現実の日々[中編]
【ドルチェ/ルミネ市場】
(まだ全然拾っていないのに……っ あたしのご飯がぁ……)
ガックリと肩を落として探しに歩く。とりあえず下を下を、とひたすら下を見て赤い物体が落ちていないかを探した。ずっと下を見て歩いていたため、首が痛くなった。ここまで来てしまうとさすがにこのドルチェも諦めがつく。ハァァァァ……と長く重いため息をついた。
(もう、帰ろっかな……。あたしの今日1日分のご飯……ふふ、はは、あはははは…………)
顔を上げて道を引き返そうかとしたら、思わぬことが起こった。
「あたっ!」
ちょうど頭上に何かがぶつかってきた。結構固く、重さは大体…そう、今ドルチェが持っている……真っ赤な赤い実と同じくらいの重さだった。ぶつかってきた物を拾い上げると、やはりこれだった。ずっとドルチェが探しまわっていた、
「林檎!」
それにしても、この林檎は一体どこからやってきたのだろうか。林檎に足は生えていない。とすると人の手によって、誰かが投げたと考えられる。辺りを見回してみても、「はい、私が投げました」なんて白状する人はもちろんいない。じゃあ誰が?ドルチェは疑問に思ったが、残りを探さないといけないため、また捜索へと戻った。
ドルチェはふと足を止めた。なぜなら林檎独特の、あの甘酸っぱい香りがしたから。そしてそれは不安へと変わる。もしかして……。ドルチェの感じたそれは現実となった。目の前の男性が差し出している潰れてしまった林檎を見て。ドルチェは深く重くショックを受けたが、この男性を追い詰めたりするほど自分は鬼ではない。
「あ、ありがとう。あ……」
とりあえず潰れた林檎を受け取ったが、男性の腕が果汁によって汚れてしまったことに気がついた。「ごめんね。よかったらこれ……」と自分の持っているハンカチを差し出した。
(……1個無駄になっちゃったけどまぁいいか)
目の前の男性に心配されないように、ため息をしないように気をつけた。でもやっぱり残念で。今後の食生活はもしかすると3食セロリかもしれないなーと笑っていた。そんなドルチェの近くでコトリという物を置く音がした。下を見ると、あったのは綺麗で艶のある林檎だった。顔を上げると、目を包帯で隠した少女がいた。
(この女の子、目怪我しているのかな……?あ、じゃなくて!)
「ねえ待って!」
踵を返して行こうとする少女の腕を掴んだ。
「い、いいのこの林檎?だってこれ君の、でしょ?」
大変そうな女の子からたった1個の林檎を貰うなんて、ドルチェは罪悪感というものを感じた。
そんな戸惑っているドルチェに声がかけられた。少女の腕を掴みながらも顔だけ後ろを振り返ると、……いや、振り返っても誰もいなかった。
「あれ……?」
気のせいだっただろうか。いや、でも……。とりあえずドルチェは「ありがとう」と小さく呟いた。
改めて少女を見据え、声を出そうと息を吸ったところで耳に叫び声が聞こえた。何事かと思ってよく聞き耳をたててみると、どうやら林檎の落とし主を探しているらしい。つまり、叫び主は自分を探しているようだ。
「あ、はーーい!林檎落としたのあたしーー!」
左手を高々と上げてその叫びに応答した。
【レイン/ルミネ市場】
「…あ、声!!」
人混みの奥のほうから確実に、自分の呼び声に応答する声が聞こえた
「あ、あっちか…ぐふっす、すみません
がっ!!ご、ごめんなさい!!」
りんごが傷つかないよう胸に抱いて
人混みにもまれながら声のした方へ行くと段々人混みが落ち着いていく
「あ、あの手をあげてる人…!!」
持ち主が見つかって足早になる
ずり落ちた黒いケースを背負い直しながら女性に近づく
「よ、良かった、見つかった(危うく食べてしまう所だった)」
白い頭を書きながら女性に呼びかける
【ゾディア/バトラス湖畔】
「なんで隊長のはずの俺様が人探ししなきゃいけないんだ?」
適当に隊員がいそうな思い当たる思い当たる場所を探して行く。普通に考えてこういう仕事は下っ端がやるべき仕事のはずだ。だが、今はディザースターハントの中で1番地位が上のはずのゾディアが探している。
