Act.04 ―生憎― ③
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「ワリ……ネボーしちゃった」
朝の弱い阿久津が、三人より遅れて『あかまつぐみ』の教室に入ってきた。
「オッス、いつもじゃん」
「できたぜ……みてくれコレ」
健十郎の挨拶に軽く手を上げて返すと、園指定ではないショルダーバッグから取り出したのは、1.5倍程度に引き伸ばされたコラージュされまくりの、作られた悪魔の芸術。
それを無造作に放ってデスクに滑らせた。
「うっ、えげェ……! スゲーな! テンサイだよってゆーか、ヘンタイだよ!!」
「オイオイ……オメー、このケツにささってるのって……」
「ナ……ナニかぶってんだコレ?!」
「ナンだコレェ! グロすぎっ!」
「……アクマだな。オメーって……」
「ジャマなヤツは、トコトンおいこんでやらなきゃァ……」
それを掬い上げて工藤たちが目を向け――背けた。
下品の極みであるその作品、上には上が――失礼、『下には下がいる』。
健十郎や陣の上?をいく下劣さ、阿久津のアートが工藤たちを震撼させる。
絶賛とは言い難い工藤たちの批評に満足げな阿久津が唇の端をつり上げて、不敵で不気味な笑みを浮かべた。
「スゲーいいカオしてるだろ? じしんさく! クチにコレを……でハナからは……」
三人に阿久津が得意気にその写真の文章では特筆できないまでの、自主規制ポイントについて事細かに解説する。
それは、才能が溢れ出して零れまくった超現実主義のフォトコラージュ。
「リアルじゃできねーよ! ……なのにすげっリアル! マジ、スゴすぎ……!」
「オレじゃ、アタマにパンツかぶせて……ケツにガンをブチこむぐらいしか、おもいつかねーってのに……」
「……オメーもリッパにヘンタイだ! ケンジューロ」
大絶賛?の似非ジャーナリストの葉原、健十郎の発言に本気で引く工藤。
「……ずっと トモダチでいてね」
「いいよ?」
最後にボソっと葉原が阿久津との変わらぬ友情を確かめる。
「……ねみ(眠い)っ」
「オメーってチコクしなかったコトねーな……」
阿久津が大きな口を開けて欠伸をすると、工藤が横目で見ながら呆れ顔でこぼした。
「あー、タイミングはずした……コイツはあしたにするか……」
「ソレじゃオメー、おせェよ……」
「ネタはあたらしいほーがいいね……でも、きょーはムリだ」
「……ならいーテがあるぜ。コレを……」
阿久津がパンと指で写真の浅間を弾いて、その人差し指をくいくいと引き寄せて工藤たちにデスクの中央に顔を寄せさせる。
顔を近づけた工藤たちに、机上の写真の公開手段について話していると――
「ねー、ソレってゴリラのクラスのボードにはってあるのと、おなじヤツ? イジったの?」
『あかまつぐみ』の教室に、いつの間にかやって来ていた陣が、写真を浅間たちの間から覗き込んだ。
陣は実際に憂たちのクラスに行って、お漏らし写真を見てはいない。勘で言ったのだろう。
「……ああ、そーだよ」
「バ……バッカ!」
阿久津が陣の突っ込んだ質問にしれっと答えると、それに焦った工藤が椅子から勢いよく立ち上がった。
『あかまつぐみ』の連中、いや年中組の園児は工藤たちが何しようが、暗黙のルールで他言無用だということを知っている。
だからこそ教室で阿久津が堂々と悪巧みを説明出来るのだが――
それでも陣だけは、どういう行動に出るか知れないことを、工藤たちは薄々感じていた。
特に阿久津は涼しい顔をしていても、陣に対して激しい敵対心をもっている。
「ソレもはるんだ?」
「ナニ? オマエ……」
訝しげな阿久津が眉をつり上げて(髪に隠れて表情は伺えないが)、不機嫌そうに質問を質問で返した。
「ゴリラゴリラ」
「ナカマにはいりたいの? ヤだよ」
「オイ! オメー『あおっぱなぐみ』がウチにナンのよ……」
「かして!」
阿久津と陣の間に割って入ろうとする工藤を無視して、陣がその写真を引っ手繰った。
「…………ふうん、そっか」
「………………」
陣がその写真から、浅間の身に起きたこと、大体の粗筋を理解する。
写真を眺める陣を阿久津が無言で睨みつける。
「……ウオッホ、オォイ!」
「……!?」
「……ア、クドークン?」
「……ナ、ナニ?」
動揺を隠しきれず奇声を上げた工藤に、クラスの園児が皆一斉に注目する。
自分たちは呼ばれたのだろうか、と反応に困る群衆たちが少しざわつき始めた。
「……ナンでもねエ」
工藤が平常心を装ってシートに座りなおすと、園児たちは何事もなかったように、数秒前の所作に戻った。
「…………ナニかんがえてんのオマエ? まだボードにギャラリーがあつまってるのに、シャシンもってくってバカ? ソレ、ひろったってゆーつもり?」
「ン……ソレで……」
依然、阿久津がデスクに肘を着いて睨んだままの表情で陣を詰る。
首を少し反らせて答える陣の考えなしの行動は、怖いもの知らずというよりは命知らず。
「エンリョするなよ。ハンニンはオレらだってゆってこいよ……すげーコトになるから、オマエが……」
「……バカッ! アクツッ、オメー!」
「ベツに、『クドーぐみ』のナマエださないし、シラきってればバレないよ……もしかしてビビってる?」
「いいからはってこいよ。ヤったのオレらってバレたら、ソレ(写真の姿)、リアルでオマエだから……」
慌てふためく工藤は蚊帳の外で、陣の挑発に乗って阿久津も立ち上がり、写真に映った浅間だったものを指差して挑発し返した。
「オマエにそのカクゴある?」
「あるよ。このネタがあればこのゴリラは、2ドとほーくえんにこれない……おもらししゃしんなんてヌルすぎるとおもってたトコだし……」
阿久津が脅迫を絡めた挑発で返すが、迷いも躊躇いもない陣がきっぱりと答えて、写真の浅間の顔を指で弾いた。
「そーいや、ドゲザさせられたんだっけオマエ?」
「そう。コレでゴリラ(浅間)のトドメをさす」
「バ……バレたら、オメーがセキニンとれよ!」
「イヤ、セキニンはオレがとるよ……で、オマエをリアルでアートするけど……いい?」
浅間を完全に仕留めるために、自らを省みない陣に工藤が念を押すと、阿久津がそれを自らで被ると言って、また脅しにかかった。
「いい」
色々と規制が入りまくっていてお見せすることはできないが、写真の浅間には死んでもこんな姿にはなりたくないと、目も当てられないこの世の恥辱の縮図が織り込まれていた。
しかし、心臓に毛が生えているような阿久津、そして、それ以上に好戦的な陣は心臓に棘が生えているようだった。
その棘は心臓を守ると言うより、棘の心臓で攻撃してくるといった型破りで横紙破りな陣の気概が数分足らずのやり取りからも窺えた。




