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「藍~おはよー!」
「衝羽おはよー」
「おはよう」
動揺をしたとしても挨拶はする。向こうもきちんと返してくれる。
さっきの俺と同じように彼女、上春は荷物を置きに行くと俺たちに告げて歩いて行った。
彼女の性格上、仲がいい衝羽と二人だけの会話を俺のいる前でずっと繰り広げるということはなく、何らかの形で俺も会話に入れる。この性格のおかげで自己中心的にも緊迫状態にいる俺の心は平穏へと戻っていく。
「そういえば押田に告白されてさーびっくりした」
「えー!付き合ったの?」
「いや断った」
「そっかー丹花はこの話聞いたの?」
仲が特別よくなくても呼び捨てぐらいならだれでもされる。彼女は名前のリズムが良いとかいうおかしな理由で名前だけで呼ぶという選択を取った。だが、その時俺に許可を求めたため彼女が身勝手な人ではないことが少しだけ分かっている。
「ついさっき聞いた」
俺は上春の事を藍と呼んでいる。先ほど俺の名前を呼ぶと彼女が言った時に、彼女は自身のことを名前で呼んでほしいといったからだ。
「意外ではないけど驚いたなあ」
「俺もいきなり言ってきて驚いた」
「今日早速告白された場面が夢ででてきて焦った」
「あーそうそう、今日衝羽が夢でめっちゃ急かしてきたんだけど」
「実際電話かけようとしてたよ私」
「正夢になりそうだったな」
「だから早く来たけど結果オーライだったね」
「丹花はなんか夢見た?」
一瞬心の底からどういう気分で言ってんだよと思ってしまったが、会話の流れ的に突然ではあるが不自然でもないし不機嫌になるほうがおかしいのでボロが出ないように嘘をつく。
流石にあの夢の内容を短時間で説明をして共感や心からの言葉を受け取るのは難しい。しかも出てきた本人がここにいる。
「見てないけど、本当は見てるけど覚えてないだけらしいよどっかで聞いた」
「じゃあ丹花も私から急かされてたかもね」
「そうかもな」
そう言って三人で笑いあう。夢を見て起きてしまっただけなのだが、夢なんて半分嘘のようなものだし、実際覚えていないものもあるらしいのだから嘘をついても大丈夫だろう。嘘に嘘を重ねると言ったらそういうことになり、罪悪感が伴うが、相手もこちらの見た夢の真偽や有無など気にしないだろう。そう考え、じぶんをいいなだめる。
冷静になると、さっきから深く考えすぎだ。夢の細部とか、今は関係ない。いつもの、意味なんて求めていない会話なんだからこんな夢だの嘘だの罪悪感だの、そんなこと考える時間じゃない。考えることさえもしなくていい事柄だ。いつもだったら。はっきり覚えているような感覚がして脳の中ではぼんやりしている記憶の断片が俺の感情を惑わしている。ありもしにないことで罪悪感を抱くなんて、寝言は寝て言えって話だ。
また、難しい顔でもしていたのか衝羽につっこまれた。
そろそろ時間かという雰囲気と実際に着席までの時間が迫ってきたので衝羽とは別れ、上春と教室に向かう。変な緊張をしてしまい、それを隠したり消したりする術を持っていない俺は自分から言葉を発しなかった。この短い距離だと無言は特に違和感ではない。特に無言を嫌わない性格なこともあり、教室までは変な緊張以上の厄介な感情はもたなかった。
上春のことは一度心の隅っこに置いておいて、一限の準備はしているので手持ち無沙汰を誤魔化そうとスマホをポケットから取り出す。スマホをいじってあと一分もしたら教師が来るだろうと時計を確認したところで肩を叩かれた。もちろん全く痛くない力で。
「おはよう丹花」
「おはよ」
俺が彼の方を向くと、いつもなんとなく不安そうな顔をしている彼の顔が晴れる。俺も彼とはいつも会うから特別感はないけど、自然に口角が上がる。
「そういや押田が衝羽に告ったらしい」
