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Act.03 ―弱い者虐め― ②

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 二時間ほどが経った夕刻、6時半過ぎ頃に覚束ない足取りで、家路に向かっている最中、浅間の背後から近づく陰が――――


「オマエ、ナニサマ?」

「……あ? ダレだ……」

 浅間に声をかけたのは、膝近くまであるかなり大きめの白無地で薄いガーゼのロングシャツを着崩した何者かで、右肩からズレ落ちたシャツは、艶っぽい素肌を露わにさせていた。

 覇気を無くした浅間が、その相手の名前を尋ねると――

「……テ、テメッ! ど、ぶばぁ……!」


「キタヅキ、ジン……」


 その何者が繰り出した蹴りが、浅間が振り返るタイミングで向けられた脇腹に入った。

 何者かの正体とは、予てから話題に上がっていた『(きた)(つき)(じん)(きたづきじん)』。

 憂のご近所さんで一歳下、猫っ毛の黒髪に眠たそうな目、常に少し開きかかった口の、やる気のなさそうな表情の男の子は、遅れてきたもう一人の主要人物。

 素材の無駄遣い、といった言葉がピッタリの整った顔立ちで、袖から出てない手と、裾から見えないハーフパンツ(もしくは履いていない)と、その膝上十数㎝からすらりと伸びる生脚が、正太郎コンプレックス(ショタコン)嗜好の女性の欲情を誘う容姿の男の子。

 女子と間違えられそうな中性的な憂と違って、陣の方の外見はきちんと男子だ。


「ナ……ナ、ナニしやがる?!」

「よわいモノ、イジメ」

 しかし、可愛らしい外見とは裏腹に、性格は諸姉の期待を見事に裏切っていた。

 一言で言えば、生意気な餓鬼といったところで、まったく可愛いものではなかった。

 その所業(悪行)をさらっと言ってのける陣の鉄面皮からは、憤懣や愉悦といった諸々の感情は見受けられなかった。


「テメェッ……! オレがダレかしってて……っけがぁ!」

 浅間が蹴られた脇を押さえながら、再び振り返ろうとしたが間、髪を容れず陣がその背後から踵で浅間の背中を蹴って、そのまま地面に蹴り伏せた。

「……ナマエのオマエ(お前の名前)? ……えっと、あァ『あさましい』……だっけ?」

 体重を乗せた遠慮のない蹴りの後、倒れこんだ浅間の背中の重心を、そのまま起き上がらせないように容赦なく踏みつける。

 因みに『あさましい』は×で、『あさましん』が○。

「ザコのナマエなんて、いちいちおぼえてられない」

「ザ、ザコ……?! ダレがザコだァ?!」

「オマエ」

「……ッザケんなテメェ!」

「じゃあ、ゴリラ」

「ナ……ナメやがって! どけっ……! どきやがれ!」

 文字通り蹂躙され、もがいて手足をバタつかせる浅間を、陣が難なく押さえ込む。

 正直、陣の実力は浅間はおろか、引き籠りになっている朝熊にも腕力では及ばない。

 それでも、陣には浅間を抑え込むだけの気概があった。

 勝ち負けを度外視した正体不明の迫力があった。

 その気迫に押されたのか、心身が弱っている浅間は、陣にいとも容易く抑え込まれていた。

 陣は園で最も恐れられている目の前のこの男を、踏みにじって小者扱いする。

 ゴリラが弱い生き物かどうかは別として――

 

 陣の特殊能力である色眼鏡(偏見)には浅間が弱い生き物として映っていたのだった。

 

