Act.07 ―報復― ③
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『あかまつぐみ』の教室にたどり着いた浅間がドアを勢いよく開けて、そのまま突進――
「ふっ!」
「ナ……ナニ、ナニナニ?」
浅間は入口に一番近いデスクに飛び乗ると、その席に着席している園児たちの戸惑いをよそに、鏡面のようにデスクに映り込んだ園児たちの顔を土足で踏み荒らすように、そのデスクとデスクの間を飛び越えて、最短距離で組長の工藤を目指して突撃する。
「わ……わああぁ!」
園で最も恐れられている男のいきなりの乱入に群衆たちが感嘆の声を上げる。
「クドー!」
「オ、オメッ……! …………どっどべェ……!」
突然の奇襲攻撃に、工藤は慌てふためくだけで避けることもできずに、工藤の顔面へ爪先から足の甲ををねじ込むような浅間の恨みのこもった強烈な跳び蹴りの餌食となった。
蹴りを繰り出した脚が伸びきって踵が振り切られると、工藤が壁まで飛ばされて、後頭部を強打した。
この一撃が決定打となり、後の反撃を許すことなく、あっけなく決着がついた形となった。
年長組をたった一人で圧倒していた浅間と年下の工藤とでは、肉弾戦での実力は雲泥の差。
「きゃ……きゃあああ!」
「いっ、『いばらぐみ』のボスがなぐりこみにきたァ!」
騒ぎ出す園児たち、教室内はかつてない混乱に襲われる。
「……ナニしやがる? ションベ……っんごォ…!」
「あ? ナンだって? きこえねーよ!!」
瞬殺の大惨事、浅間の逆鱗に触れた工藤の口を、禁句を言い終える前に押さえつけて、そのままシステムデスクに後頭部を叩き付けて破壊した。
真っ二つに破壊されたデスク、飛び散る血飛沫、悪魔の形相の浅間―――をコンマ何秒かの一瞬のカットで、凄まじ過ぎる衝撃のサブリミナル演出として映し出された。
「が……うがぁっ……」
「……っつおおおォ!」
それは場にいる園児たちの、増幅された恐怖が見せた連鎖的な誇大妄想。
もちろんデスクは壊れていないし、工藤も致命傷には至っていなかった。
飛び交っていた悲鳴が瞬時に鳴り止み、脅迫による静寂に教室は包まれる。
「クドーくんをはなせ! またじゅーさつけー(銃殺刑)にされてション……ベブォ……!」
浅間の腕を掴んで引き離そうとした葉原の顔面に、振り払われた腕から繰り出された裏拳が炸裂した。
一瞬、浅間の拳が葉原の顔面にめり込んで、眼球が飛び出たように見えたが、これも錯覚。
「うぁああ! いてェ! いでーよォ……」
葉原は鼻血と涙でぐちゃぐちゃになった顔を両手で抑えて、工藤が押さえ付けられている横で悶絶している。
「ショーベンコゾーが、またひどいメに……」
「きこえねーっつってんだよ!」
脇から止めに入った健十郎に、浅間の左肘が鳩尾に決まった。
一瞬、土色の顔面になった健十郎から、大量の吐瀉物が撒き散らされたように見えなくもなかったが、やはりこれも気のせいだった。
苦しみを体現する健十郎、浅間の肩まで数㎝の位置にある指を激しくばたつかせる。
健十郎は咳き込んで鼻水と涎まで――を垂れ流すと腹部を抱えたまま膝をつき、おでこを床に擦り付けた前のめりで、お尻を突き出した状態で蹲った。
「おぶっ……! おげっ! げほっげほげほっ……!」
「ンだよ? ひでーメってコレか? ……ソレともコレか?」
浅間が蹲った拳十郎の脇腹に、容赦のないトウキックを入れた。
「っげェ……げぼおえっ!」
「ションベンなんてつまんねーよな? テメーはドコからもらす? クチからじゃヒネリがねーから、ケツからヒネリだすか?」
第一声で禁句を言い切った健十郎に、浅間が鬼のような追い込みをかける。
「ひひぃっ……!」
プレデーター浅間に怯える群衆たち。浅間の年中組への報復はまだ始まったばかりだ。
そして、その危機に当局が動き出した。もう既に、授業は始まっていたのだった。
「そこ、何やってるの? ……ちょっと、怪我して……?」
『あかまつぐみ』担任、『雛きくの』先生がこの騒ぎに駆け付けた。