「ほんとに?返事は?」
彼がさっきの顔の不安をさらに強めた顔をした。
「本人が言ってた。断ったってさ」
「危なー」
彼、霞の顔は安心によってまた晴れた。霞は身長は小柄で、高いほうの俺と並ぶと差が分かりやすくなる。俺と二年間ともに一番多くの時間を過ごした親友だ。考え方が似ててほしいところで似ていて、気が合うやつだ。
霞は衝羽に好意を抱いている。きっかけとかはまだ聞いたことはないが、一年の時からは好きだったらしい。俺は素直に応援している。だから姉の言ってるように俺と衝羽は付き合わなない。付き合えないし付き合いたくない。だから、特に重要なことを考えず、教師が来るまで他愛もない話を霞とできた。
俺は本が好きだ。小説はもちろん、漫画も、本ではないがアニメも、ゲームも二次元の創作物は全般好きだ。その中でも特に本、小説が好きなので今日は本屋にきている。この趣味は今のところ誰とも分かち合えていない。霞も小説はほとんど読まない系の人間と自分で言っていたし、姉は俺と読むジャンルが大きく違う。誰かとも自分の考えや物語の面白さを話せたりする相手が時にはほしいと思うが、現に困ってはいないし小説は一人で読むものだからと割り切っている。
俺の好きな小説家が一年ぶりに新書を出したため、それを買いに来た。だいぶ前から楽しみに待っていたのでテンションが上がっている。本屋が大型デパートメントストアの中に入っているためそこまで自転車を走らせる。人通りが少ない場所を選んでそこを進み、たまに心と体をシンクロさせるようにペダルを強く踏み込んで走る。
十分ほどで目的地にたどり着いた。自転車を自転車置き場にしっかりと鍵を閉めて置いておく。
店内に入ると涼しい空気がすぐさま俺を包む。一息ついてエレベーターで本屋がある階まで移動する。
本屋の匂いが俺は好きだ。スポーツ用品が売っている店やガチャが多く並んでいる場所などがすぐ近くにあるのに、この匂いによっていい意味で孤立している感じがする。言語化するのは難しいが、言葉によって自然の偉大さを感じれるような気分がして心地がいい。
早速新書コーナーに目的の品を見つけたので手に取る。周りに誰もいないので感嘆の気持ちを声に出す。
そこから新しく読もうと思って目星をつけておいた漫画を三巻買って店を出ようとした。
俺は大抵普通のレジではなくセルフレジで本を買う。理由は特にないが、気づいたらそうなっていた。人と関わることは特別嫌いではないが、本を買う時は一人のほうがなんとなくしっくりくるというか。
「おお丹花!どしたのここで」
突然声をかけられたので驚いて振り返る。女の声だったというのがさらに驚きを増幅させた。顔をみるとまさかの上春だ。白いTシャツに赤と黒のチェック柄の上着、藍色のスカートを着ている。覚えている範囲だが、私服を見るのは初めてだ。
途端に今日見た夢を思い出して動揺する。意識しすぎなだけだと自分に叱咤するも本音相手には効かず、だが無視は良くないという考えのほうが動揺よりは強く、返事はする。
「本買いに来た」
「へー意外かも、漫画?」
「いや、小説・・好きな作家の新書が出たから」
「えー私も」
そういって彼女も本屋の一番前に設置された新書コーナーへ行き、本を一冊手にする。女子と一対一で話すとたまに思うけど、俺結構暗いやつだ。さっさと帰ればいいのに俺はなぜか立ち尽くしていた。彼女の選ぶ本が気になったからとかいう馬鹿げた理由かもしれない。
彼女は俺の持っているものと彼女自身が抱えている本を見比べ、迷惑ではない最大の声量で「あー!」と叫んだ。理由は俺もわかっていた。俺が買った小説と彼女が買おうとした小説が同じものだった。
「え、丹花も好きなの?」
「うん、まさか藍もとは思わなかった」
「えーすご!ちょっと待ってて!」
