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核兵器の作り方

作者: default

この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。

第1章:10億ドルのレシピ



【場所:地中海 超大型ステルス・ヨット「リヴァイアサン」の秘匿サロン】


漆黒の海に浮かぶ、巨大な刃のようなシルエットのヨット。その最上階にある密閉されたサロンには、世界中の「影の権力者」たちの代理人が集まっていた。

ファルコ=ライカーは、最高級のイタリア製スーツのボタンを外し、革張りのソファに深く腰掛けている。彼の前には、無造作に置かれたデトックス・ウォーターと、1台の特注タブレット。

ステージ上では、白い手袋をはめたオークショニアが、古びた、角の擦り切れたノートを一指しにしていた。

「出品番号77。かつてのゼロ・アワー計画のエンジニアが遺したとされる私信……『核兵器の作り方』。開始価格は5億ドルから」


核兵器の作り方

通称「終末のレシピ」


会場が静まり返る。5億ドル。一国の予算に匹敵する額だ。

ファルコは、あくびを噛み殺しながら、タブレットの画面をスワイプした。

「10億ドルだ」

彼の声は、静かだが会場の隅々まで響き渡った。隣に座っていた中東の武器商人が息を呑む。

「……正気か、ライカー。石油王の親父さんが泣くぞ」

「親父の金だ。泣くのは親父であって、僕じゃない」

ファルコは不敵に笑い、手元のグラスを煽った。

オークショニアのハンマーが三度、重々しく鳴り響く。

「落札。……ミスター・ライカー、おめでとうございます。あなたは世界で最も危険な『知』を手に入れました」



その瞬間、船内の電力が一斉に遮断された。完全なる闇。

唯一、月明かりを反射して動く影があった。ファルコの背後に控えていた、夜のように黒いタクティカル・ウェアに身を包んだ女性――ニアだ。

彼女はファルコの首根っこを掴み、力任せに床に伏せさせた。

「喜んでる暇はないわよ、お坊ちゃん」

ドォォォォン!

船体が大きな衝撃に揺れる。外部からのミサイル攻撃。

ニアは暗視ゴーグルを下ろし、腰のハンドガンを抜いた。

「10億ドルの『レシピ』を狙って、世界中のシェフが包丁を持って集まってきわ。……死にたくなければ、私の影から1ミリも離れないことね」

ファルコは床に這いつくばりながら、手に入れたばかりのノートを胸に抱きしめた。

震えが止まらない。だが、その顔には、生まれて初めて「本物の生」を実感した狂気的な笑みが浮かんでいた。


⸻⸻


サロンの防弾ガラスが砕け散り、天井からラぺリングで武装集団が降りてくる。

ニアは迷いなく引き金を引いた。

「12時方向、2人。ファルコ、這ってでも出口へ!」

ニアの動きは芸術的だった。敵の射線を読み、最小限の動きで急所を撃ち抜いていく。彼女はファルコの襟首を掴んで強引に廊下へ引きずり出すと、背後で特殊手榴弾を炸裂させた。

「マクスウェル! 通路のハッチを開けて!」

ニアが耳元の無線に叫ぶ。

『了解だ。あと10秒でロックが掛かる。急げ、お坊ちゃん!』

スピーカーから、皮肉げなマクスウェルの声が響く。

逃走経路の先には、重装備の男たちが待ち構えていた。

「どけ」

低い声が響いた。背後から現れた大男――アーロンが、背負っていたショットガンをぶっ放す。その圧倒的な火力で肉の壁がこじ開けられた。

「アーロン、遅いわよ」ニアが舌打ちする。

「これでも急いだ方だ。シドが外のヘリを落とすのに手間取ってな」

その言葉通り、窓の外で巨大な爆発音が響いた。

はるか遠方の岸壁から、シドの放った狙撃弾がヘリの燃料タンクを正確に撃ち抜いたのだ。

「脱出するぞ。地獄のクルーズは終わりだ」

アーロンに担ぎ上げられるようにして、ファルコは燃え盛るヨットから夜の海へと飛び込んだ。




第2章:聖域(サンクチュアリ)



