Act.02 ―玄孫ギャング― ⑥
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舞台は再び公園に戻り、戦況は攻守逆転で優位に立つ浅間に対して、仲間を捕えられて人質にされた年中組連中は――
「アバレんなブス! シメおとすぞ?!」
「ぅううっ……うえええェ……!」
千夜華が首を必死に左右に振ろうとするが、浅間の手でかっちりと固められている為、捩じった首を自らを痛めつけることになってしまった。
「ゆわねーと(言わないと)わかんねーのか? オレにさからったら、コイツのアタマひっこぬくぞ!」
「お……おにーちゃああぁん!」
「ヒキョーだぞ! ちゃかをはなせ! オンナこどもをひとじちって……ソレってヒトとしてどーよ?」
兄に助けを求めて手を伸ばす妹、その妹の身を案じて動くことが出来ない兄。
「へっへへ……! ブジにコイツをかえしてほしかったら、オレのゆーコトをきけ! ブキをコッチにほうりすてろ! いまスグにだ!」
謗りを受けてもまったく動じない根っからの悪党である浅間が、立て籠もりの犯人のような口振りで、人質を盾にして要求を告げた。
「いたっ……! いたい、いたいよォ……わっあああっ……! おにいちゃ~ん!」
「タマネギ(千夜華のこと)! ヤツらがうってきたら、オマエをタテにしてやるからな!」
「いっひひぃ……いやあああァ!」
泣きじゃくる千夜華、外道は幼女をさらに地獄に追い込んだ。
浅間が千夜華を脅迫しながら、その首を押えていた右手を千夜華の頭に伸ばす。
千夜華は髪を前髪からてっぺんまで上に引っ張り上げられて、必死でつま先立ちをしており、その頭は玉葱の渾名に相応しい姿になっていた。
髪から解れたリボンがはらりと地面に落ち、千夜華がはだけた髪を振り乱した。
「バ……バ、バカ! ケンジューロ、じゅうをはなすな!」
「……コレでいいだろ? ちゃかをはなしてくれ!」
妹想いの兄の健十郎が、工藤の命令に背いて構えていた機関銃に、背中のライフル、腰のオートマチック、すべてを地面に放り出した。
「ナニやってんだ? コッチだよ。コッチによこせ!」
「……フ、フザケんな! オメーにエモノ(得物)わたしたら、ハチのスにされんだろーが! ダレがわたすかよ! なあ? ケンジュ…………ケンシューローくん?」
工藤が低姿勢になって、健十郎を説得しようとするが――
「………………」
愛する妹を守る為、敵の言いなりとなった健十郎が、地面に放ったライフルを浅間の方へと滑らせると、浅間がそれを踵で踏んで止めた。
次に放られた銃も、次々とライフルに当たって止まった。
「オ、オメー! そのアンキ(隠し武器)までだすコトねーだろ!」
暗器の脇差鉄砲、仕込み杖、十徳ナイフやらも、放り投げて丸腰になった健十郎に、工藤が悲痛の叫びをあげた。
「へっ、バカじゃねーの? オラァ! つぎはパンツだテメーらァ!」
浅間が健十郎たちを一笑した後、年中組連中に先ほどこの兄妹が言っていたあの破廉恥行為を逆に命じた。
「……ッザケんな! ダレがンなよーきゅー(要求)のむかよ!」
そんな命令に従えるわけがなく、工藤が断固として拒否した。
「タチバ(立場)がわかってねーみてーだな? したがわねーなら、このきゅうこん(千夜華の頭)をひっこぬくぞ!」
「……ひ、ひっく……」
幼女の髪に手をかける外道(浅間)、鳴き声を必死に押し殺した千夜華が嗚咽する。
「…………わかったよ!」
可愛い妹のため無茶苦茶な要求に応じるべく、腰のベルトに手を掛けて、一気にパンツもろともズボンをずり下げる心優しき兄(健十郎)の姿がそこにあった。
――と、まだ未発達と言っていいそれにモザイクは要らなかった。
「きゃっ……!」
妹は兄の勇士と、それを目の当たりにして、短い悲鳴を上げると眼を閉じて顔を背けた。
そして、顔を赤らめながらも、おずおずと薄目を開けて、横目でそれを覗き見る。
「えぇェ? マジ?! パンツってオイ! ……マジィ?」
動揺を露にするリアクションが面白い、意外と小者の『あかまつぐみ』のボス猿。