何がすごいかはよく考えるとわからないが、彼女はそう言うや否やレジに小説を持っていき、購入してまた俺に近づいてきた。買ってきたーと上機嫌な様子で見ればわかることを言われた。彼女は不通のレジで店員と笑顔で会話をしながら買っていた。
「だいぶ有名だけど学校で読んでる人いなくて困ってたんだよね」
「題名は聞いたことあるけどみたいな人しかいないからな」
「丹花が読んでてめっちゃうれしい」
彼女はそういって笑顔を見せた。まるで彼女の誕生日を俺が覚えていたみたいな感じの雰囲気だった。なんというんだろう。覚えていてくれてありがとうってどういう感情だ。
彼女が特にその作家の中で好きな一冊についていきなり話だした。彼女が話し終わった後は立って話すのも疲れるからとデパートメントストアの中のカフェによった。これは彼女の提案だ。なんでいきなり女子と一対一でカフェ来てんだ俺。彼女はバニラシェイクを、俺はアイスコーヒーをそれぞれ注文する。
「コーヒー飲めるの?」
「うん、親が好きで」
「へーなんか憧れる」
憧れ、こんな言葉を同年代同士ではなかなか使わない。これをいじりでもなく真剣な話でもなく自然に活用できている彼女には憧れほどではないけれど感心した。
店内がそこそこ混んでいたので注文の品がくるまで俺は先ほど彼女がしたように特に好きな一冊について話をする。丁度俺のコーヒーが来たところで俺の話は終わった。疲れてはいないが一息つくようにコーヒーを飲む。
「私その小説持ってないわ。でも話聞いてると面白そう」
「買ったら?」
「高いじゃん、それに貸してくれそうな人が目の前にいる」
俺は彼女の冗談に吹き出す。内容に、というよりは上春もこういうこと言うんだなと俺が彼女に持っていた的外れすぎるイメージから外れていたからだ。
「いいよ、一週間前に読んだばかりだから暫く読まないし」
「いえーいやりぃ」
このタイミングで彼女が頼んだバニラシェイクも届く。彼女は店員に礼を言った後、早速一口飲んで「美味しい」とつぶやいた。こういう場所でのテーブルは小さくて不便だ。作業などで長居されないようになどの対策かもしれないが、この距離だと顔がすぐ目の前にあって視線に困る。
「めっちゃ話変わるんだけど、丹花ってあんま自分のこと話さないよね」
「んー、まあ確かに」
「だからさ、二人で質問しあってさ、お互いのこと知っていかない?」
なんだこの提案とは思ったが、俺も夢でなぜ彼女が出てきたのか、その理由が知りたい気持ちはあったので彼女の提案を無下にするのは自分にとっても得策ではないと考えた。
「いいよ」
「やったね、じゃあ最初は私から。お互いも自分で質問したことの答え言おう」
「わかった」
「えーと、最初だから簡単なのにしようかな、家族構成は?」
「両親と、姉と俺。あと犬」
彼女は特にいうこともない家族構成を聞いて相槌を打った。
「犬派なの?」
「うん、父親譲り」
「へー私も犬派」
「じゃあ藍は?」
「お父さんと、お母さんと、お姉ちゃん一人、お兄ちゃん一人、私、妹三人、弟二人かな」
「え、多いな、何人兄弟?」
「八人。大学三年から小学一年まで。私は次女になるのかな」
「大家族じゃん。両親あわせて十人って。兄弟は仲いいの?」
「私はお姉ちゃんと特に仲いい。他はまあ普通」
「男が三人か、肩身狭そう」
「そうでもないよ、お兄ちゃんが大学三年だし弟二人は盾にしてる」
彼女はその光景を想像したのか笑った。
「よし、じゃあ次行こう」と彼女が言ったので今度は俺が質問を考える。
だが、彼女のその言葉に俺は違和感を覚える。その言葉自体に違和感はない。自然だ。だが、彼女の声色がこの話は早く切り上げたいという焦りの感情を感じたからだ。彼女の顔を見ると俺の感じたこととは真逆化のように笑顔だ。でもそれが俺に納得させるためのものに感じた。意味が分からない。根拠もない。暗い雰囲気だったとかでもない。それに、彼女は兄の話をしているときは笑っていた。だが、あの夢、あの時の諦めたような顔の印象があった。
