Is this Love&Comedy?
『目を覚ますと、そこには荒野。私は、その光景が不思議でしょうがないと感じたのでしょう。対話を試みまし――――』
「ターイム!」
声高らかに停止要求。それは、私の自作小説を添削してもらおうと、友人である武蔵坊萌に原稿用紙を見せてからまだ5秒足らずの事でした。
「ん、どうしたの、トイレ?」と私が問いかけると、
「いやいやいや、おかしいでしょ。主人公は神様か何か? なんでいきなり地球と対話的な宗教みたいな事になってんのよ!? あんた確かコレ、学園ラブコメって言ってたわよね? 導入部分で荒野と対話する学園ラブコメなんて見たことないわよ!」
ブレス0回、怒涛の攻めだった。
けれど私は、萌がいったいぜんたい何を言っているのか理解出来ず、「はぇ?」と答えるしかなかった。
「ココよココ! ていうか最初よ最初、書き出しの部分よ。コレなんか他の作品の文章を入れてしまったんじゃないでしょうね!?」
原稿用紙の1ページ目、最初の最初を他の作品と間違えるはずがない。第一、一応ではあるが見直しもしていたのだけど……と恐る恐る原稿用紙に目を通す。ふむ、間違いない。何の問題もない、私が書きたかった文章が当然そこにあった。
が、そこで私は萌の間違いに気が付いた。
「あー、萌。最初は荒野じゃなくて、荒野なんだよ。荒野は今作のキーボーイ。物語の開始当初、主人公は1学年上の荒野先輩に憧れを抱いていて――――」
「まぎらわしッッ!!!! 超まぎらわしッ!! 100人中99人が荒れた大地を想像するわよ! 異世界系かと思ったわ…………名前変えるか、最初なんだから荒野さんの説明入れた方がいいわね絶対」
なるほど、と私は言われた事をメモ帳に書いていき、萌もまた原稿用紙に目を落とした。
『――対話を試みました。
「Hey Mr. What are you doing now?」』
萌は、一瞬私をチラ見したが、また原稿用紙を読み始めた。
『「ワァォ……君は日本語しゃべれるのかぃ?」
「Yes! I can speak Japanease.」』
そこまで読んだ萌が原稿用紙を床に叩きつけました。
「日本語喋りなさいよ! 喋れるんなら尚更日本語喋りなさいよ! あと、全然会話になってないわよ! これなら荒野と対話を試みてる方がむしろ自然だわ!!」
これは萌からの絶妙なキラーパスに違いない!
「荒野という意味での『自然』と、『むしろ自然』をかけている高度なギャグね萌!」
「お黙りッ!!」
萌が瞬時に拾った原稿用紙で私の頬を叩きました。痛いです。
「これは何なの!? シュール系ギャグ小説か何か!?」
「No,This is Love&Comedy――痛い!」
「次ふざけたら……『ショケイ』だね」
「書契!? 怪しい書類契約させられるの!?」
「ちゃうわッ! 処刑よ」
「そんな、いきなり重すぎる!」
萌は一拍の間の後に溜息をつき、「もういいわ」と呆れつつも懲りずに原稿用紙に目を通し始めた。
『――「Yes! I can speak Japanease.」
私はその瞬間、この人と生涯を共にする覚悟を決めました。すると、何処からともなく、
「僕もだよ、マイハニー」という声が聞こえて来たのです。よって、私も、
「んまッ、それはなんて素敵な事なのかしら!」と訳も分からず返答した。
したがって、彼も、「今日は記念日さ!」と四方八方研ぎ澄ます。
しからずんば、私も――』
「じゃからしいいいいいいいいわああああああ!!!!」
萌は発狂した。
【じゃからしい】とはいったい何のか? そんな疑問を口にすれば葬られる。そんな確信があったので、私は萌の前で座禅を組んで瞑想に入った。
「おい」
萌の威圧! 瞑想する私の心に2ミロクバイナンス(日本円にしておよそ1.67円)のダメージを受けた。
「そんな単位はないぞ小娘」
萌の心読み! 瞑想する私の心に79サンファンティルシャネモナンス(ハムカツにしておよそ2枚分と同等のカロリー)のダメージを受けた。
「体に教え込むしか……ないようね」
萌の脅し! 迷走し始めた私の心に812371チャモネンアダンケシュリンハンファドゥルテンニモンヴァ――――ぎゃあああ!!
