Act.07 ―報復― ①
Act.07 ―報復―
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次の日、憂たちの見舞いで復帰することができた浅間は保育園に通園していた。
浅間が他の園児たちよりも少し遅れて教室に入ると、すぐに入り口で立ち止まり、辺りを見回して憂を探した。
「………………ゆ」
「おお、シンちゃんだ! シンちゃんがきたぞ!」
「まってたぜ! シンちゃん!」
憂を見つけた浅間が手を挙げかけると、浅間を見つけた兵隊たちが浅間に駆け寄った。
「あ、シンちゃ……っわああぁ…………」
その声で浅間が教室に入ってきたことを知った憂が浅間に近づくと――
押し寄せる兵隊たちの群れに、憂が雪崩にでも遭ったように押し流された。
周りを兵隊たちが囲んで出来た人垣を、五一と亀太郎が掻き分けるようにして浅間の席まで到達、浅間と向かい合って――
「シンちゃん!」
「あ? ナンだよテメーら?」
「きのーまえ(一昨日)はスンマセンっしたあっ!」
そのまま浅間が席に着くと五一、亀太郎が浅間の机の端に両手を着いて額を擦りつけるように深々と頭を下げる。
「どーでもいーよ……」
不機嫌な表情の浅間がぶっきらぼうに答えると、そのまま煩わしそうに眼を伏せた。
「………………」
『いばらぐみ』教室のすぐ外の廊下では、窓の桟に手をかけた中腰の姿勢で、五良月が中の様子を窺っていた。
昨日の生写真が合成写真に決めつけられたことで、浅間が通園することを予測していた彼は、わざと遅めに来て廊下から教室の中を窺っていた。
身の程知らずの下克上を後悔しながら――
「ナニしてるんだオマエ?」
「……オ、オレのうしろにたつんじゃねェ!」
塚出に背後から声をかけられると、ビクッと肩を振るわせた五良月が、凄い勢いで後ろを振り返って塚出に抗議する。
ハードボイルドに決まった格好いい台詞を格好悪い状況で――
五良月はあのときの浅間に放った言動を思い返していた。
まるで自分じゃないような、何かに取り憑かれていたような、そんな気さえしていた。
自分を見失っていた――いや、自分が本当にそこにいたのかさえも怪しいほどに――自分という存在を見失っていた――
「シンちゃん、ねんちゅーのヤツらにリベンジ……」
「……ッバカ!」
兵隊たちが浅間に写真の復讐(合成ということになっている)をもちかけようとすると、慌てた五一が割って入った。
「……ヤメだ。カンパニー(隊)はカイサンだ。あたらしいボスならテメーらできめろ」
浅間はそこで『アサシン』の総隊長を引退することをさらっと宣言した。
「えええええ……?!」
「マッマ、マジで?!」
「ウ、ウソだろ?」
衝撃の告白に一同が騒然する中――眼前の五一が机に身体を預けるように浅間に近づく。
「ま……まってくれよ! ウソだろ? オレらのアタマはシンちゃんしかねーよ! だまってられねーよ! ネンチューのヤツらにナメられたままで、そーだろ? シンちゃん!」
「しらねーよ……」
五一が何とか浅間を奮い起こそうとするも、浅間はそれにまったく耳を貸さない。
「シンちゃん!」
「オレはヤらねぇ……1コしたのガキがナニゆってもナンともおもわねーよ」
「きのーさ、カズフミが『アカマツ』のヤツらになかされた……きょーはやすんでる……」
横から申し訳なさそうに亀太郎が口を挟んだ。
アサシン親衛隊の『一二三』が昨日の夕刻に工藤らと揉めて負傷したことを――
「……で?」
「カ、カタキうちに……」
「カイサンっつっただろ。ケンカしてーなら、テメーらでかってにヤレよ」
「……ゴメン。ホントーにゴメン。ゆるして……オレたち、もーにげないから……」
けんもほろろの浅間に、怖ず怖ずと五一が詫びを連ねると、続いて亀太郎も頭を垂れた。
「……しるかよ! カンケーねーよ。オレはテメーらがどーなろーと……」
「シンちゃん!」
五一たちに冷たい言葉を浴びせようとする浅間に、それを言わせまいと憂が抑止する。
「わかったよ……いくよ」
浅間が頭を掻きながら、面倒くさそうに立ち上がった。
「オー! やったぜ!」
「ぶたい(部隊)ぜーいんしゅーごーだ!」
「あ……あの、シンちゃん……あのね、その……いまのはね……」
活気づく五一たちを憂が不安そうに見回した後、わたわたと浅間に声をかけた。