『純潔』を意識した上下、白の衣服に短過ぎないスカート、髪型はポニーテール、すみれ先生とは違って、お洒落に気を配った装いをしていた。
園児たちからは『おきくさん』と呼ばれているが、本人は『ヒナギク先生』と呼ばれたかったらしい。
「ナンでもねーよ……」
「何でもないことないでしょ? ……って、君は何でもないかもしれないけど、これって事件だよ! 君っ、いばらぐみの浅間君でしょ? こんな暴力振るっていいと……!」
「ガキのケンカだ……オトナがクチだすな!」
きくの先生が注意をしようと肩に手を伸ばすと、浅間が肩を張って払いのけた。
「……ウォッ、オメェ! このままですむとおもうなよ……?」
工藤がよろよろと起き上がり、浅間を睨みつける。
「ちょっと! 貴方達……!」
きくの先生が仲裁に入ろうとするが、二人の気迫に押されて中に入れないでいる。
「ったりめー(当たり前)だ。このてーどじゃゼンゼンなぐりたりねーよ」
悪びれることなく、浅間が振り返って工藤を睨み返す。
「スゲー」
「カッケー(格好いい)」
遅れてやってきたアサシンの兵隊たちが、総隊長の非道ぶりを絶賛している。
「……っわ、わああ……!」
浅間のとんでもなく凶悪なオーラに気圧された工藤がたまらず叫び声をあげた。
「ちょっと! 待ちなさい!」
「うるせーな……オレにかまうな!」
きくの先生が制止をかけるが、浅間は振り向きもせずにそれを拒否した。
「……あ、く……く、ど……」
「ダ……ダレにもゆーなよ! オメーら……」
恐怖に駆られた工藤が、その恐怖に堪え切れずに――――――――――――――――失禁。
「何凄んでるの? 換えのパンツとって来なくちゃっ! ちょっと待ってて……!」
すみれ先生が急いで教員室に替えのパンツを取りに職員室へ駆け出した。
「ぷははあだっ! オイオイ、そりゃねーよクドーくんよおォ……クミのハジさらすなよ~」
工藤を一笑に伏したのは、『あかまつぐみ』の№2『三三口ながれ』。
長い髪をオールバックにして、襟足をヘアゴムでまとめた髪型、細目で鼻筋が通った口がやや裂け気味の、長身痩せ型のカーキー色の軍服男。
「……ミソグチ、オメェ!」
「ションベンもらしたナリでニラミがきくかよ? コワくねーっての、くせっ! ひひひひっひイィ!」
「ナ、ナンだと……もっかい(もう一回)ゆってみろ!」
奇妙な笑い方をして工藤を虚仮にする三三口に、工藤が半泣き状態のまま抗議する。
「せーけんこーたい(政権交代)ってヤツだよ。アトのクミのコトはオレにまかせろ」
政権奪取、執拗に組の頭を狙っていた三三口は組長工藤の失脚を見逃さなかった。
「オレのパ……オヤジしってんだろ? オマエにいつまでもでかいカオさせとかねーよ!」
工藤の顔が(物理的に)大きいのは生まれつきで、それは本人も少なからず気にしていた。
「フ、フ、フザケんな! ガキのケンカにオヤだしてんじゃねーぞ!」
「オマエらだろ? オヤジがヤクザだってゆって、エバって(威張って)やがってよ?」
「……ヤクザじゃねーよ!」
父親の権力を笠に着る三三口、極道顔の工藤は家がヤクザ稼業だと噂されているが、まったく根も葉もないでたらめで、父親は平均的な会社員をしている。
「いままでゴクローさん! あんしんしてインキョ(隠居)し……」
「ナニわらってんだ? オマエのバンだよ。サンシタ(三下)」
浅間が、へらへらと笑う三三口の肩をガシッと掴んで睨みつけた。
「……え? オレはカンケーな……」
「エンリョすんな。ないてチビるまでボコってやるよ」
「バッ……! し、しってんのか? オレのパパを……パンピー(一般人)でショミン(庶民)のオマエらなんて……」
浅間は一般の庶民よりは裕福層の家庭で育っているが、本人が語らないせいか、そのことは大半の園児には知られていなかった。
それより何より、彼には他のインパクトが強過ぎた――凶暴とか凶暴とか凶暴とか――
「……っつーか、オマエがダレだ?」
「……ナ、ナメてんのか? このゴ……!」
「……あ?」
もともと、親の権力などなくとも、自分の暴力で周りを平伏させてきた男の威厳は違う。
