星とオーロラ~先に観てくるよ~
俺、高崎健人は普通の高校に通う、普通の高校生だ。
成績も普通。
運動は普通。
友達も普通。
大した楽しみも無い高校生活。
そんな俺に、ある日突如として、-楽しみ-が訪れた。
いつも通り、放課後に図書室へ向かう。
図書室の扉を開け、右手の奥にあるテーブル。
そのテーブルを挟む形で椅子が置かれている。
特に読みたい本があるわけでもないので、適当に目についた本を取り、その椅子に腰掛ける。
本を読み出して、5分程経って、彼女が現れた。
俺の正面の椅子に座る。
「今日は、何読んでるの?」
彼女に聞かれ、俺は、適当に取った本のタイトルを言った。
「はだしのゲン」
漫画かよ!!
「今日もいつもの本ですか?」
俺の質問に彼女は、勿論と、頷く。
「やっぱ、何回見てもいいわぁ、一度でいいから、生で見たいよねぇ」
そう言って彼女は、本を俺に見せる。
「ほらぁ、綺麗でしょ?オーロラ!!」
俺は頷く。
「はいはい、何回も見ましたよ」
彼女は、オーロラの大ファンらしく、ほぼ毎日のように図書室に来ては、この【オーロラの美】というタイトルの図鑑を見ている。
この、彼女との何気ない会話が、俺の見つけた、唯一の楽しみである。
彼女との出会いは、ある日の放課後、たまたま、図書室に行ったのがきっかけだった。
本棚に向かい、目当ての本を探していた俺の隣で、一生懸命背伸びをして、本棚の上の方に置かれている本を取ろうとしている女生徒がいた。
彼女は小さい足を、いっぱいに伸ばしていた。
見るに耐えかねた俺は、彼女の代わりに、その本を取ってやった。
「この本でよかったですかね?」
すると彼女は、バツの悪い笑みを見せ「ありがとね。私、背低いからさぁ」と言った。
この時俺は、彼女に一目惚れしてしまったのだ。
次の日、借りた本を返却するため、図書室に向かった。
扉を開け、右側のテーブルに、彼女がいた。
真剣な表情で、何かカラフルな本を読んでいた。
俺は後ろから、彼女に声を掛ける。
「何見てるんですか?」
彼女は俺の顔を見る。
「君かぁ、昨日はありがとね。んでもって、またヨロシク!!」
彼女の笑顔。
やはり、タイプだ。
「はいはい。で、何の本ですか?それ」
「見て見てこれ、綺麗でしょぉ?」
そこには、オーロラの写真が載っていた。
「オーロラ、好きなんですか?」
俺も小さい頃は、オーロラが好きで、一度だけ家族で見に行ったことがある。この事実を知らせたら、彼女はどんな顔をするだろうか?
彼女は頬を膨らませながら言った。
「嫌いな人なんか居るぅ?」
「いません」
これが、俺と彼女の初めての、会話らしい会話だった。
金曜日。いつも通り、図書室へ向かう。
扉を開け、右側のテーブル。
彼女はまだ来ていないようだ。
結局その日は、彼女は図書室に顔を出さなかった。
土日を挟んで、翌週の月曜日。
放課後の図書室に、彼女は居た。
「こないだ、来なかったんですね?」
俺の質問に彼女は、一瞬考えたような顔をして「あー、ちょっとねぇ」
はぶらかされた。
その日も彼女は、オーロラの図鑑を眺めていた。
「またその本ですか?」
俺の問い掛けに、彼女は「えー、いぃじゃーん」と言った。
「自然の力は凄いよぉ」
「自然の力ですか?」
彼女は目を輝かせながら言った。
「何で、こんな綺麗なものが、上空に現れるんだろぉ、不思議だよねぇ」
「確かに、不思議ですよね」
それからも彼女は毎日、図書室に顔を出した。
金曜日以外は。
それから何週間か経ち、彼女は図書室に顔を出さなくなった。
心配になった俺は、彼女には悪いと思いながらも、彼女の名前を調べ、彼女の教員に話を聞くことにした。
名前、学年を調べるのは、簡単であった。
彼女が、よく読んでいた【オーロラの美】の一番裏、図書カードなる、借りた人間の名前等を記載するカードがある。
そのカードの一番上に-古谷星- 2-B
と書かれ、下の段は、全て空白だった。
どうやら、彼女以外、借りた人はいないようである。
すぐさま、2-B組の教員に彼女の事を尋ねた。
しかし2-Bの教員は、彼女は最近学校にも来ていないということしか、教えてくれなかった。
「彼女に何かあったんですか?」
俺の質問に対して、教員は少し俯き、無言で首を横に振った。
真相を知ることができず、モヤモヤしたまま学校を出た。