本当に今日の自分はなんなんだ。寝言は寝て言えって何回も心の中で思ってる。でも感情が聞いてくれない。
俺が考え事をしているときの癖である難しそうな顔を数秒して固まっていたので「そこまで悩まなくてもいいよ」と言われた。こんな寝言を考えている時間ではないとその一言で我に戻り、少し考えてから質問をする。
「本読むこと以外の趣味は?」
「絵を描くことは好きだね。中学は美術部だったし。あとはピアノ。習ってはないけど」
「へー絵描くのと楽器ってなんかしゃれてる」
「そんなことないよー、丹花は?」
「二次元はほとんど好きだな。ゲームとかアニメとか。あとは音楽聴くとか、最近始めたギター」
「現代の娯楽を満喫してんなー」
「ぱっと思いつくのはこんな感じ」
「演奏するとしたらバラードの恋愛ソングっぽい」
「どういうイメージだよ」
彼女はクスクスと笑った。こう見るとカフェで仲良く話してるだけだな。どう見たらこれ以外の印象が出てくるのかは分からないが。
「次何聞こうかな、ああ中学時代ってどんな感じだった?」
中学時代。俺がその言葉についての思い出を脳内から引きずり出すときにくっついてくる邪魔なものが多すぎる。だからあまりいい印象がない。貴重な三年間を、形に残るものは何一つ残せなかった時期として感じてしまっているからだ。
「んー今とほぼ変わらないと思うな、あとあの、一人の女子がめっちゃ好きだった」
一瞬、女子にいきなりこんなこと言うのやばいかと思ったが、事実だし、別にどちらかが恋愛感情を抱いているわけでもないだろうしいいか。
彼女は立ち上がろうとしたのか膝をテーブルにぶつけていた。驚き、少し喜びのエッセンスも入っていた。なぜだかはわからない。
「これこそめっちゃ意外!」
「そうかな、いるかいないか半々ぐらいの人だと思うけど」
いるかいないかというのは好きな人が、ということだ。
「興味ないわけじゃないけど少なくともここじゃ作らないみたいなイメージ」
「ああ、それは当たってる」
「で、その女子との行方は?」
「二年ぐらい好きだったんだけど、結果はだめだった」
「うわー残念」
「あとはほんとうに今とは変わらないかな」
「すげー、次は私か!友達がとにかく大好きだったなあ、遊んでばっかだったかも」
「なんとなくイメージできる」
彼女が一人で行動しているところをほとんど見たことがない。たいてい誰かと一緒にいる。その時の顔は俺がたまに見るときはいつも笑顔だ。友達思いの印象は強い。
「他には特に言うことないな」
「性格って変わらないものだな」
俺は質問を考える。聞きたいことは言われてみればあまり思いつかない。できたらあの夢を見た理由が知りたい。それに直結する質問。彼女が泣いていた。彼女が怖いものや嫌いなものを聞いたら何かわかるかもと一瞬思ったが、負の感情について話すのはこの雰囲気ではしずらい。彼女の事を知れる質問を頭の中で探す。
彼女の飲み物はグラスからなくなっていた。
「夢とか理想ってどういうの?」
彼女のことが本当にただ、知りたかっただけだ。彼女の思い描く未来の先に誰がいるのか、何をしているのか、知りたくなった。夢に繋がる部分も少しはあると願いたい。
「将来の仕事ってこと?」
「それでもいいけど、今の趣味を続けてたいとか、こんな人と一緒にいたいとかでも」
「それなら信頼できる好きな人とずっと過ごしてたいな。友達とかとずっと」
好きな人というのは恋人の事だろうかと一瞬気になった。
「丹花は、何を望んでるの?」
なにか深いことを話してる男女みたいになってるな。
彼女のことが知りたいと質問をしたが、自分が答えることは考えていなかった。少し考えても単純な、誰でもいえるような答えしかもっていない。