もう一つの浅間への禁句は、言わずもがなの『ゴリラ』。
浅間の顔芸の才は変顔のみに非ず、というよりもむしろこちらが本職で、脅し文句を必要としない、天性の悪人顔である浅間のあまりに短い『あ』の一言は三三口を圧倒した。
「……あ、あはっ、チビった……」
格の違いをまざまざと見せつけられた三三口はその場にへたり込み、恐怖に引き攣った泣き顔で粗相、濡れ拡がって股間から溢れる水脈のようなそれを指さして自ら醜態を晒した。
「ヒ……ヒドすぎ……」
「……フン、つぎィ……」
恐怖にざわめく年中園児たちを、浅間が獲物を見る猛獣の目で見回した。
「チョッ……チョットまって……」
緊迫の状況に耐えかねたモッブの優等生タイプの園児が、浅間にタイムを要求してきた。
「いーぜ。まってやる……ぜーいん(全員)2ジまでにおもらしパンツをみせにこい! 1びょうでもおくれたら……わかってんなぁ?」
暴君、浅間のクラスを巻き込んでの復讐劇、この前の一件がよほど腹に据えかねたようだ。
「オ……オレらカンケーないよ!」
「そーだよ! ボクらは『いばらぐみ』のヒトらとケンカなんて……」
「いそげよ。かえのパンツはのこりすくねーぞ?」
「……フザケんな! ダレが…!」
「あぶれたヤツはフリチンでかえるコトになるけど……いいかよ?」
「……マジ?」
「ハイ、ダッシュ~」
工藤たちと無関係の園児にしてみれば、ただのとばっちりに過ぎないこの状況、あまりと言えばあまりの浅間の圧制政治にモッブの園児らが必死に抗議する。
――が、まったく譲る気のない浅間が群衆を煽って、勝負開始を告げる合図の手を打った。
「わあああああぁああっうあああああ!!」
クラスが戦戦兢兢の緊迫状態から一転、浅間の合図で喧喧囂囂の先着若干名のパンツ争奪戦に突入した。
そして始まった阿鼻叫喚の地獄絵図、ある者は叫び、ある者は嘆き、ある者は――
「バカかオマエ? もらしてねーのにパンツがテにはいるワケないだろ!」
「だまっていくんじゃねーよ、ミソグチ!」
「バッ……! オレはパンツとりにいくケンリが……ってゆーか、オマエいま、オレをよびすてにしなかったか?」
三三口とモッブの園児たちが文字通り足を引っ張り合う。
王が再び君臨した恐怖を肌で感じた『あかまつぐみ』の群衆たち。
「ひゃっ……きゃあああぁ……!」
よく見ると一人、女子園児が混ざって走っていく姿を発見。
「オンナはイクな……ヤロー(男)だけだバカ……」
顔を横に背けながら浅間が女子園児に言った。
さすがに浅間でも、女にまで『パンツ』なんて変態行為を強いることはしなかった。
「…………ッオメェ!」
「あ?」
目に余るほどの傍若無人ぶりに工藤が、怯えたその目でありったけの恨みの念を注ぐ。
「オ……オメーだけはゆるさねェ! つぎあったらウラミはらしてやる……『パンツ』だ……ケツだ……チンだ……」
「つぎなんてねーんだよ……いまこいよ」
恨みの形相で怨嗟の言葉を並べ立てる工藤に対して、浅間が陣に言われた言葉を呟いた。
「………………」
「…………うぅぐ!」
「……フン」
しばらく互いに睨み合っていたが、緊張に耐え切れなくなった工藤が目を背けた。
今ここで襲い掛かって来ずに震えている工藤を、浅間が鼻であしらった。
「……さっきのウソだから、マジでもってくんなよ。クドーのてしたじゃねーヤツは……」
浅間の帰り際に発した一言で、『あかまつぐみ』の園児が一人残らず唖然とする。
結局――工藤、三三口以外にも数名のモッブがお漏らしをして、替えのパンツが必要になった異臭が漂うエリートたちの教室を浅間が後にした。
その後、開いた口がふさがらなかった園児たちは、替えのパンツ片手に駆け戻ったきくの先生の前では誰もが口を閉ざした。
当の園児たちが誰もこの状況を喋ろうとしない以上、きくの先生もこれ以上は浅間を問い詰めることは出来なかった。
相手が年長組とはいえ、たった一人の園児にクラス全員が呑まれて、こんな醜態を曝したことなど、幼くとも大人に負けないプライドをもった彼らに吐露できるはずもなかった。