何故こんなことになっているのか。答えは簡単。ミーティングの前にいない人を探しに行くことになって、何故かそのための人員選出の方法がじゃんけんになり、そのじゃんけんに惨敗したのだ。まあ、そうならなくてもゾディアになったような気がするのだが、これ以上考えると自分の立場が1番上なのか本気で疑問に思ってしまいそうなので考えるのをやめた。
「おーい俺様だー。ディザースターハント誰かいるかー?」
もうほとんどやけくそになったようで、湖畔の入り口付近からかなりの大声でディザースターがいたらどうするかとかは一切考えずに声を出して。
【セルシアンヌ=メルリーチェ / バトラス湖畔】
ぐぐ、とどんなに手を伸ばしても届かない雲。当たり前といえば当たり前なのだけれど、ほんの少しだけ残念でもあって。とはいえ、仮にあの雲に手が届いて、そしてその雲が甘い甘い綿菓子へと変わったとしても。嬉しくないといえば嘘になるけれど、甘いものよりも辛いものが良いな、なんて。どちらにせよ有り得ない妄想に、ふ、と薄く笑みを浮かべた。
空に向けて伸ばされた腕の力が抜けて、とす、という軽い音と共に草の上に落ちる。すう、と新鮮な空気をたっぷりと吸い込んで、ふう、と吐くとゆっくりと上体を起こして、ふと聞こえてきた話し声にちらり、と視線を向ける。あの人もこの場所がお気に入りなのでしょうか、なんて。あの人物、ジルレイン・クレシェイラが滅するべき存在ディザースターで、ポリティカルコレクトネス、通称ネスに所属する敵であることなど、セルシアンヌが知る由もなく。この場所が色んな人に知られてしまうのが寂しくも感じるけれど、それと同時にこの場所をお気に入りの一つとしてくれる人が増えることがとても喜ばしくて。ふふ、と嬉しそうに、ふわりと笑みを零した。
途端、聞こえてきた違う声にぴくりと反応するセルシアンヌ。ああ、この声は。理解するよりも先に体が動き、その場に立ち上がり声の主を探す。
「────ゾディアさまっ!」
探していた声の主を視界に捉えたセルシアンヌの表情が、ぱあっ、と輝き、あまりの嬉しさに飛び跳ねたい気持ちを抑えて手を振ってみせる。決して近くに居たわけではないのに、こうも容易く見つけられたのは、ゾディアがセルシアンヌにとってとても大事な人物だから。ディザースターハントの隊長であり、セルシアンヌがディザースターハントに所属するきっかけとなった人だ。
【シェリル・メードウィ/ヴァルム山頂】
この国の何処かに存在する山の頂。その地を知る者は、同時に彼女を知る者とほぼ同義であった。雲一つ見えない快晴(山の上なので当然だが)のもとに、大きくも派手では無い屋敷が聳える。深い森と花の楽園に包まれ、蝶が舞うこの山の山頂に。
「今日も良い天気…そうだよね?」
傍らの廊下を歩いていた弟子を笑顔で呼び止めると、弟子は此方に満面の笑みを浮かべて「さようで御座います」と返してくれる。十数人程度の弟子を伴い暮らしているこの屋敷。この広い国の中でも、ここだけは危険なディザースターも滅多に訪れはしない。心穏やかに暮らすこの時間は、この国では極めて貴重なものだと言える。そして、素の私を晒す事の出来る数少ない平穏である。そんな風に縁側に座る私も、山を降りて仕事にかかる際にはどうも暴力的になってしまうのだが…
…そのように縁側で暖かい陽を浴びていると、当然睡魔に襲われるものである。いけないいけない、と思いつつ重たい腰を上げる。私は非常勤なので、仕事が入っていない限り、毎日数時間の稽古を弟子と自らに課している。周りには既に弟子たちの姿はない。恐らくは屋敷内にある道場に移動したのだろう。といってもまだ時間にはなっていないのだが…本当に熱心な信者だな、と私ですら思う。何度か自己流(宗教要素アリ)のストレッチをした後、道場まで走る。
道場には案の定、全員がそこに着いている。私はそこまで厳しい指導者の部類には入らない、と自負しているので、彼らには「暫く談笑でもしていなさい」と言い、そう言いつつも早速禅を組む。談笑を楽しむ彼らの姿を、そんな姿勢で静かに眺めていた。鳥すらが突然にして鳴き出し、そこには静かでありながら暖かい雰囲気が流れる