「幸せにはなりたいな、あとは・・・」
考えたが具体的なことは思い浮かばない。自分から聞いといてこれはちょっとずるいかもしれないが、
本当に思いつかない。だが、嘘を適当に言うのも誠意がない。
「ごめん思いつかない」
「進路とかでもないからね。どこにも基準がないから」
俺もコーヒーを飲み終えた。店内は心地良い冷房が効いているとはいえ、暑い外を歩いてきたので体が冷たいものを欲しているため二人とも早く飲み終わった。
夢や理想には基準がない。確かにそうだ。でも理想が高いだの夢を見るなだのという人がいるのはなぜだろう。何と比べているんだ。おそらくは自分の過去か、勝手に想像や周りから拾ってきた知識や考えだろう。
それからはお互いの事を知るという目的からいつしか離れ、クラスメイトの話だとか部活の話だとか学生らしい会話をした。
彼女は、妹が習い事をそろそろ終えるため迎えに行かなくてはいけないと言い、別れを告げた。両親が共働きの為、今日は比較的暇な彼女が担当らしい。ある程度の憂いの言葉をかけて彼女と別れる。
心の表面ではすぐ帰って小説を読みたかったなどと薄情な感情だが、本音では正直、楽しかった。今日の夢の意味とか、そういうものは抜きにして。
だが、その分の喪失感を俺は感じる。中学時代によくあった。楽しかった後、その余韻も終えた後にはその感情分の喪失感が心を埋める。悲しいとかじゃないし、俺の行動を変えるほどの感情ではないのだが、次遊べるのはいつかとかもしかしたら今後こういうことはないんじゃないのかとか、テーマパークに行った後現実に引き戻されるような感覚を俺は味わう。
今回もしっかりと喪失感を味わった。次こうやって話したりするときはいつなのか。衝羽とかと一緒に遊ぶときはあるのか。二人きりはもうないのか。俺は自分からは連絡を基本的にはしないから、付き合いは基本相手によるという他人任せな状態になっている。特に女子は自分から話しかけることなんて本当にない。だから上春との時間はもうないのか。
一時的な感情だ。深く考えても仕方がないものだ。そう割り切れれば楽だし自分にとっても正しいんだろうけどできない。
未練は上春との時間にあるのに、ついさっきまで一緒にいたカフェの入り口付近でとどまっていた。こんなことで立ち止まっても仕方がないと自分に言い聞かせ、自転車置き場へと向かう。上春とそこで鉢合わせたら気まずいので適当にお茶を買ってから向かった。狙いどおり彼女はいなかった。安心となぜか少しの期待はずれの感情を抱いて家へと向かった。
まだ外は十分明るかったが、今日一日が終わったような感覚になった。最近なかった喪失感がこんなところで来るとは思わなかった。自転車のかごに本が入った紙袋をいれて自転車に乗る。スマホを見ると姉からバイト先へ来いという内容のメッセージが来ていた。今日は両親がどちらも仕事だから、晩飯は姉と二人で食べる予定だ。たった二文字で返事をして、ペダルを踏み込む。このデパートメントストアと姉のバイト先のファミレスは歩いて五分もかからないほどの距離にあるのですぐについた。他の店員を経由して姉を呼ぶと、俺が来るのが予想以上に早かったそうで、バイト終了時刻まであと数十分あった。
適当にゲームをしながら時間を潰していると、さきほどのエプロン姿からは一変し、赤の革ジャン姿で現れた。
「丹花どっかいきたいとこある?」
姉が俺に待たせたのに悪気がないのは、その代償として今日の晩御飯代を全額払うと姉自身が言ったからだ。俺は特に待たされたことは気にしていなかったし、悪気がないことも姉との関係性上あまり気にならないので、俺は単純に得をした。
「どこでもいいよ」
そう答えると、姉は安いが高校生の腹を膨らますには十分な量食える店を提案した。姉のバイト先と似たような系統のチェーン店で、俺は姉が提案した方の方が安いし、味も好きなので姉の提案に頷く。