 踏みつけられた陣の踵から逃れようと、必死に身体を持ち上げようとするが――

「……ナンでだ? おきあがれね……このガキが、ンな(そんな)におもてェわけが……」

「じぶんよりよわいのをイジメる……そーすると、バカはカンちがいするんだ。『じぶんはつよい』って……」

「……あヴァぁ?!」

 背中を押さえつけられて、ろくに発声が出来ない浅間が、潰れた声で凄みを利かせて(いるつもりで)聞き返した。


「オマエはナンでイジメをしてんの? つよいっておもいたい? おもわれたい? プッ……よわいクセに……」

 陣が横を向き口元に手を添えて、わざとらしく笑っている素振りで口元を隠す。 

 人を小馬鹿にした愉快な身振り手振りが、浅間の逆鱗に触れ――逆鱗をさらに逆撫でした。

「フッ、フザケロよ! オレはベツにつよくねェ! ほかのヤツがっ……!」

「そ、ほかのヤツらがよわいだけ……そーでしょ? ……フン、おなじだよバーカ!」

「コ、コロスぞ! テメッ……!」

「できないからブザマにツブレてる……よわいから、じぶんよりした(下)がほしくて、イジメをする。よわいから、ヒトをしたにみたい……」

「………………」

 陣の言葉に感銘を受けたというわけではないが、思い当たる節があるのか、浅間がしばらく陣の言葉に固まって動かなくなると、陣がさらに言葉を続けた。

「つよいなら、イジメとかするひつよーがない。つよいフリするひつよーがない。つよいんだから……」

 今回が初登場ではあるが、いつもより饒舌になった陣が浅間を誹謗する。


「……ナメてんなよクソが! つぎあったらコロ……すけぐぁ!」

 陣が踵で踏みつけている浅間の身体の重心を軸に身体を反転させると、浅間が苦しそうな呻き声をあげた。

 先ほど健十郎の銃弾を浴びて負った傷口に、再び激しい痛みが走った。

「……っぐぁ……ぅく……」

「ナメてんのオマエ、クソなのもオマエ。つぎなんてないんだよ……」

 浅間が必死で呻き声を殺すが、それを陣が無遠慮に踏みにじる。

 滲んだ血の染みが少しずつ拡がっていき、そこを陣が容赦なく爪先で攻めたてる。

 冷たい眼で見下す陣は無表情だが、表に出さない表情以上に心は無情だった。

「……つぎ、がないだ?」

「ないよ。オマエはココでおわりだから…………そうそう、このまえオマエにイキハジさらされたんだった。あんなメにあわされたんだし、もうコロスしかないな……」

「……へっ、フクシューかよ?」

「そう、ソレ」

 

 陣が思い出したようにこぼす生き恥とは、数週間ほど前、『アサシン』に逆らわないという誓いに、土下座を余儀なくさせられたことだった。

 確かに生き恥を曝したはずなのだが、それに関して当人に気負った様子はない。

 年長組とのいざこざなんて、陣はどうでもいいと思っていた。

 五良月と揉めていたとき、ボス猿である浅間が出てくることを陣は予想していた。

 勝てる見込みのない喧嘩をするつもりはないが、売られた喧嘩は相手が誰であろうと買う。

 実際に浅間に喧嘩を売られたときも、憂に止められなければ買っていた。

 憂に涙ながらにそれを訴えかけられなかったら――

 自分の為に憂は泣くんだと思うと、憂の涙の一滴は、自分の頭より重いんだと感じた。

 物質的ではない重さ――それを言葉で思ったのでなく、感じた。

 浅間(実際は五良月)に『土下座をしろ』と突きつけられたとき、陣は少しも迷うことなくその場で土下座をした。

 憂の涙を見たくないから、丁寧な所作で非の打ち所のない土下座をした。

 その直後、五良月に頭を踏みつぶされて、顔面を地面に擦り付けられた。

 ひどく屈辱的な状況で、陣はそのまま這い蹲ったままの姿勢を、三分越えで衆目に晒した。

 周りの目が自分をどう見ようと構わないが、憂の瞳から涙が零れるのだけは嫌だった。

 憂に諭されて丸くなった陣を五良月が踏みつけて、踏みつぶして、踏みにじった。

 五良月たちは知らなかった――丸い物を踏みつけると蹴躓きやすいことを――

 

「だから、おまえをコロ…………コロさなくてもいーか。オマエがほーくえんにこれなくなれば……なら、パンツ(――を下ろした痴態)のシャシンでも、とってやればいーかな」