【ミシェル/ルミネ市場】
自分の差し出したリンゴに気づき、「リンゴ!」と嬉しそうな顔で叫んだ後近づいてきたが、恐らく酸味と甘味の入り混じった匂いで気づいたのだろう、すぐにその顔は曇り、次いで酷く落胆したようながっかりしたような、そんな表情へと変わった。確かにわざわざ買ってきた食べ物が無駄になってしまったというものは残念極まりないだろう。実はおまけで貰ったりんごなんだとは知りもしないミシェルは何故か感じた罪悪感故から「りんご、一つお詫びしましょうか」と声を掛ける。
そのあとに、腕が果汁で汚れてしまったことに気づかれたのかハンカチを差し出され、暫し迷ったがりんごを地面に置き、ハンカチを受け取ろうと左手を伸ばす。その直後、果汁でノリの成分が溶け出してしまったのか、あとちょっとで剥がれそうになっている包帯が視界に入った。
「―――――っ……あ、いえ……大丈夫です。それでは」
瞬間的にぞわり、と全身に悪寒が走り、反射的に一歩後ずさった。バレるかもしれない。そう思い素早く左手をパーカーのポケットに突っ込んだ直後、包帯がズレる感触がした。危なかった、そう安堵しつつも礼儀正しく一礼し、慌てて立ち去ろうとドルチェに背を向けた。
【クウゴ/ルミネ市場】
何とか彼女に林檎を置いてさっさと去ったのは大正解だったな。なんせ猫目の俺だ、直ぐに違和感に気づくのか?、生まれつきこう言う目なんですよアハハ。なんて言えたらそれでこそ納得する人がいるから怖いね。
「殺人鬼には…静かに暮らしたいが夢だ。気付いたらまた逃げ回されるだけの人生になるからそれこそ嫌だね」
っと両手ポケットに突っ込みながら取り敢えず返す事に成功してホッとした。
それに上機嫌にこのまま静かに暮らしたいと思い、今後真似事に気遣いする必要もなくなる事に彼は清々してそして何よりも楽しみだった。
多分だと思うが、この俺を殺人鬼だとは誰も思わない、むしろ息子だとも未だ誰にも知られてはいない。知らされてはこちらの命に関わってしまうから、当然人生つまらない物に捧げたくない。
そんな事を思いながら、彼はトコトコと足音をリズム良く歩く。
すると突然急に目眩を起こしてきた、やばい!!副作用が!!!。
彼は少し戸惑いながら水がある所へと探し出すが、生憎この暑苦しい人ごみの中、通常人よりも普通に2倍の水分はこの暑さに奪われてしまい、脱水症状になりかねない。
はやくなんとかしなければならないと思いながらも彼は水がある所にフラフラと歩き続ける、彼の顔は少し老けて少し真っ青な顔色をしている。
まるで砂漠地帯、オアシスを求めている探検家の様なげっそりとした人の様に、フラフラと歩き続けている。
特に目立たないのか、彼を見向きもしてくれない、林檎拾い上げる人達は多いが此奴等は自分勝手なのか?、人のこと言えないから批判しないけど!!。
こうなったらと俺は苦しみながらも声を上げる、
「だ……誰か水……水を……」
これが今最大限の声だと、俺は情けないと思った。
【ディール/ディザースターハント本部】
ディール・ラックは誰もいないディザースターハント本部廊下を歩いていた。聞こえるのは自分から発せられる靴音だけで、ふいに自分の立場を忘れそうになる。今歩く廊下が業火に包まれ、焼け落ちていく様を一瞬頭の中に思い浮かべた。だが、その風景をすぐさま消し去る。だめだ、ぼんやりとした考え事は顔に出やすい。ディールは思考を切り替える。今自分がやるべきことは、ディザースターハントの一員でいることであり、少しでも今後の動向を探ることだ。私情を挟んでいる場合ではない。考えを巡らせているうちに、ふと珈琲の香りが鼻をくすぐった。ディールは香りに誘われるように足を進め、やがて人のいる場所までたどり着く。
「俺にもコーヒー。砂糖もミルクもなしのブラックだ、間違えんじゃねぇぞ。」
