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黒泥の魔術師  作者: 11時11分
キングクラウン 〜戦いに恋し、姉妹を愛す〜
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第81話:予感

 初めて学院でルナに会った日に、あの子との記憶を思い出した時点で考えていた。

 ルナは名前を思い出せない探索者を目指すあの赤髪の少女なのではと……

 でも確信的要素である髪色はあの少女とルナでは違う。

 ルナは最も主義主張に塗れ左右されるフェメノン・ルージュ家の人間だから昔と今での容姿の違いはありえる話だけど、俺はあの子と同じように接することは出来なかった。

 俺が心のどこかであの子を恨んでいたからだ。

 幼少期の俺は、何も思わず、それが常識であるかのようにまたあの森に行った。

 いつもなら一時間も待たずにあの子は姿を現すのに、その日はどれだけ待ってもあの森に来ることはなかった。

 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も森に行き、一日中待ったのにあの子は来なかった。

 今日こそ来る、そう思って森に足を踏み入れた。けれど、誰もいない。

 日が暮れるまで待って、それでも現れなかった時、俺は胸の奥が冷えるのを感じた。

 病気にでもなったのかなと一ヶ月間、そんな日常を過ごしていたがあの子は森に来ることはなかった。

 幼い時に味わった孤独感は両親との別れを想起させ、俺の心の奥底に刻まれていた。

 あの子が森に来なくなってから半年後、俺と彼我見は居候させてもらっていたアイシスの都合からアイシスの家を去ることになった。

 そこから苦労は絶えなかった。

 あの子を支えるためにと己に刻んだ液体魔術と黒曜秘伝の鍛錬に明け暮れる日々で、あの子との思い出は徐々に薄れていき微かに覚えているのはあの子の赤い髪と探索者になりたいという目標だけだった。

 もし、あの子と再開出来た時。

 俺はあの子にどんな感情を抱き、俺は果たして許せるのだろうか?


***


「身長は大きくなったけど、実力でも私に勝っているのかしら?」


 ルナは突然、経緯不明の言葉を投げかけてきた。

 俺、ルナと身長の話したことあるっけ?

 その言葉が頭に触れた瞬間、ずっと沈んだままだった記憶が、ふわりと浮上してきた。

 私は魔法使いだから大丈夫だけど、濡羽は魔術師で私に身長でも負けてるから足手纏い確実ね。

 言ったな。大きくなる頃には実力でも身長でもルナより上に行ってやる。

 ああ、考え過ぎだった。

 あの子はルナだった。

 そして俺はルナを恨んでいたが、同時にルナはそんなことをしないって分かっていたのだ。


「足手纏いは嫌なんでね」


 ルナだと気付いた瞬間、胸がじん、と熱くなった。

 俺はとっくに許していた。

 そして——愛していた。

 愛してるからこそルナに勝つ。

 好きな人より弱いなんて俺のプライドが許さない。

 魔力を高める。

 海王の三又槍は液体操作に特化したもの。

 そして、これから行使するのは液体の加圧放出に特化した魔奥。


「示せ、預言者! 聖者の刃割槍(モーゼス)!」


 聖なる意匠を施されたグレイブが俺の手に収まる。

 聖者の刃割槍は加圧放出つまり液体による切断に特化しており、ポセイドンよりも使える場面の少なさとその威力の高さから殺生しかねないため行使を躊躇っていたがこの戦いで勝つためなら、躊躇う余地はない。


「それなら私も——潜性魔法、潜針・『(ランス)』」


 2本の潜針が合わさり、銀の槍となってルナが構えているかのように浮かぶ。

 俺はモーゼスを構える。

 互いに出方を伺うが、先に動いたのは濡羽だった。

 槍の持ち手をズラしながらする薙ぎ払いの連撃。

 ルナは濡羽の手元を注視し、槍の間合いを判断することで回避する。

 そしてカウンターとばかりに銀槍が濡羽に向かわせる


「『預者の戒め、(ウィー・)唯裂(オンリィ)』」


 濡羽の振るったモーゼスの刃先から加圧されたインクが、空気ごと裂くように一直線へ走る。

 1秒にも満たない時間でルナは銀槍を戻し、斬撃を防御する。


「インクを……」


 インク斬撃は銀槍に触れ、一瞬で消えるがその隙に濡羽は行動する。

 半歩間合いを詰め、モーゼスを短く構えながら行使する。


「黒海、『牢波』」


 ルナを包み込むように高さ二メートルのインク波が襲う。

 潜針は対象が大きいほど消去速度は落ちる、かつ潜針は目視による操作。

 俺が見えていなければ俺に向かって潜針を差し向けることは出来ない。

 インク波は潜らされて消えるだろうが、隙と時間は稼げる。


「潜性魔法、「潜音(ソナー)』」


 指パッチンの音と共に銀針が俺に向かって突かれる。


「反射音を潜らせたな」


 指パッチンで発生した音波が俺に当たり反射した音を潜らせることで感知し、ソナーのように俺の位置を当てた。

 だが、これで更に時間が稼げる。

 潜性でインク波を消すことよりもソナーで俺の位置を探ることを優先した。

 それだけ俺を脅威としてくれている。

 ルナ、君に強さは誰よりも理解している。

 だからこそ、守りたい……この戦いに勝ちたい。

 モーゼスの刃先をルナの位置に向ける。

 すぐさま指パッチンと共に銀針が射線上に入る。

 それを待っていた。

 

「『預者の戒め、(ウィー・)神名(ネーム)』!」


 インク波を発動させると同時に俺はそれを放っていた。

 加圧放射を溜めた状態の水球は俺の狙い通り、ルナに探知されることなくルナの背中側まで移動した。

 後は、溜めている物を発散させるだけだ。


「うっ、くっ……」


 瞬間、ルナの背後から加圧放射の二つの刃が両肺を貫く。

 術名を言う喉と同じく、呼吸を支える肺は魔術師においても魔法使いにおいても明確な弱点で、傷付けられた場合は喋りにくさに繋がり、敗北に繋がる。

 酸素が足りず、肺の痛みに苦しみながらルナは行使する。


「……潜、性」


 インク波が潜らされ消え失せる。

 俺の視界に左胸に穴の空いたルナが写り、罪悪感が生まれる。

 しかし、俺はすぐにその感覚を捨てる。

 戦っている以上、こうなることは当たり前だ。

 そもそもルナも俺に穴開けてるからおあいこだ。


「ルナ、君の負けだ。その状態じゃまともに


 肺が機能を失い、呼吸がままならない状態では魔法を発動することなど……

 ルナは俺の方に手のひらを向ける。

 俺の中に嫌な予感が走る。

 彼女の強みはその魔法以上に生来からの頑固さ。

 どんな状況であっても諦めることを知らないその性根。

 俺がインクで防御体制を構築するよりも早く、ルナはその言葉を紡ぐ。


「潜性魔法……『再、浮上(リバース)』——」


 ルナの掌から白の閃光が迸る。

 背筋の震えと同時に、勘が伝える。

 これは——ルナの魔奥じゃない。


「『開闢を告げ拓かれる(スター・オーシャン・)原始の星海(ノヴァ)』」

 

 それは濡羽は知らないだろうが、シェリーが放った魔王の魔奥だった。

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