 『殺す』を脅しの言葉としない陣にとっては、意趣返しさえも簡単に覆すことができる。

 殺めるのは止めにして、貶めることに趣旨を変えた。

「……な? パッ、パ……」

「カメラがないな……ケータイのでいいか。オマエもってる?」

「………………」

「ない? じゃあいいよ。ノーミソにキョーフ(恐怖)をつめこんでかえってよ」

「……ンな、オドシがオレにきくとおもってんのかよ?」

「きく。メいっぱいオドシかけるから……」


 陣の異様な脅しに先程まで抗っていた浅間が、凍り付いたように手足の動きを止めた。

 浅間は『殺す』は脅しの文句としては、一番効果的だと思って疑わなかったが、陣の脅しは『殺さない』と、宣言してからの方が計り知れない恐怖に駆られたからだった。

 逆に、今までは脅す気ではなく、『本当に殺すつもりだった』という雰囲気を臭わせた。

 浅間の脳裏には『殺す、殺す、殺す』と(のたま)う五良月の顔が紙切れのようにくしゃっと潰れるさまが浮かんでいた。

 いつも、いつまでも『殺す』を連呼して凄んでいるだけの仲間たちとは違う、本当の恐怖を自分よりも年下の幼児から感じたからだった。

 これが、『殺す』という言葉の重みを知らずに軽々しく使う者と、『殺す』の重みを知った上で軽々しく使う者の違いだ。陣は他人の命など本当にどうとも思っていない。

 その結果、浅間はその言葉足りない陣から裏を読み取ることで、異様な言葉の圧力を受け、先ほどまでバタつかせていた手足が、身体が萎縮して動かせなくなっていた。


「いィッ……いきなりケリくれるヒキョーモン(卑怯者)のクセししやがって……! テメーはつえェ(強い)つもりなんかよ?」

「よわいよ……よわいから、オマエみたいのイジメんのが、たのしい……」

 卑怯と詰られても、やはり変わらずマイペースで陣が不敵に答えた。 

 自ら愉しいと言いながらも、感情の起伏もなく坦々とした陣は、まったく口元が緩まない。

「よえェ(弱い)テメーが、マグレでオレにかってジマンかよ?!」

「ダレにもチクらないでよ? オマエみたいなザコ……イジメたなんてしられたら、はずかしいから……」

「………………!!」

「オマエはよわい……ダレよりもずっとよわい……ずっとずっとよわいまま、『つよい』にはなれない……」

 食い下がる浅間の負け惜しみ的な嫌味も、恥ずかしいと言いつつも、相変わらず恥じらいの感情が見られない陣が、さらに重い言葉で軽く一蹴する。

 年下の工藤らに見下されて嘲笑われたことよりも、年下の陣に淡々とあしらわれることの方がずっとずっと悔しかったが、浅間は困惑せざるをえなかった。

 己の復讐さえも真剣みが足りない――いや、今の今まで気にも留めていなかったような陣が、何ゆえに自分を陥れにきたのだろうか?

 ここまで無気力、無関心、無感情の陣が何の目的でここにいるのか。その理由とは――

 

「テッ、テメはナンで……?」

「…………あと、あの、えっと、その……ついでだから、ゆっとく(言っておく)と……オマエはゆうにアレだから……えっと、だから……テをだすな」

「…………あ?」

「ナンとなくみててウザイし……あとムカつく、から……ソレだけっ!」

「……ハ? キガだ? ナンでキガがでてくる? テメーがナンでアイツのみかたする?」

 自らが切り出した言葉で、陣の石膏で固めたような無表情が勝手に綻び始めた。

 しどろもどろになって、繋がらない接続詞をさんざん繰り返した後、ぷいと顔を背けた。

 本人はさらっと言ったつもりの脈絡もないセリフ、『憂に手を出すな』は、『次いで』とは言いつつも、その言葉が本題であることは明らかだった。

 その唐突な警告に、少し戸惑いながら浅間が、もっともな質問を返すと――


「ゆうはフツーにやさしすぎるヤツで、イラッとするぐらいにトモダチおもい……オマエのコトだいじにおもってる。でもヘタレだから、じぶんがオマエのトモダチってじしんがない……ソレもいい……ソレでいい……ソレがいい……」

 陣が言葉を繋ぎながら、その意味を少しずつ換えていく。

「……や、やさしーだ? マジでおこれねーだけのヘタレだろ?」

「ゼンゼン、おこったら……ゆうはよくさわいであばれて、ダレよりつよい……」

 唯一、絶対的存在と疑わない陣、暴力で強い憂というのが少し想像がつかない。

「フザケてんなよテメ……! オレがザコで、キガがつえェだ?」

「オマエはゆうのコトおこらせるなんてできない。ザコだから……なかすしかできない。カスだから……」

 憂を泣かせたくないから陣は土下座したのに、結局は憂を泣かせた浅間を陣は許さない。


「……そのキガに、オレをヤレってたのまれたのか?」

「ゆうがオマエをヤっちゃうのをのぞむワケがない……オレはゆうのトッ…モ…ダチ、だけど……みかたとちがう……オマエをヤっちゃうのだって、ナンかムカつくってだけ……わかったかバカ!」