家に帰る道の途中に、公園がある。
夜の、寒い公園。
そこに彼女は居た。
一人、ベンチに腰掛け、夜空を眺めていた。
俺は何の躊躇いもなく、彼女に声を掛ける。
「何やってるんですか?こんなとこで」
彼女は一瞬首を竦め、こちらを見た。
その顔には驚きと、目には涙が見えた。
「あっ・・・」
彼女の泣き顔を見て、俺は同様した。
彼女は、泣き顔のまま照れくさそうに笑う。
「カッコ悪いとこ見られちやったなぁ」
涙を指で拭っている。
「・・・何か、あったんですか?」
俺の問い掛けに対して、彼女はうつむいた。
しばらく沈黙が続き、彼女が喋り出した。
「私ね、最近図書室に行ってなかったでしょ?学校にも行ってないんだ」
知っている。
「小さい頃から、結構大変な病気を持ってるんだ」
彼女は自分の胸に手を当てる。
「でね、ホントは学校にも行っちゃダメだって、親にも、医者にも言われてたんだけどね
、親が仕事で朝から夜まで家に居ないのをいいことに、黙って学校に行ってたの」
彼女の目には、涙が浮かんでいる。
そして、涙の粒が、頬を伝う。
「バチが当たっちゃったのかな。私、後3ヶ月くらいしか生きられないみたいなんだ」
彼女に何か声を掛けたいが、言葉が見つからない。
「やだよ・・私、まだ死にたくない・・・」
先ほどまでの笑みも消え、彼女は泣きじゃくる。
「せっかく、健人君とも仲良くなれてたのに・・こんなのやだよ・・・」
俺は、無意識のうち、彼女を抱きしめていた。
「大丈夫ですよ。そんな病気、いつもの笑顔で吹っ飛ばしちゃいましょ?そんで、病気治ったら、一緒にオーロラ見に行きみしょ?」
俺は今出せる、精一杯の言葉を彼女に向けた。
彼女は顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめ言った。
「うん。約束だよ?」
俺はこの時、少し泣いたと思う。
それから2ヶ月後、彼女は死んだ。
病状が悪化したらしい。
でも彼女は、最後まで-生きること-を諦めなかった。
彼女のお葬式には、俺も参加した。
古谷星の友人ということで参加した。
この時、初めて彼女の母親にあった。
俺は挨拶した。
「初めまして、星さんの友人の、高崎健人です。この度は、ご愁傷様です。」
すると彼女は、ぺこりとお辞儀し、一枚の手紙を差し出してきた。
「これ、あの子が、高崎君にって。もしよかったら、読んでもらえる?あの子も、きっと喜ぶと思うから」
無言で手紙を受け取る。
家に帰り、封筒を丁寧に開け、手紙を広げる。
【こんにちは、こんばんわ?】
彼女の字だ。
その字は、震えていた。
弱々しいが、何処か、力強さを感じる。
【この手紙を君が読んでるってことは、私、ダメだったみたいだね。ごめんね、2人でオーロラ見に行くって約束したのに、私一人で先に観てくるよ。
私は名前の通り-星-になったんだよ?死んだわけじゃないんだからね!!
だから、健人君も、いつか大切な人を見つけて、その人と見に行ってね?私からの最後のお願い。
今までホントにありがとう。
楽しかったし、幸せだったよ。
健人君と会えてよかった。
私は、精一杯生きたよ。健人君も、精一杯生きてね。】
そして、手紙の裏には一枚の写真が貼り付けられていた。
オーロラの写真である。
その写真の右下には、小さく文字が書かれていた。
【私の一番好きな写真だよ】
その写真を見て驚いた。
俺は、昔、家族でオーロラを見に行ったことがある。
彼女には、その事を伝えなかった。
いや、伝えようとすると彼女は俺の口を塞いだ。
「ダメだよ?私の方が先に観るんだから」と言って。
そして、その時に撮った写真を、何かのコンクールに出した。
そのコンクールでの結果は大した賞も取れなかったが、その写真は雑誌に載っていたのだ。
その写真こそが、彼女が一番好きな写真であった。
俺と彼女は、出会う前から出会っていたのだ。
一枚の写真を通じて。
そして彼女は、解っていたのかもしれない。
自分自身、-星-になることを。
彼女は、俺よりも先にオーロラを見たかったのかもしれない。
俺は涙の一つもこぼさなかった。
夜空を見上げる。
一際大きく輝いている星のよこを、流れ星が通過した。
「ずるいですよ、星さん」
寂しくなんてない。
彼女はいつも、そこにいるのだから。
星とオーロラ。
私の好きなフレーズです(*´Д`*)