工藤は先程の重々しい風格ある口調から一転、危機的状況に対応しきれずに取り乱して、五良月レベルのチンピラに成り下がっていた。
「ナニしてんだよ? テメーらもだ!」
「ええェ、えええぇ? オレェ?!」
「……フ、フザケんな!」
「………………」
なかなかパンツを下ろさない工藤たちに業を煮やした浅間が、左手で掴んでいた千夜華の両手を解放すると、今度は左腕で千夜華の腹部を抱え込むと――
「……や、やっやぁ……」
「オイ、ガキ! アイツらをうて!」
千夜華の平らな胸ごと腕を押し上げて、散弾銃で工藤たちを射撃するように命じた。
「…………え? ヤ、ヤダよぅ……」
「いーからヤレ! ゼンブひっこぬいてハゲにするぞ!」
「…………わ、わかった」
「ぅげっ……わからねーって、ソレ! まっ……まてまてまて!」
「ゆるして、ね?」
「ムリ、ムリ! ゼッテー(絶対)ムリ!」
拒む千夜華だったが、浅間の脅しに屈して銃を構えると、工藤が必死に命乞いをする。
髪は女の命、引っこ抜かれては堪らないので、千夜華は仲間を売る覚悟を決めた。
「はやくしろ!」
「オ……オメー、バッ……バカ、シャレになんねェ!」
「まてっ! モチつけ(落ち着け)、ケンのいもうと!」
銃を大きく振り下ろした千夜華が兄を避けて、とりあえず工藤ともう一人の年中組園児に銃口を迷わせる。絶体絶命のピンチに工藤ともう一人が千夜華を宥めようとするが――
千夜華の震える手が収った次の瞬間、我が身可愛さに銃を連続射撃させた。
「ふぁ、ふぁああ!」
「い、いやああああ!」
その銃弾の雨の中を、四方八方に逃げ惑う工藤たち。狙われていない健十郎の陰に逃げ込めばいいのだが、彼らにそんな知恵が回るはずもなく、無様に転がりつつ奇跡の弾丸避けをやってのけていた。
「わ、ひゃっ……」
「バカ! あぶねーな!」
発砲の反動で上にぶれた銃を、千夜華が支え損なってバランスを崩した。
浅間が、眼前に接近してきた銃身を下に押し戻すと、千夜華は銃に引っ張られるように下を向いた。
その時、浅間が咄嗟に千夜華の身体を抱えていた左手を離した為、千夜華は髪を掴まれたままで宙吊りの状態になった。
「い~たいよォ! わあああああ!」
「うっ……わっわあああぁああ!」
髪に千夜華の自重がかかると、その痛みに耐えきれずに、千夜華がばたばたと暴れだした。
そのはずみで、引き金を引いたままの銃から発射された流れ弾が、浅間の足元の地面を射抜いた。
「オ、オイ……バカッ!」
「わぁああああああおあん!!」
取り乱した浅間が掴んでいた髪を強く引っ張ると、千夜華が泣きながら大暴れして、堪らず手を離した浅間に銃を乱射してきた。
またも、一瞬の逆転劇がここで起こったのだった。
自棄を起こした千夜華の三度目の乱射、哀れにも浅間はその散弾の餌食となってしまった。
「……いィ、いっでェ……ちくしょう…!」
こちらの散弾銃はガス銃ではなかったものの、それを至近距離でくらったのだから、大人でも泣くほどの威力、咄嗟に体を屈めて、両腕で顔を防御したことで、右肩と右腕を被弾。
その負傷した服の上からは、痛々しくうっすらと血が滲んでいた。
「はあ……はあ、ぅはっ……!」
「……ち、ちくしょォ! テメェ、コロスぞ!」
「えへ、えへへ……チュミ(詰み)だよ」
浅間は後ろを振り向くことさえ敵わず、蹲ったままの姿勢で怨言を吐いた。
腕を押えて涙を浮かべる浅間の背後に、息を切らせた千夜華が立って、『チェックメイト』とばかりに銃口を向けた。
悔恨の浅間が肩を振るわせる。この時を以って、浅間の反撃は打ち止めになった。
「…………ク、クソがあぁ…………」
下手すれば大怪我、千夜華が銃の扱いに長けていなかったのが功を奏した。
浅間は右肩から腕を負傷したものの、至近距離の散弾銃乱射で着弾がそれだけというのも絶妙な下手さ加減だろう。
「スゲーなケンのいもうと……まだネンショー(年少)なのに……」
「ああ、ちゃかはネンショー(年少組)ぐらいでおわるオンナじゃねーよ」
まだ紹介されていない年中組の一人と、健十郎の普通に当たり前の会話、しかし意味を履き違えると、恐ろしい言葉に聞こえてこなくもない。