姉弟で自転車を走らせ、十分ほどで到着する。この辺りは別々の施設に様々なチェーン店があり、食と買い物には困らない。高い建物が多く並ぶような大都会ではないが、利便性が高い場所だ。
店内に入って店員に促され席に着く。晩御飯にしては時間が遅かったので店内は空いていた。四人座れるテーブルに案内されたので、隣ではなく向かい合って座る。
「丹花さ、今日本買いにいったんだよね?」
「うん」
俺がタブレットで注文し、姉にタブレットを私ながら応える。
「本買うのに二時間以上かかったの?」
一瞬、姉がなにか探っているような態度だったのでしっかり警戒したが、また朝のようなことを話すのだろうと思い、正直に応える。
「本屋行ったらクラスメイトいて、カフェで話してた」
「ふーん、男?」
「いや、女」
俺の言葉に姉は身を乗り出して俺の顔を正面から見つめる。興味津々って顔だ。
「どんな子?私名前知ってるかな」
母と同じようなこと言ってるな。姉は母親に似てよく俺に話しかけていろいろ聞いてくる。逆に俺は父親に似てあまり話さず自分の部屋にいることが多い。リビングで母と姉が大声で笑いながら話しているのをヘッドホンを着けながらきいて、同じ家だが違う部屋にいる父とよくずっと話していられるよなあなんて姉と母、父からすると娘と妻へのある意味感心を口にする。父とは同じゲームをやっていて、少なくとも一週間に一回は各自の部屋で通話しながらゲームする。同じ部屋でやらないのはゲーミングチェアがそれぞれ一つしか部屋にないからだ。
「上春って名字。名前は藍」
家族のことを考えていて一瞬質問されていることを忘れていたが応える。
「あー、あのハーフアップの子ね」
「何ハーフアップって」
「知らないの?髪型の名前」
そういってスマホの画面を見せてくる。
「あー確かにこういう髪型だったわ」
「でしょ?私記憶力いいわー、衝羽ちゃんと話してたところこの子も可愛いと思って声かけたんだ」
「ナンパすんな面食い」
「なに、あの子と仲良いの?」
「特別良いってわけじゃない。今日も会ったの偶然だったし」
「なんだよー、丹花あんたさー高校生なんだから恋愛しなよー」
「そんなこと言われても困る」
高校生なんだから、と言ったが姉は大学生で思いっきり彼氏がいるし、時期は理由にはならないと思う。
「姉である私でもあんたのこと全然知らないんだけど」
「さっきも言われたわそれ」
「自分のことしゃべらなさすぎ。あと女子との関係もたなさすぎな。どうせまだ一言も話してない人半分ぐらいいるだろ」
俺にお節介を焼いている間に注文していた料理が届いたので、姉は礼を言ってから説教をやめた。俺が頼んだものは俺の方に皿を動かしてくれる。
「男子とは仲良いしいいだろ」
主に霞と仲が良いけど、他のやつらとも良い。
「あんたは男子のノリだけが良いとかじゃなくて、だれとでも馴染めるやつなんだから女子の中入っても大丈夫だって」
「まずメリットがないだろ」
「んなもん考えんな」
「あー言い方悪かったかも。男子といた方が緊張も気まずさも基本なくて楽しいってこと」
俺が言い終わったあと流石に飯食べるかと思い、いただきますと言うと、姉も同じことを思っていたらしく、姉弟の声がハモった。
「単純にさあ、なにかに夢中になってる丹花を見たことないから見てみたいんだ」
珍しく真面目な姉の声を聞いてもあまり響かなかった俺は一応「少しは考える」と伝えておく。姉は呆れたのか飽きたのか別の話題について話してきたので姉弟でだらだら飯を食いながら話した。
家に帰ったら姉の気遣いに甘え、風呂に先に入り、ゲームをやって本も少し読んだら、早寝なのでしっかり三人と一匹のそれぞれに挨拶をし、寝る。明日は夢の意味が分かるようなことをしたいとふと考えて目を閉じる。




