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四話

 「祈りを貴方に、手紙を君に」の三章です。

 ひどい雑音が周りに響いていた。


 ブランドバッグを片手に提げて、困ったようにはしゃぎまわる子供たちをたしなめながら、一緒に来た友人たちと世間話に勤しむ主婦。そして、そんな母親たちの気苦労を少しも理解した様子もなく店内を走りまわって騒ぎ立てる子供たち。その光景を目にしながらも、一応仕事上の立場を考えて注意することなく黙って見過ごす店員。他のお客も内心迷惑に思っているのか、店を出て行ったり、露骨ではないが少しだけ不快な表情を浮かべて見過ごしていた。


 普段の私なら、「まあ、子供だからしょうがないか」などと思って見過ごしているけれど、私は今日ここに二人で楽しみに来ている。だからこそ、この状況はあまり好ましいものではなかった。


 もう少し見ていたかったけどしょうがないか。とりあえずお兄ちゃんを連れて別の場所に行こう。


 それまで見ていた靴に別れを告げて、私は一緒に楽しむと言いつつも現在は荷物持ちにさせて店の外で待たすことになっている兄の元へと戻った。


 店の外に出ると、それまで感じなかった異様な熱気が肌にまとわりついた。特別な日の一つということもあってか、今日はいつもよりはるかに人が多かった。人ごみを掻き分けるように兄を探すが、荷物をたくさん持っていて普通なら目立つはずの兄の姿が見当たらない。


 お兄ちゃん……どこ?


 姿が見えないと分かると何故か急に胸の奥がキュッと細い紐で縛り付けられたような感じがした。周りを見回し、必死にその姿を探すが、どうしても見当たらない。不安は徐々に焦りに変わっていった。


 どうしよう? いない、姿が見えない。


 連絡を取ろうとポケットから携帯電話を取り出して気がついた。お兄ちゃんは携帯電話を持っていない。つまり、連絡を取りたくても取れないのだ。


『それって、傍を離れたらもう二度と会えないってことだよね』


 不意に頭に自分の声が響いた。


 違う、そんなことない。だって今お兄ちゃんは私と一緒にいるんだから。


『そう? でも、どうしていつまでも一緒にいるなんて思うの? 今だってもう姿を見失ってるじゃない』


 それは……。たまたま、そう、きっとトイレにでも行ってていないだけだよ。


『そう、もしかしたらそうかもしれない。でも、もしかしたらもういないのかもしれない』 


 もしかして、あの時みたいに……。


『それじゃ、行ってくるから』


『楽しんでくるのよ。あと、お土産よろしくね』


『わかったってば。それより、千春のやつまだ寝てるの?』


『さあ? どうかしら。もう起きてるんじゃない? なんなら連れてくるわよ』


『いや、別にいいよ。あいつも忙しいだろうし。きっと疲れてるんだろ。無理やり連れてきてまた喧嘩になるのもいやだしな』


『そういう年頃なのよ。あんたにもあったでしょうが』


『わかってるって。っと、そろそろマジでやばいから行くわ』


 ボストンバッグを肩に提げて楽しそうに話しながら靴を履いて玄関に立つお兄ちゃん。私はそれを二階の階段上から眺めていた。その日から大学の友達と旅行に行くのは前から知っていた。食事の時間に楽しそうに旅行の計画についてお兄ちゃんが何度も話していたから。だけど、反抗期真っ只中で受験期間だった私はそんな話を聞いても批判的に捉えてばっかりで、見送りのときもお兄ちゃんが出発する前に起きていたけれど、堂々と見送るのは恥ずかしくって、自分が間違っているって認めるみたいでこうして二階から後ろ姿を見ることしかできなかった。


 ガチャンと玄関の扉が閉まる音が聞こえてからホッと気づかれなかったことに安堵の息を一息ついてから下に降りた。


『なに、あんた起きてたの? それなら見送り一緒にすればよかったのに』


『別に、今起きたとこだよ。扉の音で目が覚めたの』


『そう。そうやって意地を張ってるのもいいけど、そんなんだといつか後悔するわよ』 


 その時はお母さんの言葉を馬鹿みたいだなんて腹立たしく思っていたけれど、その言葉の意味を私は後で身をもって知った。


 ふっと蝋燭の火をかき消すみたいにあっけなく別れは訪れる。気がつけばたった一人で暗闇の中に立ちすくむことになる。走っても走っても訪れることない終わりのない暗闇。


 そんな想像が頭の中を支配したと思ったら、息苦しさを感じた。喉元を押さえて呼吸をしようとするが、上手く息を吸い込むことができない。


「――佐那。兄ちゃんひとりじめかよ」


「そ、そんなんじゃないよ」


 息苦しさのせいで頭が痛くなってきた時、さっきまでいた店からまたしても子供が騒ぎ立てる声が聞こえた。こんな時になに? と思いながら視線を移すとそこには探していた人の後姿が見えた。


