第84話:明星
ライターの奇襲。
キングクラウン優勝者、黒曜濡羽の右腕が宙を舞う。
「——ッ!」
それを目撃した者の大半が思考停止に陥る中、特別観客席から三人の人物が試合会場に飛び出す。
三人ともが女性で魔件局捜査官の証たるコートを身に纏っている。
燃えるような赤髪を背中まで垂らした美人と漆黒の髪をまとめた同じく美人の女性二人。
その二人の前を行く亜麻色の短いボブ、ライトブラウンの瞳がライターを見据えながら仲間に命じる。
「作戦Cで、人質優先よ」
二人の女性は答えるように魔術行使準備を始める。
ライターが二撃目を放つよりも早く、先頭の女性が濡羽を押し出すようにライターとの間に割って入る。
「珈琲魔術——」
女性の掌に黒色の液体が生成され、ライターに向かって広がる。
「『香淹』」
瞬間、芳醇な香りがライターの鼻腔をくすぐる。
それはライターの研ぎ澄まされた感覚と意識を一時的だが、濡羽から離し、その香りに向けるほどだった。
「……」
ライターの意識が離れた瞬間、黒髪の女性が試合会場に降り立つ。
そして、濡羽とルナの両名を掴み、魔術を行使する。
「『タイムギア・加速』」
黒髪の女性のスピードというか時間が速まり、二人を試合会場から離脱させる。
先頭の女性はそれを察知するとライターの横にはける。
そして先頭の女性に隠れていて見えなかった赤髪の女性が離れた位置から指鉄砲の銃口をライターに向けていた。
「『ファスト・バレット』」
高速の弾丸がライターの眉間を射抜く……それよりも早く、ライターは動く。
「『星光の塵』」
光が弾ける。
試合会場を包み込むほどの爆発が起こり、閃光がその光景を眺めていた者の目を塞ぐ。
閃光が止み、見えてきたのは全壊した試合会場に立つライターの姿だった。
「流石、魔件局の捜査官だ」
その手に持っていた光剣が消え失せる。
「まぁ、無理だったか。ここで殺せたら御の字だったんだけどな」
観客、魔件局、問題解決室……この会場に立ち目撃する全ての者がライターの言葉、一挙手一投足を見る。
だから、気付かなかった。いや、気付けなかった。
ライターや自分たちを遥か天空から眺める二人の人物に。
「あれ、見ろ」
一人の観客の言葉に天を見上げた。
人物の一人は騎士鎧に身を包んだ大柄の男性で肩には大きな大剣を担いでいた。
もう一人はもっと異質で不思議な存在だった。
黒の外套に身を包み、容貌を隠しているが背丈とうっすら分かる体型から女性だと分かる。そして、彼女の周囲は魔力が渦を巻いていた。
「早いですね」
ライターは普通にその人物らに話しかける。
「準備は出来ている。後は貴様の合図次第だ。それとこれは忠告だ……」
「勝手なことをするな」
騎士の脅しにライターは笑みを持って応え、視線を観客らに移す。
「さて、始めますか」
ライターは両手を大きく広げる。
「僕のことを知っている方が多いと思いますが、名乗りましょう。僕はライター・フェメノン・ジョーヌ、次期光明にしてこの学院の生徒会長です。皆さん、僕が何故こんな強行を行ったか不思議に思っているでしょうが、僕にとってのこの行動は強行ではありません、新たな歴史の一歩なのです。今、この場には魔術師の方が多いと思いますが権力や財力、勿論武力においても様々な点において魔法使いに敵う魔術師がこの場にどれほど居ますでしょうか。魔法が使えるだけで、力を手にし、財を成し、地位を築く……ここまでの差が生まれてしまう、この現実に魔術師の皆さんはどう思いますか?」
「……おかしい」
「ああ、そうだ。おかしい!」
「魔法を授かったからってこの差はおかしいだろ!」
一人の観客の言葉を皮切りに魔術師たちに伝播していく。
今まで溜め込んでいた感情が暴露され、興奮していく魔術師たちを眺めながらライターは続ける。
「そうです、おかしいんです。こういう僕も魔法使いですが、魔術師のために今まで尽くしてきました。魔法使いに蔑まれることなく、劣っていると比べられることのない魔術師の地位を追い求めてきました。ですが、どれだけ尽くしても完全に築かれた魔法使いの絶対的な地位を取り除くことは出来ないと悟りました。ですので別の方法を取ることにしました。それは——」
「おい、なに大人しく喋ってる。自分が次期光明だからって俺たちが手を出さないとでも」
いつの間にか、ライターの周囲を問題解決室の魔法使いたちが取り囲んでいた。
「貴方は確か、問題解決室副室長のクライネさんですね」
「おう、俺は有名人だな。七家の魔法使いでもこの数の魔法使いに敵うわけないからな、さっさと土下座しながら降伏しな」
「本気で僕が数合わせの魔法使いに負けると思っているんですか?」
ライターの言葉にクライネは怒りを持って冷徹に命じる。
「殺せ」
一斉に問題解決室の魔法使いがライターに向かう。
ライターは何も起きてないかのように先ほど、途切れた話を続ける。
「僕、気付いたんですよ。魔術師の地位を根本的に上げるのではなく、魔法使いの存在そのものを下げてしまえば良いとね、そっちの方が簡単だ」
「何、バカなこと言ってんだよ」
クライネの言葉を気にせず、ライターは首に下げていたペンダントを握り込む。
瞬間、ライターを中心に結界が広がり全てを治める。
問題解決室の魔法使いは一瞬、戸惑い動きが止まる。
「問題ない、行け」
クライネの言葉にいつもの調子を取り戻し、杖をライターに向け、一斉に魔法を行使する。
「一筋魔法——」「無量魔法——」
「倍加魔法——」「積層魔法——」
「点綴魔法——」「舞葉魔法——」
「小群魔法——」
魔力が、魂に刻まれた魔法に注がれる。
杖の先端から魔法が行使される。
はずだった。
「は?」
バチンという音が響くだけで、魔法は発動しなかった。
ライターに迫っていた全員が魔法を行使出来なかった。
「何故! 何故! 何故! 何故だ!」
クライネは自暴自棄になる。
何度杖を振っても、何度魂に魔力を注いでも魔法は応えなかった。
「何故だー!!」
杖ではなく掌をライターに向け、魔法を発動しようとするが不発に終わる。
「茶番はそれで終わりか? なら、こっちのターンと行こうか」
クライネを含めた問題解決室全員が青ざめた顔をする。
もし、この事態を引き起こしたのがライターなら、ライターも魔法が使えないなんて事はありえない。
「や、やめ……許してくれ」
クライネは土下座する。他の魔法使いらも恐怖で逃げようとするが腰が抜けて上手く走れないようで離脱は無理そうだった。
「懺悔したまま死ね。『神叛の天光』」
ライターを中心に光が迸り、光が無数の刃・爆発となって広がる。
術が終わると、そこには灰すら残っておらずライターただ一人だった。
「さて、締めといきますか」
ライターの頭上に光の王冠が生まれる。
それは光明に受け継がれる魔法使いの長として証。
黄金に輝く太陽が如き王冠、魔星冠。
「改めて名乗ろう——」
「僕はライター・フェメノン・ジョーヌ。第50代光明『天の冠』にして傷跡が一人、明星。そして魔法使いよ、僕に絶望しろ! 魔術師よ、僕に希望を見出せ!」




