三話
「祈りを貴方に、手紙を君に」の三章です。
「出かけるっていったいどこに?」
朝食を千春と一緒に作り、自分で作った味噌汁の味を確かめていた時、それは千春から提案された。曰く、「今日一緒に出かけよう」とのこと。
「いや、そこまでは考えてないんだけどね」
湯気が出ている白米を忙しそうに口に運びながら千春は答えた。
「なんだよ、考えてないのか。それじゃ、まずそこからだな」
千春がなぜこんな提案をしてきたかというのはさっきまでのやり取りで分かっていた。おそらく昨日の出来事で俺が落ち込んでいるだろうから気分転換でもさせようと思っているのだろう。
まったく妹のくせに余計な心配しやがって。
そう思いつつも内心は妹の成長に喜びを隠せない。三年前は反抗ばかりしてろくに話をしもしなかった妹と目の前で大人しく食事をとっている妹がどうにも結びつかない。見た目もそうだが、雰囲気や考え方が大人に近づいていると感じる。まあ、俺もまだ大人って訳じゃないんだが。
「……なに?」
しばらく千春を眺めていると、その視線に気がついたのか千春がいぶかしげにしながら俺に尋ねた。
「ん? いや、ちゃんと成長してるんだなって思って」
「はぁ!? ちょっとお兄ちゃんどこ見てそんな事言ってるのよ」
何を勘違いしたのかは知らないが、千春は持っていた茶碗をテーブルの上に置くといきなり胸元を両手で隠した。いや、お前そんなに必死に隠すほど胸ないだろ。
「なにを想像してるかはこの際どうでもいいが、少なくともお前が考えているような意味で俺は言ってない。まあ、確かに身体のことは考えていたが……」
「やっぱり私の考えているようなこと想像してたんじゃない! 家族なら何でも言ったり考えていいわけじゃないんだよ。そりゃ、さっきはあんな事言ったけどさ。それとこれとは話が別!」
「お前、人の話は最後まで聞けって母さんにいつも言われていただろうが。いいか、俺が考えていたのはお前が肉体的にも精神的にも成長したんだなってことだ」
「あ、そうなの。ふ~ん。で、具体的にはどこが?」
「そうだな、まずは背が伸びた。身だしなみも気をつけるようになった。精神面は反抗的な態度が少なくなって少し落ち着いたように見える」
「へ、へ~。まあ私もいつまでも成長しないわけじゃないからね」
澄ました態度を取ろうとしているが、実際は気にしているのがバレバレだ。こういったところはやっぱりまだ子供だな。
「それで、他には何かないの?」
「他か……。いや、他にはないな」
他には特に思いつかなかったので、その事を伝えると、千春はポカーンと間抜けな顔をしたまま固まっていた。
「え? なんで。他にもあるでしょ?」
「いや、ないから。だってお前家ではだらしないところとか朝は誰かに起こしてもらえないと早く起きれないところとか料理ができないところとか全然変わってないだろうが」
「そ、それは……。でも、料理は少しはできるようになってるよ!』
「そうだとしても、未だに彼氏の一人もできてないんだろ? お前。せっかくの青春時代を彼氏もできずに過ごすとか寂しいやつだな」
「な、なぁ~! 失礼だよお兄ちゃん。たしかに彼氏はいないけど私これまでに何度か告白されてるんだから」
「はいはい。そうやってむきになるところとか全然変わらないな。そろそろ直さないと後になって苦労するぞ」
「余計なお世話だよ! もういいよ。私ご飯食べるから、食べ終わるまで話しかけないでよ」
プイッと俺と視線を合わせないようにそっぽを向いて食事を再会する千春。こういうところが子供だっていうのに、本人はまったく自覚がない。困ったもんだ。
でも、と俺は思う。
あと一年後にはこいつは今の俺と同じ年になってやがては追い越す。そうなったらもうこいつを子供扱いできないだろう。
だからこそ、今この時だけはこいつを子供として扱っておく事にするとしよう。
午前九時半。俺と千春は駅前近くの大型ショッピングモールに訪れていた。さんざん出かける先をどこにするか迷った挙句、特に行きたい場所もなかったので、「じゃあ、私の買い物に付き合ってよ」という千春の意見を優先することになった。ショッピングモールの中ではサンタクロースの衣装に身を包んだ店員が店の宣伝をしていたり、店の内外の細かい飾りつけをお客に目立たないようにしているのが見えた。それを見て俺はようやく今日がクリスマスイヴなのだということに気がついた。
「お兄ちゃんってば何ボーっとしてるの?」
と、モールの中に入るなり喉が渇いたと言って飲み物を買いに行っていた千春がいつの間にか戻ってきていた。
「いや、今日ってクリスマスイヴなんだったんだよなって思って」
「もしかして忘れてたの? 呆れた~。一昨日にもそんなようなこと話してたでしょ」
言われてみれば確かにそうだ。一昨日千春と一緒にこの近くにあるツリーの下でそんな話をした。ほんの少し前のことだっいうのにすっかり忘れてたな。まあ、この二日間は色々とあったししょうがないか。
なんて、一人で納得していると不満げな表情を浮かべて俺の肩を小突いた。
「今香織さんたちのこと考えていたでしょ」
その鋭い指摘に俺はギクリとする。考えていたことを表情に出していなかったはずなのにどうしてこいつは気がついたのだろうか?