その瞬間、全てが暗転した。何が起こったのかも、私が今どの方向を向いているのかも…………ただ、意識を失う寸前、微かに見えた『天』の文字だけを脳裏に焼き付けた。
目を覚ましてからは萌の怒涛の説教タイムが待ち受けていた。私の書いた学園ラブコメの、まだたったの数十文字の間にそれほど致命的な欠陥があったとは…………私もまだまだ未熟者なんだなと痛感させられた。中でも何処が悪いのか聞くと「全部」と萌は言った。ショックだった。
もう、萌は私の小説を読んではくれないのだろうなと悲しい気持ちなった……のだが、落ち込む私を背に、萌はまたしても原稿用紙に目を通し始めたではないか。
「友情を感じるよ、萌」
「同情よ」
萌は素直だった。
『「今日は記念日さ!」と四方八方研ぎ澄ます。
しからずんば、私も「確定申告の通知書を送付させていただきます」と、開口一番一刀両断無病息災家事親父結婚願望結納上等喧嘩御免御無礼仕り候……
そこで目が覚めた。最初の日の朝である。
~2020年7月1日まで、あと17年~』
一瞬萌が「なげーよ」と呟いたが、読むのは止めずに更に進む。
『朝、登校時に感じちまったぜ、いけすかねーな。クラスメイトの連中が賑いを見せやがってやがる。これは一大事だぜ……最近調子乗ってる野郎どもも出て来たしなぁ、こりゃ朝読書をサボって制裁を加えてやらねーといけねーんじゃねーの? あ?
そう思った私の名前は【川合猫子】通称、かわいいニャンコ。とってもプリティな名前でしょ? オッケー!とても気に入っているわンフフ。
でもそんな僕の好きな事といえば、やっぱりバスケットなんだ! ドリブルで相手を抜き去る瞬間がとっても気持ち良いんだ! まだ1年生だから基礎練習ばかりだけど、絶対先輩達を追い越して、目指すは全国!
「あわわ、そうこうしている内に授業が始まっちゃいます! 急がなくっちゃ!」
食パンを口に加えた私は、部室に練習着などを置いて急いで教室へ向かいました…………その途中。
「きゃッ!」
足が絡まってしまい、転んでしまいました。
「てへへ、またやっちゃった!」
自分の頭をコツン。今日も頑張るぞ! おー!』
萌は「多重人格ッッ!!」と叫んで壁を殴って、更に更に読み進めます。
『大変だよぉ。気合を入れ過ぎちゃったみたいで自分の教室がある階ではない場所まで階段を駆け上がってしまったみたいですぅ。はうぅ。
「はわわ、どうしたら良いんでしょぉ、道が分かりませんよぉー」
その時でした。
「あれ、君3年生じゃないよね? 何か用かい?」』
萌は「荒野か……」と悟ったように一言。
『「はうぅ、あなた誰ですかぁ?」
第一村人発見状態ですぅ、怖いですぅ。
「僕は、3年の中五指越裕也よろしくね」』
萌が「違うんかいッ!」と叫びながら、手の届く位置にあったクッションを投げつけた。
『「時間は大丈夫かい、もう授業始まっちゃってるけど……もしかして道にでも迷ったのかな?」
まぁ、典型的優男の中五指越先輩ですね、はい。
「えっ、あなたこそ、授業始まってるのに何やってるんですか(正論)」
「僕はいいんだよ、色々あってね」
「イジメられてるんですね、分かります」
「…………………じゃっ、じゃぁ僕はこれで。また何かあったら話かけてよ、またね」
「図星(笑) 」』
萌が私のお気に入りの箇所を読んでいるので補足をしようと、顔を萌の真横に近づけました。
「そこのね、フラグの立て方がね、王道だけど好きなんだよねー」
「折ってるよ! 綺麗に真っ二つにしたわよ自分で!」
「もぉー、萌は分かってないなー。ツンデレってやつなんだよ。普段は前髪パッツンなんだけど、たまーにデレク・ジー○ーっぽくなるんだよ」
萌は言葉を失い、絶望した。もう駄目だ、修復不能だ限界だ。フラフラと立ち上がり、まるでゾンビのような足取りだったが部屋を出て行こうとしてドアノブに手をかけた。
次の瞬間!
「テーレッテー♪ ドッキリ大成功!!」
振り返ると、何処から出したのか板で出来たアレと、珍妙なヘルメットを被ったソイツがいた。
「いやぁ、さすがに冗談だよ萌。ワタシもそこまで馬鹿じゃないからこんなの書かないってー! 本物はコチラでぇーす!」
酷い、これは酷い。いらぬ御もてなし……いや、洗礼だ。
無駄サプライズに生気を根こそぎ奪われた萌はその場に力なく、ぺちゃんと座り、手渡された新たな原稿用紙に嫌々目を通した……
『「ぴかッ、ごろごろ~、ひゅーんひゅーん、わさわさー、ざーざー」
やって来た。
「じゃーじゃー、びゅー、ぱちぱちぱちー、ぴーぽーぴーぽー」
台風の季節!