誰が珈琲を入れているか、ディールは知るはずもなかったが、こういう風に言えばだれかが動くだろうと勝手に決めつけ、言葉を投げっぱなしのまま適当な椅子に座った。部屋には若干一名眠気を催している者もいたが、別に怒るやつもいないだろう、とディールは椅子の背もたれに体重を預け、ふぅ、と息を吐いた。ネスとディザースターハントの戦闘が行われるのを望んでいるわけではないのだが、こんな間延びした何もない日は、早急に自身の目的を果たしたいディールにとって、退屈といら立ちを募らせるばかりのものだった。
【ゾディア/バトラス湖畔】
「お、いたいた。おーいシアン~!もうすぐミーティ……なんでもない!俺様もそこらへんで寝ていいか?」
声をかけると、思っていたよりもかなり早く反応が返ってきた。声のした方向を向くと、湖畔にいたのは、ディザースターハントの中では珍しい、素直にゾディアのことを尊敬している隊員、セルシアンヌだった。
相手が手を振ってくるのに対して、自分も同じく手を振ってこれからミーティングだということを伝えようとして踏みとどまる。先ほどからずっと、ディザースターハントの隊員にこけにされたばかりだったのだ。ここで少しくらい休んだところでバチなど当たるわけないのだ。
ここまでの思考をミーティングを伝えるのを踏みとどまってからわずか0.2秒でこなすと、セルシアンヌに対して、なんでもないと言った後に、辺りを見回して、寝心地のよさそうな場所を探す。探し終わるとセルシアンヌの近くまで走り軽く首を傾げた後に自分もここで昼寝をしていいかと尋ねて。
【ルーク/バトラス湖畔】
「……ったく、ジルレインはどこですか?」
ブツブツと文句を言っているのは、ポリティかルコレクトネス副団長のルーク・アルカード。彼は16歳という若さで副団長を務めているが、その最もな理由は何と言ってもこの真面目さだろう。そして今回なぜルークがジルレインを探しているのかというと、どうやら彼に頼んでいた書類がどこにあるのか分からないからだ。ジルレインはネスの中でも常識人な方だからきっと仕事は終えているのだろうが、問題は誰に提出したかどうか、だ。ネスの中に変わり者は沢山いる。つまり、整理整頓が悪い者に出してしまった場合、それはもう消えたも同然。そして、ジルレインがこの湖畔に入っていったという情報を聞いてここまでやって来たのだ。ハァ……とため息をつきながらひたすら木々の間を潜り抜けていくと、湖がある少し広い場所を見つけた。
「……やっぱり」
いた。相変わらずの幸せそうなニコニコした笑みでくつろいでいる。「ジルレイン」……そう声をかけたかった。
ジルレインの近くには、ディザースターハントがいたのだ。すぐさまジルレインと一緒に帰りたかったのだが、そうはいかない。近くにあった木の裏側に身を潜めて様子を見ることにした。しかし、ルークはかなり動揺していた。足がガクガクと震え、まぶたが熱くなるのが分かる。油断したら声が出てしまいそうで、必死に息を押し殺した。
念のため、とローブの内に隠してあるナイフを取り出そうとしたが、そのナイフは儚く無惨に地へと落ちる。
「っ!」
(しま……っ!)
鳴ってしまったカランという乾いた音。
(気づ、かれた…………?)
【ドルチェ/ルミネ市場】
目の前の白髪の少女は、人混みを一生懸命掻き分けてきたのかボロボロになっていた。申し訳ないな、という罪悪感を抱きながらも白髪の少女が守ってくれた林檎を受けとる。
「ありがとう。何もお礼とかできなくて申し訳ないんだけど……」
ドルチェの予算は少ないため、自分の食費で精一杯だった。そもそもお金があったら新しい絵の具や筆を買っているのだから。
ドルチェはその男性に変な疑問を感じた。
「待って!」
男性の左腕を掴んだ。……いや、知っていたのかもしれない。包帯で左手を巻いている。最初は怪我か何かかと思っていたが、この世界でこの国で体の一部を隠す。それがどういうことかと分かっていたのに。この後男性は酷く傷つき、きっと自分も傷つく。そんなこと分かっていたのに。誰も幸せになる人なんていない。そんなこと分かっていたのに。
ドルチェは、男性の左手を離すことをやめなかった。