「…………おわりだな。ハラっち」
「あァ、そーだな」
ここで、年中組最後の一人を紹介、健十郎に『ハラっち』と呼ばれた彼の名は『葉原双丸』。
まん丸く小さい目と鼻と口、顔のパーツが極端に小さめの作りをしていて、白いキャスケットを目深に被り、服装も白のコーディネートに、大きめの黒縁メガネ、首から高価そうな一眼レフのデジタルカメラを提げている。
「きたねーマネしてくれたよな。なあ? オマエ……」
「……コロス! コロシてやるぞテメーら!」
「……フン! ハラっち、カメラ。コイツをとってやってくれよ」
浅間の顎を親指でくいっと持ち上げて、今度は健十郎が浅間を睨みつけた。
屈辱的な浅間が睨み返すも、涙で淀んだ瞳にいつもの眼力は宿らず、健十郎に鼻で軽くあしらわれた。
「……お、おお」
健十郎に促された葉原が、首に下げたデジタルカメラをさっと身構えた。
カメラのファインダーに映った被写体の浅間、その無様な姿は――
「ないてんぜコイツ、いーザマだ……ヤレ、ヤレ!」
何だか小者臭いイメージが根強く残った工藤が、既にデジカメを構えている葉原に恥ずかしい写真の撮影を急かした。
「とるよ~ はい、わらって~」
「お、ハラっち……マークついてるヤツじゃん。そのデジカメ」
「あー、マークXだぜ」
キャノンビーム社の販売終了モデル 『CH―AOS 5D マークX(10)』。ボディとレンズキットで、目玉が飛び出るほどの驚きのお値段。
中流家庭のお父さんであれば、決して子供の手の届くところには置いておかない逸品であるが、セレブはそれを子供が所有していた。
「テ……テメーら! アトでどーなるかわかってんのか?」
「どーなるんだ? オメーの『アサシン』(部隊)をうごかすってか? フン! こんなダセーたいちょうにダレがついてくんだよ? さっきのヤツらだって、オメーをみすててバックれてんしよ(逃げたよ)?」
虚勢を張る浅間を、今度は工藤が鼻で笑った。
「っ……くっ…! ちくしょう!!」
「わらえよ……ゲスヤロー!」
妹想いのヒットマンが憎しみに表情を歪ませて、浅間に向けた拳銃の引き金を少しずつ引き絞っていく。
『前門の虎、後門の狼』――いや、『四面楚歌』、千夜華と健十郎に前後に挟まれて、その横を工藤と葉原に囲われて、浅間は身動きを完全に封じられた。
「…ヤメロ! マジでいてーんだぞ! ……っわっわあァ!!」
そして、健十郎が本当に引き金を引いた。
銃弾が発射されて威嚇射撃の雨あられ、銃弾の数発が浅間の身体を掠めていった。
これには浅間も堪らず腰を抜かして、恐怖に慄いて堪え切れずに――――――――失禁。
「あ~あ、ダサダサ……」
「ハハッ……ハハハ……! チビリやがった!」
心の底から呆れる千夜華と、千夜華を虐めたことがよほど腹に据えかねたのか、無理矢理に表情を作った健十郎が大口開けて笑った。
「シャッターチャンスだ! ハラ」
「うぅうっ……ヤメッ……ヤメろよお!」
「ハ~イとるよ~ い~カオしてね~ ン~キミ、サイコー!」
工藤の合図で葉原が嘲り笑いながら、浅間の恥ずかしい姿を捉えてシャッターを切った。
すすり泣く浅間、ああ無情に切り取られた今日の日の絶望が、永久保存版に――
「……いいエ(写真)がとれたあぁ」
「ひきのばして、アサイチでヤツのくみの、ホワイトボードにはっとけや」
作品の出来に満足げな葉原に、工藤がその写真を公開するように言い渡した。
その二人のやり取りを後ろから見ている人物が――
「おわった?」
「おせーよ。アクツ(阿久津)……ってゆーかさっきからきてだろ? イモって(芋を引くの略で後退するの意)んじゃねーよ。オメーはよ!」
「いや、だって……パンツってゆってたから、ヤバッとおもって……で、そしたらコレじゃん? さっきまでバクショーしてた」
「オイッ!」
年中組の遅れてきた男、『阿久津らいる』が登場。
漆黒の無造作ヘアーに、髪の長さやラインがバラバラなアシンメトリー、実写と見間違うほどリアルな髑髏が背中にプリントされた黒いジャケットに、スリムタイプのブラックジーンズと、全身を黒で包んでいた。
