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彼女

予期せぬ彼女が現れた。


なぜだろう?


私、この人好きじゃない……。

夏休みの間、何度か佑ちゃんと顔を合わせた。といっても挨拶程度の会話を交わしただけで、兄も佑ちゃんも学生最後の夏休みを忙しそうに過ごしていた。


私も部活やら、宿題やら、遊びやら……、なんだかんだと忙しく過ごしていた。

でも佑ちゃんの姿を見られた時は、胸がドキドキしてしばらくの間ご機嫌でいられた。


そんな夏休みが終わりに近付いた頃、兄から電話がかかってきた。


「よう、なつ、宿題終わったか?」

「終わったよ。私、優等生なんだから。」

「じゃあ、明日暇か?」

「暇っていえば暇だけど、なんで?」

「海、行かないか?」

「え〜、日焼け嫌なんだよね〜」

「佑二が車出してくれるし、バイト代出たからなんか買ってやるからさ」


佑ちゃんも来ると聞き、無条件で行くつもりになったけど、少しもったいぶってみる。


「え〜、じゃあ今度買い物付き合ってくれる?」

「よし!決まり!明日の朝車で迎えに行くから準備しとけよ。弁当はいらないからな」

「了解。じゃあね」


素っ気なく電話を切ってから、思わずガッツポーズをした。


それにしても買い物に付き合ってまで海に誘うなんて何かあるのかな?

佑ちゃんいるなら無理に私を連れて行く必要ないと思うけど……

あ、もうすぐ私の誕生日だから、それでか〜!

佑ちゃんと海なら最高のプレゼントだし!!お兄ちゃん感謝!



翌朝迎えが来るまで本気でそう思っていた。



車のエンジン音がしたので、昨晩から最高に上がりきったテンションで家の外に飛び出した。

兄は、物置に置いてあるビーチマットや浮き輪を車に積み込んでいる。

母は、佑ちゃんに、挨拶とお礼を言っている。

私は、この夏ほとんど着る機会がなかったお気に入りのキャミワンピを着て上機嫌だった。その下には、もう水着を着ていた。


「お兄ちゃ〜ん、もうクラゲいるよね?

薬持って行った方がいいってお母さんが……」

そこまで言って車を覗き込んで、固まってしまった。助手席に、人が乗ってる。綺麗な女の人。


え?どういう事!?

助手席って事は佑ちゃんの彼女?

だからお兄ちゃん1人じゃ気まずくて、私を無理に誘ったって事?

大体聞いてないし、彼女居るって。

…佑ちゃん格好いいし、居て当たり前だけど、でもでも、いきなり実物って心の準備出来てないんですけどー!!


頭の中はパニックで、体は固まっていた。放心状態ってやつだ。


「なつ、何固まってんだよ。これ、真由美。

俺の彼女」

「初めまして、真由美です。よろしくね。」


そう言って微笑んだ彼女は、優しそうでとても美人だった。


お兄ちゃんの彼女?

いたの!?

それも初耳なんだけど!

しかも凄い美人じゃん!

佑ちゃんの彼女じゃなくてホッとしたけど、驚いたのには変わりない。



でも、なんだろう……凄く怖い。


明るい髪の色も、くりっとした大きな目も、口角が自然に上がった可愛らしい口元も、怖い要素は何もないのに、なぜか冷たいものを感じて、言葉を発する事が出来なかった。



「奈津子、今日可愛い格好してるね。

似合ってるじゃん。」


後ろから優しい声がして振り返ると、佑ちゃんが立っていた。

首を少し傾けて、全てわかっているような穏やかな顔で私に向けて一回軽く頷いた。

溺れている時に助けてもらったような、そんな気持ちになった。

涙が出そうだった。


「さあ、乗って乗って。日が暮れちゃうよ。」

明るい佑ちゃんの声で、4人は車に乗り込んだ。


運転は佑ちゃん、助手席は真由美さん、後ろの席には私と兄。


出発してしばらくの間、私は無言だった。とりあえず頭の中を整理していた。


小さい頃から、私は自分の予期せぬ事が起こったり、心の容量を超えてしまうとしばらく固まって考えてしまう。

情報処理の能力が低いのか、おそいのか……。

兄は、そんな私に慣れているので、気を遣うこともなく放っておいてくれる。

それが私には有り難い。


その間、3人は楽しそうに話をしていた。

主に話をしているのはお兄ちゃん。

佑ちゃんは、大声で笑いながら、所々で意見を挟む。真由美さんは、笑顔で2人のやり取りを聞きながら、偶に私と目が合うと「楽しいね!」という表情をする。


やっと私の頭の中が落ち着いてきたな、という頃に兄がタイミングよく声をかけてくる。表情でわかるのだろうか?


「そろそろ落ち着いたか?」

そう言いながら、兄は後部座席の背もたれに深く寄りかかる。

高速を走る車の走行音でよく聞こえないが、前の2人はどうやら流れている音楽の話しで盛り上がっているようだ。

「うん、ごめん……」

「で?次は質問だろ?」

お見通しだ。


「いつから付き合ってるのよ?」

「もう2年になるかな」

「!!」付き合い初めたばかりじゃないんだ……。


「お兄ちゃんの彼女なんでしょ!なんで助手席なのよ?」

声を潜めて聞く。

「あいつは佑二がお気に入りなんだよ」

「は!?」

なんだそりゃ。

普通は恋人同士が隣じゃないの?

