結の章
食事を終え自室に戻り、早速頭の中の整理を始める。
住職の言っていた川の主と髪を流した話。
東雲さんの考察した村の違和感。
それぞれを合わせればいい。
まず村の成り立ちは見限られた人達が集まる村であってると思う。
亡くなって放置されていたのも。
そこに佐野がやって来た。
武士じゃなくて百姓の。
あまりの惨状を見て、遺体を川に流す事にしたんだと思う。
でも重いだろうしなにより遠い。
だから、川を引いたんだ。
上流から無理矢理。
でも水路の無断延伸なんて、バレたら打ち首。
だから武士と使用人の話を作って美談にした。
作られた話だから、本尊もお寺の形式から外れてる。
言ってしまえば適当に作った。
紫龕様なんて、存在しない。
髪を貰う風習は信憑性を高める為。
どんなモノでも"神様扱い"されていたら、縋るし期待する。
だから腰に乗せたり、収穫の時期に来るのを期待している。
ただの独りよがりな気持ち。
地図に載っていないのは、
成り立ちが成り立ちだから。
そんな村だって知ってたら誰も来なくなるよ。
だから敢えて載せないで、
東雲さんみたいにたまに来る人達向けの
秘境にしているんだと思う。
そういう思惑がなければ、電車がわざわざ止まる事もない。
……私の妄想だけど。
次は川の主の方だ。
川に遺体を流されるなんて、主からしたら嫌だっただろう。
住職の話通り敬意があれば良かったんだろうけど、そんな事はなくただの作業だった。
見限られて、そのまま亡くなって。
それを川に捨てて。
穢れが蓄積していったのは、川だ。
その影響を受けたのは、夢で出会った彼女、川の主だ。
あれだけ髪が長くなったのも蓄積の結果。
川が穢れているから顔も……。
寺から貰える髪は、適当に作った本尊を経由して、穢れが溢れて生えたモノなんだろう。
だから彼女は雪いで欲しかった。
それを願って、祭りっていう信仰が高まる時期に夢に出る。
でも、村の皆は、それを無視している。
いや、無視じゃないな。興味を持ってなかっただけだ。
私は色んな話を聞いてたから、夢で彼女に近寄ったけど、
そうじゃなかったら気持ち悪い夢だもん。
選ばれた、なんかじゃない。
たまたま私が興味をもったから、全部が繋がった。
話の通じそうな人が来たからお願いされただけ。
それが、この村の、全貌。
間違ってるかもしれない。
それでも、彼女の願いだけは本物だ。
そこまで考えて私は決意した。
彼女の願いを聞き届ける。
頭の中で予定を組み立てながら布団に入る。
また夢で会えるのかな。
もし会えたら伝えよう。
明日だよ、って。
◇◆◇◆◇◆
翌朝、8時くらいに目を覚ます。
窓の外は、まるで滝かと思うくらいの大雨が降っていた。
やっぱり、今日だったね。
夢では会えなかったけど、それでも雨が降るというのは
そういう事なんだろう。
部屋から土間に向かい両親に挨拶をしてから遅めの朝食を取る。
「そういえば咲恵。
あまり見かけん人が居たらしいが、なんか知っとるか?」
お父さんの問いかけに、嘘は吐かずに返す。
「あー、うん。
少し話したんだけど、大学の先生なんだって」
「ほー、大学の。
ようこんな所まで来たもんだなぁ」
それからお父さんとお母さんがその人について盛り上がる。
「お祭り見に来たんだったら、もう少し早く来れば良かったのにねぇ」
「だな。
けど大学の先生なら紫龕様に興味あるんじゃねえか?」
「紫龕様の事なら住職様が一番詳しいわよね。
見かけたら案内してあげようかしら」
ごく普通の、よくある会話。
これを聞けるのも最後なんだなと、胸が詰まりそうになりながら
ご飯をかき込んでいく。
「ごちそうさま」
いつもより早食いになった。
太ることなんて今更どうでもいい。
そのまま洗面所に向かい身支度を整えて自室に戻る。
そして、荷物から白いワンピースを取り出した。
着るチャンスが無くて箪笥の肥やしになってたこれ。
帰省するからなんとなく、って感じで持ってきてたけど
役に立つとは思わなかった。
白無垢は流石になかった、似てるから許してくれないかな。
右ポケットに髪の束を入れて、準備は完了。
「ちょっと出かけてくるね」
「おいおい、こんな大雨にどこいくんだ?
危ないからお父さんも着いて行こうか?」
「大丈夫だよ。
東京でもこんな大雨珍しいから、ちょっと散歩したくなって」
嘘だ。
雨の度合いなら東京も酷い時はある。
でも、嘘を吐いてまでも、私は出かけなければいけない。
「あんまり遠くまで行かないのよ?
特に川は危ないからね!」
お母さんの心配に生返事をして、外に出る。
そしてそのまま傘を差し、川へと向かった。
◇◆◇◆◇◆
普段ならうるさい蝉も雨にかき消され、不気味な雰囲気の村を出て川にたどり着いた。
案の定氾濫していて、近寄る事は難しい。
でも、それでも、やらないと。
ひとます上流に向かい歩き出す。
普通でも歩きづらい川沿いなのに、大雨も相まって泥濘んでいるから足を取られる。
足も脛あたりまでびしょびしょだし、傘なんか役に立たない程に雨粒が打ちつけてくる。
何度か転んで身体が汚れたりしたけど、雨がそれをキレイにしてくれた。
そして、体感1時間くらいで上流が見えてくる。
その先にはもう一本川があった。
その川はキチンと整備されていて、がっしりとした堤防も用意されている。
氾濫もしてないみたい。
やっぱり、この村の川は後から作られたんだね。
昨日の推測が当たっていた事に安堵し、上流に立つ。
ポケットから髪の束を取り出し、束を解いて手のひらに乗せる。
儀式のやり方なんてわからない。
だから、私なりに思いを込める。
「今から髪を流します。
貴女の想いが雪げますように」
そうして髪を手放した。
それは濁流に飲まれすぐに見えなくなる。
これからどうなっていくかはわからない。
でも、やる事はやった。
とりあえず避難しよう、単純に危ない。
ここから一番近いのは……村役場。
高台だし、あそこなら雨の心配はないはず。
服も雨を吸って重いけど、ゆっくり歩いていこう。
◇◆◇◆◇◆
長い時間をかけてようやく着いた村役場には誰もいなかった。
濡れてるし身体透けちゃってるから、見られないのはありがたい。
外の雨は勢いを増して、まるで滝でも降ってきたみたい。
窓から眺めていたけど、雨はさらに激しくなって、
やがて川の氾濫は村を飲み込んだ。
そして私は外に出る。
ザアザアと叩きつけるように降り頻る雨。
村を一望できる高台で私は、その身を打たれるままにしていた。
眼下には雨渦に飲まれ消えていく村。
その事に一切の感慨も抱かず、そっと身を投げた。
溺れて死ぬのは苦しいって聞いた事はある。
けど、そんな事はなくて、むしろ安心感があった。
雨渦に包まれた村は滅茶苦茶に流されているけど、残骸が私に当たる事はない。
苦しくはないけど水の中にいるわけだから、当然息は出来なくて。
渦に身を任せながら静かに命を手放していく。
『鳥居を超えた先で微笑みあう私と、
髪が背中で切り揃えられた綺麗な女性』
意識を手放す前に見たその光景は。
とても美しかった。




