生まれた時から悲劇のヒロインだった
「出してっ! なんで、アタシを閉じ込めるの!」
本神殿の地下、窓のない懲罰房にアタシは閉じ込められていた。
どうしてアタシはいつもいつも貧乏くじばかり引くんだろう。ずっと正しく生きてきたのに、いつになったら幸せになれるんだろう。
アタシは生まれた時から悲劇のヒロインだった。
アタシは貴族として生まれたにも関わらず、貧乏暮らしだった。母親は平民だったから子爵家の跡取りとは結婚できなかったらしい。愛人ではあったけど、父は時々しか訪れなかった。
そんなある日、母親に神殿に預けられた。まだ若く美人だった母は再婚する事になり、アタシが邪魔になったんだ。
神殿では食べるものに困ることはなかったけど、小間使いのようにこき使われて、いつもクタクタだった。大人の神官達は男も女も狡くって、アタシに偉そうに指図してきて、大嫌いだった。
けど、神官騎士の中にはかっこいい人もいた。アタシは実はお貴族様だし、母親に似て結構、可愛い。大人になったら、見初められるかもしれない。そうしたら、こんな生活とはおさらばだ。
だけど、神殿にとんでもなく嫌な女がやって来た。まだ子供で、小汚くて、しかも口無しよ。けれど、聖女だからってアタシが面倒を見る事になった。
こんなガキ、絶対に聖女な訳ない。嘘を付いてるんだ。
だから罰を与えてやった。
入浴のお湯は温めず、真冬でも水のまま入れた。偽聖女には、生意気に上級神官と同じ食事が出されるから、アタシが食べた。代わりにアタシの食事を与えたけど、時にはゴミを入れたり、わざと床に溢して食事を取らせないようにしていたんだ。ザマア見ろ。
だけどマナーを学ばせるとかで、上級神官とあいつが一緒に食事をするようになって、それが出来なくなった。
美味しいご飯が食べられなくなると、気分も苛々する。アイツを殴ったら少しはスッキリするかな?
誰もいないところで突き飛ばしてやったら、床にうずくまって呻いてるの。いい気味。
それからは、もっと痛め付けてやったの。だけど、時々やり過ぎてアイツが悲鳴なんてあげるから、神殿騎士が駆け付けて来ちゃった。しかも、騎士の中で1番顔が良い人で、アタシが結婚しようと思ってる人だった。
アタシは偽者だって分かってるけど、他の人はそうじゃない。アタシが聖女を殴ったってバレたら、この人と結婚出来なくなっちゃうかもしれない。だから咄嗟にその人に抱き付いて言ってやったの。
「聖女様は理由もなく唸るので、私、恐ろしくて……」
そうしたら、アイツ、鞭で打たれてたわ!
それで、これが一番良い方法だって気が付いたの。アタシは誰もいない所で、値の張る花瓶や彫刻を壊して、アイツのせいにしてやったの。アイツが暴れてるって言ったら、懲罰房に連れて行かれて罰を受けてたわ。
「まったく、あんな獣のような聖女によく仕えて……君は偉いな」
おまけに皆から褒められるようになって最高よ。
だけど、アイツは成長するにつれて、強かになっていったの。段々、貴族と会うようになって、調子に乗り出した。上級神官がマナーを仕込んだから、まともに見えるようになって、王族や貴族達からの評判は良いらしい。
何よりムカつくのは、アイツはとんでもない美人に成長していた。なるべく世話をしないようにしていたのに、いつのまにか自分で風呂の準備も身支度も出来るようになっていて、いつも小綺麗に容姿を保ってる。
見てるだけなら、誰もが聖女だと信じてしまう。
アタシが結婚するはずの騎士も、いつしか聖女を目で追うようになっていてた。
「人の男を誑かすなんて、ただの淫売じゃない」
けれど、アタシ運命の人と出会ったの。
そう、それは、我が国キアンヒュドリオンの王太子様よ!
キラキラした金髪に美しい顔立ち、その顔が蕩けるような微笑みを浮かべていて。
ああ、これが真実の愛だって感じたわ。
けど、また、あの女がしゃしゃり出てきたの。あの女は図々しい事に大神官長様の養女になって、王太子様の婚約者に収まった!