彼に関しては長い前髪が眼までかかっていて、その奥の表情がよく窺えなかった。
周りに音漏れ何のそので、これまた高価な開放型ヘッドフォン『AMG―S7シリーズ』を耳から外して首に下げている。流れている曲のジャンルはデスメタル系で、『FUCK』、『SHIT』、などの過激な単語を連発、傍からはさぞ耳障りな叫び(シャウト)なことだろう。
阿久津は公園には既に来ていたようだが、年中組が貞操の危機だったので、息を潜めて隠れていたという要領のいい男でもあった。 それでいて、仲間のピンチに電柱に隠れるといったチキン行為に、卑屈さを微塵も出さず、実に堂々していた。
阿久津は飄々とした態度で、工藤の文句をさらっと受け流した。
阿久津が葉原の持っているデジカメに眼を落として――
「ハラっち、ソレさ……コピって1まいくれよ」
「……マジ? いーシュミしてんね……」
「だろ?」
先ほど浅間の醜態を撮影したデジカメを阿久津が指差すと、葉原が少し怪訝な目で阿久津を見るが、これを弁解せずにさらりと肯定する。
「……ってヒクなよ。コレでおもらしろい(面白い)コラ(フォトコラージュ)つくんだ」
「ナンダソリャ?」
葉原がデジカメを再生画面に切り替えて、浅間のお漏らし画像を表示させると、工藤たちがそれを覗き込みに来た。
「ごうせい(合成写真)だよ、ソレでもっとハズイ(恥ずかしい)しゃしんをつくる」
「ふーん……だったらリアル(現実)でいーじゃん? このチビリのパンツぬがしてさ、チンチンまるだしのエとかさ……コッチ(後ろ)からぬがせば、ションベンつかないよ」
「ハハハ、ケンはまったくアートをわかってないぜ」
「ナ、ナニがだよ?」
「……うぅ……ヤメろ。テメ……」
これまた品性のかけらもない阿久津と葉原が、浅間の前で写真の使い道について歓談。
阿久津がアメリカナイズな身振りで健十郎を惑わす。
それを聞かされる浅間には、求刑を受ける被告人のような心境だった。
ただでさえ、葉原にパンツを脱がされかけて半ケツ状態なのに――
「おもらしなんてヌルイって……オマエらがおもいつかねーよーな、ヘンタイアートみせてヤルよ。ドキューン!」
「……ヤ、ヤメッ……」
消え入りそうな声ですがる浅間に聞く耳をもつことなく、筋金入りの悪趣味な阿久津が、浅間に向かって指でピストルの形を作って、死刑(私刑)を宣告する引き金を引く。
公開処刑は明日の早朝、保育園で執行――ということだった。
「きいたよアサマ……オマエって『のろいババア』にのろいかけられたんだって?」
「……ぅうっ!」
阿久津がしゃがみこんで俯いた浅間を覗き込むようにして問いかけた。
「のろい? あ、あの……アサマがナンとかってババアをイカらせたってゆーヤツ?」
「ナニ? そのハナシ?」
口を開こうとしない浅間の代わりに、健十郎が阿久津の話に乗っかると、葉原がその怪談話の詳細を求めてきた。
「ケン(健十郎)」
阿久津が顔を伏せる浅間から、健十郎の方に首を向けて説明を促した。
「きのーさ、アサマがよーかい(妖怪)ババアんチのガラスわって、ババアにのろいをかけられたとかって……」
「……くっ!……うぅくっ!」
健十郎が浅間に銃口を向けたまま話し出すと、手も足も口すら出せない浅間は、唇を噛んだまま身体を震わせている。
「のよい(呪い)って?」
「ちゃ……ちゃか、ノドかわいたか? かわいたよな? オレはかわいたぜ」
千夜華が兄に尋ねると、健十郎はやぶ蛇だったことに気付き、慌てて話をはぐらかした。
「ちょーがない(仕方がない)な~ オニイは……」
「オレら、むこーのベンチにいってるわ」
「オー、わかった」
健十郎が工藤たちにそう告げると、千夜華の手を引っ張って、早々にその場から離れようとベンチに向かって歩き出した。
「ねぇ、オニイ……のよいって?」
「……バーサンだから……ア、アシがおそいんだ」
「ふぅ~ん、ヘンなの~」
再度、千夜華が質問すると、健十郎が適当な洒落でごまかした。
千夜華は怖い話が苦手らしく、健十郎は話の続きが始まる前に千夜華と姿を消した。
「もしババアののろいだったら……オマエもうオワってるぜ? 2ドとたいよう(太陽)のヒカリをカラダにあびるコトができなくなるんだって……」