「なんで考えてることに気がついたのかって? だって、これまでのことを考えれば普通そんなすぐに立ち直れるだなんて思わないよ。普通の人なら気がつかないかもしれないけど私はずっと一緒に過ごしてきた家族なんだから多少のことなら分かるよ」
胸をちょっぴり張って自慢げに、誇らしげにして千春は言った。
まいったな、今日はどうもいつもみたいにしていられないみたいだ。
「あ~もう。そんないちいち考えなくてもいいことを考えないでよ。いい? 今日お兄ちゃんは私と一緒にクリスマスイヴを過ごすの! だからお兄ちゃんがいつまでもそんな風だと私が楽しくないんだから。だからさ、今日だけでもいいからさ、他の事は全部忘れて楽しもうよ。じゃないと私が楽しくないよ」
「……ああ。そうだな」
千春の言うとおりだ。今日俺はこいつと一緒に過ごすんだ。だったら他の事を気にしていたらいつまで経っても楽しめしない。俺だけじゃなく千春もきっと。なら、
「楽しむと……するか!」
いつものように、だけど無理のない笑顔を千春に見せて俺たちは歩き出した。
「お兄ちゃん、これどう?」
「あ、このストラップ欲しかったんだ~」
「うわぁ! 新作出てる! ちょっとお兄ちゃんここで待ってて」
「はい、これ。ちゃんと持っててね」
……。歩き出してかた早くも一時間ほど経とうとしていた。両手いっぱいに荷物を持って俺は今靴屋の前に立っている。
「ねえねえ、この靴のラインの色さ赤と茶色どっちがいいと思う?」
最近の流行の靴と思われるものを持ってきて千春は俺に尋ねる。
「赤がいいんじゃないか? そっちのが見た目が映えるし」
「でも汚れがついたら目立たないかな?」
「それはしょうがないだろ。靴履いてたら汚れるのは当たり前なんだし。ちゃんと掃除すれば大丈夫だと思うぞ」
「う~ん。そうだよね。……ねえ、やっぱりもうちょっと見てきていい?」
「はいはい。好きなだけ見て来い」
「ありがとっ。それじゃあ行ってくる」
俺に軽く手を振りながら千春はまた店内へと戻っていった。俺も手を振り返したいのだが、なにせ荷物が邪魔でできない。そもそも店内に入らないのもこの店の一つ前の店で両手に荷物を持ちながら歩いた結果、店内の商品とぶつけてしまい商品を散乱させてしまうという面倒な事態を引き起こしたからである。
きょろきょろと店内を見回していると二人の小さな男の子が目に入った。顔立ちがとてもそっくりなのでおそらく兄弟と思われる彼らは小さな子供用の靴を手に取り、それぞれ自分に合うかどうか意見を言い合っていた。
「こっちのが絶対合うってば」
「それ色がやだ。こっちのがいい」
「さっきからそればっかりだな」
「そっちが変なのおしつけるから」
「お前が意地張るから」
お互いに意見を譲り合わずに二人はにらみ合っていた。そんな様子をほほえましく眺めていると、ちょうどこちら側を向いていた方の少年が顔を上げ、そのまま視線が合わさった。
「お、ちょうどいいや。それじゃ、兄ちゃんに決めてもらおうぜ」
少年の言葉に反対側を向いていたもう一人の少年が後ろを振り向き俺を見て、しばらく首を傾げて考えるそぶりを見せていたが、やがて頷き、
「う~ん、まあいいや。お兄さんに決めてもらうよ」
そう言って二人は俺の元へと駆け寄って来た。
「やあ、兄ちゃん久しぶり」
「こんにちは、お兄さん」
すぐ傍に来た二人は子供特有のかわいらしい笑みを浮かべている。元気で明るい雰囲気のおそらく兄と思われる少年はいたずらっこのような笑みを。おどおどとしておとなしそうな雰囲気のおそらく弟と思われる少年は恥ずかしそうな笑みを。二人とも揃いのプリントTシャツを来てジーパンを履いている。弟と思われる少年の方だけ頭に帽子をかぶっている。
ただの子供なら何も問題はないのだけれど、困った事に俺はこの子供たちを知らなかった。そんな俺の気持ちがこの二人に分かるはずも無く、二人は無邪気に俺の持っている荷物を覗いたり足下で俺の身体を揺すったりしていた。
「なあなあ、一緒に来てこいつの靴選んでくれよ」
「え……と。お兄さんも来てくれると嬉しいです」
二人に半ば引きずられる形で店内に入って行く。もちろん荷物も一緒に。そんな光景を周りにいる他の客は年の離れた兄弟が一緒に買い物をしていると勘違いしているのか温かい目で見守っていた。
