてやる!」

 工藤も賛同するが、それは阿久津とは違って明らかに虚勢だった。

「イキるなよ。ニンゲンがゴリラ(浅間)にマトモにいったってかてねーよ……だからドーグ(武器)そろえてからキシュー(奇襲)かけるんだよ」

「……オメーってワルだよな?」

 前髪で表情は見えないが、阿久津が悪い顔で悪いことを言うと、思わず工藤が身体をぶるっと震わせた。

「ホメるなよ」

「ホメてねーし……」

「でも、コイツ(スタンガン)じゃダメだったしな……」

「……ってオメーそんなモンもってきてんのか?」

「スタンガンがきかないなんて……マジでバケモノ……」

 スタンガンは、浅間に届いていなかったが、浅間の悪魔じみた恐怖に拍車がかかった。

「このまえまでギターのハードケースにグレネードをバラシていれてたんだけどな……」

「このまえってオメェ、ギタリストにめざめたってゆってなかったか?」

「オモチャだよ。アルミカンぐらいなら、なかみをブッとばせるぐらいの……」

「……オモチャじゃねーよ。ソレ」

 さらっと言ってスタンガンを取り出す阿久津に驚きを隠せない工藤が問うと、さらに物騒な答えが返ってくる。

 凍り付く工藤たち、ハードボイルドフリークの健十郎も真っ青だった。

 危なさ(変態性)では、浅間や陣にも引けを取らないことは前に述べたとおり――

「カンケーねーって! なあ、ケンケン(健十郎)、マルマル(葉原)」

「……そ、そだね」

 健十郎と葉原は浅間以上に今の阿久津に畏怖の念を抱いていた。

 いつも少し巫山戯ている節がある阿久津がこの呼び方をしたときは、愛称とは裏腹に言葉の強制力があることを二人は知っており、本当に阿久津が怒っていることも知っていた。

「ジュージュー(工藤? 重々?) わかっただろ?」

「……え、えェ? オ、オレッ?」

 耳慣れない呼び方に、委縮していた工藤が遅めの反応を示した。

「ココまでムチャやってくるアサマに、ハンパなツブシをくれてやってもリベンジされるだけ……このターンでヤローをコロさなきゃ、コッチがコロされるぐれーで……」

 凍り付いたままの工藤に、阿久津が自分の覚悟を告げた。

「よ……よ、よよし! ヤってやるぜ……まかせとけ……」

 工藤が拳を震わせて、力なく力強い答えを阿久津に返した。


「シューゲキ(襲撃)に1バンいーのがメシのトキ……いや、トイレのトキだな……ヤツがションベンしてるトキ、いりぐちからエンキョリシャゲキ(遠距離射撃)でハチのスにしてやるよ」

「エ……エゲツねェ……」

 あくどい作戦に工藤たちが顔を歪ませると、阿久津が工藤たちを見回して――

「オレがシキ(指揮)をとる。ケンケンはブキをとりにイエに……で、マルマルは……」

 戦略に長けた阿久津が作戦のあらましを説明しているところに――

 

 『いばらぐみ』から帰った千夜華が『あかまつぐみ』の教室に入ってきた。

「ちゃか、どーした? ダイジョーブか?」

 泣き腫らして赤くなった眼をした千夜華を心配した健十郎が駆け寄った。

「オニイとムチ(虫、健十郎以外)ども~ もう、アンタたちのおもやち(お漏らし)パンチュわ(は)いやない(要らない)って~」

「…………へ?」

 戦地から帰還した千夜華の一報に、工藤組の一同が間の抜けた返事をした。

「……ど、どーゆーコトだケンのいもうと?」

 要領を得ない葉原が眼を擦する千夜華に訊ねた。

「ゴメンなちゃいってゆってた」

 厳密には浅間は『ごめんなさい』とまでは言っていない。

「あ……あの、アサシンが? ゴリラが?」

 まったく信じられないといった表情の彼らの脳裏に浅間の暴虐の限りを尽くした過去の映像が駆け抜ける。

「ちゃか! ソレ、ホントか?」

「ホントーだよ、ちゃかがナチ(話)つけにいってきた」

 健十郎が千夜華の肩を掴んで聞き返すと、涙目の千夜華がそれでも得意顔で答えた。

「フカシてんなよ。オメェ……」

「フカチぢゃないモン! ウソとおもうんなやアサチンのゴイヤ(ゴリラ、浅間)にきーてみたや?」

「っ……いや、ソレは……ベツに、でも……し、しんじられるかよ」

 『本人に聞け』と千夜華に言い返されると、勢いをなくした工藤が尻込みする。

「ちゃか! アサマのトコなんてキケンだろ! ナンでいったんだ?」

「アサチンのゴイヤ(浅間)なかちた(泣かした)のアタチだかや……アタチのせーでオニイとムチ(虫)たちにめーわくかけえない(迷惑をかけられない)……そんなのヤだ……」