 ……あ、見つかった。


 そう理解すると不思議とそれまであった息苦しさが存在しなかったかのようにスッと消えていった。


 平静さを保ちながらゆっくりと私はお兄ちゃんの元へと歩いていった。そして、お兄ちゃんの真後ろに立って目の前で起こっていることについて、つい口から疑問が零れ落ちた。


「え……なにこの状況?」


 私の声を聞いて今の状況を説明しようとお兄ちゃんはするのだが、この状況を表す言葉が見つからないのか、ただ困ったと表情で疑問に対する答えを伝えてきたのだった。




「で? 結局その子たちどこの子なの?」


 騒ぎが大きくなって人の注目を集め出したため、私とお兄ちゃんは二人の子供を連れ出してフードコートにきていた。ここは親子や年の離れた兄弟、姉妹がたくさんいるので私たちがこの子達を連れていても特に何も思われない。


「どこの子って、俺が聞きたいくらいだよ?」


 身に覚えがないのか、お兄ちゃんも困っていた。そんな私たちとは対照的に二人の子供たちはお兄ちゃんが買ってあげた紙パックのジュースをおいしそうに飲み、無邪気に笑いながら二人だけに分かる会話をしていた。


「兄ちゃん俺たちのこと覚えてないんだってさ、伊佐那」


「そう、なんですか? お兄さん」


 伊佐那と呼ばれた子が潤んだ瞳でお兄ちゃんに問いかける。このままだと泣くと思っているのか、お兄ちゃんは気まずそうに伊佐那ちゃんと視線を合わせては外して、合わせては外していた。


「ごめん、本当に覚えがないんだ。もしよかったらどこで会っていたのか教えてくれないかな?」


「え~ホントに覚えてねーのかよ」


「ごめんね」


「ったくしょうがねーな。じゃあ、教えてやるかな」


「凪、偉そう」


「まあな。だって俺偉いもん」


 凪と呼ばれた少年はずいぶんと尊大な態度で、腕を組んでいばっていた。お兄ちゃんと私はその様子を見てお互い顔を見合わせた。きっと思っていることは一緒だろう。やっぱり子供だなって。


「んーとな。兄ちゃんが公園でずっと立ち止まってたから二人で何度か声かけたんだ。だけど、兄ちゃん全然返事してくんなくておれたちずっと兄ちゃんが気づくの待ってたんだぞ」


 公園という単語が出て何か思うことがあったのかお兄ちゃんは一瞬何か考えるそぶりを見せたが、すぐに、


「あ! もしかしてブランコ待っていた子達?」


 と、二人に問いかけた。


「お~やっと思い出したか。長かったな、伊佐那」


「う、うん。そうだね」


 凪くんはようやくかと言わんばかりの態度をとりながら、伊佐那ちゃんに同意を求めた。伊佐那ちゃんも思っていることは同じだったようで、安堵と未だにこの場に慣れていない緊張を持ちながらうなずいた。


「そっか、あの時の子か。なるほどね」


 お兄ちゃんはなにやら一人で納得をしているみたいだけれど、私には何を言っているのかさっぱりだ。そんな、私の様子に気がついたのか、お兄ちゃんはきちんと説明してくれた。


「この兄弟は俺が家に帰る前にいた公園で、会った子達なんだよ。といっても一瞬だから知り合いって訳でもないんだけど」


 お兄ちゃんは苦笑いを浮かべながら二人に一瞬視線を移した。なるほど、それでこの子達はお兄ちゃんのことを知っていたのか。


「それで? この子達の両親ってどこにいるの?」


 と、それまで誰もが口にしなかった言葉を私は口にした。


「さあ? たぶん二人のことを探している気がするからそのうち迷子センターからアナウンスが入ると思うけれど」


「でもさ、二人の両親から見たら私たち二人を連れ去ってるように見えてもしょうがないよね」


「それは……まあ。でも、ちゃんと事情説明すれば大丈夫だろ。それに、そんなにずっと一緒にいれるわけじゃないし。とりあえず二人に両親の事を聞いて、近くにいるようなら連れて行ってあげるか。見つからないようなら迷子センターに連れて行けばいいし」


「そうだね。それじゃ、二人に両親のこと聞いてみよっか」


 私は席を立ち、空になっているにもかかわらずストローから水滴を吸い上げようとしている凪くんとそれをはしたないと考えているのか弱気な対応で止めさせようとしている伊佐那ちゃんたち二人の横に立ち、腰をかがめて二人と同じ視線に立って尋ねた。