 意外なところで口籠る陣が、『友達』という単語が自分に対しての『友達』という意味になると、言葉を詰まらせて歯切れの悪い口調となり、照れ隠しに語尾で悪態づいた。

「のぞまねーだ? フカシてんな! テメーにキガがナキいれてきたんだろ? テメーじゃナニもできねーからって、コシヌケがよ! クチどめ(口止め)されたか? バレねーとおもってんのか?」

「……ハ? ホンキでゆってんの?」

 陣の乏しかった表情が一瞬、怖いくらいに崩れかけて、すぐに元の無表情に戻った。

 その瞬間、浅間は陣の周りの空気が変わったことを肌で感じ、身体にとてつもない悪寒が走るのを覚えた。

「……じゃねーと、テメーがオレをヤルりゆー(理由)はねーだろ? とっくにテメーは、オレにさからわねーってゆってアタマさげてんだ……」

「………………」

「キガのヤローが、ナメたマネしてく……」


()()()いっ!!」


「……っ?!」

 捲し立てる浅間に、陣が堰を切ったように、『五月蝿い』を漢字で発声して言葉を遮った。

「ゆうが『たすけて』ってゆわなかったから、オレがオマエをツブシにきてる……そんなコトもわからない?」

「……うわっ……わ、わかるかよ!」

「…………はあ、そう……ならいいよ」

 心底、浅間に呆れているといった、これみよがしの溜息をついて、陣がさらに続けた。

「もーしゃべるな。オマエとはハナシするかち(価値)ないから……」

「……ォオ!! ナメくさりやがって! いつまでヒトをふんでんだ?! ガキがァ!!」

「だから、ダマってろ! オッサン」

 陣の怒声に怯んでいた浅間だが、この上なく愚弄されたことに虚勢で怒りを奮い立せる。

 『餓鬼』に『おっさん』、年齢の差で罵り合う一年違いの園児たち。


「オマエなんかにホントーの『つよい』は、いっしょーわかんないよ」

「ナニをヌカすよ? おこれねーからなくんだろ? ザコなのはどーみたって、キガのほーじゃねーか?」

「ゆった(言った)。『つよい』って……あんなつよいヤツ、ほかにしらない……」

 陣の性格上、誰かに気を許すこと自体があり得ないし、優しいだけの人間に懐きはしない。

 陣は憂の弱さの中に隠された何か――弱さを補って余りある、その何かに惹かれている。

「カンタンになくよーなヤツがつえェ?」

「……ダレがきめた? なくヤツがよわいヤツって……ゆうは、よゆー(余裕)でオマエにかてる。100おくマンばいつよい……よゆーでオマエをなかせる(泣かせられる)」

 陣も阿久津と同様に、『強い』には一言いいたいことがあるようだった。


「…………ッなら! ブッつぶしてやるよ! テメーもキガも!」

「さっきゆった。『オマエにつぎなんてない』って、あと『しゃべるな』も……」

「ち、ちくしょォ! ちくしょおォオオオッ!! テメーごときにナンで……?!」

「オマエにいつまでもハンパにゆうをスキでいられるとメーワク……ゆうにちかづくな。ずっと、いっしょう……」

 陣が浅間に強要するのは仲違いの先の完全な絶交――仲を取り持つ気なんてさらさらない。

 そう、陣がここに来た理由は、憂の為なんかでなく、陣の私情で私怨だった。


「オマエのなくワケはくだらない……オマエのタメになくゆうはもっとくだらない……オマエのタメのがくだらない……オマエがくだらない……」

陣の声は変わらずで口調も冷淡、しかし紡いでいく言葉に少しずつ感情の色が混ざっていき、声色も変わっていく。

 陣のぶつぶつと繰り返す言葉、浅間に対して並ならぬ嫌悪感を抱いていることが窺えた。


「ど……どけよ! このガキがナンでビクともしねェ?! ちくしょおおお!!」

 陣の支配から逃れようと、必死に体を起こそうとする浅間の背中を、陣が体を屈めた体勢で右足に全体重を乗せて踏み躙った。

「……んがああああ!」

「ダマレ」

 それでも残った力を振り絞った浅間が思い切り身体を反らせると、陣が踏みつけていた右足の踵を軸に体を捻り、遠心力を利用した左足爪先で、ダメージを負った脇腹に突き刺すような蹴りを入れた。