【場所:高度3万フィート ライカー家所有「ゴールデン・イーグル」機内】

地中海の激闘から3時間。

キャビンの中には、高級ホテルのスイートルームのような静寂が戻っていた。しかし、空気中には微かに焼けた硝煙の臭いと、海水の湿り気が残っている。

ファルコは、シルクのシャツの袖をまくり、ソファに深く沈み込んでいた。その手には、あの10億ドルの「ノート」がある。

「……死ぬかと思った。いや、死んでたな。あそこであんたらが来なければ」

向かいの席では、ニアが自身のハンドガンのマガジンを抜き、弾丸の装填を確認していた。その横では、アーロンが軍用ナイフで傷ついた防弾ベストの手入れをしており、シドは窓の外の夜空を眺めながら、手の中で弾丸を弄んでいる。

「感謝するなら、あんたをこの状況に追い込んだ親父さんに言いな」

マクスウェルが、機内のキッチンカウンターでノートPCを叩きながら言った。

「現在、世界中の諜報機関がこの機を追跡してる。俺が信号を偽装してなきゃ、今頃ミサイルの挨拶を受けてるぜ」


「……あんな派手な演出、親父の差し金か?」

ファルコが沈黙を破った。声が少し震えている。

ニアは顔を上げず、乾いた音を立ててマガジンを戻した。

「あんたの父親――レオンは、あんたを守れとは言った。けど、リヴァイアサンを沈めろとは言っていない。あれは『本物』の暗殺部隊。ノートを奪い、あんたの死体を海の底に沈めるために来た連中よ」

「僕を殺す? 石油王の息子をか?」

「金で解決できない奴らがいるってことだ、お坊ちゃん」シドが薄笑いを浮かべて振り返る。「このノートは、世界のバランスをひっくり返す。それを恐れる連中にとっては、あんたの命なんて端金だ」

その時、機内の大型モニターが突如としてノイズを発し、一人の女性の姿を映し出した。ファルコの母、マンバ=ライカーだ。

『ファルコ、無事でよかったわ』

母の声は、氷のように冷たく、どこか事務的だった。

『落ち着いて聞いて。隣のニアを信じてはいけない。彼女は反逆組織の潜入員よ。私たちは今、あなたをエルダーの「聖域」へ迎える準備を整えているわ。何も考えず、ニアとその仲間を殺してこちらへ来なさい』

モニターが切れる。機内に重苦しい沈黙が流れた。


「……ニア、あんたは僕の味方じゃないのか?」ファルコが問いかける。

「私はあんたの両親を信じない。……けど、あんたが死ぬのはもっと見たくないだけよ」

ニアの言葉に嘘はないようだった。ファルコは自分を命懸けで守ってくれた女性と今まで信じてきた「ライカー家」という絶対的な安全神話との間で揺れていた。



機体が大きく旋回を始める。窓の外には、月光に照らされたアルプス山脈の険しい稜線が見えてきた。

「マクスウェル、着陸地点はどうなってる?」アーロンが尋ねる。

「エルダーの私設空港だ。だが、歓迎パーティーって雰囲気じゃねえぞ。重武装の守備隊が待ち構えてる。……親父さんの言う『聖域』ってのは、どうやら金で作られた監獄のことらしい」