台風7号が日本列島に直撃する、そのニュースを聞いたのが昨夜の話だった。にも関わらず、今朝、到来。
急激な進路変更と同時に速度を増した台風7号が、今まさに私の住む地域にも被害を及ぼしていた。
父は行ってしまった、「一生に一度のデカイ波がくるぜぇ……」そう言って。
母は行ってしまった、「豊作よ! これは恵みの雨! 今年は豊作だわー!!」そう言い残して。
まだ年少の妹も行ってしまった、「姉貴……新しいレインコートと長靴の使い心地、確かめてくるね……」そう言って。
犬のぺロまでもが行ってしまった、「わん!」そう言って。
私は、一人になった。
学校もどうせ休みだ、今日は1日本でも読もうと自室に戻ろうとした時に、固定電話が鳴った。
「緊急連絡網!! 本日――――行!!」
雨や風の音が酷くてよく聞こえないが、どうやらウチのクラスの連絡網のようだ。声で分かる。
この声は、事務的な会話以外はした事が無いが、出席番号が1つ前の『玉田巻』に違いない。
「んー、何ー。学校休みって話?」
「もう一度繰り返す! 緊急連絡網! 本日、2年B組の授業は決行!!直ちに登校せよ! もう一度繰り返――うわああああああ」」
そこで電話が切れた。
アイツは何故外から電話をかけて来たのか、そしてアイツの身に何があったのか。果たして、私は救急車や警察に電話をした方が良いのか。様々な謎が脳内でグルグルと廻ったが、政治家的判断に基づいて結論は先送りにした。
やらなければならない事があった。それは、本当に学校へ行かなければならないのか? その1点である。
私は自室に戻り携帯で幼馴染である元餅月餅に電話をかけたのだが……
「繋がらない……」
おかしいと思った。しかし何もおかしい事などなかった、携帯の電波は『圏外』を表示しており、当然といえば当然の結果であった。
台風の影響で電波塔とかそういうのがやられたか? そう思い、今度はテレビを点ける……反応が無い、ただの屍のようだ。
その後、家の中の電化製品が全て死んでいる状況が発覚した。電気は点かないし、もちろん電話もだ。さっきの電話直後に町の電気系等的な部分がやられたのだろう。
こうなると、残された行動は1つとなる。
『学校へ行こう!』
この嵐の中で……正気だろうか。
『学校へ行こう!』
いや、待て落ち着け自分。ココから1歩踏み出せば、もう二度と平穏な日常に戻って来られなくなる気がする。
『学 校 へ 行 こ う !』
踏み出してしまった。玄関の扉を開けて、嵐の中、学校を目指す為に、1歩……踏み出してしまったのだった。
その後、誰も居なくなった自宅内は、繋がらなくなったはずの電話が何故か鳴り響いていた。
(ピーっという発信音の後に、メッセージを入れてください……ピー)
「おい、どうした! 家に居ないのか!? まさか……学校に!? ダメだ、今あそこに行ってはいけない、殺され――な、なんだお前は……まさか奴らの!? うぐぁあああああああああ」
(2)血の匂い
「ひぃ!」
萌は驚きのあまり原稿用紙をその場に落とした。怖い物は苦手なのだ。これはどう考えても殺るか殺られるかの話で、最悪未知の生命体の気配さえ感じる。
「どう? ちょっと自信あるんだけどなーこのラブコメ」
「何処がよ! ラブな要素とコメの要素は何処よ!?」
「えぇー、お米研ぐシーンっている?」
「コメディーーーー!!!!」
「冗談だよ冗談。でもこれから学校で甘く切ない青春ストーリーが展開されるんだよ」
「嘘だッッ!」
「本当なんだって……じゃぁ、もう途中はいいからラストだけ読んでよラストだけ」
「…………最後の一行だけね」
萌は妥協して、原稿用紙の5枚目の最後の行に目を向けた。
『こうして、僕らの世界では車が空を飛び、遺伝子は組み替えられ、宇宙は僕らの楽園となった。』
「ある意味超展開ッ! この原稿用紙5枚の間にいったい何が起こったの!?」
「ね、言った通りでしょ?」
「何をッッ!?」
「Love&Comedy」
「何処がッ!?」
「途中読まないと伝わらないよねー、これぱっかりはしょうがないよ」
もう付き合いきれないと呆れた萌は、帰ると決意した。「じゃッ」と一言だけ告げて、ドアに向かうのだが――――しかし、回り込まれてしまった。
「なッ!」
「実は、今の作品のパート2が既に完成していましてね――――」
「もう止めてぇーーー!!」
『完』
アレを書こう!!
数日後、途中でやる気消失。
次はアレを書こう!! 今度はイケるよ!!
数日後、途中でやる気消失。
今度はイケる! アレを(略
困った困った。
久しぶりに書き上げました。途中で止めようと思いましたが、なんとか書き上げてみました。3日かかりました。
読んでいただけたのならば、ありがとございました。