「げおォっ……おヴェ……げぼっ! げぼっ!」

 胃の中の物を全て吐き出すような、胃そのものが飛び出てしまいそうな勢いで咳き込んだ。

 

「あしたってゆーかきょー(今日)からオマエもヒキコモリ……」

「………………?!」

「ネンチョーのボスザル(朝熊)と、ボスゴリラ(浅間)の2ヒキ、オリのなか(自宅)でおとなしくしてろ」

「オ、『オマエも』って? …………テ、テメェが、アサクマをヤったのか……?」

「ナニソレ?」

「そーいや、アイツ……あのオンナ(こゆみ)といっしょにいるキガのコトを、コロスってゆってやがった……」

「バチがあたった」

「テ、テメーが……キガをまもるタメに、ヤった……のか?!」

「しらない」

 人気者のこゆみちゃん、幼馴染(というのは現在の友達ではないだろうか?)で気安い存在の憂を疎んでいる者も少なくないとかで――

「テメーだろ? ヘンだっておもってた……まだオレとヤロー(朝熊)のケリがついたなんておもえねェ……テメーがアサクマもおんなじに、ヤミうちくれてたってコトかよ?!」

「ヒトのせーにするな。オマエがあのデビル……ナントカってのをなかしたって、みんなしってる……」

「そのアト、もっとひでーコトしたのが、テメーだろ?!」

「ちがう。ソレにしってどーすんの? アイツみたいにヒキコモリになって、ダレにもしゃべれなくなるのに……」

 秘密を漏らさないようにしたくても『人の口に戸は立てられぬ』。

 人の口を押さえつけるのは、戸ではなく人間の手が有効で、その手は抑制のパーよりも、脅迫のグーが効果的。

「……ゼッテーにテメーだ! いまの、ゲロ(吐露)したみてーなモンだぞ!」

 探偵が犯人を暴いた時のような勢いで、浅間が俯せ状態で陣を指を突き立てて問い詰めた。

「ヒト……ユビさすなふゆかい(不愉快)。オマエのクチはもっとふゆかい。ダマレ……」

 陣の口調は穏やか、それでいて汚いものを見るような、心底不快だと言わんばかりの冷やかな眼を横に流して浅間に視線を移した。

「ナン、ナンだよ? テメーのほーが、ずっとデビルじゃねーか?!」


「………………」

 浅間のがなり声を耳障りに感じた陣の右腕が、鋭く空を切る音を立てた。

「……お、おいっ?」

「うごくな……コレでその五月蠅いクチ、どっかにブッとばしてやる」

 何処に隠し持っていたのか、長さ六十~七十㎝程の金属パイプ、それを右手で服の袖ごと掴んだ陣が、そのパイプの先端を地面を叩きつけて、その反動で肩に担ぎあげた。

「ウオッ……オイ…! ドコからそんなモン……?」

「パンツのなか……」

「バ、バカッ……ヤメ……!」

「ダイジョーブ、きたなくないから……」

「ち……ちがっ……!」

 首を横に向けたまま、身動きが取れない浅間の頭上に、金属パイプが振り上げられた。

「トベ!」

「ぎゃっぎゃ……ぎゃばあわ!!」

 奇怪な叫び声をあげて慄く浅間に目がけて、陣が金属パイプの端を逆手で握り、それを真下に突き下ろした。


「ひっ…ひ……いっ、いでェ……!」

 怯えて顔を引きつらせる浅間は、何故だか口を尖らせて、まるで差し出しているような滑稽で、作画ミスのような別人の表情をしている。

 それでも角度的に鼻を掠めていっただけで、唇を吹き飛ばすには至らなかった。

「ハナがジャマしてしくった(失敗した)……さきにソレ(鼻)からイっとく?」

 陣が鉄パイプで、震える浅間の鼻先をつんつんと突っついた。


「……ッザケんな! テメッ……!」

「カッコわるっ……ビビりすぎ。コレがオマエがカンちがいしてる『つよい』……だよ。ウソの『つよい』なんて、ドーグがあればスグに『よわい』にひっくりかえる……カンタンでしょ? エバってる(威張っている)ヤツ、シメんのなんて……」