ファルコはノートを強く抱きしめた。

「親父たちは、僕に何をさせようとしているんだ?」

「それを知るには、虎の穴に飛び込むしかないわね」

ニアが席を立ち、ファルコの前に立った。

「いい、ファルコ。これから行く場所には、光も正義もない。あるのは、世界を支配する『闇』だけよ。……あんたにその覚悟はある?」

ファルコは震える指先を隠すように拳を握り、不敵な笑みを作った。

「10億ドルも払ったんだ。……特等席でその"闇"を見せてもらおうか」

機体は高度を下げ、雪に覆われた秘密の滑走路へと滑り込んでいく。

そこには、世界を裏で操る「エルダー」の影が、巨大な口を開けて待っていた。



第3章:墓標


アルプス山脈の奥深く、吹雪の向こう側に聳え立つ巨大な要塞。そこがエルダーの本拠地、通称「聖域サンクチュアリ」だ。

重厚な鋼鉄の門が唸りを上げて開き、ファルコたちは機を降りた。

だが、出迎えるはずの両親も、儀仗兵の姿もない。

「……静かすぎるわ」

ニアが短機関銃を構え、先行する。

広大なホールには、人や動物の骨が散乱している。

「マクスウェル、どういうことだ?」ファルコが震える声で尋ねる。

マクスウェルは端末を高速で叩き、顔を歪めた。「ハメられた。ここは『聖域』じゃねえ。二択をはずした者が行き着く墓場だ....。」

モニターに、母マンバの冷徹な録画映像が映し出された。

『ファルコ、残念だわ。あなたはママの言うことが聞けない子ね。死神を連れた人間は地獄に行くのが道理。お友達と仲良く死になさい。』



突如、天井のガラスドームを突き破り、黒い煙幕弾が投げ込まれた。

「伏せろ!」

アーロンの叫びと同時に、漆黒の戦闘服に身を包んだ集団が降りてくる。

「……『墓標グレイブ・マーカー』だ」

シドが窓の外、1キロ先の尾根を見据えて呟く。「世界中の紛争地で死体を量産してきた最悪の傭兵団だ。ノートを奪い、証拠隠滅に来たな」

激しい銃撃音がホールに響き渡る。

「お坊ちゃんは俺の後ろだ!」

アーロンがファルコを突き飛ばし、展開式の防弾シールドで銃弾の嵐を弾き返す。

「シド、10時方向の狙撃手を消せ! マクスウェル、脱出経路の隔壁を開けろ!」

「言われなくてもやってるぜ!」

マクスウェルが火花を散らす制御盤に指を滑らせる。

シドは一瞬の静止で呼吸を整えると、愛銃の引き金を引いた。吹雪の向こう側で、敵の狙撃手の頭部が弾け飛ぶ。

「次だ……。あと12人。5分で終わらせる」

ニアは影のように敵の死角を突いた。至近距離でのナイフ捌きと格闘術で、重装歩兵の隙間を縫うように仕留めていく。

「ファルコ、ノートを離さないで! それが私たちの唯一の命綱よ!」



爆破される要塞。崩壊する回廊を、4人のスペシャリストに守られながらファルコは必死に駆け抜けた。

アーロンの仕掛けた爆薬が「墓標」の追手を瓦礫の下に沈め、一行はスノーモービルで極寒の雪原へと飛び出す。

だが、空からは「墓標」の戦闘ヘリが容赦なく機銃掃射を浴びせてくる。

「……クソ、しつこいな!」

アーロンがグレネードランチャーを放つが、ヘリは巧みに回避する。

その時、ファルコのスマートフォンの発信元不明の通信が入った。

『そのまま30度右へ旋回しろ。真の「聖域」への招待状だ』

声の主は、父レオンだった。

指示された座標、氷河の割れ目の底に隠されていたのは、超高速リニアカーの秘匿駅だった。

「罠かもしれない……けど、行くしかない!」

ファルコの決断で、一行は猛スピードで地下深くへと吸い込まれていくリニアに飛び乗った。



数時間の沈黙の走行。リニアが停止したのは、地中海のヨットから始まった旅の終着点、北大西洋の孤島に築かれた「聖域」だった。


「お連れ様はこちらへ。」

ニア達は別の通路へ案内される。

ファルコは1人長い廊下を歩かされ、とある場所に辿り着いた。

そこはアルプスのような無機質な要塞ではなく、ガラスと緑に囲まれた、地上の楽園のような場所。

中心にある円卓には、最高長老ヴォルフガング、そしてレオンとマンバが待っていた。

「よく生き残った。……さあ、10億ドルの価値を、ここで証明するがいい」

レオンが促す。ファルコは、仲間たちの血と汗で汚れたそのノートを、ゆっくりと円卓の上に置いた。

だが、その表情にはもはや怯えはない。

「ああ、見せてやるよ。あんたたちが命をかけてまで隠したかった『無能な平和』の証をな。」


第4章:真実


【場所:北大西洋 聖域「サンクチュアリ」中央の間】

ガラス張りのドーム越しに、荒れ狂う大西洋の波濤が見える。だが、この室内には風の音一つ届かない。完璧に管理された静寂の中、最高長老ヴォルフガング・フォン・ストラウスを筆頭に、エルダーの面々が揃っていた。