「………………」
「マ……マ、マジか? のろいなんてあるワケ……」
阿久津が含み笑いをしながら浅間を脅すように語ると、その脅しは押し黙る浅間よりも、仲間の工藤の方に効果覿面だった。
「くくくっ……ババアはキューケツキ(吸血鬼)ってハナシ……」
「バ……ババ、ババアの、のろいのとーりになったってワケだなオメェ……」
阿久津が含み笑いをしながら答えると、工藤は呪いの話に心底怯えたらしく、ひどく動揺した口調で、それでも気分を紛らわせるようにして浅間を詰った。
『のろいババア』は 別名『吸血鬼』と子供たちに呼ばれて恐れられている。
都市伝説より根強くこの町に語り継がれている物の怪的な存在で、園児たちの間で、倒壊寸前の木造家屋に住むある老婆が、そのやり玉に挙げられている。
誰が言ったのか、その老婆の家の窓ガラスを割る、といった迷惑極まりない度胸試しが語り継がれていて、今まで実行したものはいないとされていた。
昨日の今日、それを実行した男として、浅間は園児たちにさらに恐れられことになった。
本人曰く、『ムシャクシャしてヤった』とのことだった。
しかし、その退きざまに、その家の住民である『のろいババア』こと『イリス(外国人)さん』から、浅間たちは怒声とも罵声ともつかぬ怒鳴り声を浴びせられた。
当然、外国語がわからない園児たちは、それを呪いの呪文と勘違いして恐れたのだった。
イリスさんは近所の住人たちからも、色々とよくない噂をされていた。
その理由は、締め切った家に住み、肌が弱いせいか、いつも白い厚手のローブに全身を覆い、なおかつフードで顔も覆っているので、はっきりと素顔を見た者はいないことからきているのだろうか。
そのため色々な噂が先行して、些細な謎が彼女の素行を訝しく思わせているのだった。
「アサマがこんなにアッサリ……マジでのろい、だったのかもな?」
「のろいってゆーか、コイツはハナ(最初)からこんなモンだったってコトだよ」
阿久津がこんな状態になっていることを、老婆の呪いと結びつけて考えていると、葉原が浅間を過小評価して否定した。
「……いやいや、アサマがこんなブザマにはいつくばってるなんてキセキだろ?」
「そんなコトないって、ショットガンでうたれりゃ、ゴリラだってこーなるんじゃね?」
「そーだ、ゴリラだってオメー、オレらにはかてねーよ……」
さらに阿久津が考え込むようにすると、またも工藤たちがそれを否定した。
葉原がゴリラを強者の比喩に使い、自分たちの順当な勝利を語ると、工藤が相槌を打った。
「……いや、そーゆー『つよい』じゃないんだけどな……でも、カンちがいだったわ。どーでもいいか。もうおわりだし……『よわい』よオマエ」
強さについては何やら一家言ありそうな阿久津だったが、結局はこの醜態をさらした浅間は弱いという結論に落ち着いた。
「ま、ニイチャンよ……オメーもうコレでコリゴリだよな? でも……もうおせェか?」
「……うっ……くっ……ぐく!」
立ち上がった阿久津と入れ替わりに、今度は工藤が凄みをきかせた声で浅間に詰め寄る。
言葉を発する気力もなく、ただ俯いたままで、唇は噛みしめ過ぎて血が滲み、目には涙が止め処なく流れ出てくる。
自分よりも年下の園児に、こんな恥辱を与えられている事実がそうさせていた。
「……ツマンネ、ケンのトコいくか」
「あ……うん」
浅間いびりに飽きた阿久津が踵を返すと、それに続いて葉原と工藤がぞろぞろと歩き出し、浅間一人を残して公園を後にした。
「ハラっち、オレのメアド(メールアドレス)にそのエ(お漏らし画像)をトバシといて」
「わかった~ VIPファイルにツブシて(圧縮して)おくるわ~」
「あーたのんだ」
「……ってオイ、オメーらナニゆってんだ?」
歩きながら阿久津が葉原にお漏らし画像を添付して送るように言うと、葉原はその画像を圧縮ファイル形式にして送ると答えたわけだが、阿久津と葉原の会話について、まったくついて来れない工藤が不満そうに二人を眺めている。
漢字で喋れない幼児らの今どき?の会話、三才からのパソコン教育。