許せない、アイツの毒牙から王太子様を守らなきゃ。
婚姻を取り仕切る神官様に頼み込んで、引き続きアイツの側仕えとして王宮へ行く事になった。条件は定期的に、その神官様にアイツの状況を報せなきゃいけないんだけど、それは、適当にやっていればいい。
王宮に住み込む事になったから、きっと王太子様ともご一緒出来るわ。ああ、胸がドキドキする。
アタシには神官服しかないけど、婚姻の準備でアイツにはドレスや宝石なんかが与えられてたはず。アタシがそれを身に付ければ、あんな奴よりも、もっとアタシの方が良い女だって、王太子様も気付くわ。
そう思っていたのに。
「こちらが聖女様付きの侍女達で御座います」
王宮に到着すると侍女長から、アイツ専用の5人の侍女を紹介された。しかも、侍女だけじゃなくて、さらに、その下に10人の女官が付いて、常に騎士から護衛されるだなんて、まるでお姫様じゃない!
「せ、聖女様の面倒はアタシが!」
これじゃあ、今までみたいに、アイツを追い詰める事が出来ないし、ドレスや宝石も手に入れられない。こんな見窄らしい神官服じゃ王太子様に釣り合えない。
侍女長に、こんなに世話人はいらないと何度も説明したのに、ババアは頭でっかちで、全然言う事を聞かなかった。
「もちろん、神官様には引き続き聖女様のお側に居て頂きますが、ここは王宮で御座います。お一人では不十分でしょう」
絶対に納得いかなくて、神官様に手紙を書いた。こんな王族みたいな待遇をするなんて、おかしいって!王宮の奴らに苦情を言ってくださいって。
けど、改善される事はなくて、アタシはただ、アイツの横で我慢するしかなかった。
王妃様が使うような香油や化粧品を毎日のように、侍女達に丁寧に施してもらって、アイツは益々綺麗になって……
この世界は狂ってる!
化粧品もドレスも宝石も、豪華な食事もお菓子もお茶も、本当はアタシの物だ!
沢山の召使に傅かれて、王太子様に愛されるのもアタシなのに!
どうにかして、アイツの正体を暴かないと、そう思ってこっそり監視していたら、びっくりしたわ。
アイツ、喋れるのよ。
夜中に、バルコニーに現れた野良猫とペチャクチャ話していた。やっぱり卑しい女だわ、口がきけないって事で皆んなからの同情を集めるだなんて。
だから、王太子様に全部教えてあげた。そうしたら、アイツは夜会で自分の力を証明出来なくて、偽者だって、皆んなに正体がバレて、養父である大神官長様がこう話していたわ。
「神殿も謀られていたようです。責任を果たすべく、我らが魔女を処刑致しましょう」
処刑よ、やっとアイツが死ぬのよ!
ああ、これでアタシと王太子様は結ばれるのね……
ところが、アタシは王太子様の側近からいくばかくかの金銭を渡され、王宮から追い出されてしまったの。
「待ってください! 王太子様に会わせて! ねぇ、会わせてよ!」
「協力には感謝しているが、君は神官だ。王宮に留まる理由はないだろう。ほら、これを持って、今後の生活の役に立てるといい」
酷い、アタシがいなくなったって王太子様が知ったら悲しむわ。でも、探しに来てくれるかもしれない。だけど、見つけてもらうまで、どこにいたら良いの?
王都の街で途方に暮れていると、若い商人に声をかけられた。
「失礼、こんな綺麗な神官様がいるなんて。思わず、お声掛けしてしまいました。もしや、お困りで? 私で良ければ相談に乗らせて頂けませんか?」
もう、悔しくて悔しくて、今までの事、全部話したの。そうしたら、めちゃくちゃ同情されて「今夜はここでゆっくりすると良いですよ」って、美しい屋敷に連れて来られたわ。
そこでは、召使みたいな女達に、身を清められて、綺麗なドレスに着替えさせられた。
「やだ、もしかしたら、あの人に一目惚れされちゃったのかしら」
王太子と比べると、かなり見劣りはするけど、中々の美形だった。断ってしまうのは勿体ない。でも、会ったばかりよ。
だけど悲劇はここからだった。
寝室で悩んでると、突然、嫌らしい顔の中年男が入って来て、襲い掛かられたの!
「ギャーー! 何すんのよ、このジジイ!」
暴れまくって中年男を追いだすと、怒りの形相の中年女が現れ、頬を叩かれた。
「お客様になんて事すんだい、この馬鹿娘!」
ここは娼館だったのよ! 最低!
騙されて、売られしまったの。しかも、王太子の側近に渡された金も、商人に預けていた事を思い出した。
このままじゃ、王太子様と結婚出来ない!
