第8話:条件
俺はアイシスから目線を逸らさず答える。
「ミアが生徒会役員を誘惑して聞き出しました」
寮母は急にミアを抱きしめた。
「ミアさん、大丈夫だった。濡羽君に脅されて怖かったでしょ、でも大丈夫よ。私は貴方の味方だから」
あれ? また酷い勘違いを起こしてないか。
「あのー、俺が命じた訳じゃ」
「黙りなさい、女の敵。友達を脅すなんて!」
「そうですよ、濡羽。謝りなさい」
あれー、何でミアは勘違いに乗っかってんの。
「アイシス先生、落ち着いて下さい。ミア、お前が乗っかると収拾がつかないだろ。それに俺が女子生徒を脅しているって言う噂が立ったらどうするんだ」
「アンタの噂はいっぱいあるから大丈夫よ」
「噂って何だよ?」
「人間じゃないとか、本当は普通に魔術が使えるけどあえて隠している厨二病とか、後は私の恋人とか?」
うん、全部エセじゃないか。
最後のに関してはお前が流したろ。
「どうして、そんな噂が立っているかは置いておいて。アイシス先生、さっき提示した情報を下さい」
学院から支給される制服には測位魔術が掛かっており、校門を通ることでその日、生徒が何をしていたかが学院側に分かるようになっている。
そして、その情報は担当の寮母が管理し何か不審な点があれば報告されるようになっている。
アイシス先生はその立場上、情報を持っていると見て良いだろう。
「私が貴方に情報を渡すと思っているの?」
「それはここに情報があるって事です?」
「あら、いつの間にか話術も上手くなったのね」
「あまり感情を表に出さず生徒から会話だけで情報を得る貴方と昔は住んでましたから、このくらいは出来ますよ」
「それは褒めてるの? 貶しているの?」
「感謝しているんですよ。貴方のおかげで人が表に出さない感情も分かるようになりましたし」
「いや、分かってないでしょ? ミアちゃんとの態度を見れば、一目瞭然よ」
「そこで何でミアが出てくるのかは置いておいて。情報をくれるんですか? くれないんですか?」
アイシスの雰囲気が変わる。
「貴方も知っていると思うけど、私のような職員は教授から生徒に可能な限り尽くすように命令されているし、勅令に関する事なら協力する事は義務だけど……私が素直に協力すると思う?」
思わないな。
だって、アイシス先生は生徒のことが大切だから。
生徒を勅令だからと危険な目に合わせるような事はしたくない。
それに……
「まだ公表もされていない勅令の有力情報を貴方に渡すのは公平じゃないでしょ」
「確かにそうですけど、多分ですがこの勅令は公表される前に終わりますよ」
「え?」
「知らないんですか? 今、学院長の手引きで魔件局の捜査員が動いているんですよ、すぐに行方不明になった生徒の一ヶ月前までの行動記録も渡されるでしょ。そうなったら、この勅令は終わってしまう」
「何が言いたいの?」
「端的に言います。貴方の嫌いな魔件局が貴方の好きな生徒から勅令を行う権利を奪うって言ってるんですよ」
「……分かったわ。情報を渡すけど、一つ条件があるわ」
「条件?」
「一番にこの勅令を解決すること。出来なかったら、そうね。一回だけ私の命令を絶対に聞いて貰うわ」
アイシスは机の上にUSBを置く。
「良いですよ。俺が絶対、最初に解明するので行くぞ、ミア」
俺はそのUSBを取りながら席から立つ。
「ちょっと待って、ミアちゃん」
俺と共に去ろうとするミアをアイシスが呼び止める。
「何? アイシス先生」
「濡羽君は外に出て待っててくれないかな?」
俺は不思議に思いながら部屋の中にミアを置いて出る。
***
「どうしたの? アイシス先生」
「これは忠告というか助言よ」
アイシスは神妙な顔つきで続ける。
「彼みたいな人はこっちがどれだけアピールしても気付かないし、決して向こうから思いを伝えに来ないから早めに自分の思いを真正面から伝えないと誰かに取られるか、待つのに疲れてしまうわ」
「え……先生もそうだったの」
「ええ、そうね」
アイシスは机に置かれたフォトフレームを手に持ち、写真を見る。
そこには学生時代のアイシスと二人の男性が写っていた。
一人は濡羽と似た容貌の人物で、もう一人は青髪の人物だった。
「私は待つのに疲れてしまったわ」
ミアはその物憂げで悲しそうな表情をするアイシスを静かに見ていた。
「ごめんなさいね」
「いえいえ……助言、ありがとうございました。でも、私は愛すより愛されてたいんですよね。先生も知っていると思いますが濡羽は魔術の事を話し研究している時が一番生き生きしているんですよ、だから私の事も魔術と同じように接してくれたらなぁって……」
アイシスは幸せそうな顔でミアの話を聞いていた。
「ああ、すいません。こんな惚気話」
「いえいえ、あの子がこんなに愛され好まれているなんて知りませんでしたから嬉しいんです。つかぬことを聞きますが、11年前は今の桃色の髪ではなく赤髪でしたか?」
「いえ、これは生まれた時から何故、髪の色を?」
「昔、あの子が両親を失って私の元に来てすぐの事でした。悲しそうな表情をしていたあの子が急に笑顔になって魔術に夢中になったんですよ。聞いてみたら近所の赤髪の少女に魔術を見せているそうなんですよ、その子とはすぐに会えなくなりましたがあの子が魔術を好きになったきっかけは間違いなくそれで、その子が濡羽の初恋相手でしょうね」
ミアは少し悲しそうな表情をする。
「貴方がその少女だと思ったんですけど違いましたか。あ、すいません。好きな人の初恋の話を聞かせて」
「いえ、大丈夫です。濡羽の初恋相手ですか、想像つきませんね」
「案外、近くに居るかもしれませんよ。濡羽の話を聞くに同年代っぽいですから」
そこからミアはアイシスから濡羽の昔話をたくさん聞いた。