「ねえ、二人のお父さんとお母さんはどこにいるかわかる?」


 私の問いかけに凪くんが答えた。


「お父さん? さあ、そんなの知らないけど」


「そうなの。じゃあ、お母さんは?」


「知らない。俺たち二人でここに来たから」


「え? じゃあ、両親はこのこと知らないんだね」


「う~ん。姉ちゃんが何言いたいのかよくわからんけど、たぶんそうじゃない?」


 凪くんの言葉を聞いて、私は頭を抱えた。もしかしたら、この子達いろいろと問題を抱えているの家庭で暮らしているのかもしれない。いやな考えが頭をよぎった。


「あ~。姉ちゃんが考えてるのとは違うから」


 と、まるで私が考えていることを読み取ったかのように凪くんが否定の言葉を口にした。


「そうなの?」


「まあ、おれと伊佐那は二人で勝手に外に出てるだけだから」


「じゃあ、問題とかはないの?」


「ああ、ないよ。だから姉ちゃんも変なこと考えなくてもいいよ」


 来年から社会人になるかもしれない私よりもよほど落ち着いた雰囲気を漂わせながら凪くんは冷静に答える。伊佐那ちゃんも特に取り乱した様子はなく、落ち着いて私たちの話を聞いていた。両親については語ろうとしない、かといって二人とも問題ないようにしているみたいだしこのままにしておいてもいい気がする。だけど、もし何か起こったら少なくとも私は二人に対して罪悪感を感じるだろう。どうしようと悩んでいると、私の代わりに今度はお兄ちゃんが二人に質問を投げかけた。


「二人の家はここから遠い?」


 この質問に今度は凪くんではなく伊佐那ちゃんが答えた。


「いえ、遠くないです。帰ろうと思えばいつでも帰れます」


 おそらくすぐに帰れるといいたかったのだろうが、幼い子の言い間違いを指摘するほど私もおにいちゃんも意地が悪くない。


「それじゃ、俺たちが家まで送っていこうか? 今日は人も多いし、二人共はぐれたら大変でしょ」


「どうしよっか凪?」


「え~べつにそんなのいらねえよ」


 凪くんはお兄ちゃんの提案が不満なのか、意見を却下した。


「それよりさ、おれたちともうちょっと一緒にいてくれよ」


「それは……」


 お兄ちゃんはしばらく二人を見てどうするべきかと考えていたが、


「しょうがないな、ちょっとだけだぞ」


 と苦笑いを浮かべながら凪くんの意見を受け入れていた。きっと二人のことが心配という気持ちもあるのだろうけど、何だかんだ言ってお兄ちゃんは子供に甘かった。


「よかったな、伊佐那」


「え、え? なんでそこで私に聞くの?」


 喜ぶ凪くんと照れる伊佐那ちゃん。幼い二人の姿に一瞬私とお兄ちゃんの姿が重なった。


 私たちにもあんな時があったんだよね……。


 懐かしさを感じながら、私達はテーブルの上で空になっている紙パックを片付けて、移動の準備をした。


「それじゃ、行くか。どこか行きたい所あるか?」


「そんじゃ、ゲーセン」


「どこでも……いいです」


 両手に荷物を抱えたお兄ちゃんの両隣をそれぞれ陣取ってはしゃぐ凪くんと伊佐那ちゃん。お兄ちゃんも困った表情を浮かべながらも、二人に慕われていることが素直に嬉しいのか無理に払いのけようともしていない。そんな光景を見て私の中にほんの少しの嫉妬の欠片と幼い二人に対するいじわるな考えが浮かんだ。


 お兄ちゃんもまだ気がついていないみたいだし、悪戯にはちょうどいいよね?


 そう思い私はお兄ちゃんの左手を握りしめて歩いている伊佐那ちゃんの横に立った。


「あ、そういえばお兄ちゃん気がついてないみたいだから言っておくけど……」


「ん? なんだ」


「伊佐那ちゃん女の子だから」


「……」


 念のためもう一度。


「伊佐那ちゃん女の子だから」


「……ああ、知っていたぞ?」


 疑問系で返している時点で気づいていなかったのは誰の目にも明らかだが、私は何も言わずにそのまま三人の前を歩き進む。


 後ろからは、「気づいていなかったんですか?」「い、いや。気づいてたよ」「兄ちゃんそれは酷いって」「いや、ホントに気づいてたぞ」「そうですか……」「あ、泣くな。泣くとものすごい困るから」「これが甲斐性なしか。実物は初めて見るぜ」「いや、それ違うからな」などとずいぶんと気まずくなるような会話が聞こえてきた。


 二人で楽しむ予定を変更したんだからこれぐらいの罰は受けてもらって当然だよね。


 後ろで慌てふためいているお兄ちゃんに向かって私は振り返り「ばーか」と呟いた。

 「祈りを貴方に、手紙を君に」の三章の四話になります。


 今回の話も前半シリアス、後半ちょっぴりドタバタなものにしました。前半部分は千春についての伏線というか問題点が書いてありますが、このことを千春本人は気がついていません。まあ、後で問題になるので今はあまり書くことはないのですけど。


 ちなみに、今回ちびっ子の伏線(伏線と言うほどのものではないですけど)回収しましたけど、もっと大きな秘密がこの二人にはあります。これも今はあまり書くことができませんが、早く書いて色々言いたいです。


 千春はなんと言うか、けなげな子だと最近思います。

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