違うんだけどな……。
なんて弁解をすることもできずに二人がさっき言い争いをしていた場所に着いた。そしてお互いにそれぞれが気に入っている靴を俺に向かって差し出して来た。
「やっぱり、この靴がいいよな! デザインも色もいいし」
「そんなのはただの思い込みだよ。こっちのがいいよ」
そう言って二人が出した靴は見事に対照的なものだった。兄と思われる少年が差し出した靴はまさに少年が欲しがりそうなデザインの靴だった。赤色に白色のラインがいくつか描かれている男の子向けの靴。逆にもう一つの靴は全体が白色で靴の側面にブランドロゴが薄水色で描かれているどちらかと言われれば女の子向けの靴だった。
二人ともそれぞれが選んだものが一番と思っているようで、互いに視線をぶつけながら自分のものが選ばれる事を期待する眼差しで俺が答えを出すのを待っていた。
参ったな。どっちを選んでもどちらかが落ち込む気がする。
まだ小学生の低学年かそれに満たないと思われる子供だ。自分の考えが一番だと思っている年頃のはず。だから、選ばれなかった時の怒りようや落ち込みようはその分すごい。二人は俺の事を知り合いだと勘違いしているみたいだけど、俺の方は覚えがない。もしここで適当に答えを言った結果、泣き叫ばれたりして保護者が来たらものすごく面倒になりそうだ。きちんと考えて答えるしかないな。
そう思った俺は二人の持っている靴を何度もじっくりと見て、答えを出した。
「う~ん。色々考えたけど俺はこっちのがいいかな」
弟と思われる少年が持っている白と水色の靴を指差して答えた。
「な、な……。なんでだよ~。兄ちゃんは絶対こっち選ぶと思ったのに」
案の定兄と思われる少年は俺の答えが不満なのか文句を垂れ流していた。
「いや、そっちも悪くないと思うよ。だけど、この子の靴を買うんだろ? それならこの子に合った靴を選んだ方がいいよな。二人の靴を見てどっちのが合うか考えたけど、こっちの靴の方が合うかなって思ったんだ。べつに君のが悪い訳じゃないよ」
理由を説明したが兄の方はまだ不満そうにしていた。そっぽを向いて耳を塞ぎ、俺の話を聞こうとしないようにしていた。
「どうかな。こっちの方がいいと思うんだけれど」
今度は選ばれると思っていなかったのか驚き口をぽっかりと開けている弟の方に声をかけた。
「あ、はい。ありがとうございます。嬉しいです」
「その割には驚いてるみたいだね。もしかしてあっちの靴を選ぶと思ってた?」
「え、と。正直むこうの靴を選ぶと思ってました。お兄さんも男の子だから」
「この際男の子だかどうかは関係ないんじゃないかな? 君の靴なんだし」
そう言うと弟はまるで女の子のようにはにかみ、
「ありがとうございます、お兄さん」
と言って俺の足にしがみついた。なんだか鼻水すする音がするような気がするが多分気のせいだろう。
「あ! ズリ~ぞ伊佐那。兄ちゃんひとりじめかよ」
さっきまでの不機嫌はどこへやら、兄の方も飛びかかるようにして俺の足にしがみついて来た。
「そ、そんなんじゃないよ」
「じゃあなんで抱きついてんだよ。どうせ選んでもらって嬉しかったから甘えてんだろ」
「違うもん。凪こそお兄さんにかまってもらいたいんでしょ」
「ちげえよ。一緒にすんなよ! この甘えん坊」
「い~だ。ぐーたら凪」
二人は俺の足にしがみつきながら言い争いを始めた。最初は小さかったその声も二人がヒートアップするに連れてどんどんと大きくなり、やがて店内の人々の視線を一斉に集めた。
困ったな……変に注目を浴びてる。しょうがない、一旦二人を店の外に出すか……。そう考えていたとき背後から聞きなれた声が聞こえた。
「え……なにこの状況?」
その声を聞いて俺は深いため息を吐き出し、心の中で密かに呟く。
……ああ、本当に面倒なことになった。
「祈りを貴方に、手紙を君に」の三章の三話目です。
今回のお話は前半部分を少しシリアスにして、後半をドタバタした明るいものにしました。
新キャラ? と思われているちびっ子二人組みですがよく探せば以前の話に登場してます。ほぼモブの状態ですが。
ちょっとした伏線を敷いていますが、あまりに露骨すぎるのですぐに気がつく人がいるかもしれません。