 この男気に加えて子分想い、工藤よりも工藤組のリーダーの資格充分の器だった。


「……キシュー(奇襲)はどーする?」

 工藤と葉原が顔を見合わせて互いにたずねる。

「…………ワナか? 【いや、アサマにしてみれば、オレらにワビをいれるのはくつじょくなハズだ…… タブー(おもらし)にもビビらないアサマはムテキだ。かずでは『アサシン』にかなわない……って、ゆーかアサマひとりでこのザマ……とりあえず……あのヤロー、オレらをブンなぐってスカッとしたのかな?】」

 阿久津が握った拳を顎に当てて考える姿勢をとりながら、ボロボロの姿の仲間を見渡した。

 戦力を冷静に分析――するまでもなく、『アサシン』はクラスのほとんどがアサマの兵隊、『工藤組(笑)』は千夜華を入れても5人、まともに遣り合って勝ち目があるとは思えない。

 だからこそ、阿久津たちは軍事力に頼った。

 

 阿久津が暫し黙考した後――

「……ヤメだ。イベントは、ちゅーしだ」

「えっ? いま、ナンて……」

 阿久津が溜息と同時に言葉を吐く、先ほどまでの戦意が嘘のようになくなった阿久津に、健十郎が驚きの表情をを見せる。

「もーケリついたってコト……『パンツ』がなくなりゃどーでもいーよ……オレ、アイツよりもひでーコトしてるし……」

「……そだね」

 阿久津が自分の悪辣非道ぶりを自覚していたことに皆が意外に思う。

「……ソレに、そんなタマじゃないだろ? すぐワビいれるよーなヤツは、ヒトリでなぐりこみにこない……リターンマッチがちかいウチあるかもよ? ソレまではインターバルってコトで、きょーのトコはのみこんでやるさ」


「クドーくん、ケン……どーしよ?」

 割り切れないというよりも、煮え切らない葉原が仲間に伺いを立てる。

「オ……オウ、ワビいれてるヤツをおいこむシュミはねェ。カンベンしてやるか……」

 尻込みしていた工藤は大義ができたので手を引く(退く)ことにはやぶさかではない。

 もちろん耐え難い恥辱を味あわされた工藤は浅間が憎い、憎くて仕方がない。

 しかし、それ以上に工藤は浅間が怖い。怖くて仕方がないのだった。


「ケン、オマエは?」

 いつもの呼び方に戻った阿久津が、先ほどから不満そうな顔をしていた健十郎に尋ねる。

「……っく! ナンでだよアクツ、クドーくん? こんなメに…………!」

 禁句を口走った健十郎は、肉体的にはこの中で一番ひどい目に遭わされていた。

 苦虫を噛み潰したような顔をして言葉を吐き出しかけると、その横に立っている千夜華が震えていることに気付いた。

「……オニイ」

「……いや、オワったんだ……アサマがワビいれたってコトは、オレらのかちだろ? サンキューなちゃか……」

 兄を想う妹が心配そうな眼で見つめると、兄はその気持ちを汲んで笑顔で礼を言った。

「オニイとアタチがゴイヤたいぢちた(退治した)!」

 両手を上げて勝利宣言をする千夜華に、兄以外のほかの虫(工藤たち)など眼中にない。

「オ、オイオイ……」

 今度は少し釈然としない工藤が言葉を漏らす。

 

 双方の和解?ということで、一先ずは手打ちとなったこの抗争――

 これで『あかまつぐみ』と『いばらぐみ』の因縁は拭い切れたわけではないが、今後も浅間たち『アサシン』と工藤たち『工藤組』の大きな接触はなかった。

 確かに、男たちには戦う理由がある。それでも、戦わないのは戦う度胸がないからだ。

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