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海風

日焼けはしたくないのに、憎たらしいくらいの快晴だった。

と言っても実は、すでに部活で充分に日焼けしているのだけれど、これ以上黒くなりたくないというのは乙女心だ。



私は服の下に水着を着てきたから、わざわざ行かなくてもいいのに、

「一緒に行け!」

と兄貴が目で合図するので、海の家の更衣室に真由美さんと一緒に向かった。


「私、なっちゃんに逢ってみたかったの。」


真由美さんが着替えながら突然そう言った。


「え!?見ての通り普通の中学生ですよ」

私は戸惑いながらそう答えた。

彼氏の妹って気になるものなのかな?私、付き合った事ないからわかんないや…と心で思う。


「大輔は愛おしそうにあなたの事をよく話すし、祐二もお気に入りみたいだし。

私の大好きな2人が可愛がってるんだから、きっと素敵な子なんだろうなあ、って楽しみにしてたの。」


“私の大好きな2人が”という言い方に何か引っかかるものを感じたけれど、

「期待を裏切ってすいません、素敵なんて言われた事一度もない地味な子なんですよ〜」

と自虐的に笑ってみた。実際、そうだし。


「ううん、そんな事ないわよ!可愛いし、凄く落ち着いてて大人っぽいし、頭もよさそう。もっと自信持って!」

「あ、ありがとうございます……。」


なんだか、首の辺りがかゆくなってくる。

本当はこういう時、私も真由美さんを褒めて、2人で褒めあって謙遜しあう“褒めあいループ”に入った方が和むのかもしれないけど、正直そういうのはあまり得意じゃない。


よく知った友達同士なら自然とそういう流れになる事はあるけど、それは本気で思って言ってる事で、さっき初めて存在を知った人に対して、容姿以外に褒める所なんてわからない。


面倒くさいので話題を変えたいなあと思った。


「背もスラッとしてるし、手足も長いね〜。うらやましいなあ。」


私がそんな事を思っている間にも、真由美さんはまだ続けてくる。


「真由美さんの方がナイスバディじゃないですか〜。色も白くて私の方がうらやましいです。」

とりあえずそう返すと、

(本当に女性の私から見ても、お〜っ!と思うナイスバディだったので)、

「そんな事ないよ〜♪」

と真由美さんが微笑んで、その話題は終わった。


なんだか、真由美さんと私の女度の違いを思い知らされたようで、少しだけへこむ。

比べるのも馬鹿馬鹿しいのはわかってる、けど……。


でも、せっかくの海だし、着替えも終わったし、気を取り直して、男性陣の所に戻る。


私たちの姿を見て兄貴は、

「お〜!!真由美、水着いいなあ、似合ってるよ!」

と大きな声で叫んだ。続けて

「なつ、よし。ビキニだったら許さない所だった!」今年こそは!と思ったのだが、やっぱりビキニを着る勇気がなくて、私はタンキニ型の水着を着ていた。


「なんで真由美さんはビキニでいいね〜、なのに私はだめなのよ!」

と膨れると

「なつはまだ胸が小さいからダメ」

と笑った。

「ちょっとは大きくなってるもん!」

と思わず叫び返して、ハッとした。

ここは家じゃないし、佑ちゃんも聞いてる!!真っ赤になって兄の腕をグーで殴った。兄はまだ笑ってる。

佑ちゃんもこらえきれずに笑っている。


すると真由美さんが真顔で、

「年頃の女の子にそんな事言っちゃダメよ!傷つくんだから!水着よく似合ってるじゃない。ねえ?」と言って、佑ちゃんを見る。佑ちゃんは笑いながら、

「アハハ、奈津子らしいなあ。」と言った。


「よし!泳ぐぞ!」

私とのやり取りは兄にとってはどうでもいい挨拶みたいなものである。真由美さんと手をつないでさっさと海に走って行く。

お邪魔になるのも嫌なので、少し遅れて泳ぐつもりでセッティング済みのパラソルの下に座る。


あ〜、なんか疲れた。兄の軽口に正論のフォローとかされると、こっちが気を遣う。

佑ちゃんみたいに笑って流してくれていいのに……。



「奈津子、悪かったな。」

突然、佑ちゃんが隣に座りながら言った。

「え、な、何が!?」

一瞬、心を読まれたのかと思った。


「真由美。説明なしでいきなり居たら驚くよな。」

「確かに驚いたけど、佑ちゃんが謝る事じゃないじゃん。」

「俺が三人で来るのが嫌で奈津子を誘ってくれって言ったからさ。」


ドキッとした。何よ、その何かを期待させるような言い方!