「……ジョ、ジョーダンはヤメろよ! しぬ、しぬ! マジしぬ!」

「しなないって、しんでもいいけど……ってゆーかシネ」

 もう一度振り下ろされようとしている金属パイプから逃れようともがくが、陣に足で押さえつけられていて、浅間に逃げ場はなかった。

 浅間が怯えた眼を陣に向けると、陣の金属パイプを握る手にぐっと力が入る。

「コッチみるな。そのメもムカつく……メとハナとクチがなくなったら、カオもいらないでしょ? やっぱコロそーか? トバすのクビにしてスパっと……」

 侮蔑する陣の恐ろしく飛躍した処刑勧告に浅間は――


「ック……クソがあっ!」

「わ、わっ……」

 自棄(やけ)になって反撃を開始、這い蹲ったままの苦しい姿勢で、掻き集めたアスファルト脇の地面の砂を、陣に向かって投げつけた。

 このまま体勢を翻して、浅間の反撃が開始――

「いたっ……メにはいっ……」

「うがあ! カ、カスが……!!」

 ――されなかった。

 起死回生を狙った浅間が、目潰しから反撃に繋げようと身体を捻るが、陣がそれを逃さずにきっちりと踵で押さえ込んでいたので、身体を浮かせることすらかなわなかった。

 それどころか、陣に踵をねじ込まれて、手痛いしっぺ返しをくらった浅間が悲鳴を上げた。

「カスなのもオマエ。マヌケにオマケ(おまけに間抜け)……メつぶしはにげれるよーになってからヤレ。バカがキリフダ(切り札)がムダにしちゃって……」

「テメッ……!」

 目潰しに怯まない陣にその反撃は逆効果、相変わらず涼しい顔をしてはいるが、確実に陣の怒りのパラメーターは上がっていた。

 

「こんなクソみたいなクソなヤツ、を…………ゆうはトモダチって、オマエなんかとトモダチになりたいって……」

 陣が少し複雑な表情を見せた後、意を決したように浅間に憂の気持ちを語ると――

「……ウゼッ!」

「……よかった!」

「……んあ?」

「オマエがおもったとーりのクソヤローで……」

 浅間は憂の気持ちを鬱陶しいといった感じで、唾と一緒にセリフを吐き捨てた。

 それを見た陣が、少し安堵の表情を見せた後、浅間をさらに冷たい目で見下して貶める。

「ゆうはオマエと『トモダチになりたい』ってゆってたけど、ゆうとオマエ……もうトモダチなんじゃないか?……っておもってた」


「…………え?」


 『友達になりたい』、という言葉に隠されたというほどでもない意味、陣のその言葉の裏にある事実に浅間はハタと気づいた。置き換えることで見えるその言葉の裏に――

 『なりたい』は現在は『――ではない』で、憂は浅間のことを友達だと思っていない、という偏った解釈ができる。

 陣もそこまで意識して浅間に言ったつもりではないが――

 ここで生じた浅間の心のわだかまりは、ここでは軽く浅く本人も気に留めてはいなかったが、後にここではない何処かで、それは重く深くずっしりと圧し掛かることになる。

「でも、カンちがいでよかったよかった……オマエみたいなクソが、ゆうのトモダチのワケがないか……オマエがクソすぎるクソでホントーよかった~ ホントッ、ありがと!」

 陣が最大級の侮蔑の言葉であるところの『糞』を浅間に対して連発して、あろうことか浅間の糞人間具合に感謝する始末――口元を綻ばせて心底嬉しそうな笑顔を見せた。

 憂を守る自分の為に――『浅間が最低な人間でよかった』と――――


「なっ……なぁァ?!」

「ゆうがオマエに……」

 陣の突拍子もない笑顔にか、その陣の突拍子もない発言にか、浅間が大いに驚いた。

 その陣の笑顔は一瞬で、すぐにいつもの無表情に戻って言葉を続ける。

「どんなメにあわされても、オマエのコトしんじてる。ゆうはビンカンだから……オマエがゆうをキライになれないハンパなカスってコト、ナンとなくわかってるんだけど、わかってない……」