第2席:マダム・シャーロッテ

    世界最大のメディア王。


第3席:レオン=ライカー

    石油王。ファルコの父。


第4席:ジャッカル・ワン

    アジア圏の軍需産業を束ねる男



「さあ、ファルコ。そのノートをこちらへ」

父レオンが手を差し出す。その隣で、母マンバは蛇のような冷たい笑みを浮かべていた。

ファルコは血に汚れたノートを円卓に投げ出した。ヴォルフガングが白い手袋をはめた手でそれを開き、パラパラとページをめくる。

「……素晴らしい。何一つ汚されていない」

「白紙じゃないか」

ファルコが低く、震える声で言った。

「10億ドル払って、仲間を死なせかけて……中身は白紙だ。親父、あんたは僕を試し、笑い物にするためにこんな茶番を?」

「茶番ではない」レオンが静かに答える。「このノートの白紙こそが、エルダーの結束の象徴だ。そして今のお前自身を表している。無知で愚かな白紙そのもの。だがそれでいい。これから我々の意志を素直に受け入れられる者だけが、この席に座る資格があるのだ」

「つまり、これでお終いか」

ファルコは背を向け、出口へ歩き出した。背後でエルダーたちの嘲笑が聞こえる。だが、彼は知っていた。マクスウェルが先ほどの乱戦中、機材を使ってノートを密かにスキャンしていたことを。



部屋に引き籠もったファルコの元に、ニアたちが集まる。

「お坊ちゃん、本当にあれで終わりか?」シドが不機嫌そうに尋ねる。

「いや……マクスウェル、出せ」

マクスウェルがノートPCを接続し、ホログラムを起動する。「ノートの重量バランスがコンマ単位でズレていた。……表紙の皮を剥いでみろ」

ファルコはアーロンから借りたナイフで、ノートの重厚な皮の表紙を裂いた。中から滑り落ちたのは、特殊な加工が施された1枚のマイクロフィルムだった。



「……ただのフィルムじゃない。暗号化されてる」

マクスウェルが呻いた。

マイクロフィルムを投影機にかけても、映し出されるのはノイズの嵐と、入力待ちを示す無機質なカーソルだけだった。世界を覆す証拠には、幾重にも及ぶプロテクトがかけられていたのだ。

「パスワードか。10億ドル払わせて、まだ鍵をかけるのかよ」シドが毒づく。


「いや、鍵はもう手元にあるはずだ」

ファルコは、切り裂かれたあの「白紙のノート」を再び手に取った。

「マクスウェル、このノートのページごとの『厚み』を測定しろ。ニア、シド、ページを一枚ずつめくってくれ」



シドが指先の感覚だけで、わずかに異なる紙の厚みを判別していく。「3ページ目、0.12ミリ……いや、0.125だ」

ニアがそれをマクスウェルのスキャナーに固定し、正確な数値をデジタル化していく。

「各ページにミクロン単位の段差がある。1ページから200ページまで、すべて違う厚みだ」

アーロンがノートの束を支えながら、その気の遠くなるような数字の羅列を睨みつける。

「1枚だけじゃ意味をなさないが、200枚の厚みを順番に並べると……」

マクスウェルの指が鍵盤の上で踊る。

「……ビンゴだ。これはバイナリコード(2進数)だ! ノートそのものが、このフィルムを解凍するための『物理的なハードキー』になってる!」

ファルコは、ノートが単なる「白紙」だった理由を理解した。

もしページが1枚でも破られたり、汚れたりすれば、二度と真実にはたどり着けない。10億ドルという大金を払い、命がけでこの「物理的な鍵」を無傷で守り抜いた者だけが、扉を開けられる仕組みだったのだ。