「真由美さ、同性の友達ほとんど居ないんだよ。人との付き合いが下手っていうか、距離感計るのが苦手っていうか……奈津子ならなんとなくわかるだろ?」

コクリと頷く。とてもよくわかる。


「あいつ、子供の頃から親とうまくいってなくて、人を信じられないような所があって。奈津子と大輔みたいな家族の愛情っていうか信頼関係みたいな感覚、多分わからないんだよ。」

佑ちゃんは続ける。


「大輔は男気があるから、あいつのそういう所が放っておけないんだと思う。俺が居るから安心しろ!的な感じ。」

うん、兄貴らしい。


「あいつ見た目が可愛くて、性格があれだから、女友達もなかなか出来ないみたいで、そうすると男に嫌われないような振る舞いに気を遣って、ますます女には嫌われて、みたいな感じなんだよね。」

うーん、それは……辛いかも。どっちが悪いかは置いておいて、同性の心を許せる友達がいないのは、私ならちょっとキツい。


「相手が男でも女でも、本音で付き合えばいいだけなんだろうけどね。それが出来ないんだよ。」

「なんで出来ないの?」

佑ちゃんがフッと笑って


「人をね、信用出来ないんだよ。奈津子が理解するには、ちょっと難しいかもしれないけどね。」

と言った。


とてもとても、切なくなった。私が当たり前のように思っている、兄や家族からの愛情は凄く尊いモノなのかも、と気付かされる。

本音で人と付き合えない、人を信用出来ない……。

だからあんな笑い方になるんだ。私がこんな短い時間で疲れた、と感じるような付き合い方を常にしているんだ。

そう思うと、嫌いと思った自分がとてつもなく意地悪な人間に思えて落ち込む。


佑ちゃんはそんな私に気付いたのか、

「奈津子がそんな顔する必要はないんだよ。人と人が付き合う上で、バックボーンなんて本当は関係ないんだから。目の前に居るその人が好ましいと思うか、そうでないかは自由だよ。」

そう言って微笑む。


「同じような状況で育っても、真由美みたいにならない人はいっぱい居るし、真由美自身が選んでそうしてる部分がむしろ多いんだ。

愛情には恵まれてなかったけど裕福に育ったせいか、人を見下すような所もあるし、私が一番!じゃないと気が済まないような我が儘も強い。

でも本当は寂しがり屋で子供なだけなんだけどね。」


佑ちゃんは、真由美さんの事をよくわかってるんだなあ、と思った。

「まっすぐ育ってる奈津子の方が大人なのかもしれないな。」

佑ちゃんはそう言って私の頭をポンポンした。


「佑ちゃんさ、私が大人になって真由美さんと仲良くして、って言ってるの?」

「あー、ごめん。

そう聞こえちゃったかあ。

そんなつもりじゃないよ。

ただ奈津子は、真由美みたいな人に出逢うのは初めてだろうなあと思ったから。

戸惑ってるみたいだったからね。」

「……わかった?」

「わかってたよ。嫌いって思ってたのも。」

バツが悪くて言葉が出なかった。


「奈津子ならそう感じるだろうと思ってたし。」

「なんで?」


「奈津子は、人の心に敏感だから。

嘘やごまかしは通用しない目をしてるっていうか……、うーん、そうだ!犬みたいな感じ?」


「犬ーっ!?」


「そう、犬みたい。人間に見えないモノが見えてるような。

自分の気持ちに素直で、寂しいとシュンとして嬉しいと尻尾ブンブン振ってる感じ。

だから可愛いんだよ。」

佑ちゃんはニヤリとした。


「自分の気持ちに素直って、私、我が儘かな?」

「それはない。感情がわかりやすいって事。」


さっきドキッとした自分が情けない。

私の思い人は、私を犬のようだと思っている。

女扱いされる訳がない。私が“佑ちゃんと逢えて嬉しいな”って思ってる時、佑ちゃんには“御主人様、遊んで遊んで!”に見えてるんだ!

なんだか自分でもおかしくなってきた。


「大体さ、真由美さんのフォローなんて必要なら本来お兄ちゃんがするべきじゃないの?」

「大輔は補足説明もなしに、『わかるだろ?一つよろしく!』で何でも解決だと思う人種だろ?」

うん、確かに。

兄貴は、“考えるな、感じろ!”の人だから。


「それに……、俺は真由美をフォローしてるつもりはないよ。奈津子に仲良しになって欲しいとも思ってない。むしろ無理して仲良くしたら奈津子が傷つくかもしれないから、近寄らなくていいと思うくらい。ただ俺が呼んだのに、奈津子を嫌な気持ちで過ごさせるのがたまらなかったんだよね。」


