ペンを売ってください
「このペンを100万円で、私に買わせてみてください」
就職の面接会場で、俺に対して面接官が一本のペンを差し出した。
「…………はい」
俺は椅子から立ち上がり、面接官の男性からペンを受け取る。
「制限時間は5分です。その間に、私にペンを買わせることが出来たら合格です」
面接官は俺が再び椅子に座ると、男性はタイマーのスイッチを押した。
「このペンはほど良い重さと、肌触りの良い材質で作られています」
「…………」
俺はペンを手にしながら、ペンの情報を伝える。しかし面接官の表情は厳しくなった。この情報だけでは売れないことは承知している。そもそも、300円ほどのペンを100万円で買わせろというのが無理難題だ。
「書き心地もよく、書くのにとても重宝します……スケジュールを書くのも捗ります。実際にこのペンを買ってから、田中様は仕事もプライベートでも使っていますね……近々部長に昇進されるようですね。おめでとうございます」
「……は? 私は名乗っていない。それに何故、昇進のことを知っている?」
俺が言葉を紡ぐと、面接官は怪訝な表情を浮かべた。
「それから……奥様の幸代さんは、お料理が大変お上手なようですね。嗚呼、田中様は奥様が作るハンバーグが大好物なのですね。」
「な、何を言っている!? 何故、俺の妻のことを知っている!?」
面接官の言葉を無視して、更に言葉を重ねると面接官は大きな声を上げた。そして、彼は椅子から立ち上がり俺を睨む。
「お嬢様の美奈様は、バレエがお得意なようですね。来週はバレエの発表会ですね。○○○市の○○○会場で14時会場ですが、周辺は混雑するため自家用車ではなく。公共交通機関を利用する予定ですね」
「なっ……何故、家族のことを!」
俺が続けて言葉を告げれば、面接官は大きな足音を立てながら近づいてくる。
「都心の一等地に新築一戸建て、高級自家用車、奥様は専業主婦。お嬢様は私立の名門初等部。バレエ以外にも習い事を多数。そして年に数回の海外旅行に、週末は外食……田中様の年収では無理な支出です」
「……っ!? な、何が言いたい!? 俺が稼いだ金で払っているだけだ!!」
更に俺が情報を伝えると、面接官は足を止めた。そして狼狽した様子で、怒鳴り声を上げる。
「ですが……給与以外に収入の金額が沢山ありますね?」
「……なっ、何故、そ、それを……」
目の前に立つ面接官を見上げると、俺は疑問を投げかけた。すると彼は焦った表情で、一歩後退する。
「『今のところ誰にも気付かれていない』・『俺は上手くやれている』・『俺は天才』ですよね?」
「ま、待ってくれ……な、何でもするから……このことは秘密にしてくれ! 頼む!」
面接官が知っている筈の言葉を重ねると、彼は膝を着くと懇願を口にした。
「田中様? 何を仰っていらっしゃるのですか?」
俺は面接官の言葉に、首を傾げる。
「な、何を言って……君が俺の秘密を知っていると……あのことを知られたら俺は……いや、俺たち家族は終わりだ……。だから……頼むどうか……」
面接官は冷や汗を浮かべながら、必死に言葉を重ねる。
「ふふっ、田中様は何か勘違いなさっていませんか?」
「……は?」
俺は面接官の行動に失笑する。すると彼は目を見開いた。
「私が欲しいのはその様な言葉ではありません」
呆然と俺を見上げる、面接官に俺は笑顔でペンを振る。
「……そ、そのペンを100万円で買わせください……」
面接官が弱々しく言葉を発すると丁度、タイマーのアラームが鳴り響いた。