最後の1ページ。厚み「0.109ミリ」。

マクスウェルが最後のアドレスを入力し、エンターキーを叩いた。

静寂。

次の瞬間、ノイズが晴れ、壁一面に鮮明な文書が浮かび上がった。


投影された画像を見て、全員が息を呑んだ。


「……やりやがったな、老いぼれたち」

アーロンが、怒りと共にその光景を見つめる。


そこには数式でも爆弾の図面でもなく、世界各国の主要な指導者たちの「署名」が並んでいた。


ファルコは、画面に映し出された父レオンと母マンバの名前を見つめ、静かにフィルムを引き抜いた。

そして天井を見上げて呟いた。


「核兵器の作り方は簡単です⸻

世界各国の主要な指導者たちの「署名」と「秘密の合意書」があればできあがり。そうすれば永久に恐怖と費用を捻出することができます。か.....」


> 「1970年代、核兵器の技術的維持は限界を迎えた。現存する核はすべて物理的機能を失った不発弾である。以降、署名者はこの『幻想』を維持することで世界のパワーバランスを統治するものとする」

>


「やっぱりな.....」

「……核なんて、もうどこにもないんだ」アーロンが呆然と呟く。「俺の戦友たちは、存在しない兵器を守るために死んだ」

「それだけじゃないぜ」マクスウェルがデータをスクロールする。「核の維持費という名目で、各国から毎年数兆ドルが、レオンたちのゴースト口座に振り込まれている。これが、エルダーの資金源だ。……世界最大の詐欺だぜ」

ファルコは、自分の両親の署名をじっと見つめた。

10億ドルの価値。それは「白紙」の精神論ではなく、この「全世界を人質にした汚れた契約書」への参加権だったのだ。


ファルコは、大型ソファに座る仲間たちを見渡した。彼らは、なぜ命を懸けてまで自分の——あるいはこの「ノート」の——ために戦っているのか。

「……教えてくれ。あんたたちは、何のために動いている?」

ファルコの問いに、最初に答えたのはアーロンだった。彼は軍用ナイフで自分の腕の古い傷跡をなぞりながら、低い声で言った。

「俺は、ある『核サイロ』の守備隊長だった。20年前、テロリストの襲撃を受けてな。戦友たちは核爆発を防ごうと、文字通り肉の壁になって死んだ。……だが、爆弾は爆発しなかった。テロリストが起爆装置を引いても、だ」

アーロンが冷たく笑う。

「上層部は『装置の不具合』で片付けた。だが俺は悟った。最初から、守るべき中身なんてなかったんだ。俺の部下たちは、空っぽの鉄屑のために無駄死にした。……俺は、その真相を確かめるためにここにきた。」

「復讐か。……分かりやすくていいな」

窓際で跳ね出しナイフを弄んでいたシドが口を開いた。

「俺は、あんたの親父に雇われて、数えきれないほどの『不都合な人間』を消してきた。軍人、記者、活動家……。ある日、ターゲットの資料に、俺の死んだはずの妹の名前を見つけた。彼女は、エルダーの資金洗浄に気づいただけの、ただの銀行員だった」

シドの瞳に、獲物を狙う時のような鋭い光が宿る。

「俺はあの日、死神を辞めて、死神を狩る側のハンターになった。10億ドルのレシピなんて興味ねえ。俺が欲しいのは、レオン達が絶望する顔だけだ」

「僕は……少し違うかな」

モニターから目を離さず、マクスウェルがキーボードを叩く手を止めた。

「僕はかつて、核管理システムの構築に携わった天才の一人だった。だが、システムを組めば組むほど、計算が合わなくなる。物理的な質量が、記録上のデータと一致しないんだ。……気づいた時には、僕は消されるリストの筆頭にいた。世界を構築している『コード』が嘘だと知った人間を、彼らは生かしておかない」