「ク、クソだ、カスだと……? テメェ!」

「あとザコ」

「コ、コ、コ、コ……コロス! ゼッテー、コロス!」

 鶏の物真似のように、言葉を噛み続ける浅間の動揺はこの上なく激しかった。


「……いいよ。かえって」

「か……かえれだ?」

「オマエみたいなカスでザコ、コレだけオドシとけばじゅーぶん……オレはいまキゲンがいい♪ みのがしてやるから、ほーくえんにはこないでね」

 陣が持ち上げていた金属パイプを、自分の肩に下ろすと、浅間の背中を抑えつけていた足も退けて彼を開放した。

 どういう訳だか、浅間の性格が悪くて良かったと、喜ぶ陣は上機嫌で、てこでも動きそうもなかった無表情に、先ほどの笑顔が張り付けられていた。

「ナァ……ナメんなァ! このオレがいきハジなんてさらせっかよ! コロセよ!」

「……じゃあ、そーする?」


「わっ、わあああァ……!!」


 またも一瞬で笑顔を消した陣が、浅間を睨み付けると、身を竦めることもままならない浅間の無謀な挑発に乗って、金属パイプを強く握って大きく振りかぶった。

 浅間が断末魔のような叫びを上げて、張っていた自らの虚勢を途中でつんざいた。

 

「………………へ?」

「……ヤッパリひつよーない。そうでしょ?」

 陣が振り下ろした金属パイプは、いつの間にか右手から左手に持ち替えられて、浅間の頭から遠いところで、地面に叩き付けられていた。

 それでも顔を伏せてびくびく怯えている浅間を虚仮にして陣が尋ねた。

「あたっ……あたったらどーすんだよ?」

「オマエがシヌ……ってゆーかシネ……」

「ひっ……いィいいエエェ!」

 陣の金属パイプを振り上げて、再び肩に背負うモーションに、浅間が条件反射で怯えて縮こまり、甲高い悲鳴を上げた。


「……ナンでだよ? テメーはブザマにドゲザしたクセに……! オレらにさからわないってゆったんじゃねーのかよ? オレにケンカうるつもりなら、ドゲザなんかしねーたろフツーはよ?」

「よわいヤツにドゲザするのはナンでもない。つよいヤツにはしんでもドゲザはしない」

「………………」

 陣が強いと認めているのは憂ただ一人、とことん憂以外の人間に興味がないらしい。

「ドゲザなら、いつでもやってやる……ゆえよ? ドゲザしてくださいって……またアタマぐらいふませてやるから……」

「……オ、オレはふんでねエ……」

「いいよ。オマエで、ゴリラ(浅間)とサル(その他の群衆)のちがいなんて、ベンキョーしない」

「……っく! うぅ……ぐ!」

 やはり厚顔の陣には、土下座など恥ずべき行為だと思っていない。

 それでも頭を踏まれた復讐は、きっちりと果たす抜け目のない陣が、未だ起き上がれない浅間の後頭部を、グリグリと爪先で踏み躙る。


「ヒキコモリするってやくそく、わすれないでよ」

「…………っは!」

 陣が浅間の頭から足をすっと退かすと、身体が解放された浅間が慌てて飛び上がった。

「………………」

「……っぐ……ううぅうぐ……!」

「きえろ。ソレかホントにシヌ?」


「わあっ……わあああああああ!」


 しばらく陣と対峙して悲痛な唸り声を上げるが、陣が立てた金属パイプで地面を突く音に怯えまくった浅間は、反撃することもなく一目散にその場から駆け出した。

 

「……うぅ、メいた(眼が痛い)っ」

 眼を服の袖で擦りながら、陣がボソッと呟く一言――

「……………………………………………………………………………………やっぱ、ころす」

 それが冗談ではないから恐ろしい。

 長らく続いた三点リーダー(…)は陣の葛藤ではなく、言葉としては表現できない呪詛のようなもので、語尾の単語は『――で、やっぱり殺す』といった殺人プランを呟いていただけだった。


 浅間は次の日、陣の思惑通り家に引き籠り、保育園に来ることはなかった。

 誰もが予想だにしなかった年長組2大ボスの通園拒否、裏で糸を引いていたのは、ボスの座など微塵も興味がない園児で、名乗りを上げない影の支配者は、誰にも気付かれることはなく、彼の目論み通りに、真実は闇へと追い込まれた。

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