第85話:不公平
「さて、そろそろ動いて良いぞ」
ライターの言葉に反応するように大競技場内の観覧席の出入り口から武装した者たちが姿を現した。
手には杖と剣、両方の役割を持った杖剣を携え、身に付けているのは魔術的防護の掛けられた鎧。
武装は人それぞれ違うが、共通点は魔術師であること。
「おい、ここは魔法使い専用観覧席だぞ。魔術師は下がれ」
剣を持っている相手に、臆せず堂々と肥え太った魔法使いが文句を言う。
「ケヒッ……魔法使い様、それはすまねぇな」
先頭に出た魔術師が不気味な笑みを浮かべながら謝る。
「わかっているのなら……」
ザシュッという音と共にその魔法使いの首が飛ぶ。
「おっと、すまねぇな。切っちまった」
首から先を失った魔法使いの頭が崩れ落ちる。
「キャー」
「ア゛ァー」
魔法使いたちは悲鳴を上げながら魔法を発動しようとする。
「轍踏魔法。何で、何で魔法が発動しないのよ!」
頼みの綱であり今まで自分たちを支えてきた力を失った者たちが出来るのは恐怖し、悲鳴を上げるだけだった。
武装した魔術師たちは笑みを浮かべながら追い詰めていく。
「おい、逃げんなよ。苦しく殺してやるからよ」
「いやぁ、死にたくない」
「ウァァア、手が……手が」
「金なら払う」
「ギャァアァ!!」
鮮血が、手が、頭が舞う。
魔法使いたちの悲鳴が響く中、魔術師観覧席は落ち着いていた。
襲撃してきた魔術師たちは何もせず、観覧席に広がって何かを待っているようだった。
「俺たちも殺すのか?」
一人の観覧していた魔術師が怯えながら尋ねる。
「お前らが反抗しない限り、殺さない。同胞だからな」
その回答に安堵の気持ちが広がり、そして魔法使いたちの惨劇を見ながら笑みを浮かべ始める。
自分たちは殺されないという安心感が立場を生み、いま殺されている者たちに対して哀しみではなく嘲りが生まれていく、人間という獣の性。
これが同じ魔術師なら、こんな事にはならなかっただろうが魔術師たちを蔑ろにしてきた魔法使いたちだったが故に蔑みと嘲りは早期に誕生し、伝播した。
「そうだ! 殺せ、殺せ!」
「魔法使いなんか殺してしまえ!」
「もっと苦しませろ!」
人は動機、機会、正当性があれば罪を犯せるという。
この場合、魔法使いに蔑ろにされ、侮辱されたという動機があり、魔法使いたちが魔法を行使出来ず殺されている状況という機会、先ほど発したライターの言葉が正当性となって増長させた。
ライターはその光景を眺めながら思う。
最初の幕は上々だな。
やはり、魔法使いも魔術師も根本は同じだ。
能力、状況、立場などの要因で決められた優劣が一度逆転されれば道徳を忘れ、今まで自分たちがされてきた嫌な事を他人に行えるようになる。
さて、他の場所もここと同じように魔術師が魔法使いより上になるまで待つかな。
ライターは上に居る二人の人物に声を掛ける。
「シカトリス様、どうです? 僕の用意した最高の舞台とその演目は」
「明星。魔法使いから魔法を奪うとは良いアイデアですね、ですがせっかくの機会なのにただの魔法使いだけを殺す気ですか? もっと殺すべき魔法使いどもが居ますよね」
ライターはシカトリスの真意を理解した。
「七家とそれに準ずる魔法使いを殺せ、と?」
「ええ、ここにはいま優秀な魔法使いが一同していますからね。新たな魔王、魔王の姉、賢者、次期賢者、次期精霊……他にもギフトまたはクラス持ちの魔法使いもね。彼らは魔法界のすべての魔法使い象徴、殺せば魔法使い絶滅に大きく進むでしょうし、ただで強い魔法使いが弱っているのに殺さないとは意味がない。もしかして、もしかしてですが……親交が深いからと躊躇っている訳ではありませんよね?」
女性のドス黒い殺気がライターの全身を包み込み、突き刺す。
その殺意にライターは呼吸の仕方を忘れ、過呼吸になる。
「はぁはぁはぁ……勿論。躊躇ってなどいません」
ライターの言葉に殺意が収まる。
「では、今も襲わせていない、真理を教えてくれます?」
「彼らは魔法使いの上澄み、魔法を失っても強いのは確実なこと、僕の雇った魔術師たちを何人向かわせても歯が立たないでしょう。だから、用意してありますよ。魔王でも殺せる実力を持った魔法使い達を」
ライターは二人の顔を見ながら笑みを浮かべ言う。
「不公平にいきましょうか」
***
ジェニーは思考していた。
ライターが突然、特別観覧席から試合会場に向かって濡羽を傷付けた瞬間からずっと。
魔法が使えない。
魔力が散らされている訳じゃないし、魔力もちゃんと消費している。
魔法はちゃんと発動しているけど、発動した瞬間から無効化されている。
いや、今はこんな事よりもこの状況をどうするか考えよう。
ジェニーはニトロを見る。
副会長ニトロ、ライター会長が敵ということはこの子も敵の可能性がある。
それにライターと同じく魔法も行使できる可能性がある以上、下手に動くことは出来ない。
だけど停滞こそ最も意味がない、行動してこそ賢者。
「あの、ニトロさん——」
瞬間、扉が蹴破られる。
「良いんですか、指定の位置から動いてしまって」
「良いじゃねかよ。殺しも出来ねぇ位置にいるより、こうして動き回った方が良いに決まってるだろ」
武装した魔術師の集団で五人ほどだった。
「それにしても大当たりじゃねか。こんな別嬪の女が二人も居るなんてな!」
魔術師達は私とニトロを下卑た視線で見る。
私はその視線を鬱陶しいと思いながら考えていた。
ニトロを狙っている時点でニトロは敵じゃないと思って良いわね。
こいつらをボコって情報収集すればこの魔法が使えない状況の改善に繋がるでしょうし。
「ニトロさん、協力しません?」
「寄らば大樹の影ね。勿論、協力する」
「何だ? 抵抗するのか。いいぜ、抵抗された方が興奮するってもんだ」
刃が私たちに向けられる。
彼らは私たちが魔法が使えず拳で抵抗すると思っている。
「見解の違いね」
魔法が使えなくても魔力はある。
「魔力物質化」
私の手に青白い剣が生まれる。
魔力とは濃密になるほど存在を強固にする性質がある。
この剣は魔力を圧縮し濃密にすることで物質化して生み出した。
私は魔力剣とも呼べるそれを振るう。
「は、武器。魔法か?」
先頭の魔術師が持っていた剣で防ぐ。
その間にニトロが行動する。
「中位精霊術—『発芽』、『蔓縛』」
ニトロが撒いた種から植物が急速に成長し、五人を拘束する。
「さて、ジェニー殿。ここから、どうする?」
「そうね。手始めに思考停止した魔術師どもの目を覚させてあげましょうか」
そのために必要な存在は……
「黒曜濡羽の元に向かいましょうか」