最後に、ファルコは隣に立つニアを見つめた。

彼女は自分の左肩にある、古い焼印のような痣をそっと隠した。

「私の故郷は、地図から消されたわ。……かつて『核実験場』に指定されたという理由でね。実際には核なんてなかった。ただ、エルダーが不都合な一族を一掃するために、その場所を『汚染地帯』と定義して、世界から隔離しただけ」

ニアの瞳がファルコを射抜く。

「ファルコ、あんたにとっては10億ドルの冒険かもしれない。けど、私たちにとっては、このノートが『世界が私たちに吐いた嘘』のすべての証明なの。……あんたに、その重さが背負える?」

ファルコは絶句した。

自分が享受してきた贅沢な生活、石油王の息子という地位。そのすべてが、仲間たちの背負う凄惨な過去と、世界規模の「残酷な嘘」の上に成り立っていた。

「……背負ってやるよ」

ファルコは、初めて仲間たちの目を真っ向から見据えた。

「10億ドルでも足りないくらいの恨みだ。……まとめて僕が、親父たちに叩きつけてやる」

バラバラだった5人の目的が、初めて一つの「殺意」となって、扉の向こう側にいる権力者達へと向かっていった。



「公表する?」ニアが静かに尋ねる。

「いや」

ファルコはフィルムを握りしめ、かつてないほど冷徹な瞳を向けた。

「こんな面白い手札、ただバラ撒くのはもったいない。……マクスウェル、この施設の全通信を乗っ取れ。アーロン、脱出用のヘリを確保しろ。シド、円卓の連中を『スコープ』に入れとけ」

「……何をする気だ、ファルコ?」

「10億ドルのお釣りを貰いにいくんだ。……僕自身のやり方で」



【場所:聖域 メインホール】


とてつもなく広いホール。

天井には大きなシャンデリア。

ホールの壁には何百体という白い騎士の彫刻がぐるりと周りを囲んで立っている。

祝賀パーティーの真っ最中、会場の巨大モニターが突如切り替わった。

映し出されたのは、最高長老ヴォルフガングとレオンの署名。

会場が凍りつく。ファルコは、タキシードの胸ポケットにフィルムを差し込み、優雅な足取りで壇上へ上がった。

「父さん、母さん。核兵器が作れないなら、もっと安上がりで効率的な『恐怖』の作り方を僕が教えてあげるよ」

レオンの顔から血の気が引く。

「貴様……それをどこで……!」

「今、マクスウェルがこのデータを全世界のメディアに予約送信した。僕の心臓が止まるか、僕が合図を送れば、10分後にエルダーの帝国は崩壊し、あんたたちは国民に吊るされる」