真由美さんへの悪口にすら聞こえかねない言い方だけど、佑ちゃんは真由美さんの事をよく理解していて、信頼関係がある事が感じられた。私よりもずっと近い距離感も。

犬だけど、ヤキモキ焼きます。


「佑ちゃんと真由美さんは前から仲良しなの?」

「中学が一緒だったんだ。卒業してから逢ってなかったけど、大学入ってしばらくして偶然再会したってわけ。」

「じゃあ、お兄ちゃんより佑ちゃんの方が真由美さんの事を昔から知ってるんだね。」

「まあ、そういう事」


少し考える。

佑ちゃんは私が話し始めるのを待ってくれているようだ。


無理に仲良くしなくていいとは言っても、兄貴の彼女だし、別に意地悪された訳でもないし、仲良くしない方が不自然な気がする。


「とりあえず、普通に付き合ってみるよ。お兄ちゃんの彼女な訳だし。」

「…そっか。まあ、なんかあったら1人で自分責めてないで俺に言えよ。」

佑ちゃんは、海を見ながら言った。

「はい!御主人さま!」

私がそう答えると、佑ちゃんは笑いながら、犬にするように頭をグシャグシャに撫でた。


今は、これでいい。いや、これがいい。

妹みたいな、飼ってる犬みたいな、女じゃないけど近くに居られる存在。この距離感が、ちょっとドキドキして心地いい。


いきなり兄貴の彼女を紹介されて、その彼女がなんとなく好きになれなくて、なんだか頭がグチャグチャだったけど、佑ちゃんと話したらスッキリした。


そうしたら、髪をぐちゃぐちゃにしながら吹いていく海風が、とても心地よくなった。

真由美さんと佑ちゃんの、微妙な距離感は気になるけど、敢えて考えないようにしている自分がいた。



「お前ら、泳がないのかー!」

兄貴が大声で叫んでいる。

「今行くー!」

佑ちゃんも大声で返事をして、私にも

「奈津子、行こう!」

と手を差し出す。

私はドキドキがばれないように、

「ワン!」

とおどけて、差し出された手にお手をした。


浮き輪を抱えて海に入るとすかさず

「2人で何話してたの?」

と真由美さんが近付いてきた。

「大輔と真由美の悪口に決まってるだろ」

と佑ちゃんが笑いながら言う。

「あら、失礼しちゃう!佑二はなっちゃんの事、本当にお気に入りなのね。」

真由美さんが満面の笑みで言いながら、私を見る。


あれ?もしかして怒ってるのかな?それも、私に?なんとなくそんな気がした。

真由美さんの水滴のついた真っ白な胸の谷間が、女は私1人よ、と主張しているようで、ゾクッとする。


別に佑ちゃんは真由美さんの彼氏じゃないし、私は妹っていうか犬だし、なんでヤキモチ?


「奈津子、泳ぐぞ!」

私の考えている事を断ち切るように、大きな水しぶきをあげて佑ちゃんが沖へ向かった。

「待ってー!」

と出来るだけ明るい声で返事をして、慌てて追いかけた。


どうして佑ちゃんは、タイミングよく私を呼ぶんだろう。

どうしてこんなに人の気持ちがわかるんだろう。

私の気持ちだけでなく、兄貴の気持ちも、真由美さんの気持ちも。


佑ちゃんはいつも静かに微笑んでる。

でも本当の気持ちは、その表情からじゃわからない。

それが、もどかしい。

私も、もっと人の気持ちがわかるようになりたい。

佑ちゃんの心をもっと知りたい。


そう思いながら、ドンドン泳いで行く背中に

「ワン!」

と叫んでみる。

佑ちゃんは振り返って

「ちゃんと付いて来い」

と笑いながら言った。


ちゃんと付いて行くから、佑ちゃんの気持ちを感じられるような大人に早くなるから、少しだけ待ってて。

そんな事を思いながら、必死で泳ぐ。浮き輪だけど。

佑ちゃんは、なんとか追いついた私の浮き輪に掴まって、

「追いついたな。頑張った頑張った。」

と言った。


本当にいつか追いつくんだから。


そう思った時、大きな波しぶきが私達にかかった。

びしょ濡れの髪に、海風が吹き抜けて行った。


「大輔じゃないけど、奈津子がビキニ着てこなくてよかった。」

「どうして?」

「まだ発展途上のお前がその辺の輩に女を見る目で見られるのは、俺もちょっと嫌かも。」

「それって保護者の言う事だよね?」

「あ、そうか。これって保護者の感情か!」


ちょっと意地悪のつもりで、

「じゃなきゃヤキモチ?」

と聞いてみた。

佑ちゃんは顔色一つ変えずに

「そうかもな〜、奈津子可愛いからな〜」

とサラッと言った。

やっぱり佑ちゃんの方が上手だ。

私の質問なんて意地悪にもなってない。


そんなやり取りが楽しくて、遠くから私達を見つめる視線なんて、気にもしていなかった。

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