それとも、私に気を遣ってるのかな?

もしもそうなら、今の状況を考えると有り難いけど。


「大体、なんで私を呼んだのよ?」

付き合い始めじゃないなら尚更だ。

「一応、紹介っていうのがタテマエ。本音は海で女1人だと、色々と不都合があるだろ?風呂とか着替えとかさ。真由美は構わないって言ってたけど淋しいかなあ、と思って。」

ああ、我が兄ながら、この人は本当に優しい人なのだ。私利私欲なく。


「そんなのさあ、彼女が友達連れてくればいいだけじゃん。」

兄は前の2人を伺って声を更に潜めて続けた。

「う〜ん、真由美もなんか嫌そうだったし、それに佑二が知らない女は気を遣うから面倒くさいって。それならお前を連れて行けばいいって言うからさ。」


今日一番嬉しい情報だ。私は佑ちゃんにとって面倒くさくない人なんだ。

でもその後の兄の言葉で、そんな喜びもかき消された。


「佑二、もてるんだよ。あのルックスで彼女いないし、気がきくし。

変なの連れてくとキャーキャーうるさいんだよ。そういうの佑二嫌いだからさ。その点お前なら、妹みたいなもんだから気楽だし、キャピキャピしてないから気に入ってるんだよな。」

さすが俺が天塩にかけて育てた妹だ、と笑う兄の声はほとんど耳に入らなかった。


「彼女いない」

「モテる」

「妹」

「気に入ってる」


嫌な言葉と嬉しい言葉がごちゃまぜで、もう訳がわからなくて考えるのはやめにした。

自分でも何に戸惑ってるのかわからなくなってきてるし。


とりあえず、思いがけない夏の海を楽しもう!と決めた。

お兄ちゃんの彼女とはいえ、最初に真由美さんを見た時に感じた怖さは引っ掛かるけど、佑ちゃんと一緒に海に行けるなんて、こんなラッキーはそうそう訪れない。一応、お兄ちゃんには感謝しておこう。


「お兄ちゃん、海でホタテかハマグリ食べてもいい?」

「おう、10個でも20個でも食え!」

「ありがと。でも1個でいいよ。有り難みが無くなるよ。」


私がそう言うと兄はくしゃっとした顔で笑って

「なつ〜、お前はいい子だ!」

と大きな声で叫んで、頭をグジャグジャにした。

それを聞いた佑ちゃんも

「奈津子は可愛いな、ずっとそのままで居てくれよ」

と言った。


その可愛いは、犬とか赤ちゃんとかに対する「可愛い」だという事は私にだってわかる。悔しいので、

「2人して子供扱いしないでよ!」

とふくれてみせた。

お兄ちゃんは

「何言ってんだよ!本当に可愛がってるのに!」

と抱きついてくる。

佑ちゃんがニヤニヤしているのが、ミラー越しに見える。

お兄ちゃんは、酔っ払うと普段からこういうセクハラまがいの事をするから慣れてるけど、今日は真由美さんがいるせいか、いつもよりテンションが高い。

「あ〜もう、やめてよ」

と突き飛ばす。


その時、真由美さんが

「2人とも、なつちゃんが可愛くてしょうがないのね。

なんだか妬けちゃうな。」

と言って満面の笑みで振り返った。

隣で兄が

「真由美、お前もヤキモチ焼くなんて可愛いなあ。俺は嬉しいぞ。」とおどけて言う。



その時わかった。

真由美さんが怖い理由。


ずっと笑顔なのに、目が全然笑ってないんだ。


こんな笑い方する人、見た事ない。

顔に笑顔のお面をかぶってるみたい。

心から笑えない人なんだ、と思った。


今だけ?いつも?

お兄ちゃん、気付いてないの?

なんで、こんな笑い方をするんだろう。

なんで、お兄ちゃんこんな人と付き合ってるんだろう……。


すぐに「こんな人」と思ってしまった自分に、嫌悪感を覚えた。

お兄ちゃんが誰と付き合おうが自由だって思う。

本当なら祝福したい。

でも、素直に喜べない。

これは嫉妬?



違う。初めて逢ったのに、まだよく知らないのにこんな事思うなんて、凄く性格悪いと思う。



でも私、この人好きじゃない。



視線を感じて見上げると、ミラー越しに佑ちゃんと目が合った。

「奈津子、海でいっぱい遊ぼうな。」

佑ちゃんはそう言って目で頷いた。


そんな訳ないのに、私が何を考えていたか、私の嫌な所が、全部バレているような気がした。


「おう、遊ぼう!」

お兄ちゃんが笑ったので、私も

「よし、遊ぼう!」

と笑いながら拳を突き上げた。


もしかしたら今、私の目も笑っていないかも、と不安になった。

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