隙を見て、逃げ出す事が出来たものの、行く宛もないので神殿に身を寄せたわ。
だけど、これまでの事を考えたら、やっぱり神様なんていないって分かった。それでも、アタシは神殿にいる他はない……
硬いベッドで涙をこぼしてしまったわ。
ところが、翌日、本神殿の騎士達が迎えにきたの。
「彼の方がお呼びだ」
話を聞くと、王宮に行けるよう取り計らってくれた上級神官が、アタシを探していると言う。そうよ、アタシは魔女を告発したんだ。褒められるべきよね。
もしかしたら上級神官へなれるかもしれない。下級神官は雑用係だけど、上級神官ともなれば待遇も格段に違う。仕える側から、仕えられる立場になるのであれば、神殿に留まっても良いかもしれない。
しかも、騎士達の中に、昔の恋人だった、あの人もいた。驚いたわ、やっぱりアタシが1番だって分かったのかしら。今更だけど、他に選択肢もないし、許してあげない事もないわ。
けど、酷いの! アタシは本神殿へ到着すると懲罰房に閉じ込められてしまったの。
「神殿に黙って聖女を告発したのだ。裏切りにも等しい。その行為は許されるものではない。追って沙汰を出す」
なんて理不尽なの!
こんな事がまかり通って良いはずがない!
何とか脱出しようと扉を叩き続けたけど、突然、息が出来なくなり、気が付いたら床に倒れていた。
ああ、このまま死んでしまうの……
助けて、王太子様……
すると、扉がミシミシと音立てて開いた。同時に、大量の水が流れ込んで来る。だけど、むしろ、息苦しさはなくて、気力を取り戻した。
死んでたまるもんですか!
「ぶへあっ!」
必死にもがいて、神殿の外に出て、水をかいて、水面から顔を出した。
「はあ! はあ! 何が起きたのよ!」
水の上には他にも沢山人が居いて、少し安心した。だけど、再び信じられない光景を目にした。
人だかりの中心には、アイツがいた。見た事もない美しい白髪の女に抱かれて、眠っている。アイツを支える女は一目で普通の人間じゃないって分かる。
暗闇で淡く光る女。しかも水面に立って神官達を見下ろしていた。まさか神の御使? そんな馬鹿な、アイツは偽物のはず。偽物を何故神の御使が助けるのよ!
驚いていると、女とアイツは紅紫色花に包まれて、水面から姿を消した。
「へ……え、き、奇跡?」
ああもう、こんな時まで、アイツばっかり! 怒りで震えていると、女が消えた辺りで争うような騒ぎ声が聞こえた。
「どけ! それは私の舟だ!」
「馬鹿な、この事態を引き起こしたのは神殿だろう!」
「責任を取れ! その舟は王宮のものだ」
「ふざけるな、我々は神の……!」
「聖女を処刑しろなどと愚かな事を!」
「黙れ、黙れ、黙れーっ!」
あんな争いに巻き込まれたらたまらない。アタシは、アイツらに背を向けて必死に泳いだ。
絶対に、絶対に、生き残ってみせる!
神様なんて信じない!
アタシはアタシの力で幸せになるんだから!
***
一晩で生まれた巨大湖の辺りに、二人の男がいた。彼らは聖女の故郷の者達だった。
一人は神官で、もう一人は農夫の若者であった。二人は聖女フィフィの力は本物であり、彼女が心優しい娘であると知っていた。
フィフィは言葉が不自由だ。おそらく、何かの誤解があったのだろうと、助命嘆願のために、キアンヒュドリオン本神殿へと訪れるはずだった。
「影も形もありませんね」
湖を見つめる青年の顔は険しい。彼はフィフィの幼馴染で、彼女が神殿へ連れて行かれて以降、ずっと心を痛めている。また、当時の神官達の振る舞いは彼に不信感を抱かせ、神殿を遠ざけるようになっていた。
村の神官は、彼が生まれた時からの付き合いなので、厭う事はなかったが、神殿の人間達を良く思っていない。
そして挙げ句の果てに、神殿は大切な幼馴染を魔女として処刑するとした。
「俺、近くまで行ってみます」
「ええ、ですが、無理はしないように」
「あっ! 神官様、人が倒れています!」
湖に半分体を浸した、神官服の女性が倒れていた。
「オイ、アンタ! 大丈夫か? 何があったんだ?」
体を起こすと、若い女性神官は小さくうめいた。
「う、うう……」
「いて!」
女は青年の肩を力いっぱい掴むと、ニタリと笑って叫んだ。
「ザマァみろ、クソが!」
直後、女は事切れた。
「……すみません、神殿の奴らって、やっぱりまともだとは思えません」
「……弔ってあげましょう。一応」
巨大湖ラクリヤ誕生の翌日、キアンヒュドリオン本神殿に滞在していた人間に生存者がいない事が確認された。
フィフィの幼馴染と村の神官様です。