シドのレーザーサイトが、ヴォルフガングの眉間を捉えた。

「これからは、僕ら5人がこの『終末のレシピ』を管理させてもらう。……異論はないね?」

ファルコの言葉は、もはや放蕩息子の泣き言ではなかった。

それは、新しい時代の「支配者の宣告」だった。



第5章:チェックメイト


沈黙が支配する広大なホールで、ファルコの宣言が冷たく響き渡る。モニターに映し出された指導者たちの署名リストは、エルダーたちの死刑宣告そのものだった。

最高長老ヴォルフガングは、震える手でワイングラスを握りしめていた。

「……若造が。我々が築き上げた50年の秩序を、たった1枚のフィルムで奪えると思っているのか」

「秩序じゃない。ただの『恐怖』だ。」

ファルコが嘲笑った瞬間、母マンバが静かに合図を送った。

「残念よ、ファルコ。あなたは『支配者』になるには、まだ情が深すぎたわ」


その瞬間壁に立っていた何百もの彫刻兵が剣を振りかざして動きだした。

それとほぼ同時にシドとアーロンが銃を乱射。

が、彫刻兵は特殊なコーティングを施されており、弾丸を跳ね返した。

「ちっ....相変わらず金持ちの発想は趣味が悪い。」

シドは呆れて呟く。

「下がってろシド!」

アーロンが火炎放射器を彫刻兵に噴射した。するとコーティングが溶けたのか兵達は悲鳴をあげる。

シドは巨大シャンデリアの上に飛び移り弱った兵達を上から次々と銃撃していく。

⸻柱の陰

メディア王のマダム・シャーロッテが誰かに連絡をとろうとスマホを耳にあてたその瞬間、スマホを持った手首ごと床に転がった。

マダムの視線の先にはニアが鋭い刀を肩に乗せ微笑んでいた。


第4席のジャッカル・ワンが軍事用ドローンを10機程飛ばしてファルコを狙う。

しかし、ドローンは全てワンの方に狙いを変え主人めがけて集中砲火した。


ファルコはすぐに理解して叫ぶ

「助かったよマクスウェル!」


「お安いご用です♪」

マクスウェルの声がドローンから聞こえてきた。


その時、

ドォォォォン!

ホールの地下から爆発音が響き、島全体が激しく揺れた。マンバは、権力の敗北を悟った瞬間に、この施設自体の自爆シークエンスを起動させたのだ。証拠も、息子も、裏切り者のスペシャリストたちも、すべてを海の底へ沈めるために。



「マクスウェル! カウントを止めろ!」アーロンが叫ぶ。

「無理だ! 回線が物理的に切断されてる。脱出まであと4分!」

マクスウェルが叫び返し、端末を抱えて走り出す。

崩落する天井。シドは揺れる床の上で、微動だにせず引き金を引き続けた。

「ファルコ、先に行け! ここは俺が食い止める!」

シドの狙撃が、マンバが放った秘蔵の暗殺兵たちを次々と無力化していく。

「死なせないわよ、誰一人!」

ニアがファルコの手を引き、炎の中を突き進む。背後ではアーロンが、エルダーの逃走路を爆破で封鎖し、ヴォルフガングたちの退路を断っていた。

「親父! 母さん!」

ファルコは振り返る。炎の向こう側、レオンとマンバは逃げようともせず、ただ自分たちが作り上げた「嘘の帝国」の最期を見つめるように立ち尽くしていた。それが、彼らなりの支配者としての幕引きだった。



「聖域」が崩壊し、海へ沈みゆく直前。

ファルコたちはアーロンが確保していたステルス・ティルトローター機で、極限の離陸を果たした。背後で、かつての聖域が巨大な水柱と共に消え去る。

機内には重苦しい沈黙が流れていた。

ファルコの手元には、あのマイクロフィルムが残されている。

「……公表するか?」マクスウェルが尋ねた。

「これを世に出せば、世界中の政府がひっくり返る。核がないと知れば、すぐにでも『本物の戦争』が始まるだろうな」アーロンが外を眺めながら呟く。

ファルコは、窓の外に広がる、何も知らずに眠る世界を見下ろした。

平和。それは「核の炎に焼かれるかもしれない」という恐怖の上に成り立つ、奇妙に安定した静寂だ。

「……いや。世界にはまだ、この嘘が必要だ」

ファルコは不敵に笑い、フィルムを胸ポケットに収めた。

「ただ、これからの嘘の演出家ディレクターは、僕らだ」



数ヶ月後。

場所はどこかのリゾート地ではない。ロンドン、マンハッタン、あるいは東京。

雑踏の中、5人はそれぞれの場所で同じ暗号通信を受け取っていた。

ファルコは、世界最大の金融タワーの最上階で、新しい「レシピ」を書き始めていた。

核兵器維持費という名目で吸い上げた金は、マクスウェルを通じてクリーンエネルギーと教育へ、シドとアーロンの力は、エルダーの残党を掃除するために。そしてニアは、常に彼の隣で「真実の監視者」として立っている。

「10億ドルのお釣りで、何を買う?」

ニアの問いに、ファルコは窓に映る自分の顔を見つめた。そこにはもう、ドラ息子の面影はない。

「自由だよ。……世界中が信じ込んでいる『平和』という名の嘘を、本物にするための自由だ」

ファルコは手元にある古びたノートの最後の断片を、ライターの火で燃やした。

炎が消えた後、そこには新しい、誰も見たことのない世界の幕開けが待っていた。




読んでいただきありごとうございました。

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