「オレをとめるか? ……ってゆーか、『いけ』ってゆったよーにきこえたけど……」
「……う、ううん、ちがうよ! ……ケンカは、ダメ……」
浅間が憂に問いかけると、憂は首を横に振って否定を示した。
困惑しているさまを体現する憂だったが、それでも後ずさりでドアの前に立ち塞がった。
もちろん憂は浅間に喧嘩を嗾けたわけではなく、仲間に冷たい態度をとる浅間を叱咤したつもりだったのだが、その憂に浅間が近づいて――
「とめんなよ。オレのメンツが、ちげー(違う)な……ナンかが、かかってんだ……」
「………………」
自分自身の譲れない気持ちを、うまく言葉に出来ない浅間が決まりが悪そうに顔を竦めると、なぜか憂は無言で頷いて少し寂しそうに微笑んで見せた。
「いくぞ! 『アカマツぐみ』をブッつぶせ!」
「テメーらはくんな(来るな)。ジャマ……」
浅間が意気込んで後ろに続こうとする五一たちに、顔を向けずに後ろに手を伸ばして、それを制止させた。
五一は押されるように後退を余儀なくされて、続く亀太郎と兵隊たちが次々と衝突する。
「……シン、ちゃん?」
「ケリ……つけてくっか」
浅間は憂の横をすり抜けると自分に言い聞かせるように小さく呟くと、聞こえていた憂が動いたかわからないぐらいの小さな動作で頷く。
それに気づいたか気付かなかったか、一呼吸おいてから浅間がその場から走り去った。
ドアから離れた廊下には塚出がいるだけで、五良月は――いた。
大きな身体の塚出の後ろに、身を潜ませて――
「ひとりでって……いくらシンちゃんでも……」
「バッカ! シンちゃんだぜ! チューボーなんてメじゃねーだろ!」
「そーはゆってもよ……」
取り残された五一たちが響めき出して、この不毛な口論はしばらく続いた。
「ゆーちゃん、ナンだろね? アサマって…………アレ? ナンかうれしそう?」
「……なんか、ホッとしちゃった」
浅間の態度に腹を立てたこゆみが憂に近づき話しかけるが、浅間が元気になって安心したのか、憂が少し顔が綻んだ表情をしている。
いつもの不安顔ではなく、にこにこと安心顔をしている憂の顔をこゆみが覗き込んで――
「……ゆーちゃんって、ときどきオトコのコ……」
「いつもそうだよぅ……」
「ちがうちがう。いまの『だよぅ』には、ハンブンぐらいオンナのコがはいってたよ」
「ど……どうして?」
こゆみに自分のことを女の子だと、性別を半分否定された憂が真顔で驚いた。
「ゆーちゃんはアサマくんがゲンキになってうれしいんだね?」
「うん」
「ヤッパリ、オンナのコ」
「どーしてそーなるの?」
「アタシのじょしりょくメーターがそーいってます。じょしりょく79テンのゆーちゃんはオンナのコです」
「79もあるの? ナンかふえてるよ」
「じょしりょく100テンまんてんのキング・オブ・オンナのコのアタシがオンナのコせいぶん(成分)をビンカンにかんじるの。ゆーちゃんは79パー、オンナのコでできてます」
――と、グラビアアイドルばりのポーズをいくつか取りながら、こゆみが語る。
こゆみが『女の子成分』と呼ぶそれは、憂を構成しているものでも、物質的なものではないようだが、それは内面から滲み出る色気みたいなものだろうか。
「……うん、オトコらしくはないかな。ケンカ、とめられなかったし……」
「とめなかったんだよね?」
「え?」
「ケンカになってもいーんだよ。ゆーちゃんはカミサマじゃないんだから、みんなをすくうなんてムリ! ひつよーないの! アサマなんてコトバがつーじないドーモー(獰猛)なゴリラだもん」
勇者は身近にいた――
「オイ! ゴリラってゆっただろ? シンちゃんにゆってやるぞ!」
「ごじゆうに~ アハハ……」
五一がこゆみを恐喝するが、これまたなぜか上機嫌なこゆみが笑い飛ばす。
「す……すくうなんてそんな…………ないのかな?」
自分が人を救えると思っていない憂が小声で呟いた。
優しくとも正しくない憂には、確かにそれはおこがましいことだと思うかも知れない。
「こゆみちゃ~ん」
モッブの女子園児が、両腕を上げてバタつかせながらこゆみを呼んだ。
「ダメじゃない、そんなアサマくんたちをシゲキするよーなコトゆったら……」
「ええ? ダイジョーブだよ」
女子園児の忠告にこゆみが笑って答えた。
昨日の浅間の言葉から何かを感じ取ったらしい憂とこゆみだが、この二人はあの浅間が改心したと、本気で思っているのだろうか――




